『もしもし?』
『もしもし淳君?』
『えっ、まさか・・・』
『光恵です、久しぶり。番号聞いちゃった。色々聞いたでしょ?陽介君とかから。』
『ええ、聞きました。お久しぶりです。電話が来るとは・・・』
『うん、そろそろ大会だろうと思って。野見山君がずっと楽しみにしてたから。』
『野見山が?』
『そうよ。アイツ、何だかんだ水泳続けてて、今年は最後の大会だからなって。見てみたいなぁってずっと言ってたのよ。去年よりタイム伸びてるんでしょ? 全国大会行ってるわけだし。』
『ええ、タイムは。それより野見山がそんな事・・・。』
『今、東京に来てるの。会って話したいことがあるんだけど、まずい?』
『今からですか? 構いませんよ。』
『私がそっち行くわ。15分もあれば着くと思う。あの屋上に来て。』
『屋上ってまさか・・・、あの、あそこ?』
『そうそう、そこ。久しぶりに行ってみたいし。』
『わかりました。』
『それじゃ、またね。』
淳はレターセットを一つ選び、金を支払った。店を出ると直ぐに杏に電話した。
『おう。再びごめん。明日手紙渡すから。返事とかは別にいいよ、気にしなくて。書きたいから書くだけだから。』
『ありがとう!どうしたのよ?急に。』
『いや、ふとな。』
『ふと私のこと考えてくれてたの?』
『んな分けねーだろ。 そんだけです、また明日!』
『はーい。またね。』
光恵はいっても元3代目SCREAMの女だ。大会直前で面倒なことにならないといいなと思っていた。
ジュースを2本買い、屋上へ向かった。
淳自身も久しぶりだった。静かに階段の手すりに乗り、縁に手をかけた。腕の力で体を持ち上げ、頭を半分だけ出して屋上の様子を見ると、光恵は既にいた。
『早くないですか?』
『思ったより早く着いちゃった。大人っぽくなったね、淳君。』
『とんでもない。ここ知ってたんですか?』
『前、逃げる途中に寄ったの。その時はここに一人では上がれなかったわ。』
淳は何気なく周りを見渡していた。トオルが姿でも現すのではないかと勘ぐった。
『私もたくましくなったのね。あっ野見山君とは?』
『あれ以来ですね。』
『だよね。そのスポーツバッグ、あそこのお店のご主人に貰ったものなの。送ったのは私。』
『やっぱり。そうだと思いました。』
『ついに行けたんだ、全国大会。去年は腐ってたのにね。』
『あんま練習もしてなかったし。あれ以来、俺も打ち込んできましたから。』
『賞取れるといいね。といってもここまで来るには何回も表彰されてるか。』
『賞はどうだか・・・。決勝レースは絶対出たいっすね。あとはリレーで賞が取れればいいなと。すみません、俺ばっかり。』
『そんな事ないよ。』
『函館帰ってたんすか?』
『うん。実家に。』
『刺激は少ないでしょう。大丈夫ですか。』
『まぁ、そうね。確かに刺激的ではないわ。もう刺激的な生活なんて要らないって気持ちと、その逆の気持ちもちょっとあるかな。でも彼がいつも刺激をくれるわ。とびっきりの。』
『彼ってまさかトオル・・・さんですか?』
『今更あの人じゃないわ。野見山君よ。』
『野見山か・・・ そういえば今日トオルさんを見ました。ほんとあれ以来っす。ちょっと覇気が無かったっす。相変わらずチャラチャラしてましたけど。』
光恵はクスっと笑った。
『そうなんだ。あの人もね、何だかんだ孤独な人よ。』
『かもしれませんね。』
『野見山君、結局アナタに会えなくって。刺された日の夜に病院にも行ったんだけど、あと一歩の所で警察が来ちゃって。』
『野見山が病院に来たことは聞きました。残念です。』
『本当に?』
『本当に決まってるじゃないですか!』
『あなたの事信じてるって。俺は信じるって言ってた。意味わかる?』
『・・・さぁ』
『だから彼は、アナタの活躍を心から期待してる、今でも。』
『今でも?』
『たとえ、それが水泳でも。彼にアポトーシスの話したんでしょ?』
『まさか。』
『彼は聞いたと言ったわ。ずっと悩んでた。ずっとそのことを引きずってたわ。』
『言ったかもしれません。はっきりしませんが。』
『覚えてないの? 今日はこの事を聞きにきたの。』
『大会前だし・・・勘弁して下さい。』
『そうね。大会前で悪いとは思ってるの。ごめんね。じゃ、大会終わったら、彼に会ってくれる? ちゃんと会える?』
『会えます。』
『ところで、CANDYを始めたきっかけって何だったの?』
『それは、アナタには言えません。』
『何で?私以外なら言えるの?』
『恥ずかしながら、そういう事です。分かってください。』
『そんな・・・』
『あんま過去はきにするなよ、別になにもありゃしない』
『はい』
『そういえばヤスが大会終わったら、ドデカイ花火大会やろうぜって言ってたな』
『本当? やりたい!やりたい!』
『ああ、やろうぜ!とりあえず、今は集中しよう』
『うん、楽しもう!』
『おう、この暑い夏も、大会も、楽しむとするか』
『また明日ね』
『うん、明日』
淳の頭は切り替わり始めた 今はトオルの出現のことも忘れて、水泳に没頭しようと思い始めた
ヤスは今日も練習に来ていた ヤスの夏はとっくに終わっているのにだ
他の部活の3年はもう受験を意識し、取りかかっていた
ヤスは皆の士気を下げないようにと練習に顔を出していた
吐きそうなくらい厳しい練習をしたところで、意味がないことも百も承知であったに違いない
しかも今年はメンバーが揃っていた この状況で各自が希望の種目にエントリーすると、泳力のない者は出場枠を取られてしまい、不本意なエントリーをせざるを得なくなる
ヤスは練習では1度も泳いだことのない1500M自由形と辛うじて泳げる400M自由形で出場した
一番始めの区の大会でだ
死にそうになりながら空を見上げるように呼吸し、パタパタ泳いでいた
淳はヤスの事を考えていた
1500Mでは途中から自分が今何M泳いでいるのかすら分かっていなかったヤスのことを思い出していた ヤスは、ラスト50Mを知らせる鐘が鳴らされることをひたすら祈りながら毎回ターンしていた
次、鐘が鳴らなかったらもう体力の限界だ、もう無理かもしれないと思いながらも、立たずに泳ぎ続け泳ぎきった
皆がゴールし、自分だけが延々と泳ぎ続けているのではないかという孤独感に襲われたと興奮しながら話していたヤスの日焼けした姿を思い出していた
40分間の出来事だ
炎天下のプールサイドで40分間、応援の声を張り上げる者などいなかった
同じ中学の部員でもだ
皆、これからのレースに備えて体力を消耗しないよう、自陣のテントの日陰の下に入り、お喋りする者もいれば、大会プログラムを眺めたり、ストレッチを行っている者もいた
淳は時折サブプールで頭を濡らしては、たった一人で40分間、同期の最後の泳ぎを見守っていた
ヤスがタッチターンするたびに身を乗り出し、ヤスの顔の近くで大声を上げていた
最初10Mも泳げなかった奴が1500Mを意地で泳ぎきったことを褒め称えようと、ヤスをサブプールにバックドロップし、柄にもなくハシャイだりした
そんな少し前の出来事を思い出していた
思い起こせば、夏はあの大会から始まった
あがいても、もう大会はラスト1回しかない
淳は大会が待ちどうしかった 楽しみでしかたがなかった
自分の力を発揮したいとウズウズしていた
文具店の前を通り過ぎる際に、レターセットが目に入った
杏が安心して大会に望めるように1通だけ書いてやろうかな、などという考えが頭をよぎり少しだけ店内を見てみることにした
杏の好きそうな柄を探している時に携帯が鳴った
登録している相手ではなく、番号が表示されていた
どこか見覚えがある番号であった
『誰だっけ?』
淳は電話に出た
淳はトオルを久々に見た。
淳は歩きながら電話を掛けた。
『どこへ行くの?』
『もうすぐ家なんだけど。』
『車乗ってただろ?』
『駅で降ろしてもらった。』
『誰の車に乗ってたのか分かってるのか?』
『マリちゃんの友達・・・?っぽい人』
『マリの友達だぁ?』
『怒らないでよ。ごめんね。さっき始めて会って、マリちゃん送ってくついでに乗せてもらったの。誰なのあの人?』
『3代目SCREAMだよ。蓮見トオルだ。いちいち車停めやがって。』
『そうそう蓮見ですって言ってた。淳のこと知らない風だったし・・・。』
『ポーズだっつーの。別に強制はしないが、あまり近づかない方が無難な相手だからな。それだけは言っておく。由香にもマリにも伝えろよ、ちゃんと。』
『はい。あ、あとさ、この前の文庫本、私ちゃんと返したよね?』
『うん。なんでだ?』
『蓮見さんの車で同じ本を見たから・・・。』
『ちゃんと家にあるぞ、確か。お前の読んだし。どうもいつもありがとう。』
『とんでもない。』
『俺、いつも適当な紙ばっかでゴメンナ。お前のは凝ってるから、悪いなとは思ってるんだけど。』
『返事くんないよりましよ。』
『メールならなぁ・・・』
『嘘だね。メールは1回ぐらいしか返してくれないじゃん。一日一回とかじゃ、メールしてる内に入らないもん。だから丁寧に手紙書いてるんだもん。手紙の方が返事くれそうだし、1回でも満足できるし。』
『はいよ。ごめんよ。俺はメールの方が得意なんだけどな。まぁでも貰って嬉しいのは手紙かな。ということで、これからもよろしく。』
『はい。ちゃんと挟んで渡すね。今度はCDにしようかな。』
『別に挟まなくてもいいよ。』
『だってバレたら大変だもん。あのね、ヤバイことに由香ちゃんが淳のこと好きみたいなの。』
『まじで?やったぜ。』
『冗談じゃなくて! どうしようかなと思って・・・。』
淳の表情が変わった。
『どうにもならないだろ。分かった。俺が調子に乗っていたのかもしれない。俺はお前に100%の愛情を注ぐ。そうすればおのずと、俺はお前以外からは嫌われていくよ。ってか元々そういうタイプだから、俺。基本、ずっとそうやって来た。』
『知ってる・・・ってか噂では聞いたことある。でもそれじゃ、気まずくなるから止めて欲しい。』
『だな。じゃ、俺が2人を面倒みるかな。ということで頑張って。そのうち一つに絞るんで。』
『そんな言い方なくない?』
『調子に乗って、俺はお前の物だって決め付けんなよ。俺は面倒くさい恋愛なんて金輪際したくないだよ。』
『調子に乗ってるのはアンタでしょ。面倒くさいって・・・。面倒くさく無い恋愛なんてあるの?信じられない。だったら私が誰の車に乗ろうと勝手でしょ。それに、アンタから告白したんじゃん。』
『俺はママゴトみたいな付き合い方なんて今更したくないんだよ。それだけだよ。言い過ぎたよ。ただ、俺だって一番好きなやつとは堂々と付き合いたいんだよ。』
『・・・分かってる。アナタが告白するなんて考えられないことだし、感謝してるよ。でも今はダメ。大会前だし。ごめん、でも、面倒だなんて言わないで。』
『うん。今、トオルのことでイライラしてたから・・・すまん。』
『あのさ、もう、SCREAM辞めたんでしょ?』
『とっくにな。』
『その時、変な恋愛でもしたの?トラウマ?』
『いや。俺は普通に一途な恋愛をしただけだよ。』
『そう・・・。』
マリーンは杏に気づくと、通りの向こう側から投げキッスをし、ニッコリ笑って応じた。
『杏は恋してる?』
『普通にだよぉ、由香。なによぉ?』
『私、恋してるかも・・・。やばい。』
『誰よ?言いたいんでしょ?誰なのよぉ?』
『まだ秘密。』
『なにそれ、お姉さん。そこまで言っといて。』
『だって・・・淳かも。』
『え・・・、淳? まじで? あの人最近、意味不明だよね。何かちょっと頑張ってるよね。』
『うん。』
『詳しくは知らないけど、聞いた話ではSCREAMっていうチーム抜けて、目標ができたって感じらしいんだけど。』
『もうやってないんでしょ?チームとか。』
『聞かないよねぇ。』
『私、ちゃんと話したこと、あんまないし。杏って凄い仲良いよね。何か貸し借りとか私もしてみたいな。』
『あぁ、あれ? 淳が何か読んでみたら?みたいな事言ってきて、小説みたいなの2冊貸してくれたのさ。私、本とか全然読まないし、読めないから、どうしようかなって思ってたんだけど、1冊は私でも読めるようなやつで、読んでみた感じなんだけど・・・』
『なんで?』
『淳と映画の話してたの。そしたら、その原作なんだって言って。1冊は超難しい本だから読まなかったけど、もう一冊は読めてさ。2冊は無理だったけど、こっちの方は面白かったって言ったら、あの人興奮してた。』
『なにそれ。』
『で、何かお前も貸せよ的なこと言ってきたから、前に由香に貸した漫画を貸したわけさ。最近、変だよねあの人。私、あんま話さなくなったかも。』
『嘘だぁ?』
『本当に、本当に。前の方がいっぱい喋った気がするんだよね。まぁ、あの人も凄い気分屋だからなぁ。』
2人は信号を渡り、マリーンのいる方へ歩いていった。ダンスは終わっており、ダンサーの彼女達は地べたに座ってジュースを飲んでいた。
『どうも、踊ってました。』
『見てました。マリちゃん元気だねぇ。』
『踊ってないと、なんか変な感じで。大会近いし。』
『プレッシャーなんて無いくせに。』
『ありますよ!もう。』
『怪我しないようにね。』
ダンサーは高校生も混じっているようであった。その中の一人が杏に話かけた。
『私、杏ちゃんのこと知ってるよ。去年見たもん。速いよねぇ。あっ、マリがね、杏ちゃんには絶対負けませんって言ってたよ。』
『言ってないから。何を言うのかね、チミは。』
『まじでぇ? ねぇ由香、後輩にイジメられてるんだけど。』
『ウチの杏も負けないわよ!・・・ってマリちゃん、あんまイジメないでね。』
『あら由香ちんまで。別にそんなこと言ってないっす。普通に頑張るだけっす。』
『うん。普通にね。』
話し込んでいると、後ろの通りに一台の車が停車したのが分かった。マリーンがチラっと目線を向け、戻した。
『マリ、お迎えじゃない?』
メンバーの一人が言うと、彼女はもう一度車に目をやった。
『うん、まだ大丈夫。』
そう言うと、再び話し込んだ。すると1、2分後、車のドアが開き、男が一人降りてきた。
男はこっちにゆっくりと近づき、マリーンの頭に手を置いた。
『どうも、蓮見です。まさか杏ちゃん&由香ちゃん?はじめましてです。最近マリちゃんに遊んでもらってるんです。もうちょい皆で遊んでから帰る?』
『どうしよっかな。いや、もう帰ります。杏ちゃんも由香ちんも一緒にいい?』
『もちろん。あっこんど皆でご飯でもいきましょうね。』
『はーい。ありがとうございます。』
ダンサーのメンバーが返事した。杏と由香は少しボウ然としていた。自分達より大人っぽいやり取りをここのところ見たり聞いたりしてなかったからだ。
『じゃ、行こうか。』
杏と由香は後ろに乗った。マリーンはすかさず話を始めた。
『えっと、トオル君です。ダンスしてて知り合ったんだけど、夜は危ないからってよく送ってくれるんです。』
『そーいうことです。よろしくね。2人のことはよく聞いてるよ。大会はもう2日後だっけ?頑張ってね。』
『ありがとうございます。』
『あっ、トオル君これありがとう。』
マリーンは一冊の本をバッグから取り出した。
『おう。おいといて、そこに。下らない本だろ?』
『うん。でも面白かったよ。たまにはいいね、気分転換できたよ。』
杏が何かを言おうとしていたが、止めたように見えた。
『どうしたの?』
『え?あぁ。ちょっとその本見せて貰ってもいいですか?』
杏はトオルに言った。
『いいよ。マリちゃん渡してあげて。』
杏はページをざっと捲った。カバーの無い文庫本であり、所々端が折ってあった。
ページを行ったり来たりさせている。しばらくすると、前にいる2人に尋ねた。
『この本は元々は誰のですか?』
『俺のだけど・・・どうして?』
『私も読んだことあった気がしたので。勘違いかもしれませんが。』
前の2人は笑っていた。私は淳に借りた本のことかなと、すぐに思った。
常に淳のことが頭にあったからだ。
外を見るとハーフパンツ姿の淳がすぐ斜め前を歩いていた。
『あっ』
私は思わず声にだしてしまった。私は淳を目で追っていた。
『誰?いまの淳先輩かな?』
『多分ね。』
『停まろうか?』
トオルは車を端に停めた。淳は車まで追いつくと、チラッと中を覗いた。私は躊躇いながら窓を開けたが無視してそのまま歩いて行ってしまった。
『ご機嫌斜めかな?』
トオルはそう言うと、車を走らせて淳を勢い良く抜かしていった。
トオルは家まで送っていくつもりだったが、2人は駅までで良いと告げ、駅でマリーンと別れた。
『淳、どうしたのかな?怒ってなかった?』
『由香は考えすぎ。大丈夫よ。男が運転してたのが気に入らなかったんじゃないの?』
『かな?』
今日は朝考えてたより淳と話せなかったな、なんて思いながら家に帰った。
『トオル君、ごめんね。一緒になんて言っちゃって。』
『全然いいよ。それよりあの子、恋してるな。』
『由香ちんでしょ?』
『違う、逆の子。えーっと、杏ちゃん。そんな気がする。』
『なんで?』
『さあな。まだ始まったばっかって感じだけどよ。へーって感じだな。』
『何言ってるのか分からないんですけど?』
『なんでもねぇっす。そういや、お前は告白するのと、されるのではどっちかがいい?』
『そりゃ、される方。』
『だよな。』