今の世の中、生活力を教えていない親が増えているのではないかと危惧します。

僕も20代の若造ですが、最低限家事くらいできますし、料理もそこそこできます。

しかし、最近の子たちの中には、例えば料理するとき、包丁が使えていない、ピーラーが使えない、目分量ができない、脳内にレシピがない、といった子たちがいるわけです。
そんな最低限のレベルすらできない子たちが、思ったより多いんです。

お行儀だけは良くても、生活力のない子たちが増えているように思います。

家事は、生きていく上で必須のものです。

それを親として教えないのは、どういう了見なのか不思議です。
手を切らせたくないとか、そういう「失敗させたくない」という理由でやらせないのは、あまりにも無責任が過ぎます。
子供が死ぬまで、いや、孫、曾孫の代まで家事全部全員分やるのか?
無理なはず。なら、ちゃんと教えなきゃなりません。

特に家事全般は、小さい頃から教えないとダメな部類のものです。生活の基本を教えないことは、虐待に匹敵すると個人的には思います。

僕がはじめて社会人となり、いざ一人暮らしをして、男女関係なく同僚の中食の多いことにビックリしたものです。

朝昼夕、平日休日も全部外なんです。昼はさすがに中食外食が多いでしょうけど、さすがに毎日一切自分で作らない食事というのは不健康です。
親がそうしているからそうなのかもしれませんが、ちょっとひどいです。一人暮らしは金がないわけですから、そんな生活ばかりでは金がたまりませんし、風邪を引きがちになってしまいます。

今大人になり、普通に暮らしてよくわかりました。
学歴はそこそこ大事ですが、それよりは生活力が大事です。後で自分で身に付けるのは大変なんじゃないかと思います。

一時間正座できるより、40分でご飯と汁と二、三品用意できる方が余程大事と思います。
新年の挨拶を申し上げます。今年もよろしくお願いします。

読者の皆様の今年一年のご多幸を心より祈念申し上げます。

さて、新年早々ですが多少愚痴らせてください。

実は先日、某有名コーヒーチェーン店に行ってきたんですが、ドリップコーヒーが不味すぎたんです。もう、不味いというワードを通り越しました。

プラスチックの味がして、飲めませんでした。
まさか味覚が狂ったのかなと思いましたが、他のコーヒー屋さんのコーヒーも家族が作るコーヒーもとても美味しいのです。

味覚が狂ったのではなく、そのコーヒーチェーンがどうやらダメっぽいようでした(以降プラコーヒーと呼びます)。

普通の喫茶店では一杯ずつ丁寧にいれてくれて、豆も選べてコーヒーはうまいです。もちろん100円か200円プラスでかかりますが。

同じコーヒー一杯でも、100円か200円の違いでここまで違うのかなと思ったわけです。

さらに、もっとガッカリだったのが、セブンなどのコンビニのコーヒーにすらそのプラコーヒーの味が劣ったというところです。いや、比べるまでもない感じでした。
まあ、たぶん人生これまで飲んだ液体の中で最悪の味がしました。何かの社会実験か罰ゲームかなという感じでした。

こんなものを買ってしまったら最後、そのプラコーヒー店の様々なアレンジは、その不味さを隠すためだったのかなと勘ぐってしまいます。

株主や経営側がてめえらの利益ばかり要求して客に泥水飲ませるような商売しているのかもしれませんが、僕にはよくわかりません。

「ちゃんとしたもの」を求めるなら、「ちゃんとした値段」を払うべきなのでしょうが、まあまあな値段がしたので、てっきりそのプラコーヒーを提供したチェーン店はまあまあちゃんとしたな味がするものだと僕は勘違いしていました。

値段イコール質というのは、もしかしたらちょっと前の時代の話になってしまっているのかもしれません。考えてみれば今の時代は、混沌の時代です。

今の時代、ちゃんとした高級品と、利益最優先で値段だけちょっと高い高額品、それなりにちゃんとした質の安物などと、様々なモノが入り交じっていて、中間の値段のモノが必ずしも質を伴わないのです。

僕はまだ若造なので、嗅覚がさほど鋭くなく、時々やられてしまいます。

ただ、一つ言えるのが、スタッフが余裕をもって仕事をしているところ、つまり人間にお金を投資しているところは、長く続いていますし、多少お値段が高くても良い仕事をしてくれるようです。

僕は、あまりお金はないですが、今年からは多少お値段がかかっても、ちゃんとしたモノやサービスにペイしようと思います。

また、満足できないなら、自分で作ることにします。

自分で作った方が、安くて確実な場合もありますし。

今回は、キッチリしっかりしたものは、それなりに値段が張るが、注意が必要という話でした。
高校生の頃、僕はありふれた日常がつまらないと思い、非日常に憧れていました。

今はそんな事思わないのですが、当時は何も考えていなかったんでしょうね。

そう、何気ないありふれた日常を支えるのが、なかなかに大変だということすら、わかっていなかったんだと思います。

毎日様々なことを決定し、実行に移す。しかも、家庭だけでなく仕事でも、また子どもの将来の希望を叶えるためにどうしたら良いかについても…。

日常の維持がいかに大変か、これはやってみないとわかりません。主婦とパート兼業の人が、いかに大変かとも思えます。

ただ、家庭で起きるぎくしゃくは、「自分だけが頑張っている」と思うからでしょう。互いの立場の不理解から喧嘩が起きるのだと思います。

だからといってただちに日常を破壊する不貞行為をして良いとはなりません。
よくニュースで大きな詐欺事件が報道されますね。

(詐欺業者にとって)うまい話も、時には新聞広告に挟まれてくるんで、著しく悪質です。

じゃあ、どうやって詐欺業者を見分ければ良いのでしょうか?

そのためにはまず、ビジネスの大まかなシステムを理解することです。

組織がどのようにして利益をあげているのか。まず、モノを売る場合ですが、モノを仕入れて売る場合は、仕入れ原価がかかります。その上に必要経費や利益などを乗せていきます(乗っかった分をまとめて粗利といいます)。

商品の需要の度合いや会社の方針などにより、粗利はずいぶん違ってきますが、日常的に消費される商品ですと、2~5割前後といったところでしょうか。

ちなみに企業によるんでしょうけど、粗利のなかに純利はあまり乗っかりません。せいぜい数%あればすごいですかね。

では、どうやって詐欺を見分けるのか。

例えば、皆さんが知らないような耳にもしたことの無い商品をリースする事業の高配当投資の勧誘チラシが入ったとします。

そこには、高配当!月6%!とか書いてあるわけです。

では、固定資産税など様々な税金も運営にかかる人件費なども支払ったとして、その高配当を月あたりで配当をたくさんの人数に行えるのか、また事業としての継続が果たして可能なのかを考えてみてください。

まず、「皆さんが知らないということ=需要がない」という事と同義と考えても良いです。

売れないくせに値段設定が安かったり、超高額だったりするところは、まずあやしいです。

そういうチラシは、まず事業は存在せず、経営者()がいいだけ儲けたあとにドロンするものだと思った方が良いです。
公共の場で赤ちゃんの泣き声がしたとして、イライラした顔で睨み付けたり、「泣き止ませなさい」とか怒鳴り付ける人もいます。

赤ちゃんの声は人の注意を引くような声なので、気持ちは分かるんですが、今の僕はちょっと違うかなと思っています。

まず、泣くのは赤ちゃんの仕事であり、コミュニケーション手段でもあります。
それが嫌なら音楽でも耳栓でも何でも良いので、気にしないことです。

また、赤ちゃん自体が嫌いならば、お金を自分で積み立てて、絶対にピンコロできるように健康を完璧に維持して、完全自給自足ができるようにして老後に備えておくのが良いでしょう。

何せ、自分らの老後は、次の世代が大人になってその人たちの仕事によって支えられるわけで、それには老人ホームや在宅介護などあらゆるサービスが含まれる訳です。

次の世代の存在を否定しておいて、のうのうとそれらサービスを受けるなんてムシの良い話はありません。



いつの時代も、赤ちゃんが嫌いな方はいたし、常に一定程度いるんだろうなと思います。

実は昔の僕はあまり赤ちゃんの事が好きではなかったのですが、「そもそも、自分も赤ちゃんだったわけだし赤ちゃんという存在の否定は自分の存在の否定か。」と思うようになってからは、他人の赤ちゃんの泣き声もニコニコ見守れるようになりました。

ダイナミックに考えれば、「赤ちゃん」とは、我々が歳を食ったときには労働を担っているであろう世代です。

それらの世代の赤ちゃんすべてが一切泣きもしない子らばかりでは、逆に心配ではありませんか?
日々を楽しく、といっても、それは人それぞれですが、趣味は大事だと個人的には思うところです。
特にこれは、と打ち込めるものがあれば良いと思います。

趣味が無い人も、これから作れると思います。
暇な時間の長さに応じて、楽しいと思えることをすれば良いと思います。

別に趣味に制約はないと思いますので、違法なことや人道に反することでなければ良いと思います。

例えば、酒を嗜むのも趣味だと思います。趣味でソムリエ、という方もいますし、楽しい趣味だと思います。

長く楽しめてなおかつボケ防止も考えるなら、モノ作りも良いでしょう。
DIYなんか楽しいと思いますし、手芸も良いと思います。
また、それぞれ男性向きだとか女性向きだとか気にしなくても良いのかなと思います。

特に、モノ作りは自信にも繋がりやすいらしく、精神衛生上も良い趣味といえます。

ラクに考えて、楽しいことをすれば良いのです。

そうすれば、少し日々が充実するでしょう。
私にはまだ完全に受け入れる事ができない考え方ですが、故・劉暁波氏がお持ちだった考え方のようです。

確かに敵だと認識していなければ、敵ではないため、敵はその人にとっていないという事になります。

時代を先取りした思想だと思いますし、正直頭が良くて人格もいい人なんだろうなとは思います。

ただ、全人類がついてこないとなかなかそうはいかないのでしょう。

ところで、ミサイル・ブラックフォーン氏とデズニー・カードゲーム氏はむしろ敵を作っていくスタイルみたいですね。

この世の中、どうすれば敵がいなくなるか、その方略を考えるべき時なのかもしれません。
誰かからうまい話があると言われたらどうしますか?

まあ、まずうまい話はありませんよね。友達から言われたら、その人を救うべき時でしょう。

友達でもない人から言われたなら、私はこつこつやるのが好きなのとやんわり断れば良いです。

結構マルチとかまだまだ残っていて、友達からすすめられたりするんで、ついズルズル繋がってしまう事があるようなんです。

また、賭け事やらFXにハマって損している人などは、よく「うまい話があるから金をかして」などと言いますね。一度金を渡したら、手切れ金のつもりでもまた来ると思ってください。
渡さないのがベストです。

うまい話では、お金が増える事はまずありません。

うまい話がなぜ存在するのか、誰にとってうまい話なのか、色々疑問に思って考え尽くしてください。

誰がやっているのか?
自分にとってうまい話なら、なぜその人にとってもうまい話たりうるのか?
運営費は?
広告宣伝費も出してなおかつたくさんの出資者に配当を回すだけの運営費も出して、高配当が出せるか?

新聞の広告のチラシが詐欺案件だったなんてことは結構前からあったことですし、うまい話など、どこにもありません。

もし友達がそんなくだらないことのために、金銭感覚や倫理観を崩壊させようとしているとして、その後どう接するかは人の価値観によると思います。

ただ、既に崩壊しかけた倫理観に対して、人間として涙を流して喧嘩する覚悟がないなら、縁を切った方がお互いのためということもあるでしょう。

僕は喧嘩してでもしつこく止めに入りますけどね。

しっかし、今の時代、本当にお金の使われ方や動き方がむなしいなと感じることが時々あります。

賭け事やFX、これは負けている人がいるから成り立つし、なおかつ手数料があるからビジネスでもあるわけで、運営する側は何の損も無いわけですよね。

せこいと思います。

大多数の人に時間的な利潤を産み出すのでもなく、大多数の人に好意的感情を与えるのでもなく、ただ大多数の人間が長い時間拘束されてトータルで何も残らないどころか、時間的にも金銭的にも損をする。
最早うまい話どころではないですよね。

なのに一応刺激的なCMをたくさん打って、楽しそうで儲けそうな雰囲気を演出してきます。
じゃあこれを「うまそうな話」とでもしましょうか。

でも、結局はうまそうな話もうまい話にはなりません。
会場を運営する費用と株主利益と経営陣の金を捻出するんですから、トータルで誰かを勝たすことなんてできるわけありません。当たり前です。

賭け事をする会場までの交通費、その間できない諸々の家事、賭け事をしているトータルの時間では映画館にもいけないし、買い物にも行けません。世の中の店が開いているコアな時間を拘束させるので、あらゆる事ができません。

とてもじゃないが、僕にはやる気が起きません。
なかなかの額が飛んでしまうのに何も残らないなんて悲しすぎます。しかも交通費もかかるなんて。

うまそうな話をうまい話にするなんて無理です。
所詮は何も残らないビジネス、虚無のビジネスなんですから。

じゃあ本当にうまい話って何か?

例えば食事処。そこまで長くない時間で腹が満たされます。
例えばコインランドリー。汚い服がきれいになりますし、家庭ではできない洗濯ができます。

うまい話じゃないですか。千円かそこらで、価値ある仕事をしてもらえます。
気に入らなければ自分でだってできる。それならばその道具を買ってきても良いですよね。
いずれにせよ残るものがあります。

虚無のビジネスよりも、現実のビジネスに僕はお金を払いたいと思います。
世の中、まだまだブラック企業はあります。

さて、どうやって辞めましょうか。

いきなりバックレる、というのを推奨する書き込みもネットの中にはありますが、裁判になることもありますし不利なのでやめておいた方がいいです。

それから、過剰な残業やパワハラセクハラなどの違法行為など、余程の事がなければ、辞めないことをオススメします。

また、辞める決断をしたなら、ある程度不可逆的な地点まで進んだなら、完遂しなければなりません。色々な人が動かなければならなくなるので、飲み屋のキャンセルとはワケが違います。

また、当ブログでは責任はとれませんので悪しからずご了承ください。

で、辞めたい場合ですが、まず、職場にて定義されている、辞めるときのルールを確認します。
もしないなら、法的に問題ない範囲で退職届を書き、最終勤務日の1か月前までに出しましょう。

有給休暇があるなら、それを消化するのも考えて、勤務の残日数を1か月は確保してあげるのがベターです。
人事部が新たに誰か入れなければならなくなるわけですし。

そして、上司に計画を通告し、この日に最終勤務となる。と告げましょう。人事部にも必ず計画を伝えた方が良いです。

これは、受け入れないと言われても受け入れてもらうしかないので、受け入れないと言われたら、適当に「実は辞めるに当たって知り合いの弁護士と相談している」とか言っておけば大抵の上司は「ヤベッ」となって黙るでしょう。

ベストなのが、次の仕事(限りなくホワイトな企業)を決めておくこと。もし無理なら、一旦実家に帰ってゆっくり地元の仕事を決めても良いでしょうね。
田舎は求人多数ですし、都会ほどギスギスしていません。職場のおばちゃんたちも優しい人が多いです(地域にもよるでしょうけど)。

円満退社すれば、退職金が出る会社なら、条件を満たしていれば退職金が入る場合もあるし、雇用保険も使えるでしょう。何も焦る必要はありません。ブラック企業で死ぬよりかは、田舎でゆっくり気楽に働いた方がまだましです。

また、円満退社すれば、かつての人脈を使える場合があります。とんでもない辞め方をしたら、かつての人脈から噂が広がり、再就職しても仕事がとれなくなる場合もありえます。

僕も取引先さんと話していると、前職場の名前が出てきて、改めて円満退社で良かったと思いました。

辞める時は多少波風が立つものですし、いちいち気にしないことです。ただ、相手方が明らかに非人道的で違法な事をして来たら、我慢できなくなった時点で然るべき所に相談すれば良いでしょう。

もちろん、絶対にこっちは法にふれてはいけません。辞めるとなったなら、頑張ってすべての手続きを自分で調べて完遂しましょう。辞めるんですから多少の覚悟は必要です。

もちろん、多少のすれ違いや多少の仲違いで辞めるのはもったいないです。ただ、理不尽な目に遭い、死にたいとか思ってしまっているなら辞めた方が良いです。
ブラックレベルの低いところで僕は以前働いていましたが、やはり80時間の残業が続いたりするとなかなか疲れたものでした。

よく知った人から聞くひどい会社では、最早社員は奴隷扱いです。今回はそこの話をします。

最低賃金すら守られず、わけあって残業代は固定。粉塵が舞い、分煙なし、休憩時間は30分以下。

労働開始が9時で、終了が25時~30時というものです。

続くわけもないのですが、辞めても他ではなかなか雇われない男性を中心に意図的に集めているようで、辞める人はいるものの、多くはないそうです。

しかも、社長はかなりの悪徳で、社長だけ給料をガッポリとっているのだそうです。もちろん、車も住まいも贅沢にやっているようです。

さらに、労基署の仕組みを悪用し、「あえて固定の残業代を支払っている」のだそうです。

どういうことかというと、基本的に労基署では、社員本人が駆け込まないとなかなか捜査できず、しかも給与所得の内訳がわかる証拠を持っていかないと、「最低賃金法違反か残業代の不払いかがわからず、対処しかねる」のだそうです。つまり、労基署に対処を依頼しなければならないのに、状況的に難しいわけです。

奴隷労働を強いることで、その時間分寝た方がましとすらも思わせているわけです。


ここまで理解した上で、気力も時間も奪い、奴隷労働させ、贅沢三昧している人間が、世の中にはいるのです。これが社会的に許されることでしょうか?

僕はそうは思いません。

そんな企業が、北海道に存在することを、とても恥ずかしく思います。