選手が心を傾けるスポーツコーチ ヤディ(八所和己) -2ページ目

“父親とはこうあるべき”を手放すと見えてくるもの

仕事を終えて帰宅すると、
リビングの隅でブロックを
積み上げている子どもが目に入る。

「パパ見て!」
と得意げに差し出すその笑顔に、
思わず
「すごいな」と
言いながらも、
携帯の通知に
目がいってしまう。

そんな瞬間が、
きっと誰にでもあるはずです。

父親の子育ては、
特別なことのようでいて、
本当は何も特別ではありません。

母親任せにせず、
日々を分け合いながら
子どもと関わること。

それだけで、
十分なのです。

一緒に遊ぶ、話す。
食事、入浴、寝かしつけ、送迎。
そうした“当たり前”を当たり前にやることが、
家庭の安心と信頼の土台になります。

ある日、
子どもと一緒に風呂場で
シャボン玉をしていると、
泡がはじけるたびに、
子どもが声をあげて笑います。

その瞬間、思うのです。
「教えるより、
いまを楽しむことのほうがずっと難しいな」と。
でも、
だからこそ、
父親としての新しい学びがあります。

父親の関わりが多いほど、
子どもの社会性や言語発達、
自己肯定感が高まりやすい。
そんな研究があります。

でも、
本質は、量や回数ではなく質にあります。
そして、
その質を高める鍵こそが
「プレイフルさ」です。

プレイフルとは、
ただ“遊ぶ”ことではありません。

「遊び心を持って、夢中になること」
そして、
「相手を夢中にさせること」。

父親がこの“夢中の空気”を
つくれるかどうかで、
家庭のエネルギーは
まったく変わります。

子どもは、
大人の真剣さよりも、
大人の“楽しさ”に反応します。

その一瞬の笑い、発見、想像の広がりが、
子どもの中で「学び」や「挑戦」の
芽になるのです。

「母親は家庭、父親は外」
そんな分担が
まだどこかに残るなかで、
父親が家庭に
プレイフルな関わりを
持ち込むことは、
家族の空気を柔らかく
ほぐす力を持ちます。

父親が“特別な存在”である
必要はありません。

むしろ、
同じ目線で笑い合える
距離にいてほしい。

母親も父親も、
ただの大人として。
それぞれの個性のまま
関わり合えば、それでいいのです。

ある父親は言います。
「子どもの笑顔を見ていると、
“教える”よりも
“教わる”ことの方が多いんですよ」と。

その言葉どおり、
私たちは子どもから、
“夢中になる方法”をもう一度
学び直しているのかもしれません。

「父親とはこうあるべき」
という枠を握りしめていると、
その遊び心は、
どんどん失われていきます。

理想を掲げ、
きれいな型にはめようとすればするほど、
子どもは自由を失い、
関係は窮屈になります。

「自律してほしい」と願いながら、
「あれはダメ」「これをしなさい」と言っていたら、
本当の“主体性”は育ちません。

親がつくるべきなのは、
完璧なルールではなく、
冒険できる“枠です。

抜け道があってもいい。
たまに鍵が壊れていてもいい。

そんな不完全でおもしろい
“アドベンチャーワールド”こそが、
子どもの探究心や
創造力を引き出します。

子どもは、
育てなくても、
育ちます。

だからこそ、
父親ができるのは、
観察すること。
聴くこと。
そして、夢中になること。

“教える力”より、
“一緒に楽しむ力”。

それが、
これからの父親の新しいスキルです。

“父親とはこうあるべき”という小さな枠を手放したとき、
見えてくるのは――
家族がひとつのチームとして、
生き生きと成長していく世界です。
父親がプレイフルであること。
それは、
子どもが「人生って楽しい」と感じるための、
最初のサインなのかもしれません。

プレイフルな関わりを、
一緒に考えてみませんか?

ユーススポーツの未来。暴力なき成長を願う

こんばんは。
プレイフルコーチの
ヤディです。

今年も
甲子園のドラマは最後まで
尽きません。

夏の高校野球全国大会は長きにわたって
日本の夏の風物詩として
親しまれています。

高校球児のさわやかな振る舞いと
最後まであきらめないスポーツの感動を
我々に届けてくれています。

今大会の参加チーム数が、
3,680校3,396チーム(昨年3,715校3,441チーム)。

地方大会を勝ち抜いて
全国大会に出場できるチーム数は49チームのみ。
狭き門です。

一方で、今年は異例の事態もありました。
甲子園の常連校でもある広陵高校の
途中辞退です。

選手同士の暴力沙汰が
高野連への報告と違った事実が
判明したためだと言われています。

衝撃のニュースでもありました。

こうした不祥事が高野連に報告されている
件数は年間で1000件を超えていると
言われています。

参加チームの約3分の1ということに
なりますね。

高校野球というクリーンなイメージとは裏腹に、
こんなにも不祥事がある。

一体どういうことなのでしょうか?
憶測はたくさんあります。
色んなことが噂されます。

長い歴史の中で、
系譜されてきた伝統や歴史。

甲子園という舞台で
優勝する価値。

学校の名誉。
そして、知名度。

監督という職業。

いつしか
高校野球は、参加することに
意義があるものではなく、
勝ち続けること。

今ここでの結果が全て。

まるでゲシュタルトの法則のような
考え方が根付いてしまった。

一度好成績をおさめた学校は
監督さんが権威性高く君臨する。
ある意味学校の顔となる。

それが長年続けばなおさらである。
甲子園の常連校となり、名監督の名を馳せ、
いつの間にか有名人となる。

結果を出せばそれでいいわけでもない。
野球を通じてスポーツの価値を届けることが重要です。

それは日本一になることとはまた違う。
学校教育の一環として位置づけられているのであれば
なおさらだ。

日本一になることで、
大人がまっさきにメリットを感じてしまう。
選手ではない。
そんな感じがして止まない。

そして、保護者もまた然り。
甲子園に出るためにどれだけの時間と労力を
費やしているのか?

そして、選手は。
レギュラーを勝ち取るため、
部に生き残るため、

ルールを破ることもある。
あってはならないこと。

競技とは別のところで起きる。
暴言や暴力。そして、イジメ。

選手たちの行いはすぐに
大人たちに気づかれる。

大人たちは事を穏便に済ますための策を
講じる。保護者も学校側も一致団結して。

高野連への報告は過少報告となり、
高野連からの処分も甘くなる。

結果、今回のようなことが起こりうる。
隠ぺい体質が見事に露呈した。

事の真偽は知る由もないが、
火のないところに煙は立たないし、
少なくとも出場を辞退するほどのことが
あったというのは間違いない。

スポーツは人に感動を与え、
共感を呼び、
勇気をくれる。

一方で、
惨酷な面も持ち合わせている。

その多くは、
目に見えない心の部分です。
学校教育という仮面の下で、
横行するハラスメントは、
もはや先生という教育者にはじまり、
監督・コーチ・部長という
権威性を掲げる身分の人たちの

クオリティの低さを表している。
スポーツ=気合と根性
指導者絶対理論。

こうした古い考え方で日本一になったところで
心の底から喜ぶことはできないと思います。

学校の先生も監督・コーチ・部長と呼ばれる
指導者も。

競技に敬意を払うことができれば
スポーツというものが
どういうものなのか?

スポーツの価値は何なのか?
小学生の時に知ることができるんだと思う。

こういう不祥事の話が出るたびに
言っていますが、
スポーツと学校教育は切り離して考えることが必要です。

スポーツは非日常であり、
ここで学ぶことは学校では体験できない
エキサイティングな経験です。

そして、チームスポーツであれば
チームワーク。
個人競技であれば
自分との対話。

そうやって関係性を築いたり、
自分自身で決断したり、
自ら手に入れることができるように
トレーニングをしたりするのです。

日本のスポーツイベントとして
巨大化しすぎてしまったのだと思います。

もう一度、
競技の本質を見つめなおし、
スポーツと学校教育の違いを明確化し、
暴力なき成長を促す指導者が
増えることを祈っています。

11月限定3名→募集開始しました。
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プレイフルコーチ ヤディ

目に見えないものと 闘う勇気を。

こんばんは。
プレイフルコーチの
ヤディです。

高次脳機能障害という障害を
ご存じでしょうか?

脳卒中や多発性硬化症といった
病気や交通事故など、
様々な原因によって脳に損傷をきたし、
言語能力や記憶能力、
空間認知能力などの認知機能や障害や
精神機能の障害のことを言います。

脳損傷後の後遺症の一つです。
実は、この障害は、
外見からはわかりにくい障害なのです。

そして、1人1人症状が違う
というところも大きな特徴です。

程度や現れ方もさまざまです。
本人ですら気づきにくいこともあるんです。

先日ある歌とダンスの公演を見てきました。
ダンサーはHARMY。そしてヴォーカルはkiku。

ユニット名はiMhi。

HARMYは、高次脳機能障害を患っています。
4歳から新体操をはじめ、全日本大会団体戦で優勝。

その後、新体操からダンスに転向し、
活躍をしていたものの、
21歳の時に多発性硬化症を発症。

そして、目に見えない障害と付き合うことになります。
それでもダンスを続けるためにロサンゼルスで
修行をし、帰国してもダンス指導や自分でもダンスを続け、
パラリンピックの開会式の部隊でもダンスを踊りました。

HARMYは、いつも障害と隣り合わせ。
そして、自分と同じ障害を持つ人がたくさんいること、
そして、「ヘルプマーク」の存在を知ってもらうための
活動を続けています。

HARMYのダンスにはあるメッセージが
込められています。

「目に見えるものがすべてなら、
私は何に苦しんでいるんだろう」

多様性の時代に、
個性の時代に、

見た目は何も変らなくても
障害を持つ苦しみが隠されている。

私たちはそれを知る由もない。
そして、気づくこともできないかもしれない。

ただ平等に、
障害を持って生きることの意味。

勇気づけるように
Kikuの歌声が響き渡ります。

透明感があるだけじゃない。
強くたくましい声。
勇気と元気。そして生きていく覚悟。

聴く人たちの背中をさすり、抱きしめ、
背中を押すことができるように。

そんなメッセージも込められている。

2人の調和が素晴らしく
涙腺が緩んでいくのを感じました。

「目に見えないもの」

人の心もまたそうかもしれません。
自分自身にしかわからないこと。

また、自分自身ですら気づかないこと。

人の心は誰にもわからない。
そして変えることもできないのかもしれない。

でも、目を背けることなく
自分を見つめることが大切。

どんなことであっても
「それが私」
と受け入れることができたら。

悩んでいる人との関わりや
臨んでいる決断する力。
そして手に入れたい理想が

見えてくるかもしれません。

そして、
違いを受け入れる。
違うんだって思うだけでもいい。

褒めることも批判することも
何もしなくていい。
ただ、違うんだと思うこと。

そこに自分自身の変化と成長が
あるかもしれません。

目に見えるものが全てではない。
もっともっと奥深く、
受け入れることで見えてくるもの。
思い込みやあきらめを捨てることで
見えてくるもの。

当たり前を一旦横に置くことで
見えてくるもの。

日々ほんの少しだけ、
意識してみるのもいいかもしれません。

スポーツの世界も同じ。
コーチと選手の関係性の中で。

目に見えない何かが通じ合うこと。
また、通じ合わないこと。
お互いが発する電波をキャッチする方法。

特に指導者は、
考えることが必要なんだと思います。

選手の現在地はどこで、
選手のゴールはどこなのか?
そして、そのプロセスは1つではないということ。
そして、そのプロセスは選手が自ら歩いていくもの。
そして、感情を繊細に捉えていくこと。

目に見えることだけでなく
目に見えないことを
誰かと一緒に
見ようとすること。

心を穏やかにして。
考えてみてください。

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