自分の書いていた文章をまとめることによって、自分が今まで歩んできた道を再確認しよう。そしてこれから先のことを考えよう。

そう思って、このブログに、過去の文章をのせ始めた。

私にとってはリアルタイムの出来事ではなく、今現在考えていることでもないから、私も皆さんと同じように、まるで他人事のように文章を読んでいる。

この頃の私と、今の私と比べて変わったところ…

たくさん有りすぎて、言葉にしづらい。

皆さんは気づいているだろうか?文章の冒頭に書いてある日付に。そう。この日記は5年前の私の文章から始まっている。中には1週間、2週間たってからの文章を、毎日UPしている。

まるで、みなさんは、私のこれまでの人生を、早送りで見ているようなもの。

まだ、私が汚れを知らなかった頃。

”汚れ”と一言で表現したけれど、あなた達にはどう映るのか。

一人一人価値観が違うから、私が言った”汚れ”を、当たり前だと思う人、本当の意味で”汚らわしい”と思う人…。多々いるかと思う。

登録して間もないというのに、何十人もの人が訪れてくれる。何人かからはメッセージやコメントを頂いて、とても、ありがたく思う。

あなた達の事は、これからも大事にしたい。あなた達のおかげで、私は毎日ここへ訪れる気力を保つことが出来ている。

そう思うからこそ、自分が他人にコメントをしたり、読者登録をしたりする時は、本当にその日記に合ったメッセージを書こうと心がけているし、無理はしていない。

だから、たまに明らかにコピペなんだなぁ、と思うメッセージなどを頂くと、ちょっと切なくなる。でもそれは、私の文章が本当に魅力があるものであれば、それに比例したメッセージが届くだろうし、私が至らないだけなんだと、思う。

だから、少しでも、みなさんの心に響くような言葉を、綴っていけたらいいなと思います。

これが、今、28歳のリアルタイムな私の気持ち。
2000/04/06(Thu)

5000万円をおどしとっていたという少年3人。被害者の母親は、その多額のお金を父親が死んだ時に入ったお金から工面していたという。中学生のくせに、そんな金を何に使うんだ?どうせくだらない遊びとかゲームとかバイクとか、先輩から流れてくるカンパにまわしていたんだろう。それにしても桁が多すぎる。

 だいたい、払った方が可笑しい。そんな金があればいくらでもできたはずだ。引っ越すとかその金で殺し屋を頼むとかね。それでも彼の毎日の死への恐怖とか、そういうものを思うと胸がしめつけられる。

あたしは人に同化しようとしすぎるのかもしれない

 そんなものはただの推測であって、実際はもっと違う状況かもしれないのに、自分とおきかえて考えすぎる。本でも、漫画でもそう。ドラマでも映画でもニュースでも。

 ニュースで特に嫌なのが幼児虐待ものだ(~ものというと、AVみたいだけど)。ほんの5分のニュースで、いつの間にか涙が出ている、気分が悪い。トラウマがあるわけじゃない。親は二人とも仲がいいし、幸せな家庭だったと思う。それだけに、そういう行為をする親の気持ちが理解できないのかもしれない。こうして文字にしている間も、なんだか体中がムズがゆい。吐きそうだ。

 どうしてそんな状態になるのかは自分でもわからない。もしかしたら、覚えていないだけで虐待をうけていたのかもしれない。

 覚えているのは、一番仲の良かった友達が、同居している祖母に怒鳴られ、殴られている風景。今でも鮮明に記憶に残っている。壁に追い詰められる友達。泣き叫ぶ友達の顔。

 今では親となったその友達は、子供に対して同じことをするのだろうか。蛙の子は蛙。そしてあたしも平気な顔して子供を殴るのだろうか。ストレスのせいにして。その時になれば幼児を虐待している親の気持ちがわかるのだろうか。そんな気持ち、知りたくない。あくまでも推測でとどめたい事も、世の中にはたくさんある。

 あたしが流す涙は、もしかしたら”自分じゃなくて良かった”、”自分は幸せでよかった”、そんな涙なのかもしれない。悲しいことを聞いた時に流す涙は、そういう理由か、もしくは自分が同じような経験をしていて、それを思い出して涙が出るかどっちかなんだ。

人間なんてそんなもん。

 感動した時の涙は、嫉妬だ。自分が同じ経験をできないから、その人の人生に対して嫉妬しているだけ。嬉しい時の涙は、これこそ自分の幸せに対して感極まって出るもの。唯一、自分のことを考えないで出るものは、笑ったときとあくびのついでに出る涙くらいだ。だからあたしは、笑ったときに出る涙が大好きだ。できればずっと笑っていたい。

 人の人生に同化するたび、疲れる。勝手に同化して、勝手に疲れて、それで嫌と言っている。それでもそんな、我侭で憎たらしい人間が好きだから。

貴方の人生に、嫉妬させてください。
2000/03/27(Mon)

友達と恋人の違いはなんだろう?

真面目に、そんなこと考えたことがなかった。それを、昨日考えさせられる出来事があった。

友達とでもできること。それをまず、考えた。

遊びに行く/食事をする/お酒を飲む/冗談を言う/相談する/勉強をする/励ましあう/長電話をする/ひとつの缶ジュースを飲める/…

恋人じゃないとできないこと。

手を繋ぐ/キスをする/他の人には見せられない一面を見せられる/ドキドキする/抱き合う/SEXをする/誰もいないエレベーターでキスをする/エスカレーターをくっついて登る/耳たぶを噛む/口移しされた飴を食べられる/…

こう考えてみると、触れることに関するのがほとんどだ。これはきっと、あたしだけに限った基準ではないと思う。触れることがなんらかの理由で欠如した時、お互いの心は離れるし、お互いの心が離れた時に、触れることが苦になる。

そんなことしなくても、お互いの気持ちは離れないよ。

そう思う人もいるかもしれない。確かに世の中にはベタベタしない恋人同士も多く存在するし、結婚して何年もたてばそういう行為はしなくなる。

でもそれは、限りなく親友に近づいてるんじゃないかな。心の繋がりとか、一緒にいて楽しいとか、そういうのは友達とでもできること。恋愛対象というより、きっと”パートナー”。

”触れ合わなくても気持ちが繋がっている”そう思っている恋人同士でも、相手に触れられた時、嫌悪感は抱かない。触れられるのに嫌悪感を抱くなら、もうそれは恋人同士じゃなくなっているはず。

触れられないと乾くよ。乾いちゃうんだよ。彼女が、それを拒むならどこか気持ちが離れているとしか思えない。だから躊躇しないで。自分の中に、触れるだけが目的という気持ちがないのならきっと彼女はそれを待ってる。

女は触れてほしい生き物なんだよ。

兎は、放っておかれると寂しくて寂しくて涙を流して舌を噛む。きっと、女もそんなもの。

女は兎。

それを早く、気づけばよかったね。
2000/03/08(Wed)

眠い目をこすりつつ、いつものようにはなまるマーケットをぼんやりと見ていると、

チロリロリンチロリロリン…聴きなれたニュース速報の音が。

”東横線中目黒駅で電車が脱線、爆発炎上。死傷者20名…”

う…嘘でしょ、東横線って!中目黒駅って!ちょっとまてよ、今月からたまたまフレックスになって、今この部屋にいるけど違ってたら乗ってたかもしんないよ。命拾いしたんだろうか、あたしは。

今ここに自分がいることの安堵感と共に、もしかしたら自分も…と思うと身動きがとれなかった。

結果的には、東横線ではなくて日比谷線で、それも渋谷方面にむかってるんじゃなくて下りの方の電車が事故に遭ったわけだから、関係ないといえばなかったんだけれど。

徐行する東横線の中から、至近距離で事故車両を見た。椅子は無残に倒され側面はえぐれ、中から電線みたいなものが飛び出している。そこに何人もの人が乗っていたなんて微塵も感じさせない閑散とした車内。

毎日、ニュースでは全国各地の事故や事件を取り上げているけれど、いつもいつも他人事のように聞き流していた。そしてこれからもそうだろう。あたしの知らない所で起きる様々な出来事。そこには確かに被害者がいて、いつもどこかでそれを悲しんでいる誰かがいる。

関係ない立場でニュースを見ることができている自分を、もっと喜ばなければいけないのかもしれない。いつ、どこで、何が起きるかわからないんだから。

あたしにもし何かあったら、この日記はいろんな人に見られるんだろうか。あたしにもし何かあっても、あたしという人間がこの世に存在することを確認していない人達は”更新さぼってんなー”とかそんな風に思ってこなくなるだけなんだろう。

あたしがこの世にいる限りは、更新していきます。あたしの命の証として。
2000/01/26

いつのまにか大泣きしていた。

アイツのことは大好きだ。アイツと一緒にいる時間は楽しい。くっついて、寄り添って、笑って。
アイツがそこに存在するっていうことが、あたしの存在価値なんじゃないかと思う。

愛されてないんじゃないかとか、誰か他に好きな人ができるんじゃないかとか、そんな種類の不安は、いつしかしなくなっている。
今どうしても不安なのは

アイツが存在しなくなる事。つまり、死ぬ事。

ある日突然、いなくなったらどうするだろう。あたしはどうなるんだろう。あたしはその時、何を思うんだろう。

ある日突然、帰ってきたら最愛の妻子がかわりはてた姿で彼を待ち受けていた。ニュースやワイドショーで騒がれている、少年犯罪の事件の話。

あたしはそれを見ていて、いつのまにか大泣きしていた。

彼とその妻との間で交わされていた交換日記。その日記は、愛情に満ちていて、大好きな夫の帰りを可愛い子供と待ちわびる妻が、何かに急かされているように、まるで彼が側にいるように綴られていた。

これから三人に訪れようとしてる未来は閉ざされた。第三者の、通りすがりの、只自分の沸き上がる欲望を放出することしか頭にない少年の手によって。穴なら何でも良かったんだ。
確かに、そのまま生活していってもいつか別れが来たかもしれない。でも、それは自分が下した結果であって、自ら選んだ道。

これから訪れる幸せと、今の幸せを体中に感じて微笑んでる二人、そしてその可愛い証。

思わず、自分と置き換えてしまった。

もし、ある日突然・・・。
1999/11/15

日曜日:ミナ宅
月曜日:同上
火曜日:同上
水曜日:ミナ宅→ダー宅
木曜日:ダー宅→ミナ宅
金曜日:ミナ宅
土曜日:同上

こんなふうにほぼ毎日(友達と遊ぶ予定が入ってる日以外)一緒にいる。いままでもそうだったし、これからもしばらくそう。
そんな生活に慣れていた二人が一緒にいれなかった3週間。アイツが病院にいたあの3週間。

その時にあたしが彼にあげた1冊の本

「幸せな質問」おーなり由子

会社から病院へ向かう途中、何かあたしのかわりに元気づけてくれるものはないかと思って本屋に向かった。
ありきたりな癒し系の本が羅列されている中、あたしが小学生の頃好きだった漫画家の名前を見つけた。
おーなり由子。あたたかい線と、雑貨やインテリアなど細部まで可愛いその絵が好きだった。

手にした本の中の女の子らしき犬は、男の子らしき犬に質問をする。幸せな幸せな質問に、幸せな幸せな返事をする。
ストーリーがあるわけじゃない、面白い展開があるわけじゃない。時間がしずかに、あたたかく、音楽のように過ぎていくそんな世界。

「もしも、朝起きてわたしがゾウリムシになっていて、あなたの鼻に止まっていたらどうする?」

「旅のお金が一人分ですむから、いろんなところへ行くよ。あ、あとつぶさないようにキスする練習もしなきゃね」

「明日朝起きたらわたしは言葉の話せる女の子の木になっているの」

「すぐに住んでいるお家をひきはらって、すぐ側にテントを張って暮らすよ。君の大好きな洋服をたくさん枝につるすんだ。」

「かみさまに、なんでもいいから一つだけ願い事がかなうけどわたしに一生会ってはいけないって言われたら?」

「そんなかみさまにはあっかんべーするよ。後ろ足で砂をかけてね。」

・・・

そしておととい、また素敵な本をみつけた。

「てのひら童話」おーなり由子

あったかすぎて、涙が出てきた。涙は自分の中の汚い部分とかそういうものの中にコロンと入ってコロコロ音をたてながら浄化していく。そんな気がした。

コロコロコロコロ...
1999/08/25

今週もまた一人の夜が続きます。一人暮らしって寂しいものだなーってまた改めてそう思う。

アイツと付き合ってない頃は、一人に慣れて来ていたから一人暮らしって自由でいいなーって想うようになっていたけど、こうして毎日家に帰るとアイツが待っていてくれてるようになって、それに慣れてしまったのかもしれない。

すごく、人恋しい。

急に言っても友達がつかまる訳でもないし、かといって会社の人といても疲れるだけ。1週間もたてば慣れるんだろうけど、そんな頃にまた会えたりして、また人恋しくなっちゃうんだよね。水曜日はピーク。

人恋しくて、久しぶりに短大の時の友達に電話したりして。宮城なのにね。電話代いくらかかるんだっつの。でもやっぱり寂しくて声が聴きたくなっちゃうだと思う。

恋って、楽しい事とか嬉しい事とか運んで来てくれるけど、その分それがないときの寂しさが大きくなって。

そういうものなんだろうね。どっちの方向にも、同じだけ負荷がかかる。

矢印はいつでも同じ。

←←←→→→
1999/6/11 (Fri)

ついに明日。

今日、1枚の紙切れを貰った。税制改革とかなんとか書いてある紙の裏に見覚えのある丸くて小さくて愛しい文字達。ディアのりこと書かれている。すぐに読むのはもったいなくて、大切に大切に大きな鞄にしまった。

アイツが行っていた病院は、駅から歩くとなると少し遠い。行きは少しでも早く行きたいからバスを使っていたけど、帰りは20分に1本ペースのバスを待つくらいなら歩いた方が早いから、あたしはいつも歩いていた。

ここを何度歩いただろう?1時間を共に過ごすために。アイツの笑顔を見るために。一日の疲れを癒すために。
いい意味でも悪い意味でも忘れられない道になるであろうこの道をしっかりと目に焼きつけるために、あたしはいつもよりゆっくり歩いた。
アイツに出会わなかったら、アイツが事故に遭わなかったら、こんな時間にこんなに大きな荷物をもって、こんな所を一人で歩くことはなかっただろう。
そんな偶然を必然だと思うために。そんな運命をうけとめるために。

いつものように主人不在の部屋に、いつものように大きな鞄を置いて、いつものように自分用のジャージを着て一息つく。
明日の今頃は何をしてるのだろう?おそらくずっと離れずに、奪われた時間を取り戻すために寄り添っているだろう。

大きな鞄に大切にしまってあった紙切れを取り出す。
全部で三枚。二枚にはひとりであの空間に居た間考えていたであろうことの走り書きとあたしやアイツの似顔絵が書いてある。
残りの一枚はあたしへ宛てた手紙。

ただの紙切れなのに。それ単体ではただのゴミでしかないのに。
そこに文字が載せられてるだけで、何故こんなに愛しいんだろう。

内に秘めた狂気を、理性で抑えて前向きになろうなろうとするアイツの気持ちがゆったりと伝わってくる。
アイツの理性が狂気を抑えきれるようにあたしはアイツを守る。包む。

薬には大きく分けて2種類ある。ひとつは痛み止めのように病気の進行を忘れさせるようなもの、もうひとつは病気や痛みの元を直そうとする体の機能を助けるもの。あたしは医者でも看護婦でもないから、後者の役目は無理だ。
でも、前者の役目だったらできる。

あたしが一緒にいる時だけでも、これからのことへの不安や憤りを忘れ笑っていられるのならあたしはずっと側にいる。
病気や痛みを直すのは本人の身体であって、それを助けるのは医者であって。
アイツにとってあたしは麻薬みたいなものかもしれない。
体を滅ぼさない麻薬。

そう、恋人なんて麻薬だ。手元にないと欲しくて欲しくてたまらなくて。体に馴染めば馴染むほどより欲する。何もかも忘れたかのように気持ち良くて楽しくて。
その気持ち良さをずっと味わえば味わうほど失った時の苦しみは大きくて。
やめられない、止まらない。

アイツという麻薬は明日手に入る。
あたしという麻薬は明日受け渡される。

あたしはいますぐ麻薬(アイツ)が欲しい。
1999/6/6(Sun)

この日記、退院してきてアイツが見たらどう思うかな?嬉しいかな?恥ずかしいかな?
どう思うかはわからないけど、アイツが居ない間、あたしがどんな風に過ごしていたかとかどんな風に思っていたかとか知って欲しいから今こんな風に書いてるのかもしれない。

アイツが居た時は、こんな風に日記を書く時間もおしいくらいにくっついていたからなかなか更新できなかったのにな。
こうして日記を書いている横でアイツは横になりながら
「はやく寝ようよー。」
という目で見る。あたしはそんなアイツを横目に
「今行くからね!チュ☆」
ってな勢いで日記を書いていた。

もうすぐそんな日々が戻って来るんだと思うと嬉しくてたまらない。
でもそれは一日や二日で、アイツは試験に向けて実家に帰ってしまう。側に居て支えたいのにアイツはいなくて、あたしは只エールを送るしかない。

晴れて試験が終わって、どこかしら進路が決まったら二人でどこに行こう?
行きたい所がたくさんありすぎて。
やりたい事がたくさんありすぎて。

とりあえず、松葉杖がいらなくなったら
手を繋ごう。

ひとつになる第一歩だね。
1999/6/5 (Sat)

土日は長い時間一緒にいられるので、いつも楽しみだ。2時から7時まで一緒にいられる。別にたいした話をするわけでもなく、何かすごいことをするわけでもなく。
でも、ただ側にいて笑っている顔を見たくて、笑っている顔を見て笑っているあたしを見てもらいたくて。

急いで行きたいのにバスや電車を使っているからどうしても待たなくちゃいけない時間ができるし、おみやげになんか買って行きたいし、そんなことしてると時間が過ぎている。

「これ買っていったら喜ぶかな??」

「あ、これもいいかも!!」

そんな風にあれもこれも買って行きたくなってしまって、いつのまにかビニール袋を何個もかかえている。

自分で言うのもなんだけど、あたしはケチだ。お金はできるだけ使いたくないタチだ。奢ってもらえる時は遠慮なんてしない。
そんなあたしがこんな時は自分でいくら使ったのかわからないくらい使っていたりする。でも、それはストレスじゃなくてすごい楽しくて。

そんなにたくさん食べれないのにね。
運動出来ないから太らせちゃうだけなのに。

買ってる時はさ、なんか側にいるような感じなんだ。

アイツは生クリームが大好きで、すごく幸せそうに食べる。
美味しいねーってあたしにキスをする。
唇についた生クリームが甘くて。

そんな甘いキスを期待してるのかもしれない。