1999/5/31 (Mon)

アイツの傷は順調に治っています。入院は1週間伸びたけどそれは大事をとるためだけであって傷が悪化してるとかそんなんじゃないので一安心。頭に軽い傷を負っていてホッチキスみたいなので2針ほど縫っていたんだけどそれも取れまして、点滴もしなくてすむようになってあとは足の裏のみ。

一番心配なのは就職のこと。順調だったからこそ本当に悔やまれる。でも一番大事なのは体であって、就職は来年でもできるから焦らないで頑張って欲しい。
本当に良かった。アイツがココにいて。

もしいなくなってしまっていたらどうなっていたんだろう?なんて思ってしまって胸が苦しくなった。

あ、こんなこと前にもあったな。

アイツのバイクの後ろに乗りながら考えた。こうやって2人で走っていて、もし事故に遭ったら。もしアタシだけ助かってアイツはココからいなくなったら。

友達の旦那がバイク事故で亡くなったという出来事があったせいか、その感情は妙にリアルにアタシに降りかかって鳥肌が立った。
その肌のツプツプひとつひとつからいいしれない不安が溢れ出しておおきな塊になってのしかかって風が目にしみるフリをして泣いたことがあった。

でも、アイツの後ろに乗っていてヒヤっとしたことは一度もない。親の車に乗っている時でさえ、たまにいきなり飛び出てきた車にぶつかりそうになって胸をなでおろすことがあったのに、そんな時アイツはヒラリと避けて

「出てくると思ってたよ。」

って笑っていた。
常に一番最悪の事態を考えながら運転しているっていつも言っていた。そんなアイツでも、まさか青信号で進んで突っ込まれるとは思わなかったんだろう。それも、その交差点には右折専用の信号があった。

誰が予想できますか?この事故を。
1999/5/28 (Wed)

不幸中の幸いと
幸い中の不幸は
どっちがいいんだろう?

不幸がつづけば
ちょっとの幸せがすごく大きく感じる
幸せがつづけば
ちょっとの不幸がすごく大きく感じる

幸せの量はそれぞれ違うのかもしれないけど
幸せの体感量は同じかもしれない

ちっちゃな幸せをおおきく感じて
おっきな不幸をちいさく感じて

大きく吸って大きく吐いて

幸せの深呼吸

君と同じテンポで呼吸をしつづけたい
1999/5/27 (Thu)

仕事が終わって、私は即アイツがいるあの空間に急いだ。あの空間は広くて、白くて、皆がどこか虚ろで。本当はもっと狭い場所じゃないのか?本当は日差しが差し込んでいないんじゃないか?
全てがまやかしなんじゃないかと疑ってしまう。

点滴を打ちながら車椅子に乗って待っていたアイツのところに駆け寄る。

「遅いよー。」

『だって、バスがぜんぜん来ないんだもん。』

急げば6時30分頃につく予定だったはずが、そこに辿りついた頃には7時をまわっていた。面会時間は7時まで。
談話室なら面会時間を過ぎても話していてかまわないということだが、消灯は9時。残された時間は1時間程度。

1時間なんて何を話せばいいんだろう?何から話せばいいんだろう?
私はただただ笑顔でアイツを見つめる。
アイツも負けずに笑顔で私を見つめる。

買ってきたケーキを美味そうに食べるアイツの横顔は前とちっとも変わっていない。ただ、視線を下げていくと足が固定され、椅子に車がついている。

「若い子は順応性があるねーって言われたよ。」

車椅子を自在に操り自分で寝起きするのを見て医者は感心したらしい。そうだよ、そうやって早く今の体に慣れて早く退院してほしい。そう願った。

「昨日友達が見舞いに来たよ。車でひいたヤツはぜんぜん来ないけどね。」

青信号で直進し、交差点の中央付近で黄色に変わったためそのままスピードを出して直進したアイツのバイクに向かってハンドルをきったソイツ。

確かに来づらいのかもしれない。でも、そういう問題じゃないだろ?そんなこと言ってる状況でもないだろ?18歳の子供じゃあるまいし。いい年して自分がしたことの責任を取れないなんて恥ずかしくないのか?犬だって糞をしたあとは砂をかけるぞ。

こういう時、きまってよくしゃべるのは当事者の知り合いのおせっかいなオヤジだ。俺は保険の外交員をしてただとか言いながら「俺に任せとけ。」なんて言う。当事者は何も言えずに下を向いている。

彼等の間には

オヤジ→世話をすることにより自己満足をえる。
当時者→犯した罪のことで頭がいっぱいなので他のことが考えられず黙ってまかした方が楽。

という相関図ができているのだろう。

見舞いに来るとしたらきっと、オヤジと一緒に来るに違いない。もしくは何も言わずに病室の前に花を置くような恋する乙女のような真似でもするのだろう。

大人なら、自分を3歩離れた所から見た時に恥ずかしくない行動をして欲しい。

アイツの足が元通りになるまであと56日(予定)。
1999/5/24 (Tue)

君が怪我をしてできるようになったこと

手が届かない所からいじわるを言うこと
手が届かない所からくすぐること
手が届かない所から誘惑すること

君が怪我をしてできるようになったこと

こうして君の部屋で独り、君のことを思い出して眠ること
こうして君の部屋で独り、君のパソコンの壁紙を変えちゃうこと
こうして君の部屋で独り、君のコップでジュースを飲むこと

怪我をした君ができるようになったこと

車椅子の人用のトイレやエレベーターのボタンを使えること
時間に追われない1日を過ごすこと
好きなだけ眠って私の夢を見ること

怪我をした君と一緒に居る私ができるようになったこと

人が来るかもしれないスリルを味わいながら
私がまるで襲っているように
ハラハラしている私を見てより強く抑えて
キスをすること

なんだ、できなくなったことより
できるようになったことのほうが

多いかもね
多いみたいだよ

多いよ、きっと
大事な人が大事な時に事故に遭った、あの時。

1999/5/23(Sun)

この時ほどここの地理に詳しくない自分をくやんだことはない。

この時ほど自分に羽が生えていない事をくやんだことはない。

向かう間、いろいろな事を考えた。元気だった。元気だったけど動かなくなっている足はどうなっているのか。サッカーが好きで、就職したらまたその大好きなサッカーができることになるのをあんなに楽しみにしていたのに。

一生車椅子なんてことになったらどうしよう。

アイツの精神的な苦痛を支えられるだろうか。

私はそんなアイツを同情とか哀れみとか余計な感情を持たずに愛しつづけられるだろうか。

事故の状況も、ケガの状況もわからないまま私は病院についた。普段は匂いが近づくだけでヨダレがでてしまうであろう石焼きいものトラックを見て”なんで病院に石焼きいもなんだよ!”と怒りを感じた。こんなことは最初で最後かもしれない。

緊急の診療室からかすかにアイツの名を呼んでいる医者の声が聞こえた。しばらくして、医者や看護婦に囲まれたベットに横たわったアイツが出てきた。足こそ傷を負っているが、頭や手、体には異常が見られない。その時着ていたらしいボーダーのシャツを私に渡す。アイツは笑って手を振っていた。

怪我や傷はたいしたことはないと知り安心したが、私は知っている。アイツがこれから受ける試験に向けて勉強していた事、就職活動をしていて、それは順調に進んでいた事。1次面接、2次面接。中には次が最終面接のものもあった。これからおこりうる松葉杖での面接や試験、そこまでの道のりを考えていたら私の中からドラマやまんがを見て流してるものとは違った液体がいつのまにか出ていた。

アイツは笑っていた。

「大丈夫だよ。」

私は目を赤くしていた。

「・・・。」

アイツは元気です。足の裏は真っ二つになってしまったけど。
幸い右足以外は負傷が見られない。かさぶたが手と頭に1つづつ。

アイツは元気です。

私は元気です。

みなさんお元気ですか?

…続く。
大事な人が大事な時に事故に遭った、あの時。

1999/5/22(Sat)

河口湖の近くにあるファミレスで働いている兄に久しぶりに会いに行こうと、父と母と3人で車で向かった。久しぶりに会った兄はみごとに痩せていて、妹の私がこんなことを言うのも変だが、一時期何もせずに家で就職活動をしてた頃とは比べものにならない程いい男になっていた。それなのに、まだ

「彼女できるかな?」

と心配している。私は元気づける意味と冗談半分で言ってやった。

「黙っててもできるよ。バイトの高校生でも狙えば?」

母と父のウィークポイントばかり似てしまった私に比べ、兄はいい所ばかり似ている。だから、私と兄はまったく似ていない。似てるとすれば、B型人間特有のいい加減な所くらいだろう。いい加減な兄はいい加減な私に悪態を吐く。

「おまえ相変わらずだな。」

いい加減な私はいい加減な兄に威張る。

「でも短大出の私の方が高給取りだもんね。」

最近の彼の口癖はこれだ。

「俺の職場は1部上場企業なんだぞ。」

長い間ファミレスでバイトしていてベテランの域に達していた私と、社員として働き初めてまもない兄は、よくお互いの仕事のこなし方について言い争いになる。

「全部のポジションできたし、1人で2ポジションこなしてたよ。」

と言う私に、

「うちの店はお前が働いてた所と違って一日に1400人来るんだよ!」

と張り合ってくる。そんな会話も心地よいのは、たまにしか会えない今の状況だからだろう。こうして議論してる間に1日が流れるように過ぎて、私と父と母の3人は河口湖の兄の部屋を後にした。

99/5/23(Sun)

その日は富士山が不気味なくらいに綺麗で、私はボーっとそれを見ながら家から持ってきたCDを聴きながら時折口ずさんでいた。

そんな風に河口湖に居る間、模試の勉強に奮闘している大事な人に携帯で他愛もないメッセージを送っていた。そして、大事な人から他愛もないメッセージを送られていた。

当初はそのまま自分の部屋まで送ってもらおうと思ってたのだが、模試が早く終わるというので、途中で降ろしてもらって待ち合わせすることにした。電話が来たときはまだ自分がどこら辺に居るかわからず、時間がかかるかもしれないと伝えた。

しばらくして待ち合わせの場所に1本で行ける駅に着いたのでそれを伝えると、どうやらもっと時間がかかると思ったらしく調子が悪かったバイクのブレーキ部分を直してもらう事にしたという。

「どっか近くの店とかで時間つぶしてるよ。いろいろ見たい本とか服とかあるし。」

そう言って、私はそのまま待ち合わせた駅に向かった。

私はフラフラと見ながら、大事な人が言った言葉を思い出した。

「なんかいい匂いがする。」

アイツはいつも香水の匂いを毛嫌いしていたので、出会った頃に比べて香水などをつけなくなっていた私だが、化粧品売り場でふと目に入った香水をその日は試しにつけてきた後だったからだろう。

「香水いつも嫌だって言ってたじゃん。」

「キスする時少し苦いだけで、つけすぎなければいいと思うよ。」

私はその時の香水を探していた。同じ所から出していて同じ所においてある香水が2種類あって、”I love you”と書いてあるたてに細長いハート型の瓶のものと、”VICE VERSA”と書いてあるハート型の蓋のものだった。前者の方は30ml3500円,50ml4800円と安めで、後者の方は100ml8800円だった。

給料日前だったのでその時の匂いのものが前者のものであるのを願って匂いを確かめてみると、何回確かめても狙っていた獲物は後者だった。それも、後者は1999年限定発売らしい。どうせつけることにするなら、パブロフの犬のように私の匂いを植えつけてやろうと思っていたのだが、限定だとなくなったら駄目だ。でも、そんなにすぐはなくならないだろうと勝手な予測を立て、私はカードでそれを購入した。

晴れて自分の物になった(厳密に言えばカードで買ったのでまだ先だけど)その香水をつけた私は意気揚揚とスキップでもしそうな勢いで大事な人が迎えに来てくれるのを待っていた。

「今修理終わったから、これから家に帰ってそっちに向かうよ。」

と私に言って、それから15分もたたないくらいだろうか、また私のポケットは震えた。

「交差点で事故ったからそっちに行けないよ。今から病院に行く所。」

そう言っているアイツの後ろからは聞き覚えのあるけたたましいサイレンが鳴っていた。いつもより少し元気は無いが、普通の口調でしゃべっているアイツからは、足が動かない状態である事が感じられなかった。病院の場所を聞いた私はそこへ向かった。

…続く。
あれから6年。過ぎてみると、早かったようで、長かったようで、自分ではわからないけれど、今こうして、二人で笑って過ごしているのには変わりが無い。

出会った頃は、彼は大学生で、私は社会人で。

ごく一般的な考えの親のもと、従順に育った彼は、

結婚するなら、ミナしかいないと思ってる。でも、就職して、落ち着いたらにしよう。

彼は4年前、そう言った。

それから4年。これまで何もなかったとは言えない。彼が原因、そして私が原因。どちらかのせいではないと思う。

色々あったけれど、もうそろそろ、決心しても、良いんじゃないのかな…。

色々な原因が重なって、今こうして、結婚適齢期も少し過ぎつつあるのを感じながら、反省と不安と疑問を抱えながら、笑って過ごしている。

私が思うよりもずっと、同じような境遇の人がいるだろうか。

共感する人、憤りを感じる人、嘲け笑う人、色々いるだろうけれど、一人一人違う人間だから当たり前。

日々の出来事と、日々想う事、そして過去の出来事などを交えて、少しずつ、記して行きたいと思う。