1週間くらいの日程でエジプトに行く場合、貴重な砂漠体験となるのは恐らくピラミッド周辺だろう。

歩いてもいいが、せっかくなのでらくだに乗ってピラミッド周辺をゆっくりまわるなんてのもオツだ。3つのピラミッドがずらりと並んで写真背景におさまってくれるパノラマエリアなんかにもいける。

・・・ただし。
エジプトに行ったことがある人ならばよくわかると思うが、ピラミッド周辺はなかなかあこぎな商売が蔓延している。ふっかけかたも半端じゃなく詐欺まがいの手口も横行している。ガイド付きのツアーで行くならガイドさんに交渉してもらえばいいが、個人で行く場合には、事前に情報収集をしっかりしていかないといけない。

また市内からタクシーなどに乗ってピラミッドに行くと、世間話で思い切り打ち解けた陽気な運転手さんが「よし僕が交渉してあげよう」なんて親切・・・そうに言ってくれることもある。「まあなんて親切な・・・」と感謝するのは交渉結果を見てからにしよう。相場に照らし合わせて極度に高額ならば(自分で交渉する心理的負担を考えたら多少は許容すべし)、きっぱり「その金額は高い。自分達で探す。さようなら」といって背を向けること。「せっかく交渉してくれたのに断わるのは失礼だ・・・」なんて思うのは、世界各国の旅行者の中では日本人くらいかもしれない。(同じ東アジア人でも韓国人旅行者は、ぼられていると思えばしっかりNOと言えているようだ)

さて、これは人から聞いた話。
何人かの旅行者グループがらくだに乗った。そのうち、年配男性ともう一人が乗ったらくだ、何か気に食わないことでもあったのだろうか。突如、狂ったように疾走を始めた。

らくだの疾走。
半端じゃあない。

一度だけ、らくだ市で数頭が疾走する姿を見たことがある。のんびり&温和な性格に見えるらくだだが、そうなると正直怖い。
で、その日本人二人はどうなったのか?

まずらくだ引きはすぐ振り切られた。
合理的なエジプト人は「こりゃだめだな」と思ったら、あきらめも早い人が多い。多分その人も「インシャーアッラー」とでもつぶやいて、消えてゆくらくだを見送ったのだろう。

一人は早々に落馬・・・落らくだ?したそうだ。
全く無傷と言うことでもなかったようだが、とりあえずすぐに心配する仲間の元に歩いて戻ってきた。

運動神経がよかったのか、らくだにしがみついて振り落とされなかったもう一人の年配男性。この人がその後どうなったのか忘れてしまった。「まあ、首の骨折らなかっただけ、不幸中の幸いだったよね」みたいな話をした記憶があるので、恐らくはるか遠くまで連れて行かれて落ち、ピラミッド目指して自力で歩いて帰ってきた・・・打撲かむち打ち症・・・そんな結末だったように思う。(別のらくだ引きが救出に行ったとか、警察がジープで捜しに行ったとか、そういう展開ではなかった)

砂漠をらくだで疾走・・・アラビアのロレンスの世界だ。
一体どんな気分だったんだろう。
岩がごろごろする砂地を歩きながら思ったことだろう。

「二度とこんな国にくるもんか!」

まあ、滅多にない事故だが(自分は一度も遭遇していない)、そういう不幸なこともある・・・ということは覚えておいてもいいだろう。
二人の中年男女のプライベートツアーに現地ガイドとして同行した。行程にはシナイ半島も含まれていて、カイロから車で向かった。
エジプト人運転手は運転席(当たり前か)、自分は助手席、二人は後部座席。ガイドがずっとしゃべり続けても相手を疲れさせてしまうし、風景を楽しむ邪魔だ。なので、たまに窓の外の風景を説明したり、カイロ生活のこぼれ話なんかをする以外は静かにしていた。

砂漠ロードに入ってしまうと運転手も飽きてくるのだろう。
片言のアラビア語が理解できる自分に話しかけてきた。

「アティコ、彼らは夫婦か?」
「いや、名前からして違うと思う」
「ということは、夫や妻が別にいるのだな?」
「そこまで聞いていないけど、仕事仲間らしいよ」
「・・・あやしい」
「でも部屋も別だし、純粋にエジプトに来たかった人同士だと思う」
「俺は信じないな」
「うーん、でも特別な関係なら部屋は一緒でしょ」
「聞いてみろよ」
「まさか!」

フロントガラスを見つめたまま、事務口調でそんな会話をしていると、後ろのお客さんが気になったのか、声をかけてきた。

「もうすぐ到着ですか?それとも何かトラブルでも?」
「あ、いえ。スケジュールの確認です。もう少しかかりそうです」
「そうでしたか。・・・アラビア語がお上手なのですね」
「そうでもないです。必要最小限の単語しか知らないので、事務的な話はできても、プライベートになると全然ついていけないんです」
「若いから、すぐに覚えるわよ」

エジプト人はポーカーフェースが得意だ。
日本人(特に自分)は、生真面目で対人小心者だな・・・としみじみ思った一年だった。


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エジプトと日本、
どっちが広い?

エジプトの国土は約100万平方kmで、日本の2.7倍もある。人口は?というと6,920万人(2003念1月)。日本の人口が1億2,761万人(2003年10月)だから半分ちょい。
つまり人口密度が低いのね・・・というとそんなことはなく、全国土の90%(本によっては97%)を砂漠が占めているので、人が暮らすことのできる場所はナイル河沿い、下流のデルタ地帯、あと砂漠にいくつかあるオアシスだけだ。

エジプトに暮らしていると砂漠を見る機会は多い。カイロも大都市とは言え、ちょっと高いところに上れば、東西に広がる砂漠をすぐ目にすることになるし、バスで少し行けばすぐに砂漠との境目にでてくる。「グリーンベルト」という言葉を実感するのだが、あるラインまでデーツ(なつめやし)の木が生い茂っているかと思うと、次の瞬間、いきなり赤っぽさのある荒涼とした風景に変わる。その境目はくっきり、まっすぐで、日本人の感覚からは砂漠以上に「なんでここでいきなり変わるの?」ということのほうが不思議だ。

ナイル河沿いでも、都市があるところ以外は、川沿いの緑地帯は本当に狭く、砂漠の中をナイル河が流れているように見えるところもある。なので都市間をバスで移動しようとすると、それは砂漠ロードの旅となる。

オアシスに向かうバスももちろん砂漠の中を走る。昔滞在していた時に、クリスマスをファラフラオアシスで過ごしたのだが、そこへ向かうバスが恐ろしくおんぼろで、車中なのに砂まみれ、口の中をざらざらさせながらアエーシ(薄焼きの丸いパン)を食べていた記憶がある。しかも帰りは砂嵐で道路がなくなってしまい、オアシス缶詰になりかかったのだが、その話は後日。

写真はアスワンからアブシンベル神殿に向かうワゴン車の中。夜明け前に何人かの観光客をピックアップしてアスワンを出発、砂漠の中で夜明けを迎えた。それこそ地平線に囲まれて地球が丸く見える場所での日の出。なかなか感動だ。
・・・といっても、暑い国なのでさほど「日の出」に喜びを感じるということはなく、むしろふと涼しい風が吹く「日没」にやすらぎを覚える。


外務省>各国・地域情勢>エジプト・アラブ共和国


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街中にはフレッシュジュースが飲めるジューススタンドが多い。最近日本でも都市部中心に増えている、あれだ。

うなぎの寝床のような狭い店で、わりと清潔なステンレスのカウンター台の上にオレンジを搾るジュースメーカーが置かれている。店頭には必ずオレンジなどの果物がいっぱい積み上げられ、天井からはネットに入った果物が吊り下げられている。若い陽気なおにいちゃんがスタッフのところが多い。

2001年に訪れた時の相場は1~2ギニー(30~60円)。一番安いのは砂糖きびのジュース。何も言わずに25エルシュ(100エルシュ=1ギニー)を置き、お店の男の子から白っぽく濁ったジュースを受け取る・・・なんてジモティーの姿をよく見かけたので、レギュラーなメニューみたいだ。店の奥には、若竹みたいな砂糖きびが積まれていて、砂糖きび圧搾機もある。砂糖きびを入れると先頭部分から搾って押し出してゆく。その時にでる「汁」をプラスチックの容器にため、冷蔵庫で冷やしておくようだ。

「ってことは・・・砂糖水?」

というとそうでもなく、ほんわか甘く、でもって少し青くささもあって独特の味。そんなに特別おいしいものではないけど、一度は飲んでおくべし。なんとなく癖になるから・・・。英語では「シュガーケーン」アラビア語では「アサブ」。どっちでも通じる。

値段が高いのはマンゴージュース。あとお店によるのかもしれないが「コックテル」。イチゴなどいろいろな果物を切ったのが入っているコップがあったら指差して注文してみよう。牛乳などを混ぜてジューサーにかけでてくる「カクテル」だ。もちろんノンアルコールだけど。
スタンダードなメニューはやはり「オレンジ」。アラビア語で「ボルトワーン」。どのお店でも失敗なくおいしく、気分リフレッシュできる最高の飲み物だ。日本なら2-300円/一杯すると思うので、その1/10で飲めるエジプトで飲みだめしておきてもいいかも。

バングラデシュのさとうきびのジュース屋さん風景はこちら♪
休日の朝なので、エクセルシオールカフェにノートPCを持ち込んでアイスミルクティ片手にブログ更新♪・・・って、実は昨夜の飲み会で終電逃し、さっきまでマンガ喫茶にいただけ。全然さわやかな朝じゃないな。

ところで写真の果物、なんだと思う?

1.日本では見たことがない
2.自分でむいて食べるのは大変
3.中はオレンジ色で甘い味

答えはさぼてんの実。エジプトでも時期が限られているみたいなんだけど、路上の果物売りに並んでいたり、リヤカーのようなものに積んでおじさんが売ったりしている。

さぼてんといえば「とげ」。堅くはないが触ると細かなとげが手にささってしまうので、売り子のおじさんがその場でむいてくれたものを中身だけ手にとって食べる。いくつかまとめ買いして袋に入れて持ち帰っている人もいたが、その場で買ってむいてもらって食べている人の姿が多いように思う。

味は甘くておいしい。
何に似ているのかなあ・・・酸っぱくないキウイフルーツ?マンゴー?表現が難しい。熱帯系果物という感じ。

一度、日本人観光客二人のプライベートツアーの現地ガイドとしてシナイ半島のホテルに行った時、ホテルの敷地内の庭になっているのを発見。とても感じのいいお客さんだったので食べさせてあげたくて、近くにいた庭掃除のスタッフにお願いしてとってもらい、部屋でむいたことがある。喜んでもらえたのだが、私は思い切りとげをさしてしまった。・・・おかしいなあ、売り子のおじさんは素手でさくさくむいていたのに・・・。

もう一度食べたい果物No.1だ。
ん?そもそもこれって果物か?

追記:ウチワサボテンを食べた方のレポートがありました。若さ&健康維持にもいいそうです。(2004/11/03)
▼ウチワサボテンを食してみる(海外生活)
▼サボテンの実(海外生活)
さて、これが登頂記念写真だ。一番手前でごっつい革ジャンを着ているのが自分。カイロの冬の寒さに耐えられなくなって、現地で購入したものだ。(ちなみにこの日は12月12日)

ところで、隠し持っていた小銭で小さなバスに乗った4人。疲労と眠気に負けてバスの中では熟睡モードに入った。市内に近づくにつれ朝のラッシュが始まった。

今は地下鉄ができて改善されたが、当時のバスは殺人的に混雑することが多かった。バスが走り出しても次々飛び乗って乗降口にしがみつき、文字通り「鈴なり」になってしまうのだ。時には「鈴」が落ちちゃうこともあった。バスがカーブしようとしている時だと不幸な脱落者をバスの後輪が巻き込み、悲惨なことになる。二度ほどそんなシーンに出くわした。

このあたり記憶がおぼろげなのだが、確か4人のうちの誰かが気がついて叫んだのだと思う。「やばい、降りろ!」 いつの間にかカイロ中心部に入っていた。近くの仲間をたたいて起こし、慌てて飛び降りたのだが・・・3人。

「あれ?もしかして一人足りなくない?」
「・・・」
「あいつ、カイロ着いてまだ間もなかったよな」
「戻ってこれるかなあ」

その時乗っていたバスは、かなり先の下町の市場の方まで行くものだった。自分も前に迷い込んでしまったことがあるのだが、割と難関なエリアだ。エジプトはバスの行き先も路線番号も全部アラビア語なので、外国人には非常に動きにくい。
お金があれば、運賃交渉も覚悟でタクシーに乗ればいいのだが、

「お金ちゃんと残ってたかなあ」
「まあ・・・何とかなるだろう」

この時の3人とは、カイロで別れてから一度も会っていない。特に連絡先も交換していなかったと思う。名前も忘れちゃったけど、写真を見ていたら懐かしさがこみ上げてきた。


▼中米グァテマラのピラミッドはこちら
ピラミッドに登ろう(スペイン語BLOG i Ojala haga buen tiempo !)
地面に降り立つと、下で待ちわびていた警備員達に囲まれた。警備員といってもゴム底ブーツを履いた綜合警備保障の体育会系のお兄さん達みたいなのではなく、かなり埃まみれのガラベーヤ(アラブの長衣)を着た年老いたエジプト人達だ。背中に銃をひっかけていたが、なんだか撃ったらやばそうな(←本人が)古めかしいものだった。

「罰金」

あらかじめ情報を仕入れてしていたので、ポケットの財布に用意しておいたお金を銘々手渡しする。他にはないのかと聞いてくるので、身振りでないことを示す。少なすぎず多すぎず、ちょうどいい金額のはずだ。そのまま「行け」と仕草で示したので、ほっとしてその場を離れる。

大丈夫。カイロ市内まで戻るバス運賃は、ちゃんと靴下の中。靴下の中も危なかった時ように自分は“胸元”にも忍ばせてある。

しかしながら膝も足もがくがくだった。そりゃそうだ。ピラミッドを構成する石は約1立方m。下りる時にはひたすら「ジャンプ」して飛び降り続けるしかない。斜面と平らなところが交互にあれば多少は休まるのだが、ひたすら51.5度だし、休んでいるとそれこそ今度は前のめりに落ちていきそうな錯覚に陥る(徹夜明けで体力も衰退していたからな)。

下りてくる時にも時々風景を見た。夕闇に沈んでゆくカイロの風景が自分は何より好きだったのだが、朝もやの中から浮かび上がってくる砂漠の中の都市は、また別の美しさだった。

さてこの思い出話をするとよく聞かれる。

「機会があったら、もう一度登りたい?」
「絶対にNO!」


▼追記
ピラミッドは登ってはいけないのだが、なんでもイベントとして「ピラミッド登頂競争」というのがあるそうな。優勝者はなんと30分前後で登ってしまうとか。すごい。
ちなみに、二番目のカフラー王のピラミッドは、頂上部分に化粧石が残っているので、上までは登れない。


>>続く


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とりあえず、誰かが捕まっても登っちゃえという約束だったので、みんな遠慮なくぐんぐん登ってゆく。

「・・・本当に見捨てやがったな」

女一人が下で捕まって朝を迎えるというのも物騒だ。とりあえず「英語わからない日本人」ということで、極力岩陰に隠れるルートをたどりながら登り続ける。幸い、追いかけてはこなかった。多分クレイジーな英国人とかがよく登っていて慣れっこなのだろう。

途中で腕が麻痺してきた。一段のぼったところで、体がふらっと後方に倒れそうになるのを必死で止めた。51.5度は、思った以上に急斜で、踏み外したら途中でひっかからずに下まで落ちる可能性が高い。もちろん2~3段目で命も消えるだろうからそんなに痛い思いはしないですみそうだが・・・。

やっとのことで一番上まで上ると、他の3人は一休みしていた。

「止まれとか言われていたから、捕まったかと思ったよ」
「心配してくれてありがとう。大丈夫だった」

クフ王のピラミッドの頂上は9mくらい欠けてしまっているため、その高さ分の鉄柱が中央に設置されている。そこにホテルのシーツに描いた日の丸をつけて記念撮影。夜明けが近づくともやの中に砂漠やカイロ市がうっすらと浮かぶあがってくる。最高の景色だった。そしてこれから降りていかないといけない傾斜を見下ろす。最悪の景色だ。(真っ暗闇でひたすら上を向いていたから登れたようなもので、明るい中、遠くカイロ市まで見渡せる砂漠や街の風景を見て下りるのは本当に恐怖だった)


▼後日談
日の丸はそのままにして下りてきてしまった。翌日、ヨーロッパのどこかの国の元首がやってきて、大統領に連れられてピラミッド訪問をする風景がテレビで流れた。大家さんのうちで一緒に見ていたのだが、上空からの風景に日の丸は映っていなかった。誰かがはずしてくれたのだろう。・・・本当に悪いことをしたと、今は反省している。


>>続く


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ピラミッドのうち最大のクフ王のピラミッドは、底辺が約230m、高さは146m、傾斜は51.5度だ。日本人団体客の現地ガイドとして数え切れないほど同行したが、プライベートで訪れたのはほんの数回、そのうちの一回が「ピラミッド登頂」だ。

一緒に上ったのは日本人3人。バックパッカーが多く長期滞在する安ホテルにいた人達だ。タクシーにのって宿をでたのは夜。スフィンクスと目があう表側ではなく、裏側のちっちゃな貴族のお墓「マスタバ墳」がいっぱい並ぶあたりから入り込む。なんで夜?なんで裏側?そりゃあ、もちろん「ピラミッド登頂」が禁止されているからだ。

マスタバ墳の影に隠れて様子を伺う。犬の咆え声が気になるが、監視員は少し遠くにいるようだ。打合せをしてそれぞれ別の角から登ることになった。砂地を全力疾走してピラミッドの裾野に飛びつき登り始める。。。が、思ったよりひとつひとつの石が大きい。自分以外の3人は男性なので、それでも腕力と足の長さで何とか登っていけるのだが、ひとつずつはずみをつけないと体を持ち上げられない自分は、大きく引き離された。その時、下から監視員の怒鳴り声が聞こえた。

「止まれ!撃つぞ!」


>>続く


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まずはエジプトと言えばピラミッド。でもこの写真を見た人は何故か「ラスベガス?」と言う。(確かにラスベガスには、ピラミッド型のホテルもある)

違う、これはホントにギザのピラミッドだ。その手前にはもともと王室の別荘があり、それが今は「メナハウス・オベロイ」という名前のカイロでも最高級クラスのホテルになっている。私は泊まったことはないのだが、この写真は3年ほど前にカイロを再訪問した際に訪れ撮影したものだ。

元王室別荘だけあって、作りはアラブ風の豪華なものだが、やはりここの売りはなんといっても眺め。ピラミッド向きの部屋なら、カーテンを開くと目の前には巨大なピラミッド。レストランやバーコーナーも、すべてピラミッドとその奥の砂漠を見渡せるよう、広々とした開放的な窓になっている。(日差しの強いエジプトでは珍しい作りかも)

宿泊しなくても、ピラミッド観光の際に、ここのレストランorバーだけ楽しんでから市内に戻ってくるなんてのもありだろう。(あまりお金にゆとりがなかった自分はコーラだけ飲んで風景満喫)

ちなみに、いつだったか火曜サスペンスだか土曜ワイド劇場で舞台がエジプトになった時に、このホテルが使われていた。映画やドラマの撮影が結構頻繁に入っているという噂は本当かもしれない。

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