ローストビーフ、おいしい!


今日、また催事場のおじさんが「試食しな。食べたことないと説明できないだろ。」と非常に粋な感じでローストビーフをくれました。


貧しい僕は基本的に毎日社食のかけそばをすすっておるので、何らかの憐れみの可能性もあります。


でも、おじさんの優しさに、僕は少し泣きそうになったので、今日も頑張りました。


お肉屋さん、大好きです。


こわいおばさんが僕の近くで眼を光らせてたときは肉売ってミスるのがこわくて嫌でした。


だからお客様がくると、口先では「いらっしゃいませぇ~」と言いながら、「いやいやお客さん、買わないほうがいいよ。素通りしたほうがいいよ。ここの肉すんごいまずいから。というかこれもう鶏肉というよりうんこだから。やめたほうがいいよ~。ぜっったいやめたほうがいいよ~。」と心の中で唱えていました。


でも今は違います。


肉を売ることに全精力を傾けています。


お客様には、誠意を尽くして対応しています。


どんなお客様のわがままも、笑顔で対応しています。


たとえ買ってもいないものを「さっき買って取り置いてもらったはず」と騒ぎだすガチ頭悪いババアが来ても笑顔で冷静に説明します。


ちなみに最終的にはババアは「最近頭悪くなっちゃって」とかほざいてましたが、いや、あんた絶対もともと頭悪いよ。


そんな努力が評価され、僕はついに催事場を一人で任されるまでになりました。


そしてさらに、一人だけで店のローストチキンを売切れに追い込むほど売りまくりました。


今日の催事場の売り上げ三十万弱は、全部僕が売ったんですよ。


バイトはじまってまだ四日目。


飛ぶ鳥も落とす勢いの昇進です。


もう自分の優秀さがこわいです。


お肉、おいしいです。


うんこじゃないです。


最高です。



残り5日。


起床後2分以内に家を出発することが可能だとさっき知った。


虚無的夜更かしをしている場合ではない。


遅刻は、明治時代の到来とともに日本人の悪徳となり、以来ずっと正座やらスキンやらを生み出し続けているのだから。

バイトは9時から。
朝から晩まで忙しくしていれば、心の空洞は忘れていられる。

「あ、今日クリスマスイヴじゃん。」とか言ってなんか余裕な気分にもなれる。



でも、夜はだめだ。

忙しくもなんともねえ夜の時間に、心にうつるのは虚無だけである。



いや、別にクリスマスがどうこうってことじゃないんですよ。

ただ、わからんのです。
この虚無がどこから生まれてくるのか。



そう、僕は何をしたいのだろう。
何がないから虚無なのだろう。



やっぱ彼女?
じゃあ虚無の正体は孤独?

いや、ちがう。

僕は客観的には孤独でも何でもない。恵まれている。しあわせだ。
友達もたくさんいる。

つまり、孤独が虚無を生んでいるのではなくて、虚無が孤独感を喚起しているのだ。

じゃあ虚無の正体はなに?


まあでも虚無の原因であろうとなかろうと彼女は欲しいけど。





一人旅しようかな。


あるいは、シュールレアリズムにでもはしろうかな。
催事場のおじさんたちはやさしくて、ローストチキンやローストビーフを試食させてくれます。


ぼくは、だんだんお肉屋さんがだいすきになってきました。


僕のちからでお店を繁盛させて、おじさんたちにしあわせになってもらいたいなと思っています。


だから僕は、あきらかに催事場のどの店員よりも本気声をだしています。


動きも下級生時代のスピードに戻って頑張っています。


だから、周りのプロより速いです。


いまでは、となりでシュークリームやらなんやらを売っている店をすごく軽蔑して見るようになりました。


あんなちっさい声でいらっしゃいませいらっしゃいませ言ってるだけで仕事だというのだからちゃんちゃらおかしいものです。


これなら、うちのおじさんの「さあ、ご利用お客様いかがいらっしゃい!」のほうが間違いなく敬語だと思いました。


肉屋のおじさんたちを幸せにするために、みんなも買い物に来て下さい。


地元のみんな、来て下さい。


あと慶応アザミネーゼのH井やA井とかも来て下さい。


一駅だから。Tぷらだから。(てんぷらとかちんぷらじゃないよ。)


あと暇な人はみんな来て下さい。


酒井流買物術の酒井宗家も修行がてら来て下さい。





「さあどうぞいらっしゃいませー!!おいしい国産黒毛和牛のローストビーフに徳島県産のローストチキンでーございまぁす!いかがでしょうかー!?クリスマスのご夕食に、ご家族へのお土産に、さあいかがでしょうかー!?どうぞご利用くださいませー!!!ご覧下さいませぇー!!」





あ、今日クリスマスイヴじゃん。


相変わらずパッサパサのクリスマスイヴ。


メリークリスマス。


あと6日。
今日はローストチキン販売の催事場に出向させられてローストチキンを売った。


チキンを包んで売る。


チキンがチキンを包んで売る。


これこれ。


僕が求めてたのこういうシンプルな仕事。


でかい声出してりゃいい仕事。


これこれ、これを求めてた。


決して十何種類もある肉をはかりで量って客とトークを楽しむとか、挽き肉をこねたりとかする仕事ではないのだ。


にしても、トリまるごと一匹のローストチキンって、手触りが生々しい。


手に取ったとき、「死体」って感じがして恐怖である。


しかし逆に、ばらばらの肉塊になってればそれが遺体だということも、元々は生きてたということも意識しなくなる我々の感性のほうもある意味恐怖である。


まあ、そんなことはどうでもいい。


10時間立ち仕事、腰痛い。


でも、ベテラン肉屋のおじさんがときどき発する「はいご利用お客様いらっしゃいどうぞ。」とか「ご利用ご利用ご利用ーー!!」っていう言葉が敬語なのかどうかという問題について考えてれば、10時間はすぐ過ぎる。


あと7日。
急行電車が駅に停車するたびに、立ち上がるふりをして立ち上がらない客を発見した。


歳の頃は四十代半ばといった感じの二重アゴのおばさんである。


彼女は、停車駅にとまるために電車が減速し始めるとそそくさと荷物をまとめ、荷物を手にもって今にも立ち上がらんという感じで腰を座席から浮かせる。


だが、電車が停車し、ドアが開いても、彼女はその姿勢のまま立ち上がろうとはしない。


そして、電車は発車する。


彼女は、再び座り直し、次の停車駅まで眠りにつく。







…は、はーん。







さてはあれですな?

立ち上がるふりをすることで立ってる客に自分が降りるという期待を抱かせ、期待を裏切られたときの人々の落胆を見て悦に入っておるわけですな?



夕方ののぼり電車は、座れないまでもそこそこすいている。

立ってる乗客としては、「あわよくば座れるかもしれない…」という希望を抱いているのも無理からぬことだ。


そんなときに、近くの座席の客が降りそうなそぶりを見せれば、希望は期待に変わる。

いや、むしろ「やった!座れる!」と内心喜んでしまうに相違ない。



しかし、おばさんは立たない。


待てども待てども立たない。


そして、電車は動き出す。


おばさんは、結局降りずに座り直す。


そのときのがっかり具合と言ったらないだろう。


人間は、手に入ると思っていたものが手に入らないと、けっこう大きな痛手を受けるのだそうだ。


辛いだろうと思ってたことが実際に辛くてもまあ大丈夫だが、楽だろうと思ってたことが辛いと、油断して腹筋に力を入れてないときにボディブローを喰らうような衝撃を受けるのである。


たとえば、ポップなクリスマス商品を売るのかと思ったらガチ肉屋だったり、美しい娘さんたちと働けると思ってたらオールBBだったりしたときのがっかり感などと言ったら、想像に余りある。


魯迅は言った。

「思うに希望とはもともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。もともと地上に道はない。歩く人が多くなればそれが道になるのだ。」と。


希望と絶望は、表裏の関係を成している。


魯迅は絶望のあればこそ希望を生み出すことができると考えたが、希望があればこそ絶望のあるのもまた、事実である。



いずれにせよ、なんとも性格の悪いおばさんだ。




ちなみに、徹夜の結果、ゼミ発表は無事に終わりました。

徹夜→発表→トガコン(二次会)という一日を過ごしたので、少しだけ明日が心配です。

明日は朝からまたバイトです。





という日記を書いたのが昨日の夜中のことだったが、書いたのにアップすんの忘れて寝てしまったわけである。

やっぱ酔っ払ってたんだなあ。

さて、バイトに行ってめえりやす。
明日ゼミの発表だから、論文書いちゃわなきゃいけないのに、後で焦るのわかってたから三日くらい前から毎日パソコンの前に座ってるのに、僕はほんとにもう間に合わなくなるというとこまで追い詰められないとまじで筆が進まない。


今日も昼前からパソコンの前に座ってるのに、五行くらいしか書き進んでない。


そして日がかわり、いよいよ頑張らなくちゃ間に合わない時間になりつつある。


なのに、三回見たら死ぬとかいう絵をネットで見ちゃってガチでこわくなったりしてる僕はなんなんだろう。


だって怖い絵まじでこわいんだもん。


あああこわいよー。


間違ってあと二回見たら死んじゃうよー。こわいよー。


うっわコーヒーうめえ~。


あーわんこにゃんこかわえぇぇぇ。


音楽聴こ。

バイト先、バヴァーの園。


仕事の先輩も同輩も客もみんなウ゛ァウ゛ァー。


360度みんなババァァァ。


ここは天国じゃなかろうか。


社食もウ゛ァバア一色。


お弁当を食べるBB。
お茶を飲むBB。
ラーメンをすするBB。

談笑するBB。
寝るBB。
ぼんやりと虚空を見つめるBB。


あー可愛い。


こんな素敵な場所でクリスマスを迎えられるなんて。


あーしあわせ。


残り8日。

その朝、いつもより少し早く眼が覚めたカルゴは、どうも落ち着かなかった。

というのも、その日、カルゴは最長老の邸宅に呼び出されていたからだ。

詳しいことは聞いていない。ただ、昨日、村の長老から「明日の昼頃、最長老様のところへ行きなさい。」と言われただけである。

心あたりは、何もない。

最長老様に叱られるような悪さをした覚えはないし、かと言って誉められるようなことをした覚えもなかった。
そもそも、長老でもないただの村の一青年が、最長老様の家に呼ばれること自体珍しいことなのだ。

こんなことは、初めてのことだった。

古参の村人たちは何か知っているようだったが、誰も教えてはくれない。
ただ、村のはずれに住むツムリ老人だけは、「そうか、もうそんな時期か。お前も大きくなったなあ。」と笑いかけてくれた。

どうも、てんで意味がわからない。

ただ、なんとなく悪いことではなさそうなので、カルゴは一先ず安心した。



最長老の邸宅は、村から遠く離れた小高い丘の上にある。

カルゴがその玄関の前に立ったとき、時刻はもう昼を少し過ぎていた。

邸宅は、大きくはあるものの、思ったより簡素な感じのする造りである。

ノックをすると、扉が開き、最長老の護衛の戦士マイマが出てきて、カルゴを内へ招き入れた。

マイマは厳かにカルゴに呼びかけた。

「よく来たな。地球の神デンデの弟カルゴよ。心配することはない。さ、この奥に最長老様がいらっしゃる。行くがよい。」


奥へ進むと、大きな椅子に、最長老がどっしりと座っていた。少し歳を取ったようだが、そのおおらかな姿は以前と少しも変わらない。

先代の最長老が亡くなり、その遺言に従って当時のムーリ長老が最長老の位に就いたのは、今からもう十数年も前のことだ。

界王や当時の地球の神の助けを借りて彼らがこの新しい星に移り住んできてから今日まで、彼らが争いもなく平和に暮らしているのも、このムーリ最長老の血の滲むような努力があってこそのことだと、カルゴは思っている。


最長老はしばしの間、慈愛に満ちた眼でカルゴを見つめ、そして親しげに語りかけた。

「カルゴよ…。大きくなったな。いくつになった?」

「はい、お蔭様をもちまして、当年で二十歳になりました。」

「そうか…。」

「最長老様、本日は、何の御用でしょうか?」

カルゴがそう尋ねると、最長老は少し戸惑ったような表情を見せ、その質問に答えずに言った。

「…くるしゅうない、近う寄れ。」

「は…?」

「こちらへ来いと申しておるのじゃ。」

「は。」


不審に感じたが、カルゴはおずおずと最長老の座る大椅子へと歩み寄った。
と、次の瞬間、最長老はやおらカルゴの腕を掴み、己の大きな身体に彼を引き寄せた。

「さ、最長老様、なにを!?」

カルゴは叫んだが、しかし彼がそう言うが早いか、最長老はカルゴの身体をひっしと抱きしめたのであった。老体とは思えぬほどの力である。

わけのわからぬままカルゴがもがいていると、今度は最長老の唇がカルゴの唇に押し当てられた。

カルゴは驚き、慌てた。

一体どういうことなのか。こんなこと、聞いていない。

しかし、そう思った次の瞬間には、最長老のめしべがカルゴのおしべに絡み付いてきたのであった。

「ああっ」

カルゴは思わず声を上げ、身もだえして抵抗した。

だがしばらくすると、ぐったりとして、抵抗をしなくなった。

自分のおしべに最長老のめしべが絡み付いてくる総毛立つような違和感が、次第に快楽へと変わっていったのである。

そしてその快感に身をこわばらせながら、カルゴは、同時に新たな感覚が己の胸中に沸き起こってくるのを感じた。

それは、ナメック星人としての誇りと、同朋愛、そして全宇宙への感謝の気持ちだった。


ああ、ムーリ最長老様、あなたはあのとき、フリーザの魔の手から身を呈して私と兄のデンデを守ろうとして下さった。
私はあのとき殺されてしまいましたが、今もあのときのご恩は忘れていません。

いま、初めてわかりました。

ナメック星人が決して仲間を売らぬことの意味を。
身を呈して仲間を守ることができる、その意味を。

私も、兄も、先代の最長老様も、ムーリ最長老様も、ツーノ長老様も、ツムリ様も、カタッツ様も、マイマ様も、ネイル様も、全てのナメック星人は皆、一つなのですね―。




最長老の邸宅を出たとき、世界は今までとはまるで別の世界のように、カルゴには思われた。

そう、カルゴは気付いたのだ。

この星の全てのナメック星人が一個の生命、一つの宇宙であるということに。

それは、大いなる生命の繋がりにほかならない。



ナメック星人の若者は、身体が成熟し、受粉適期を迎えると、最長老と受粉を行い、新たな子孫をつくる。

そして、受粉を終えたナメック星人は、皆一様に強い同朋愛に目覚めるのだという。

カルゴにおいても、その変化は同様であった。




最長老が、カルゴの子にあたるエスカを出産したのは、それから一ヶ月後のことであった。


その日、カルゴは畑仕事の帰り道に、遠くのアジッサの森をぼんやりと眺めた。


ああ、世界はなんて美しいのだろう。
生命とはなんて愛おしいのだろう。


ナメック星の村々は、久しぶりの赤子の誕生に沸き立った。
















いやー、カルゴと最長老のラヴシーンは鳥肌が立つ気持ち悪さですね。

どうですか?

これでも皆さん、ナメック星人を愛せますか?

ナメック星人の交尾は、あの頭の触角のような突起物によって行うのではないか。

あの突起物同士を擦り付け合うことによって、生殖をするのではないか。


というのも、私はナメック星人のあの頭の突起物はおしべとめしべだと考えているのである。(左右どっちがおしべでどっちがめしべかはわからないが)


詳細は拙著『ナメック星人生態仮説』を参照して頂きたいが、ナメック星人には、地球上の植物に似た生態を持つと推察されるような特徴が多数存在する。

たとえば、表皮が緑色をしている点、食物を摂らず水のみの摂取で生命を維持している点(デンデ談)などは、その代表的な例だ。

これらの特徴から、私は上述の著作においてナメック星人が光合成を行っているとの仮説を立て、そこからナメック星人の生態を地球における植物の生態になぞらえて説明できないかという試みを行った。

そして、そうした試みの中で、私はナメック星人の生殖は地球の植物で言うところのおしべとめしべによる受粉に似たシステムをとっているのではないかという仮説にたどり着いたのである。

この仮説ならば、ナメック星人にオス(らしきもの)しかおらず、メス(っぽいやつ)が身体的、性格的、言語的にも存在しないことや、人間で言うところの口に相当する部位から出産を行うこと、卵(おそらく種子)の状態で生まれること、またナメック星では最長老しか出産を行わないことなど、様々なナメック星人の謎に説明がつくのである。以下にその仮説の一部を紹介しておく。(詳細は『ナメック星人生態仮説』をご参照されたい。なお、この著作は公刊されていないため、ご所望の場合はご一報を。)



〇ナメック星人生殖過程仮説(『ナメック星人生態仮説』より抜粋)

・身体的な成熟とともに、ナメック星人頭部の突起物の片方(おしべ)の中に花粉に似た生殖細胞が生成される。

・めしべの先の柱頭部分が受粉適期を迎えるとともに花粉がつきやすくなる。

・交尾(受粉)。
同一個体内で受粉を行う(自家受粉)場合は、頭部のおしべとめしべを自分で擦り合わせることで行う。
ピッコロ大魔王は周囲に他の個体がいなかったため、この方法によったと思われる。しかし、何回にもわたる一個体内での受粉のためか、本来のナメック星人とは異なる奇形種を生じていた。
二個体以上の間で受粉を行う(他家受粉)場合、二人以上のナメック星人が抱き合い、くちづけをしあって同朋愛を確かめ合いながら頭部のおしべとめしべを絡めあうことで受粉する。
いずれの場合においても、おしべとめしべに刺激が加わるとナメック星人は性的な興奮を感じる。


・受精。
受粉ののち、花粉から花粉管が伸びてめしべの柱頭組織中に進入して胚珠に到達し、胚珠の中の卵細胞が花粉管内の精核と結び付いて受精が行われる。

・受精した胚珠はめしべ内の管をつたってナメック星人の、人間でいうところの喉元まで下り、そこで成長して種子となる。

・種子が成熟するとともに出産に至ると推測されるが、ピッコロ大魔王の出産シーンなどを見ると「ポコペンポコペンダーレガツツイタ…」という呪文によって卵(種子)が急速に成長する様も観察できる。

・人間で言うところの口にあたる部位から卵状の種子を排出する。

・種子からの発芽とともに、新たなナメック星人の一個体が誕生、すぐに自律的に動き出す。

以上。



如何であろうか。
以上は私のナメック星人に関する考察のごく一部であるが、この仮説を用いれば、ナメック星人の謎の多くを解消することができるということがご理解頂けると思う。

諸賢のご高覧、ならびに忌憚のないご批評を賜らんと願うこと切である。

また、この仮説が、ナメック星人をより深く理解し、人類とナメック星人の結び付きをより強いものにする一助になれば、これ以上の幸いはない。

地球とナメック星と、そして全宇宙の平和を心より祈念しつつ、この論をとじたいと思う。


―平成二十年十二月十七日、亡きナメック星最長老様に敬意を表して