良質な睡眠
腕まくら、はされるのもするのも好き。
どちらかと言うと、する側の方が好きかも知れない。
体勢に気をつけないとすぐに腕が痺れてしまいますが。
Tさんの部屋に行くと、一緒に眠ることが多い。
昼寝、夕寝、よくします。
何処かに出かけた後は、部屋に戻って一緒に寝ます。
よく寝る二人。
わたしも疲れている時だと即落ちですが、
大抵はTさんがあっと言う間に寝息を立て始め、
それを聞きながらうとうとと眠りに落ちるのがほとんど。
で、この前は珍しいことに。
わたしが腕まくらをしたまま、二人すやすやと寝に入ってました。
いつもは腕が痺れたり凝ったりしてしまうのだけど、
この日は体勢に無理がなかったのか、
腕を気にすることもなく、すこーんと落ち。
目が覚めても、眠る前の体制のままで少し驚き。
その体勢というのが、
左腕を彼の首と枕の間に差し込んで、
右手は彼の胸の辺りに置く。
更に、右足を軽く彼の足に絡ませる感じで
まさにダッコちゃん状態。
ある意味、彼を抱き枕にしています。ええ。
ちなみにわたし、抱き枕推奨派です。
抱き枕が無いと眠れません!っていう時期もあったのだけど、
今は「あった方がよく眠れる」というレベル。
自宅のベッドには愛用の長クッション(抱き枕用)が。
その抱き枕効果なのか、小一時間ほど眠ってしまい
ふと目が覚めると何やら彼も起き出した様子。
うつらうつらとしながら、大して疲れてもいないので
腕枕を解かずにいると、
「お前ほんまに俺のこと好きなんやなー、」と彼が呟いた。
寝起きのふわふわした感覚に浮かびながら、
「ん?んー、うん・・・・・」と返事のような相槌を打って、
半分眠った状態で彼にしがみ付いておりました。
セミダブルのベッドは、二人には少々狭い。
仰向けに二人が横になると、幅が一杯だ。
でも、まだ一度も床に転げ落ちた事はないのです。不思議。
それでもこれだけ安らかに眠れるのは、好きだからこそ、でしょう。
父について
わたしの中での『父親』という存在は、6年ほど前で止まっている。
以前書いた記事でも少し触れているけれど、(こちら )
父はわたしが高校に入学してすぐに、病気で倒れた。
その頃体調不良を訴えていた父。
「風邪だろう、」と言って仕事へ行き、
空いた時間は自宅に戻って横になっていた。
そんな日が、何日か続いた。
そうして、
わたしの16歳の誕生日の翌朝、父の意識が途切れた。
脳梗塞による、脳溢血。
脳の血管が詰まり、破裂したのだそうだ。
救急車を呼び、わたしと母が付き添った。
そこからどうなったのかは、あまり覚えていない。
覚えているのは
後日、ICUのベッドに横たわる父の姿。
一目で重症だと分かるくらい、父は変わり果てていた。
もう駄目だと思った。
見ているのが辛くて堪らなくて、
病室を出てすぐ、声をあげて泣いた。
母も泣いていた。
兄はただただ、黙っていた。
その後、最悪の事態にはならずに済み
徐々に父は回復に向かった。
けれど、病気の後遺症は色濃く残っている。
片腕・片足に障害が残り、今は杖無しには歩くことが出来ない。
軽度の脳障害の影響で、言語障害も残った。
根気良くリハビリを続けているお陰で
初期に比べ格段に良くはなっているけれど、
このまま全快となるかどうかは、難しい状態。
回復しているとは言っても、以前の父には戻れないのだ。
人と話すのが好きで、
客商売が天職そのもので、
何処へだって車で連れて行ってくれて、
どんな事にも誰よりも詳しくて物知りで、
末っ子一人娘のわたしを何より可愛がってくれて、
お酒と煙草が好きで、
わたしが20歳になったら一緒に飲みに行くぞ、って
そう言ってくれていた父。
あの父には、もう会えない。
退院し、父が自宅に戻ってきてから
わたしは父と距離を取っていた時期がある。
故意に目を合わさず、声を掛けず、
まるでそこに誰も居ないように、していた。
今思えば、ひどい事をしていたものだ。
実際わたし自身にも、何故そこまでして自分が父を避けるのか、
その理由がずっと分からないでいた。
今なら、その理由が分かる。
わたしは、認めたくなかった。
父が変わってしまったこと。
母や兄や親戚の人達のように、手厚く介助をしてしまえば
あの頃の父がいなくなってしまうような気がしたから。
だからどうしても、父を『見る』ことが出来なかった。
だから避けていた、この数年間。
こうして今、自分自身を振り返るきっかけになったのは
何を隠そうTさんとの結婚だ。
この家を出ることが決まり、
親と同じ屋根の下で過ごす時間に終わりが見えたとき、
ふと、わたしは我に返った。
どれだけ自分が父にひどい事をしていたか、を
そう思ったら申し訳なくて堪らなくて、一人でめそめそ泣いた。
「どう接していいのか分からなかった。
うち、お父さん子やったし、」
Tさんとわたしの両親との顔合わせを終えた日、
車の中で、ぽつぽつと彼にそんな事を話していた。
今は少しずつ、父と接することが出来るようになってきた。
以前のように・・・と思っても、もう6年も前の事で
あの頃どうやって父とコミュニケーションを交わしていたか定かではない。
だからとても、ぎこちない。
親子なのに。笑
私達の式は教会式です。
長い長いバージンロードを、父と歩きます。
長い距離を歩くのはまだ苦手な父。
リハビリ頑張らないと!って周りの人達は応援してくれている。
頑張れ父。
多分、わたしは当日泣きながら歩くでしょう。
机上の空論とか
何色の糸で、どんな素材の布を縫うかは自分達次第。
すぐにほつれてしまう縫い方をするのも、
面倒でも返し縫をしながらちくちく縫うのも、どちらでも。
難しいのが、この作業が二人でしなくちゃいけないという点。
二人だから楽しい。
二人だから少し大変。
どちらの面も持っているこの作業。
どんな物を作りたいのか、
そして姿形だけじゃなく機能性だって重要だ。
だからこそ大切なのが、綿密な打ち合わせと素材選び。
そしてやっぱり、時々食い違う二人の描く完成図。
「だから、前からそう考えて言ってたのに」
苛々が遂に噴火したわたし。
Tさんと意見が食い違ったというより、
只の誤解だったのかも知れないけれど。
彼に背を向けたまま、調べ物をしようとしていたら。
「調べ物は後でしよう。こっちおいで」
と、ベッドで布団を被ったTさんが手招き。
ついさっき噴火してしまったのもあり、
呼ばれてすぐには近寄る気になれなかったのですが
ひとつ深呼吸をして、気持ちを静め立ち上がる。
つかつかとベッドに歩み寄って
ぶわっ と、掛け布団を豪快にTさんからひん剥いて
「寒いっ」と彼に言わせてから、布団に潜り込んだ。
こんな時でもいつもの悪戯は忘れません。
最初は彼に背を向けていたものの
彼の方を向くように言われて、黙ってそれに従う。
「苛々しないの、」
わたしの頭や肩を撫でて、何回も言った。
時々ぎゅうと抱きしめられたり、ゆらゆらとされたり、
そうして彼にあやされながら、
棘々としていた気分が丸くなってきた頃に。
「今、テツカが考えて不安になってる事って?」
「○○かな?・・・いや、違うな」
「△△かな?・・・いや、違いますねー」
そんな小ネタを挟みながら、
今度は、わたしの中でごちゃごちゃと絡まっていた糸を一緒に解く。
簡単にするする解けるものもあれば、
やはり今の状態では解けそうにないものまで。
それでも散らかっていた心が大方片付いたこともあり、
あくせくしていた心がゆったりと平穏になった。
「もうマリッジブルー?」
と言われて、
あながち外れても無いかなと思い、頷いておいた。
考えすぎ、というわけではないのでしょうが
一つ考え始めると止まらない性分のわたしなので、
机上の空論にいつも頭を悩ませてしまうのです。
もっと大らかに、おおらかに。(暗示
もう一度見たい。
ふと、昔見たドラマのことを思い出した。
かなり曖昧な記憶ですが、どんな話だったかというと。
漫画が原作の恋愛系ドラマで、
彼氏は平凡、彼女は大金持ちのお嬢様。
彼女は彼氏のことが大好きで、晴れて同棲を始めることに。
そこで、彼氏が探してきた新居の物件は2DKほどの狭くて古いアパート。
それを見た彼女は「ここはイヤ!」と駄々をこねます。
お嬢様だから、こんなボロい家は嫌だろうけど仕方ないんだ、と
彼氏は彼女を説得しようとしますが、彼女は断固拒否。
そのうち二人は険悪なムードに。
その回のストーリーはこんな感じ。
このお嬢様の彼女が、
彼氏の提示した2DKのボロアパートを拒否した理由、がすごく可愛い。
古いからでもなくて
狭いからでもなくて
部屋が、ふたつあるから。
二つじゃ足りないって怒ってるのか・・・
じゃ、ないんです。
「部屋が二つあったら、一緒の布団で眠れないもの」
これが、彼女の理由。
彼女は彼氏が大好き。
いつだって一緒にいたい。
眠るときも一緒の布団に入りたい。
でもお嬢様のプライドが邪魔をして、それを言い出せない彼女。
住む家の部屋が一つだけなら、必然的に布団は一組になる。
そう思い至って、2DKのアパートは「いや!」と跳ね除けたのです。
このドラマを見たとき、
女の子ってこんなにも可愛いんだ、と思った。
当時、小学生くらいだったような。
今になっていきなり思い出すなんて
相当印象に残ってたようです、この話。
ちなみに原作は「白鳥玲子でございます!」
ドラマ版は松雪泰子さんが演じてたようですね。
彼に見せてやりたいかも知れない。笑
お見合い
従姉妹のお姉さんがお見合いをしたそうだ。
お姉さんの母である伯母さんから詳しく聞くと、
それはもう すんごい お見合いだったらしい。
相手が結婚にあたって、持ちかけてきた条件。
「子供が出来ても、
産休だけ取って、その後はずっと働いて下さい」
「でも自分は平日の5日間働き詰めなので、
土日も子供の相手はしませんから」
これ絶対。
要は、
家庭に入る事は許されなくて、
子育ては全部妻(及び親)任せ・夫はノータッチ。
ちなみに彼の職業は公務員。
・・・。
あと。
お姉さんはピアノの先生で、
趣味でも楽器や声楽を嗜んでいるのですが。
それを相手に話したら、
「お金のかかる趣味は困ります」だと。
趣味まで否定・束縛か。
多分、わたしだったらここまで言われたらどっかんといきそう。
それでも最後まで付き合ったお姉さんは凄い。
やっぱり大人の女性は違うのか。
・・・とまあ、キッツイ条件を当然のように提示してきた相手方。
補足しますが、お姉さんはなかなかの別嬪さん。
外面も内面も研ぎ澄まされていて、
彼氏がいないのが不思議で仕方ない。といつも思う。
その上、全く気が効かないその相手。
女性のエスコート力が限りなくゼロに近かったそうな。
そりゃもう、お姉さんは怒り心頭です。
会って初日、お互いのことが何も分からないままに
ここまでの注文を付けられ、その上自分の趣味を全否定。
小さい頃からずっと、音楽に触れて生きてきたお姉さんにとっては
自分の人生を否定されたようなものだし。
相手方の両親も同じような(あまりにも気の効かない)感じだったらしく、
伯母さんも「これは、ありえん」と憤慨したそうだ。
勿論、次の約束が取り付けられる筈も無く。
この話はお流れに。
面白いのがこの後。
帰宅した後、お姉さんは腹の虫が治まらなかったらしく。
その場に居合わせた自分のお兄さんに
「もー!どっかご飯食べに連れてって!!ヽ(`Д´)ノ」
と言って、兄の車で某ホテルのレストランへ。
ディナーを食べつつ、お姉さんはお酒をぐびぐびっと飲み。
帰りは兄の運転なので遠慮なく、飲み・呑み・呑み。
それでお姉さんは大分と気が晴れたらしいけれど、
憂さ晴らしに付き合わされたお兄さんは
一晩で○万円が財布から飛び立ったのだそうです。
お兄さん、優しいなあ・・・。
お姉さんが今回のお見合いを終えて言ったのは、
「ベンツに乗れただけ良かったかな」です。
お見合い相手の愛車はベンツだった。
けれどお茶代以上は一切、奢らない人。
なんか、矛盾している。