20080520 日本経済新聞 朝刊

 政府の社会保障国民会議は十九日の雇用・年金分科会で、年金制度改革に関し、基礎年金部分を現行の社会保険方式から財源を全額税でまかなう「税方式」に移行した場合の財政試算を公表した。二〇〇九年度から移行する場合、消費税換算で必要な税率の引き上げ幅について、三・五―一二%まで四通りを示した。政府が税方式も念頭に置いた長期試算をまとめたのは初めてで、社会保障や税制をめぐる改革論議が加速しそうだ。(基礎年金は3面「きょうのことば」参照)=関連記事2、3、4面に
 年金制度改革をめぐっては、日本経済新聞社が一月に基礎年金の税方式への移行を提言。与野党や経済団体などからも導入を求める意見が出ている。
 社会保障の全体像を再検討するため福田康夫首相が設置した国民会議の事務局はこうした状況を踏まえ、〇九年度に基礎年金保険料の徴収を完全に廃止し、すべて消費税で負担する「税方式」に切り替えた場合、五〇年度までに追加的に必要となる財源の規模をはじき出した。
 試算では税方式に関する各種の提案について、過去の保険料の納付実績を給付額にどう反映させるかに応じて三つの類型に整理した。
 「ケースA」はこれまで保険料を納付していた期間にかかわらず、移行後は現行の基礎年金の満額(月六万六千円)を一律で給付する案。〇九年度に必要となる財源額は十四兆円(消費税率換算で五%)。このうち過去の保険料未納分を税金で穴埋めするための負担が五兆円を占める。
 「ケースB」は過去に保険料未納があった場合はその期間に応じて給付額を減らす仕組みで、移行に必要となる財源額は〇九年度で九兆円(同三・五%)。保険料未納分の穴埋めが不要のため、ケースAより給付額は小さくなる。
 過去に納めた保険料に見合った年金額(最大三万三千円)を税方式の基礎年金に上乗せして支給する「ケースC(1)」では、〇九年度で二十四兆円(同八・五%)。保険料分だけでなく国庫負担分まで加算して上乗せ支給(最大六万六千円)する「ケースC(2)」は三十三兆円(同一二%)と、給付・負担額ともに大きく膨らむ。
 いずれのケースも〇九年度に予定する基礎年金の国庫負担割合の約三分の一から二分の一への引き上げを前提としている。所要額は約二兆三千億円で、さらに消費税率で約一%の引き上げが必要となる計算だ。これも含めた引き上げ後の消費税率は、九・五%―一八%になる。

20080520 日本経済新聞 朝刊

 十九日の社会保障国民会議では、全額税方式を初めて議論したが、出席者からは税方式についての異論も出た。医療や介護など社会保障全体に税財源をどう充てるべきかなど課題も多い。六月にまとめる中間報告は両論併記になる公算が大きい。
 税方式案は基礎年金の財源を保険料から全額消費税に置き換える。これに対し「年金だけでなく、医療や介護にも税財源を求めざるをえない」(松山市の中村時広市長)との声も出た。
 基礎年金を税方式にした場合に消える企業の保険料負担三兆―四兆円を何に振り向けるかについても論点になった。座長の吉川洋東大教授は「企業は厚生年金の適用対象者をパートなどに広げても三千億円程度にすぎない。どう使うかも議論すべきだ」と指摘した。連合の古賀伸明事務局長は「企業負担の軽減分は労働者に還元されるべきだ」と語った。
 社会保障国民会議は「現役世代の活力の維持」や「高齢期の所得保障」などの観点から議論を深め、秋に最終報告をまとめる。福田康夫首相は十九日夜、年金制度改革に伴う財政試算について「今は税と保険を両方組み合わせているが、いろいろな方式がある。比較して国民が一番納得できるものを検討して選んでもらう」と強調した。


20080520 日本経済新聞 朝刊

 駒村康平・慶応義塾大学教授 社会保障国民会議が「税方式ならこれだけお金がかかる」というデータを明らかにしたことで「誰がどれだけ負担をするか」という論点が明確になった。
 税方式に移行して仮に消費税率を五%分引き上げた場合、サラリーマンは年金保険料が減る分を差し引いても負担増になる。一方で労使折半の保険料のうち企業負担分がなくなる。どう労働者に還元するかが課題だ。
 税方式を議論する際には税財源をどう使うのかを考えなければならない。消費税の引き上げ分を年金だけに充当すると医療や介護に原資がまわらなくなる可能性が出てくる。少ない税財源を何に配分するかで共通認識を確認することが必要だ。
 小塩隆士・神戸大学大学院教授 社会保険方式と税方式を同じ土俵に並べ、消費税率を含めた長期試算を示したことは評価する。税方式の「追加税額」は現在の保険料の代替分も含む。差し引きでの負担増はもっと少ない。企業の保険料負担の減少と家計の税負担増を比べたが、経済学的にはともに人件費だ。
 税方式で過去に納めた保険料の実績を考慮すると調整期間を長くとる必要があるとも指摘しているが、現行制度の問題点についての議論はなく、不公平な印象だ。税方式は低年金・無年金の解決に一歩前進することは間違いない。国民年金の保険料の納付率の変化が年金財政に与える影響は軽いというが、若年低所得層の老後に関する分析を欠いている。

20080520 日本経済新聞 朝刊

 政府の社会保障国民会議は年金制度改革に伴う二〇五〇年度までの財政試算を公表した。政府が基礎年金の財源を全額税とする税方式の長期試算を示したのは初めて。保険料納付率の低下や年金記録漏れ問題で揺れる現行の社会保険方式と見比べた論議が加速しそうだ。一連の試算をもとに「税方式か保険方式か」に関する論点を整理した。(1面参照)
 社会保障国民会議は基礎年金を現行の社会保険方式から税方式に切り替えた場合の負担の変化を分析した。一つのポイントは過去に納めた保険料を給付額にどう反映させるかという点だ。
 ■保険料を置き換え 社会保障国民会議は三つの類型で試算した。「納付実績にかかわらず、全対象者に税方式の基礎年金を満額給付する」「税方式による給付から未納期間分を減額する」「すべての人に満額を給付し、過去に納めた保険料の期間分も加算する」――という内容だ。
 税方式導入で企業が負担する基礎年金分の保険料は三兆―四兆円減る。サラリーマン世帯の多くでは保険料負担が税負担に置き換わるが、保険料が減る分より合計の税負担は大きくなる。給付が手厚い案ほど負担増も伴いやすい。
 税方式移行では、高所得層に比べ低所得層の負担の増え方が大きい。給付を最も抑えた案の場合、サラリーマン世帯の負担増は所得水準にかかわらず月平均千―四千円にとどまる。給付を最も増やす案では高所得層の負担増が約四倍に対し、低所得層は約五倍となるが、低所得者はその分、手厚い給付を税で保障される利点がある。
 世代別でみると、現役世代の負担増は緩やか。給付増を最も抑えたケースでは四十歳前後のサラリーマン世帯の負担増が約一・二倍、六十五歳以上だと月二千円から同一万円前後と約五倍になる。保険料を払い終えている年金受給世帯は税負担だけが増すが、幅広い世代で負担を支え合う。
 一方で「働き方」による差異はそれほど大きくない。現行では配偶者が年収百三十万円未満なら「第三号被保険者」として年金保険料を払わない。税方式では専業主婦(夫)世帯の負担の増え方が大きく、夫婦とも正社員の共働き世帯では負担増が相対的に小さい。
 自営業者は負担減になる例が多いが、収入調査に基づいてはおらず、実態を反映しているかどうかは疑問が残る。
 みかけの上では「家計の負担増、企業の負担減」だが、企業の利益が増えれば法人税収の増加につながる。余裕ができた企業が賃上げや雇用増に動くなど経済全体への波及効果も考えられる。
 ■高額所得者減額の効果「限定的」 社会保障国民会議は高額の所得を得ている高齢者の基礎年金の給付を減らすと、年金財政にどう影響するかも試算した。年収六百万円以上の人の年金は一部削減、年収一千万円以上なら全額削減した場合の基礎年金給付費の削減率は一・三%にとどまる。
 試算では六百万円を超える収入一万円につき〇・二五%ずつ年金額を減らしていく。全員に基礎年金を満額給付する場合、〇九年度の給付費二十四兆円に対して減額措置による削減額は三千億円、五〇年度でも六十三兆円に対して八千億円にとどまる。
 厚生労働省の老齢年金受給者実態調査(〇六年度)では人口比率は六百万円以上が二・四%、一千万円以上に限れば〇・六%。高額所得者は人口比で見れば多くないため「年金財政への効果は限定的だ」と、社会保障国民会議の事務局は結論づけている。
 高額所得者への年金減額措置はカナダが一九八九年に導入した「クローバック方式」が有名。日本では民主党が年収千二百万円超は基礎部分の年金を全額減らし、年収六百万―千二百万円の人は一部を減らす案を出している。塩川正十郎元財務相も高額所得者の年金給付を減らす私案を提案している。
 ■積立金活用で3案 現行制度は現役世代の保険料をその時点の高齢者に年金として給付する賦課方式だが、保険料の一部は将来の給付のために積み立てている。税方式に移行した場合、現行方式の“遺産”ともいうべき積立金をどうするかが焦点になる。
 過去の保険料納付実績を考慮せずに全員に基礎年金を給付する場合、積立金だけは過去の納付実績に応じて分配するとした。試算によると、分配額は国民年金保険料を四十年完納した人で月五千円程度となる。
 過去の保険料未納分は基礎年金の給付を減額する場合、「分配の必要はなく増税の激変緩和に充てる」とした。六年は消費税率引き上げを遅らせることが可能という。
 過去の保険料納付分を新しい基礎年金に加算して給付する場合は、積立金をこの部分に充当。加算が保険料分だけなら六年、現在の給付全額なら三年は積立金で賄うことができるという。


20080520 日本経済新聞 朝刊

 社会保障国民会議は物価上昇率以下に給付額の伸びを抑える「マクロ経済スライド」を導入しなかった場合に保険料負担がどう増えるかを試算した。国民年金では月額五千円、厚生年金では料率が三・五%分、現在想定している上限額より高くなる。税方式でも現行方式でも給付抑制策を避けることは難しそうだ。
 マクロ経済スライドは調整賃金や物価変動をすぐに年金額に反映させず、年金受給者の平均余命などで求めた改定率で年金給付額を調整する仕組み。給付を実質的に切り下げる効果を持ち、〇四年の年金制度改正時に導入された。
 マクロ経済スライドを導入しない場合に必要な追加財政負担を見ると、現行の保険料方式では二五年に五兆円、税方式では六兆円(消費税換算一・五%)。五〇年には二倍近くに膨らみ、これを保険料の引き上げなどで埋めることになる。
 現行制度では一七年まで徐々に保険料負担が増えるが、それ以降は国民年金が一万六千九百円、厚生年金は一八・三%の固定負担で済む。マクロ経済スライドを導入しないと、保険料負担は国民年金で三五年まで、厚生年金で二七年まで上がり続ける計算になる。