20080520 日本経済新聞 朝刊

 政府の社会保障国民会議は年金制度改革に伴う二〇五〇年度までの財政試算を公表した。政府が基礎年金の財源を全額税とする税方式の長期試算を示したのは初めて。保険料納付率の低下や年金記録漏れ問題で揺れる現行の社会保険方式と見比べた論議が加速しそうだ。一連の試算をもとに「税方式か保険方式か」に関する論点を整理した。(1面参照)
 社会保障国民会議は基礎年金を現行の社会保険方式から税方式に切り替えた場合の負担の変化を分析した。一つのポイントは過去に納めた保険料を給付額にどう反映させるかという点だ。
 ■保険料を置き換え 社会保障国民会議は三つの類型で試算した。「納付実績にかかわらず、全対象者に税方式の基礎年金を満額給付する」「税方式による給付から未納期間分を減額する」「すべての人に満額を給付し、過去に納めた保険料の期間分も加算する」――という内容だ。
 税方式導入で企業が負担する基礎年金分の保険料は三兆―四兆円減る。サラリーマン世帯の多くでは保険料負担が税負担に置き換わるが、保険料が減る分より合計の税負担は大きくなる。給付が手厚い案ほど負担増も伴いやすい。
 税方式移行では、高所得層に比べ低所得層の負担の増え方が大きい。給付を最も抑えた案の場合、サラリーマン世帯の負担増は所得水準にかかわらず月平均千―四千円にとどまる。給付を最も増やす案では高所得層の負担増が約四倍に対し、低所得層は約五倍となるが、低所得者はその分、手厚い給付を税で保障される利点がある。
 世代別でみると、現役世代の負担増は緩やか。給付増を最も抑えたケースでは四十歳前後のサラリーマン世帯の負担増が約一・二倍、六十五歳以上だと月二千円から同一万円前後と約五倍になる。保険料を払い終えている年金受給世帯は税負担だけが増すが、幅広い世代で負担を支え合う。
 一方で「働き方」による差異はそれほど大きくない。現行では配偶者が年収百三十万円未満なら「第三号被保険者」として年金保険料を払わない。税方式では専業主婦(夫)世帯の負担の増え方が大きく、夫婦とも正社員の共働き世帯では負担増が相対的に小さい。
 自営業者は負担減になる例が多いが、収入調査に基づいてはおらず、実態を反映しているかどうかは疑問が残る。
 みかけの上では「家計の負担増、企業の負担減」だが、企業の利益が増えれば法人税収の増加につながる。余裕ができた企業が賃上げや雇用増に動くなど経済全体への波及効果も考えられる。
 ■高額所得者減額の効果「限定的」 社会保障国民会議は高額の所得を得ている高齢者の基礎年金の給付を減らすと、年金財政にどう影響するかも試算した。年収六百万円以上の人の年金は一部削減、年収一千万円以上なら全額削減した場合の基礎年金給付費の削減率は一・三%にとどまる。
 試算では六百万円を超える収入一万円につき〇・二五%ずつ年金額を減らしていく。全員に基礎年金を満額給付する場合、〇九年度の給付費二十四兆円に対して減額措置による削減額は三千億円、五〇年度でも六十三兆円に対して八千億円にとどまる。
 厚生労働省の老齢年金受給者実態調査(〇六年度)では人口比率は六百万円以上が二・四%、一千万円以上に限れば〇・六%。高額所得者は人口比で見れば多くないため「年金財政への効果は限定的だ」と、社会保障国民会議の事務局は結論づけている。
 高額所得者への年金減額措置はカナダが一九八九年に導入した「クローバック方式」が有名。日本では民主党が年収千二百万円超は基礎部分の年金を全額減らし、年収六百万―千二百万円の人は一部を減らす案を出している。塩川正十郎元財務相も高額所得者の年金給付を減らす私案を提案している。
 ■積立金活用で3案 現行制度は現役世代の保険料をその時点の高齢者に年金として給付する賦課方式だが、保険料の一部は将来の給付のために積み立てている。税方式に移行した場合、現行方式の“遺産”ともいうべき積立金をどうするかが焦点になる。
 過去の保険料納付実績を考慮せずに全員に基礎年金を給付する場合、積立金だけは過去の納付実績に応じて分配するとした。試算によると、分配額は国民年金保険料を四十年完納した人で月五千円程度となる。
 過去の保険料未納分は基礎年金の給付を減額する場合、「分配の必要はなく増税の激変緩和に充てる」とした。六年は消費税率引き上げを遅らせることが可能という。
 過去の保険料納付分を新しい基礎年金に加算して給付する場合は、積立金をこの部分に充当。加算が保険料分だけなら六年、現在の給付全額なら三年は積立金で賄うことができるという。