「感動を与える仕事 」
1996年から途上国への技術協力で派遣される
仕事をしている友人がいる。
今月から2年間の任期でウガンダに専門家派遣
されることが決まったというメールが先ほど届いた。
彼は、これまでザンビア、スリランカなどで、
仕事をしてきた。
ぼくが高校生のときスリランカへの交換留学生だった
http://ameblo.jp/v-express/entry-10090379937.html
こともあり、友人の紹介で、知り合った。
彼と都内でスリランカ料理を食べながら、
話したことが忘れられない。
先進国の日本人からすれば、過酷としか思えない
さまざまな体験を彼は話してくれた。
ところで、何のためにこの仕事をしているのかと、
ぼくは尋ねた。
「日本国のためです」と答えた。
思わず、涙が出た。
彼は、また、「他人に感動を与え、かつ、自分が
感動をもらえる生き方をしたい」
という夢を一貫して抱いている。
彼がこれから接するウガンダ人は、彼を通して
日本国を尊敬することになるだろう。
「地球温暖化問題の利用価値 」
10月31日にドイツのメルケル首相は、
国連気候変動枠組み条約の締結国会議
(COP15)で、京都議定書の後継となる新条約を
締結できる見込みは低下したと表明した。
途上国は温暖化対策の資金が先進国から
供与されるなら署名するが、
供与されないなら署名しないと表明している。
12月にコペンハーゲンで開催されるCOP15に、
英国はオバマ大統領に参加してもらって
成功に持っていこうと画策したが、参加しないようだ。
そもそも、地球温暖化問題の枠組み条約では、
当初は先進国が参加して温暖化対策を
義務づけられ、その対策が一定の効果を
収めた後、新興国に参加圧力をかけて、
先進国は温暖化ガス排出権を
高価で新興国に売る仕掛けが組み込まれていた。
しかし、今年9月に開かれたG20サミットが
象徴するように、国連における主導権が新興国に
移りつつある今、排出権収入により先進国が
一方的に得をする仕掛けはうまく行かないと思われる。
地球の気候変動は、人間による温室効果ガスの
排出による影響は軽微で、
太陽の黒点の移動による影響が大きいという。
英国では、地球温暖化を強調し続ける政府の
宣伝活動への批判が多く、
監督する機関が調査に乗り出し始めたらしい。
その他、欧米諸国でも、人類による地球温暖化を
信じる人は減少し続けている。
70年代には、「地球寒冷化問題」がメディアで
キャンペーンされていたという話が、
ふと思い出された。
「社会起業家活動に思うこと」
《この国の新しいかたちのために》
最近、とくに社会起業家を志す人々と出会う。
社会起業家活動をすでに本業としている
20代、30代の人々と出会うことも多い。
社会起業家の人たちにお会いしての
感想としては、
◇起業家精神が旺盛で、
仕事についての目的意識がはっきりしている
◇(大手)企業が参入に二の足を踏む、
行政が緊縮財政等のために提供しずらく
なっている商品・サービスを提供している。
◇たとえユーザーが少数に見えても、
ユーザーが助かる、求めている、
かゆいところに手が届く商品・サービス
を提供している。
が挙げられる。
「社会起業家」は欧米の先進国においては、
もはや社会にとって欠かすことのできない
存在になっている。
「社会起業家」の増加は、この国のかたちを
根底から変えていく力になっていくと思う。
「経験は最大の教師なり」
<小学校に伺って感じること>
最近は小学生に接する機会が多く、
自分の小学生のころをふと回想したりする。
「経験は最大の教師なり」はヘーゲルの言葉で、
ぼくが小学生のころから父親に言われていた
言葉だ。
なぜ経験が最大の教師なのか。
ぼくの解釈は、人は自分の経験から決して
逃げることができないからだ、となる。
親の教え、先生の指導、教科書、会社の上司
などから逃げる方法はいくらでもある。
しかし、自分が一度経験してしまったことからは
逃避できない。
したがって、多くのさまざまな経験を積むという
ことは、最大の教師が自分の中に常駐している
ようなもので、心強い。
一方で、経験は確かに最大の教師ではあるが、
あくまでも「最大」なだけであって、最良、
最高とは限らない。
とすると、経験だけでは不十分で、経験以外の
何かからも意識的に学習しないと、経験を
最大かつ最良の教師にならしめることは難しい。
そのためには、何歳になっても、「素直な心」を
持つことが大事だなあと、小学校で感じた。
「政局よりも政策が大事?」
こう何度も繰り返していた総理大臣がいたが、
その都度、ぼくは違和感を感じていた。
「政局」とは、政治的な動きのある重大な
局面のことで、とくに政権交代の可能性が
ある選挙は「政局」の最たるものだ。
日本は民主主義政治なので、投票により
示された国民の意思表示が最も尊重される。
したがって、国民に選挙で支持された政権
政党(与党)が掲げた政策が国の基本方針
となる。
当たり前のことだが、政策は政治家以外の
学者などが作成することはできるが、
政局は政治家自身しかエントリーできない。
政治家の職責は、政局(選挙)を制して、
政策を実行することだ。
政策を立案することではない。
「政局よりも政策が大事」と政治家以外が
評論家的発言をするのは自由だが、
政治家自身が発したのは、やはり滑稽だった。
「温室効果ガスの排出権取引はおかしい 」
市場原理主義をベースに、英国の金融専門家が
編み出した新たな金融取引の仕組みだ。
大気という重要な社会に共通する資本を汚染した
上で、あたかも私有財産のように売買してしまう。
社会倫理を崩壊させるこの取引はどう考えても
おかしい。
「マクロ経済的には国民所得、消費や投資など
の経済的な変数がすべて一定に保たれている
ものの、その社会の中では華やかで活気に
満ちた人間的な営み、交流や文化的活動が
展開されている状況を「定常状態」と名付けた。」
(「経済学原理」(1848年刊)ジョン・スチュアート・ミル著 より)
ミルは、マルクス主義のように階級的思考で
人間行動を捉えていない。
人間を経済的動機だけで動く、心を持たない
存在とする新古典派の経済学とも異なる。
このミルが示した社会、つまり、社会に共通する
資本を規定して「定常状態」にある
社会を人類は実現できないものか。
「G8からG20へ 」
先月米国で開催されたG20サミットでは、
世界の経済協調の場がG8からG20に
代わったと宣言した。
G20には、世界の主要国が入っていて、
GDPを合計すると世界の約85%になる。
「欧米」から「欧米とBRIC」へと、世界の
経済覇権体制が産業革命、フランス革命以来、
約150年ぶりに変遷していると考えられる。
世界経済をどうもって行くかの意志決定が
G20で行なう体制に代わった歴史的瞬間
だったのかもしれない。
G7(ロシア加入前)は、1971年のドルショック後
に結成された。
当時急成長していた経済先進国、とくに西ドイツ
や日本を米ドル防衛(基軸通貨保持)
に協力させることが結成当初の目的だったと
思われる。
その後、30年以上が経過し、G20では、米ドル
防衛ではなく、中国元を含む通貨多極化の
議論がなされている。
今後は、所得水準が世界平均より低い国は
上昇し、高い国は下落していく、所得水準が
一層平準化される方向に世界は向かう
のではないか。
「自主・自立の日本へ」
今から20年前、大学生のころ、サークルで議論
していたことをふと思い出した。
あるとき、めずらしく、政治・経済に関して
「日本に今必要なこと」というようなテーマに
なった。
あるメンバーは、「日本の空港を世界のハブ空港
にしなければならない」
というテーマでプレゼンテーションした。
もしそうしないと、日本は将来、世界の陸の孤島に
なってしまい、経済力が低下するとした。
20年経った現在、そのとおりになっている。
シンガポールや韓国は、空港や港も計画的にハブ化
して成功を収めたが、
日本はハブ化できずに利用頻度が相対的に
下がっている。
その後、自分は、「日本が自主・自立の精神を
持つために」というテーマで話した。
そのためには、突き詰めれば、
日本列島を囲んで外国の軍事施設が治外法権
の下50ケ所以上も存在している。
これらすべてが撤退することだと結論付けた。
参加者全員が、「それは、現実的に無理だ。
空論だ。」と言った。
この主張に、思想的背景は全くなかった。
外国の軍隊に囲まれている国は自主・自立
できないと率直に思ったからだった。
その後、外国に行くたびに、外国人が日本を
どう見ているかを質問してきた。
欧州でもアジアでも、「日本は米国の属国で
あるというのは常識。
最大の理由は米軍基地に囲まれているから」
と、異口同音に本音コメントした。
そのたびに、くやしい思いがした。
日本の政権が交代した。
米国は今、第二次大戦以降で最も弱体化
している。
明治時代の国家指導者が理想としたように、
欧米各国と提携し、今や大国になった中国と
何とかバランスを取りながら、日本が自主独立
する機会が今到来しているかもしれないと
思っているのは、自分だけだろうか。
「5年前と5年後」
5年前(2004年)に
ぼくは、このDIARYで下記を記した。
《 「日本人に自主自立の精神を核とした(外交)
戦略の実行がなければ、
今から10年後の2014年に、日本国民が
「10年前の日本より今の日本はすばらしい」と
いう感想を持つことはないと確信していますので、
今私は言動しているのです。≫
5年後の今(2009年)、
残念ながら、自主自立の精神を核とした(外交)戦略を
日本人は実行してきていない。
その上で、今から5年後の2014年に、
日本国民が「5年前の日本より今の日本はすばらしい」と
いう感想を持つことになる(外交)戦略を日本は
実行できるだろうか。
アジア地域で、わが国に次ぐ文明的な経済大国は
韓国だ。
韓国の事業パートナーと先日議論をしたが、
5年後には、現在より自国民が幸福を感じる(外交)
戦略を立案し終わっていることを知った。
米国自身がアジア地域におけるプレゼンスを
戦略的に一層低めていくことは
完全に織り込み済みで立案されている。
日本国内の影響力あるVIPは、対米従属の立場を
続行することを第一に
アジア向けの外交姿勢を規定してきた。
このスタンスは5年後に日本国民に幸福を
もたらすのだろうか。
5年後(2014年)には、どうなっているか。
鳩山イニシアティブに期待する。
「操作主義を卒業すること 」
先週は、マネジメントの現場で操作主義の
実践を久しぶりに目の当たりにした。
組織内において、上司を動かしたいという
気持ちに満足せず、
「操りたい」という願望をもってしまい、
実行していた。
どうしたら上司が自分の思うように動くかと考えるか、
どうしたら上司が自分を理解し共感してくれるように
なるかと考えるか。
これ二つの考え方は正反対だ。
どうしたら、商人でいうと消費者、
公的な職業では住民のためになるかを
考えるのが専一ではないか。
なぜ、我々はこんなに小さくなってしまったのか。
就職活動の頃や職に就いたころには、大義や志に
燃えていただろうに、と感じた。