「経験は最大の教師なり」
<小学校に伺って感じること>
最近は小学生に接する機会が多く、
自分の小学生のころをふと回想したりする。
「経験は最大の教師なり」はヘーゲルの言葉で、
ぼくが小学生のころから父親に言われていた
言葉だ。
なぜ経験が最大の教師なのか。
ぼくの解釈は、人は自分の経験から決して
逃げることができないからだ、となる。
親の教え、先生の指導、教科書、会社の上司
などから逃げる方法はいくらでもある。
しかし、自分が一度経験してしまったことからは
逃避できない。
したがって、多くのさまざまな経験を積むという
ことは、最大の教師が自分の中に常駐している
ようなもので、心強い。
一方で、経験は確かに最大の教師ではあるが、
あくまでも「最大」なだけであって、最良、
最高とは限らない。
とすると、経験だけでは不十分で、経験以外の
何かからも意識的に学習しないと、経験を
最大かつ最良の教師にならしめることは難しい。
そのためには、何歳になっても、「素直な心」を
持つことが大事だなあと、小学校で感じた。