平成16年7月29日(木) 勾留80日目
運動のとき、他房のチョビひげ中国人の親父がいた。
ほとんど日本語は話せない。
何やったのか同房の人に聞いたら、「怒って妹の携帯を取り上げて折った、器物損壊」だという。
それで妹に、パトカーを呼ばれたのだそうだ。
日本人なら、家族間での暴力は、世間体もあってなかなか表沙汰にせず済ませるものだが、外国人は、親族であってもシビアだ。
ベッカムに似た、ちっこいイギリス人に、「What's your crime ? (何やったの?)」と聞いたら、「My crime ?
punching my wife and father. (妻と親父をぶん殴ったんだ)」と言っていた。
彼は大変だった。
房越しに、ジャクソンとは別のガーナ人と英語で話すのがうるせえ、と言って同房者と喧嘩になり、房に1人で入れられたのだ。
ふてくされて、布団を縦に敷いて、大の字で寝ていた。
彼には彼なりの正義があるのだろう。
【余白メモ】
「人生は愛憎と違順の葛藤なり」
平成16年7月28日(水) 勾留79日目
ガーナ人は血圧が高く、薬を飲んでいる。
もともと、保険証がなくても診てくれる闇のクリニックで、治療を受けていたそうだ(薬込みで5,000円だとか)。
留置場には血圧計があり、ガーナ人は運動と洗面で外に出たときに計っている。
薬を飲んでも、197 / 127 もある。
2週間の間記録し、健診のとき医者に見せることにした。
【余白メモ】
ジャクソンの薬 デパス0.5mg ノバルスク バイアスピリン ブロプレス4mg
平成16年7月27日(火) 勾留78日目
朝から大騒ぎがあった。
他房の自称右翼が、何を気に食わないのか大声で怒鳴り、ドアを蹴り、騒いだのだ。
副署長(ハゲ)がすっとんできて、「どうした!」と大声で割って入ったが、「どうしたじゃねえ! この野郎!」と、まるで収まる気配がない。
場内は静まり返って事の次第に聞き耳を立てていたが、私は(やれ!やれ!)という意味を込めて、ピューピューと口笛を吹いていたら、「やめろよ、口笛なんか」と保険金詐欺にたしなめられた。
次に、誰が言ったか分からないように便所のほうを向き、「ひっこめハゲ」「うるせーハゲ」「ひっこめハゲ」と繰り返していたら、副署長は「警告する! 警告する!」と意味不明なことを言って、帰ってしまった。
留置管理課長が来て、「誰だ? 今言ったの!」と怒り、私は無視していたのだが、保険金詐欺が「111番です」とバラしてしまい、課長に「そういうこと言うんじゃ、俺だって考えちゃうよ!」と、しばらく怒られた。
課長が行ったあと、バラすことないじゃないですかと腹立ち紛れに保険金詐欺に言ったら、「バカヤロー! 俺が言ったと思われるじゃねえか!」と、逆ギレされ、私はふてくされた。
【過去の過ちを振り返って】
こういうチクリは、「チンコロ」と呼ばれ、忌み嫌われる。
拘置所や刑務所では、刑務官の追及には全員でシラを切りとおすのが仁義であって、チンコロをする人間は、イジメの対象になるのだと後から聞いた。
「留置成績」なるものは存在するらしいが、量刑にはさして影響はない。
ちなみに課長の言った、「俺だって考えちゃうよ!」は、警察官がよく使う脅しだ。
看守がそう言った場合には、「検事に報告して刑を重くしてもらう」という意味になるし、刑事がそういった場合には、「情状を悪くして調書を作成する」というような意味になる。
街中で、制服警察官が顔をしかめれば、一般人はすいません! と平身低頭して恐縮する。
強権をチラつかせて事を運ぼうとするのは、どう考えてもフェアではない。
だから警察は、嫌われるのだ。
平成16年7月26日(月) 勾留77日目
ガーナ人は英語ペラペラだが日本語がわからず、中国人は日本語が達者だが英語がわからず、私は日本人で英語が少し話せるという関係だ。
ガーナ人は「エ○バの証人」の熱烈な信者で、中国人は大学時代、宗教学をやったことがあるという。
そんなことで2人でキリスト教に関する話をしていて、最初のうち私は律儀に通訳していたのだが、だんだん面倒くさくなって、ガーナ人の英語を、「あなたバカ」「あなたのお母さんもバカ」「あなたのお父さんドロボー」「中国人はみんなドロボー」と嘘の通訳をしたら、中国人が怒り出し、2人で喧嘩になってしまった。
ついでに中国人の日本語も、「He said that he want to sex with your daughter. (彼はあなたの娘とセックスしたいと言っている)」と通訳したら、「ソンナコト言ッテナイ。ワカルヨ」と言われてしまった。
私の信用は、ガタ落ちだ。
平成16年7月25日(日) 勾留76日目
終日、大変ヒマだった(毎日だが)。
点呼の際、中国人のパンツを足首まで下ろしたら、怒ってしまった。
【過去の過ちを振り返って】
就寝前の洗面が終わり、全員が房に戻ると、就寝時点呼を行います! の号令で、点呼が始まる。
○○番! ハイ! ○○番! ハイ! ○○番! ハイ! ○○番! ハイ!
第1室、異状なし! (以下8室まで)
(看守が上長に) 総員○○名異状なし! (上長が)はい、じゃあ、おやすみなさい!
(全員)おやすみなさーい!
これで21時に消灯され、就寝となる。
消灯だが、アクリル板で覆われた3本の蛍光灯は、終夜薄暗く点けてある。
「房内が容易に確認できる明るさでなければならない」という、規則があるのだ。
平成16年7月23日(金) 勾留74日目
朝の運動のとき、立会いに来た担当刑事と話をした。
訂正印を押す箇所が1箇所あったのだそうで、「近いうち出してあげるから」と言っていたが、その日のうちに出してくれた。
上申書を1通書書かされた。
別房にも、ガーナ人がいる。言葉は悪いが、体色はまるでゴキブリだ。
ジャクソンはそうでもない。褐色だ。
「なんで同じガーナ人なのに、向こうのほうが黒いの?」と聞いたら、「アッチハ田舎ダカラ」と言っていた。
平成16年7月22 日(木) 勾留73日目
「これ先にやんなかったら、ただでさえ人足りないのに、どんどんあとがつかえちゃうじゃないですか!」
看守台の上で、53歳の巡査部長が、若い巡査長に突っかかられている。
今日の主任は、トロいのだ。
調べの刑事が席を外したときに、話し相手をしてくれた刑事は、最近まで看守だったそうだ。
この人にその主任の話を聞いてみると、「いい人なんだけど、トロくてなぁ。ほかの人に迷惑が掛かっちゃう」ということだった。
保険金詐欺が言うにはこの刑事は看守時代、年中早く異動したいと愚痴をこぼしていたそうだ。
留置管理業務は、警察官が嫌う業務のひとつだ。
「留置場なんて、ロクでもない奴ばっかり入ってるんだから!」と言っていたが、それはそうだろう。
だいいち、男が男の世話をして、楽しいはずがない。
しかし私は、この人がいいおっさん看守が、好きなのである。
保険金詐欺が聞き出したところによれば、「新しい仕事覚えるのは大変だから、定年まで看守がいい」と言っていたそうだ。
「俺なんて大量動員のときドサクサに紛れて入ったけど、今だったらまず入れないよ」と、本人はどこまでも弱気だ。
【過去の過ちを振り返って】
男の世話で思い出したが、女性房と少年房は、壁を隔てて反対側に設置されている。
女性の被留置者の入浴時の監視は女性警察官がやり、房の出入り時の身体検査はなく(ここの看守は男しかいない)、房にはゴミ箱があり、使用済み生理用品はゴミ袋のまま差し出されるということである。
ちなみに、房内でのブラジャーの使用はできない(自殺防止のため)。
平成16年7月21日(水) 勾留72日目
若い覚醒剤所持使用が、泣きながら、刑事に連れ出されていった。
奥さんから、離婚届が届いたのだ。
静まり返った場内で、泣き声の話が聞こえていた。
2歳になる娘に会えなくなることが、つらいのだという。
保険金詐欺の話では、彼は使用後自宅で暴れ、奥さんに通報されたのだという。
もし執行猶予になったら、ダルクに直行することで、話が進んでいるのだそうだ。
平成16年7月20日(火) 勾留71日目
母に手紙の返事を書き終え、発信した。
昨日は祝日だったため、出せなかったのである。
隣の房には、精神異常者が入っている。
自宅を全焼させてしまったそうで、今日は精神鑑定に行った。
【 長兄 】
以前の日記になるが、私と長兄との間には確執がある。
兄は留置場の私に、えらそうな説教の手紙を書いてきて、それに私が怒りの返事を書いたということだ。
昨日の夜、兄を見かけた。
見かけたというのもおかしな話だが、兄の家の隣にドラッグストアがあり、そこに買い物をした帰りに、どうやら会社帰りの兄を見かけたのである。
なにやら玄関でゴソゴソやっていたので、話しかける機会は十分にあった。
また私の逮捕に怒ってはいるものの、兄の性格からして、「おう、入ってお茶でも飲んでけよ」という話になっただろうと思う。
父親の仏壇に線香を手向け、兄の嫁さん、めいっ子と顔を合わせ、どうなったかはわからないがとにかく「一区切り」つける機会だった。
しかし私は、兄が私に気づかなかったことをいいことに、私も兄の目の前を素通りしてきてしまった。
どういう顔をすればいいのか、何を言えばいいのかがわからなかったし、嫁さんとめいっ子にも、合わせる顔がなかったからだ。
もしかしたら和解の、絶好の機会を逃してしまったのかもな、と、私は少し後悔している。
しかしそう遠くない将来、彼らとしっかり向き合わねばならない日はあるだろうし、そのために少しずつ身辺を整えるための時間がほしかったのだ。