DNA解析により、日本のコイには二つのタイプがいることが明らかにされてきた。一つは日本在来のコイで、野生型と呼ばれる。もう一つは外来型のコイで、約200年以上前から主にユーラシア大陸から導入されてきたと考えられており、一般にはほぼ同意義である飼育型と呼ばれている。

 

野生型と飼育型の明らかな違いは、後者に比べて前者では体高が低く、体長が長く、背びれ分岐軟条数が多く、鰓把が少なくて短く、食道と鰾をつなぐ管の食道側の末端(pneumatic bulb)が発達しており、同管のコイル数が多く、鰾後室が長く、そして腸管が短いことと報告されている。

 

野生型の純粋に近い系統はまだ琵琶湖の深層に残っている一方、国内の他の水域では飼育型との交雑が進んでしまっている。ただし、宮城県から高知県にかけてのサンプリングで得られたデータからは、西日本の大規模水域には少なくとも母方が野生型である個体が過半数または半数近くまだ残っていることが明らかにされているので、筑後川水系にも飼育型との交雑が少ないコイがいてもおかしくない。

 

そこで、2022年の晩秋から筑後川水系で釣れたコイも気にかけるようにしたが、背びれ分岐軟条数が20以上なければ野生型候補とは見做さないという自分自身のルールを決めていた。

 

2023年3月下旬のこの日、佐賀県内の筑後川水系のクリークの一角で、昨秋に釣ったフナ類の中でオオキンブナがどれだけいたのかという答え合わせの釣り(エサはマッシュ25cc+いもグルテン25cc+野釣りグルテンダントツ1包+水50ccで底釣り)をしていた際に、尺もののコイが釣れたが、背びれ分岐軟条を数えると19だったので、リリースに取り掛かった。

 

だが、魚に伸ばした手が止まった。なんだかいつものコイとは違うなと感じたからだった。改めて見てみると、背びれから吻にかけてのラインがとてもなだらかで低く、吻がニゴイのように突き出ていることに気付いた。そしてとてもスリムで流線型なボディは決して痩せているせいではなかった。

 

こうして見ると眼も大きい

 

リリースするのをやめ、持ち帰って検分した結果、鰓把数の少なさと腸管の短さおよび総合的な傾向から見て、コイ野生型(に比較的近い個体)の初物とすることにした。

 

初コイ野生型、オス

 

初コイ野生型の別影。全長32センチ、体高/体長比29.76%。背びれ分岐軟条数19。胸腹部のラインはまっすぐに近く、尾柄は細くて長く、尾びれは大きくて尖っている。

 

横から撮影した中で一番口を閉じた状態のもの

 

同個体の俯瞰

 

同個体の腹側

 

同個体の正面

 

同個体の背びれ後半の分岐軟条(担鰭骨)番号

 

左第一鰓弓と鰓把。外側鰓把数19、内側鰓把数25。理論的純系の野生型と飼育型の同外側鰓把数はそれぞれ19.43と24.04なので、痕跡状の20番目の鰓把をカウントしてもまだ野生型に近い。

 

同個体の精巣

 

同個体の腸管。腸管の長さ/標準体長比は 1.49。理論的純系の野生型と飼育型の同比はそれぞれ1.78と2.32なので、飼育型よりは明らかに短いと言える。

 

同個体の食道と鰾をつなぐ管(pneumatic duct)の鰾側(上)と食道側(下)の末端

 

同個体の食道と鰾をつなぐ管(pneumatic duct)のコイル数。8回は巻いているように見える。理論的純系の野生型と飼育型のコイル数はそれぞれ9.02と4.87なので、野生型に近い。

 

琵琶湖に残っている、ノゴイやゴンボ(京ことばでゴボウの意味)あるいはトンボ(トンボのように細いからだとも、漁獲後に生簀の中でよく跳び上がるからだとも言われる)と呼ばれる純系に近い野生型については、鯉専門の釣師によって時折釣られることもあるようだが、とてもハードルが高い。

 

ただ、琵琶湖では野生型のコイが2004年にコイヘルペスウイルスによって大量に弊死してしまったため、その資源回復のために野生型の稚魚放流を行っているので、ニゴロブナヘラブナ釣りの外道として、いつかは釣れることもあるかもしれない。

 

その時まで、今回の九州産の個体に暫定初物になっていてもらおう。

 

2022年10月に福井県海浜自然センターに展示されていた、コイ野生型の幼魚と思われる個体(動画はこちら

 

2020年10月に宮城県内で釣れたコイ飼育型

 

石狩川水系で釣れたコイ飼育型

 

コイ野生型は長野県の野尻湖にもいるようだ

 

[コイ野生型と飼育型の対比]

筑後川水系のクリークで釣れた初コイ野生型と、北海道・石狩川水系で釣ったほぼ同サイズのコイ飼育型の一個体を比較してみた。

左:筑後川水系の野生型、全長32センチ、体高/体長比29.8%、背びれ分岐軟条数19。

右:石狩川水系の飼育型、全長33センチ、体高/体長比39.0%、背びれ分岐軟条数17。

以下、全て左が野生型で右が飼育型。尚、pneumatic ductの鰾側については、処理を誤ったため、同じ石狩川水系の別個体(全長36.5センチ)の飼育型を用いた

俯瞰

腹側

正面

頭部

左第一鰓弓とその鰓把数。

野生型:外側19、内側25

飼育型:外側24、内側30

腸管

野生型:腸管長/体長比1.49

飼育型:腸管長/体長比2.32

野生型の方が後室が長い。

Pneumatic bulb (矢印)

野生型の方が発達している。

Pneumatic ductの鰾側

野生型では鰾側末端にコイルにより少なくとも一つのループが形成されているのに対して、飼育型ではループは全く見られない。