ここ数ヶ月続けていたスマホのゲームに、かなり本格的に飽きてきました。

 

別にゲームなので、飽きたらやめればいいだけなんですが、せっかくなので「またやる気を取り戻したりする方法はない?」と心に聞いてみます。

 

「やる気を取り戻すうんぬんはいったん置いといて、飽きてること、やりたくないことをそれでもやる場合は、『やりたくない』という自分の気持ちをちゃんと自覚しながらやるのが大事や」

 

あーやりたくない、面倒くさい、面白くない、とかいう自分の気持ちをしっかり感じ取って、なんなら脳内なり口なりで愚痴りながらやれ、ってこと?

 

「その通り。こういう場合一番あかんのは、そういった自分が感じていることを『こんなこと感じてはいけない』と否定することや。否定すればするほど、否定された感情は毒となって自分を蝕んでいく。

 逆に、ちゃんと自分が感じていることを認めながらやっていくと、案外思ったほど苦痛を感じずにやれたりする。

 そしてこれは、無意識の力で無敵になる、という道の第一歩みたいなもんやな。ゲーム的な説明をすれば、スキルツリーの一番最初に位置するスキル、みたいな感じや」

 

というわけで、やりたくないけどやらなきゃいけないことを抱えている人は、その「やりたくない」絡みの自分のいろんな気持ちをしっかり自覚して言葉にしながらやってみてはいかがでしょうか。

 

それを他人に言うかどうかはさておき、自分に対してちゃんと言うのは大事かと思います。他人を騙すことはできても、自分を騙すことはできませんからね。騙せたつもりでも、自分の無意識というやつはしっかり気づいちゃっているものです。

 

 

 

このブログの記事は全て、大嶋信頼先生が開発された「心に聞く」を用いて書いています。

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唱えるだけで楽になる「呪文」について

このブログでも散々書いてる「やりたいことをやり、やりたくないことはやらない」という方針は、「意識で思ってるよりはるかにものすごい力を持っている」と心は言います。

 

まあそうなのかもなと思うのは、この方針に従って生きるということは、必然的に自分の価値観のみで動き、他人に全く振り回されなくなる、となるから。

 

例え世間の常識がどうであろうと、どれだけ大勢から人気や支持を得ていようと、科学的エビデンスがあろうと、権威ある人がよいと言っていようと、そんなのは全く関係なく、「(自分が)やりたいこと」はやるし、「(自分が)やりたくないことはやらない」となる。

 

それはものすごくシンプルな原理ながら、実際には他人の影響というのをどう転んでも受けざるを得ない人間という生き物にとっては、実践できれば確かに究極の処方箋になるかもな、と思うんです。

 

 

とはいえ、そう、それこそ実際には他人の影響をどう転んでも受ける以上、実践は難しいんじゃないの? と心にツッコミを入れてみる。

 

「受けるが、その影響が不快なら、すなわち影響を受けるのが『やりたくないこと』なら突っぱねてもいい、という話や」

 

それこそ理屈はそうだけどさ、でも頭でわかっていても気持ちが割り切れないってことはあるじゃない。

 

「だからこそ、そういう支配を殺す唯一の武器は怒りである、となるわけやな」

 

ふむ。ただ「邪魔!」という怒りで他人の不快な影響なんぞはぶった斬れ、と?

 

「そう。そして、そういうふうにぶった斬ることへの恐れや罪悪感というのも、また他人に入れられているものに過ぎない、となる」

 

しかしです。となるとポイントになるのは、その「怒り」という力を具体的にどう発揮すればいいのか、になるんじゃないか? と心に聞いてみます。

 

「それもまた、『やりたいことをやり、やりたくないことはやらない』に帰結する」

 

怒りという力をどう使うかも、やりたいようにやればいいし、やりたくないならやらなければいい、と?

 

「そうや」

 

 

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唱えるだけで楽になる「呪文」について

「本来、虚無にとって支配者ってのは、1-2のクリボーみたいなもんなんだよ」と、いきなり心が言ってきました。

 

この例え自体、初代スーパーマリオブラザーズを知らない人にとっては「なんのこっちゃ」となるんですが、今回はそのまま話を進めます。

 

前からクリボーが歩いてきたら、「ジャンプしてよける」「踏む」「ファイアーボールで倒す」といった選択肢の中からどれかを選択する、といった対処法になります。

 

そしてマリオをプレイしたことのある人ならわかるでしょうが、クリボーというのは状況によってはすごく厄介な敵ではあるけれど、それ自体はいわゆる雑魚に分類されるものです。

 

だけど虚無にとっての支配者は、心の中ではただのクリボーどころではなく、画面全体を覆い尽くすような、とてもじゃないが対処も回避もできず、ただこちらが潰されるしかないバケモノのように肥大化してしまっていることがしばしばある。

 

その膨れ上がった支配者という幻想の空気を抜くと、「プシュー」という音とともにクリボーはどんどんしぼみ、適正サイズに戻るわけです。

 

 

……なんてメタファー的な話はいいとして、じゃあ実際に支配者の存在が膨れ上がっちゃってる場合はどうすんのよ、と心に聞いてみます。

 

「手はいろいろあるが、結局は幻想を消すにはどうすればいいか、という話になる。そのための一つの方法として、相手がトイレに行ってるところを想像してみ」などと心は言います。

 

なんかイメージとして汚くね? と感じはするんですが、しかしどんなに恐ろしそうな支配者であっても、結局はトイレに行って用を足してるんだよなと思うと、まあそんなもんかという気もしてきます。

 

そういえば私の好きな小説の一文に、「英雄は酒場のカウンターにはいくらでもいるが、歯医者の診療台の上には一人もいない」みたいなのもあったなあ、なんてことを思い出しました。

 

ここらへんはつまるところ、「誰だって所詮はただの人間に過ぎない」という話ですね。

 

ただの人間に過ぎないものを、ただの人間を超越した存在であるかのように見て聞いて感じてしまうと、楽しくもあり、辛くもなったりする。

 

虚飾という服を着た存在は美しくはあるが、その美しさは心を楽しませるためにあればよく、心を惑わす存在になるのなら、その人の美しさを台無しにするような服を着せる想像でもしてみればいいのかもしれない。

 

それによって印象が変わるのであれば、その人の本質とは人ではなく服とか髪型とかになるのでは? なんて気がしてきて、これはなかなか深い話かもなあ、なんてことを思うんです。

 

 

 

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唱えるだけで楽になる「呪文」について

AI時代に最も必要な能力は「ツッコミ力」ではないか? てなことを、ついさっき思いました。

 

日常的にAIを使ってる人ならよくご存知だと思いますが、AIはよく嘘をつきます。いわゆるハルシネーションというやつです。

 

そして今後、AIの技術がさらに発展しても、このハルシネーションが完全になくなることは難しいのでは? と言われています。

 

その理由については各自調べてくださいとしておきますが、私は結局のところ、「人間がハルシネーションを起こす存在である以上、AIがそれを超えることはできないのでは?」と考えています。

 

実際、AIのハルシネーション問題については、「AIが人間よりアホだから」みたいな理由以上に、「AI相手だと人間相手とは比べ物にならない頻度でガンガン質問できる。つまり回答が返ってくる頻度も比べ物にならないくらい多いので、どうしても間違った答えが出てくる数が増えてしまう」という部分も大きいんじゃないかな、と思うんです。

 

じゃあどうすんのよと考えたとき、有効なのは「ツッコミ力」ではないかと。

 

これは別にAI相手の話だけでなく、人間相手にも有効というか、その手の力は育てておいたほうがいいと昔から言われてるやつですね。「権力者の言うことを疑え」とか「マスコミの言うことを疑え」とか。ネットリテラシーうんぬんの話もこれに通じます。

 

 

とはいえ、じゃあそのツッコミ力を自力で育てるにはどうすればいいんだ? という疑問が生まれます。

 

てことで、いつものように心に聞いてみます。なおここで、「心に聞いて本当に正しい答えが返ってくるんかい!」という今さらすぎるツッコミも当然あるわけですが、まあそれはそれとして。

 

「一番いいのは、常に正しくなければならないという幻想を捨てることや。まあ、それができたら苦労せんという話やが」

 

AIうんぬんを抜きにしても、人間だって間違いを犯しまくりながら生きているのが当たり前である以上、常に正しくあれ、なんて無理に決まっとるやろ! というツッコミか?

 

「その通り。そもそも大事なのは正しいかどうかやない、楽しいかどうか、幸せかどうかや。偽りによって心からの幸せを得られるのなら、それを否定する意味はあるのか? という話やな」

 

たとえ辛い現実でも向き合わないといけない、嘘に逃げてはいけない、なんて意見もあるけど?

 

「その思想も所詮は一つの幻想、フィクションに過ぎん。『辛い現実』と認識しているものは本当に現実なのか? その『辛い』という解釈自体にバイアスが入ってないか? 『嘘に逃げてはいけない』のはなんでや? そもそも『逃げる』という表現自体にバイアスが入ってないか? などなど、ツッコミどころはいくらでもある」

 

それで言うと、「ツッコミ力を上げたほうがいい」も、実は「いや別に上げんでいいし」というツッコミの対象になると?

 

「その通り。上げたけりゃ上げればいいし、上げても幸せにならなさそうなら上げなくていい。実際、いろんなことをある程度盲信できる人間のほうが、人生幸せなもんやで。自分が正しいという幻想を心から抱けるっていうのは、幸せなもんや」

 

ふむ。じゃあ質問を変えるけど、幸せになるためにはどうすればいい?

 

「いつも通り。やりたいことをやり、やりたくないことはやらない。これをやれる範囲で適当にやる。完璧にやれなきゃいけないとか思う必要はないし、そう思ってしまう自分を責める必要もない。人もAIもありとあらゆるものも、完璧などではないのだから」

 

 

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唱えるだけで楽になる「呪文」について

なにか書きたいけど、特に書きたいネタはない、という気分になったので、ネタについて心に聞いてみます。

 

「『自由』について書いてみ」

 

「自由」と聞くと、素晴らしいもの、という言葉がまず浮かぶ。

 

でも世の中には、自由という言葉が嫌いな人も多いんだろうな、なんてことも思うんです。

 

そして、そういうふうに嫌うのも自由だよね! という言葉がさらに続くことで、「自由」という言葉の便利さがわかる。

 

そう、「自由」という言葉は使い手の解釈次第でどうとでも取れる。

 

言い換えれば人によって解釈が異なるため、「自由」について語ったりしていても、実は全然違うものについて語っていた、なんてこともあるんです。

 

私にとっての自由とは、自分を苦しめるあらゆるモノから解放された状態、といった感じ。

 

けれど人によっては、無秩序、自分勝手、協調性がない、といったニュアンスになることもあるんだろうな、と思います。

 

まあそんなことを思った上で私が思うのは、「どうでもいいや!」だったりします。

 

さっきも書いたように、自由という言葉を他人がどう解釈するかもまた自由。

 

そして他人にその自由があるのなら、当然自分にもその自由がある。

 

そう考えると、これは別に「自由」という言葉に限らず、ありとあらゆることに当てはまるよな、とも思うんです。

 

物事を客観的に見るのであれば、自分だけが特別ということはなく、であれば自分をことさら卑下する必要もない。

 

自己肯定感が高いとか低いとかありますが、客観的に見るなら「みんな同じ!」となるから別にいいや、となる。

 

一方で、むしろ客観的に見るなら「みんな違うだろ」ともなるんですが、それならそれで、違うんだったらそもそも他人と比べてどうこう悩む必要もないよね、となる。

 

「そりゃ理屈ではそうかもしれないけど、実際に悩むだろ!」となるんですが、「悩むのも自由!」という返しが浮かぶ。

 

「実際に苦しいのに、自由で済むか!」というツッコミに対しては、「それで済ませることで、少しでも苦しみを減らせるかもしれない、そういう方便として『自由』という言葉を使うんです」と、私は真顔で答えるかもしれません。

 

自由だとか愛だとか、人によってどうとでも解釈できる言葉は、それゆえに支配の道具にもなれば、支配から抜け出すための道具にもなる。

 

なんてことを思うと罪悪感が浮かぶ辺り、「おー、こういう言葉を決まった意味で使ってもらわないと怖がる人がいるんだ!」と、脳のネットワーク的なアレで伝わってくるものがあるんです。

 

そう、自らの恐怖心ゆえに人を支配するのも自由なら、そこから抜け出すのも自由。

 

 

 

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