身近なものにも関心をもちましょう。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ



鉛筆の切られた木の部分と、もとの緑の部分の境目はどのような曲線をしてますか?

仮定法を最初に習う時どうもパターンで覚える場合があって困る。

   もし、お金があれば、この車をかうのになぁ

といった具合だ、

 

しかし、お金があるからといってすぐに車を買わなくても良いから

 

   もし、あの時宝くじにあったっていたら、(今)車をかうのになぁ

でも良いわけだ。

 

さて、では条件節の内容が現在で、帰結節の内容が過去の仮定法は存在するだろうか?

 

   いま、・・・・・・なら、あの時・・・・・・・なのになぁ。

という文章だ。普通に考えればありそうにない。

 

だが、ありうるのだ。京都大学で下線部訳が出題されている。

 


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

 

なお内容が過去と書いたのは、仮定法で一見、時制がずれて見えるのは古英語の名残であるからです。仮定法過去というのをやめて仮定法形式過去にすれば良いと考えております。

 

さらに仮定法という言葉自体が誤解を招く表現だと思います。単に接続法でいいんじゃないかと思います。よく聞かれるのは、IF I WERE・・・ の部分ですが古英語のWERTを調べてください。

 

OUGHT 辞書によればOWE  の過去形と書いてありますが、同じ辞書にOWEは規則変化と書いてあるのは、編集者のミス。

これだけ懸命に保護者が、頑張ったのに中学受験に失敗した。高い塾のお金を払ったのに失敗した。残念な結果に終わってしまった。今まで子供にたくさんのお金をかけてしまったのに。

こういったストレスは見返りを求めているからです。どこかでこれだけ子供のために頑張ったのだから合格するのが当たり前だと思っていませんか?

それが根本的な間違いなのです。

親子関係のストレスは心のどこかで見返りを求めていることから生じるのです。
とにかく国公立大学の現役合格実績にこだわるわけです。岡山県立岡山芳泉高等学校ですが、高校野球の甲子園の21世紀枠に候補として上がった時には、地元の山陽新聞に現役で6割が国公立大学に進学する進学校であると報道されました。それ以来、早稲田大学に行こうが慶應義塾大学に行こうが、浪人して東大理科三類に入った人も4割組と呼ばれています。

当時、国立大学は一期校と二期校というのがありましたとありました。二期校は受けませんと言ったら、職員室に呼び出された上、先生方に囲まれて無茶苦茶に非難されました。親が呼び出されて、無理やり東京外国語大学に出願されました。結局受けませんでした。受験料の無駄でした。

ここまででしたらぼやきに過ぎませんからこのブログの価値はありません。

県立高校なのに進学実績に何でこだわるのか?国公立大学に合格者数が少ないと給料が下がるのかという疑問を持っておりました。

それから何十年も経って自分も私立の高校で教え、県立高校教諭の友人とのお付き合いもあります。

あくまでも一つの見解ですが県立高校の教諭に進学実績が悪いと給料に違いがあるのかと聞きました。

答えは「あります」ということでした。

ここからは注意深くお読みいただきたい。もちろんその場で給料が下がるとかボーナスが出ないということはありません。

県立高校というのは教員に人事異動があります。

県の人口が多い都市部の進学校に勤めれば大規模校手当というのが出るそうです。

一方で田舎の高校に回されたらその後の出世に不利になるそうです。

進学実績が悪いと OB や OG から県教委にクレームがくることもあるそうですね。

この歳になりますと高校の同級生が校長になったり校長から退職して大学の先生や私立の大学の特任教授なんかにもなった方がいます。進学実績が良いと上の方からの評価が高くなり人事異動で新たな学校の校長とか教頭に出世するわけですそうすれば手当がついて給料が上がります。

ですから県立高校公立高校の先生方が当時実績にこだわってたわけがわかるような気がします。

名門高校の教師と、都道府県の外れにあるような高校で退職するのでは違うのですね。その後に私立高校の校長になったり大学の特任教授になったりして老後の給料とか退職金が違うということだそうです。

県立高校で進学実績が悪いと給料が減らされるのかボーナスが減らされるのかという疑問に対するひとつの回答ですけれども、長い意味では確かに進学実績の良い悪いで生涯賃金や将来の老後の再就職に考えれば変わってくるというのが複数の県立高校の先生の意見でした。

改めて:
お前らの老後のために無駄な受験料を払わされたのか!

なお以上は私が高校で非常勤講師として教えたり複数の県立高校の先生方からお聞きした内容でございます。またすべての県立高校が進学を目的としてるわけではありません。商業科工業科等においては就職実績とか生徒のその後の活躍に置き換えていただきたい。生活指導に置き換えていただいても結構です。県立高校でいじめや暴力事案があるとやっぱりその後の出世に響くわけです。

日本全国の学校について述べたものではありませんし個人的な見解ですのでご了承ください。




林先生よく言ってくれました。



塾予備校講師をしていると就職がなかったのだとよく言われます。さすがにある程度年を取ると今度はどういったきっかけで塾をやってるんですか?と言われます。何と答えたら良いのでしょうか?

3つの理由があります。1つは予備校講師というのは完全に実力の世界で何の免許もいらないのです。

ですから自分の塾がある日突然生徒が全部なくなっても私は大丈夫です。東京に戻って数倍の年収で働くだけのことです。実際、河合塾が講師募集をしていました。代々木ゼミナールで教えるほど落ちこぼれてはいません。駿台予備校は大学院を出てないとあまりメリットがありません。履歴書を出しました。月曜日の朝9時に大阪まで来いという話になりました。しょうがないなと思って面接に行くと今日から一週間かけて新しい講師を面接する試験をするとのことでした。全ての応募者の中から第一番に選ばれているんですね。まあ自分の学習塾でやるよりはそちらの方が本当は良かったかなと少しは思っております。日能研岡山を作って代表になる話は勝手に進めるんじゃないと言って私が断った。

全く自由なのです。無碍とはこのことであります。もちろん実力があって初めて言えることです。しょうもない塾のようにネクタイを締めたり白衣を着せる必要はありません。上司の顔を伺う必要もありません。個人に能力がつきますので肩書きや会社名で仕事しておりません。

ですからネクタイを締めなくてもサングラスをかけてもかまいません。予備校講師というのは免許はありませんから免許を取り消されることもありません。自分の責任において何をしようが何を言おうが自由です。

インド哲学の中村元・先生は東京大学を定年する時に、やれやれこれで自由にものが言えると言ったそうです。そして実際に東京大学を定年退官された後は自分で東方学院という私塾を作られました。多くの学者が育っています。

社会から見ればおかしな格好して変な発言をしているように思われるでしょう。

第2に生徒は毎日学校で何時間もただ同然で授業を受けています。ですから学校と同じことをしてはいけないのです。私も少し関わりあったのですが岡山で学校の先生が集まって塾をつくりましたがすぐに潰れました。私は言いました。学校の補習を月に数万かけて受ける人は誰もいません。

ひとことで言えば学校の授業は毎日の家庭料理です。一方塾予備校の料理は激辛ラーメンのようなもんです。

ですから普段学校の先生を見ている方から見れば予備校講師は変わった人が多いなと思われるでしょう。両方で教えたことがありますからよくわかります。ちゃんと区別して授業することはできます。学校ではネクタイをしてちゃんと教えていました。その学校の生徒にたまたま道で会いました。びっくりしてこれから登山でも行くのですか?冒険の旅でも行くのですか。と聞かれました。いやこれが普段の格好ですよと答えました。

第3の理由は、1つのことに専念しすぎるような人でなければ向いていないからです。プロ野球の1流選手だって野球をしていなければ社会的不適格者でしょう。芸術家だってその道の専門家のとしての能力がなければおかしい人でしょう。プロ野球の選手は球団と契約をしなければなりません。しかし予備校講師というのは日本中どこでもオッケーです。一つの予備校と喧嘩をしてもライバルの予備校が大歓迎して雇ってくるわけです。この業界には統一した監理団体とか組織が全くありません実力次第です。

これが許認可事業であれば、資本や政治力のあるところが必ず勝ちます。学習塾はしかも元手がほとんど入りません。

だから自由で楽しい。

こんなことがある。私が一人で立ち上げた学習塾は東大に3人から4人ほぼ毎年入っています。

これって鳥取県全体の東大合格者数を超えることがあるんですよ。

規模は元から争うつもりがありません。大手塾の保護者が言っていました。うちの塾は中3が何万人もいるのに灘高校は一人も通っていない全員落ちた。でも UBQは男子が3人しかいないのに灘高校もラサール高校も全部通って一体どういう塾なんだろう?

岡山駅前を通っておりますとたくさんの学習塾があります。まあ高校生がよくこれだけいるもんだというぐらい並んでいます。見ながらひそやかな楽しみを覚える。こいつらが何万人束になってかかってもうちの生徒には成績では一人も勝てないのだ。もっと言えば、灘中学の入試でもそうですね、関西の学習塾で鍛えた生徒が何人も受けてますね。

でも私の育てた生徒結局、灘高校でトップなんです。

☆予備校といっても学校法人の予備校は許認可事業です東進ハイスクールは株式会社です。







受験生は、志望大学・高校等の公式HPを読んでおくことは重要だと指導している。


http://www.m.u-tokyo.ac.jp/daigakuin/apply/message.html



■東大医学部は今から約150年前に設立された、日本で二番目に作られた医学校です。江戸時代に天然痘が流行っていましたが、種痘を開始したのが、その発祥のきっかけです(神田お玉が池種痘所)。最近テレビで話題となった「Jin」などの舞台でもあります。設立の際は緒方洪庵ら数十名の蘭医が私財を投じて作ったとあります。安政から万延の時代は「種痘をすると牛になる」という迷信があった時代です。勇気をもって種痘を行い、多くの人の命を救うと共に、最初から解剖や生理などの教育をしていた、という歴史に、創立者達の先見の明を感じることが出来ます。

創立以来、東大医学部は日本の医学、医療の中心として多くの偉大なる卒業生を輩出してきました。例えば、タールによる発癌により化学発ガンを初めて証明した山極勝三郎、内臓のガンを初めて作った吉田富三、カルシウムによる筋肉収縮を証明した江橋節郎などの先輩(いずれも故人)は「ノーベル医学賞」をもらう十分な実績であると言われています。また、免疫グロブリンE(IgE)を発見し、アレルギー学の基礎を築いた石坂公成、神経の可塑性と小脳機能を明らかにした伊藤正男を初め多くの先生達が今も研究を続けています。現役の教授や教員の研究がどんなに多彩で発展しているかは、ホームページをご覧下さい。(引用終わり)


■しかし、わざわざ(いずれも故人)とことわっているのであろうか?受験生ならこれらの高名な医学者についての知識は常識でしょう。そこで、該当部分を英語に切り替えてみた。尚、当記事中。赤字部分は引用者による。



The University of Tokyo Faculty of Medicine has a 150-year history. It was the second medical school founded in Japan, and it grew out of the Kanda Otamagaike Vaccination Center, which was set up in response to outbreaks of smallpox that were common in Japan during the Edo period. This was the stage for "Jin," a recently popular television series. It is said that Koan Ogata and more than a dozen other doctors who had studied medicine from Dutch sources invested their own private fortunes to establish that vaccination center. They did that during a time, the Ansei and Manen eras, when some people superstitiously believed that vaccinations "turn you into a cow." Looking back at our history, we can now sense how foresighted our founders were in bravely conducting vaccinations, saving many lives, and seeking to train young Japanese in human anatomy and physiology from the very beginning of Japan's modernization.

Since then, our Faculty of Medicine has produced many great graduates who became the core cadres of health care and medicine in this country. For example, Katsusaburo Yamagiwa, who was the first to prove that chemical carcinogens exist by establishing that cancer can be caused by tar, Tomozo Yoshida, who was the first to induce cancer in internal organs, and Setsuro Ebashi, who proved that calcium can make muscles contract, are graduates of the University of Tokyo Faculty of Medicine whose achievements were worthy of a Nobel Prize in Physiology and Medicine (although they died before they could receive that award). Of course, many prominent medical researchers are working at the University of Tokyo now. Among them are Kimishige Ishizaka, who discovered Immunoglobulin E (IgE) and laid the groundwork for the study of allergy, and Masao Ito, who demonstrated the plasticity of nerve cells and the functions of the cerebellum. Please refer to our website to find out what a wide variety of research projects are now being done by our Professors and other faculty members.(引用終わり)




■こちらには、はっきりと「ノーベル賞に匹敵する筈なのに、受賞前に亡くなられたと」書いてある。誠に,同感である。海外には「謙譲の美徳」は通じない。そこでわかったこと、東京大学のhpは。すくなくとも。この部分については英語が先に書かれている。

例えば、学校のコードで33105Jというのがあったとします。最後のJは何でしょうか?



これはチェック・・デジットとか、リダンダンシー・コードと言います。


冗長度というのは、「今度の・・日にデートしよう」というよりも、「今度の…日って・・・・・・曜日だよね」といった方が、情報が保存されやすいからです。DVDが汚れた時に、円周に沿って拭いてはいけないのもこの原理です。


分かりやすいたとえをします。


33105の和が偶数なら最後にAを付け、奇数ならBを付けると、受験生が間違えてマークしてもチェックできますよね。


情報工学上、単純なものではなく、受験生が間違えやすい、数字を分析して、重みづけ函数を導入してして、最適化します。


昔、ある会場で、・・・の受験番号の・・・との案内があったが、最後の英字がないので不安だったという声をききました。


それでは、どうやってチェック・・デジットを決めているか、


それは、一般的には公表できないのです。マイ・ナンバーや、クレジットカードのパス・ワードにも利用されているそうで、悪用されるからです。


ところが、流石に「大学への数学(東京出版)」で解析して投稿の形で、数式を提示した方がいます、バックナンバーをすべて取り寄せてください。もっとも「大学への数学(東京出版)」は歴史がありすぎて、東京出版にも追跡できないそうです。


解析の方法は、膨大な連立方程式を解くことです。





今までにセンター試験より共通一次試験で私が直接習った先生の文章が3回は出ている。

センター試験の現代文の出題は限られている。まず生きている人物である。これは著作権の問題であろう。後で本人に了承が取れないからであろう。

第二に科学哲学的な評論文であり。理系の受験者にも好まれるが、読んでもわかるような文章が多い。

第3に大学の先生が書いたものである。これもやはり著作権とあとの了解の問題です。またあまり若い人も出ないだろ。さらに著書を一冊だけ出しているということは考えなくてある程度多数の著書を持つ学会で幅広く認められているいわゆる権威のある学者である。

第4にバランスを取っていると考えられる。関東の大学の先生がばかりでは困るわけで関西の大学の先生ともバランスをとっている。所属も国立大学と私立大学でうまくバランスを取ってるように思われます。

そろそろ女性の文章が出てもいい頃だと思うんですがまさか飯山陽を出すわけにはいかないんで、池田晶子が亡くなってしてしまったことは残念である。そこで冨原眞弓を希望的観測を含めて第一予想です。ムーミンならわかりやすい。ただムーミンはこの前地歴公民で出たばかりである。

以上分析して、2020は少し若いが伊勢田哲治、または河野哲也であろう。

センター試験の問題は、どの教科も、小冊子となっている。

さて、数学の場合は、見開きの左側に問題が印刷され、右側は計算や図形などを描いたりして問題を解くためのスペースとなっている。

もちろん、その見開きだけでひとつの大問が完結していたり、小問のきりのいいところで次のページに移る場合は、問題ではない。

しかし、印刷・製本の都合上、こんなことが以前あった。

見開きのページだけで問題が完結しない場合も、残りの問題が、その見開きの右側のページに印刷されることはない。
残りの情報が、あとほんの1行かそこらであってもである。
そのまま、次の見開きページの左側に、続きが掲載される。
これが図形問題であった場合、事態は深刻である。

前の見開きに図を描いて問題を解いていた場合、そのまま、表が解答用の自作の図、裏が問題の続きという状態で、問題を解かなければいけないことになってしまう。表裏をめくりながら解く事になるわけで、余計な時間を費やし、さらにはミスをも誘発しかねない。

では、こうしたことを防ぐには、どうすればいいか。

どの教科でもそうだが、特に数学の場合は、試験開始と同時に、その冊子の問題がどのような形式・体裁をとっているかを確認することである。
そして、先ほど述べたような問題があった場合は、必要以上にページをめくって解くなくてもすむように、あらかじめ、その問題の残りを前の見開き(それは見開きの左側でも右側でもかまわないが、要は解答するにあたって都合のいいように)にメモしてしまうことである。

もうひとつ注意を。
このようなことは、市販のセンター試験の過去問集を見ているだけではわからないことである。
何はともあれ、実物に目を通してみなければならない。