塾・予備校・学校で教えていると思春期の女子にはありがちなことですけれども、先生,先生と言っていろいろ教師を持ち上げてくれることがあります。しかしそれは教師と教え子の関係であります。自分が女生徒にモテると勘違いしてはダメなんです。高名な精神科医の小此木啓吾先生の精神医学の講義を一年受講したことがあります。最初の講義ではっきりおっしゃられました。「受講されている皆さんからメンタルな相談を受けることがありますが、その相談があった時点で医師と患者の関係になります。そこから教え子ではなくなります。と言われました。この業界ではあってはならないことです。この人岡山朝日高校の出身なので地元でも話題になっています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200114-00050172-yom-soci

 

 

 

センター試験の現代文で、山田詠美「眠れる分度器」(1999年本試験・第二問)や吉本ばなな「TUGUMI」(1996年本試験・第二問)のような、高校生によく読まれている文章が出題されたことがある。

このようなベストセラーは、事前に読んでいる受験者が有利になるため不公平となるから出題すべきでないという批判をした識者がいる。

私も、ベストセラーを出題すべきでないという点においては、全く同意見である。

ただし、理由は正反対である。

読んでいる人が不利になるからである

2016-02-27

新大阪発のパック・ツァーで秘境龍神温泉にいった。

http://www.ryujin-kanko.jp/contents/spa/motoyu.html

大満足。最高の湯であった。






前提条件は以下のとおりである。





1.募集型企画旅行である。


2.添乗員は往路だけ旅館まで、ご案内。


3.天王寺からも途中で乗ることができる


4.その際入場券を買って乗るようにとのこと、





しかし、問題は4である。入場券にははっきりと、車両には立ち入れないと書いてある。だから、入場証明書をとって入ろうとしたら、天王寺でだめだといわれた。1.2.3を踏まえ回答せよ。




■答えは区間指定がされている切符だからです。

添乗員はどこで乗ったかチェックするために
片道のみついているのでしょう。JRとの契約内容(値段)はわかりませんが、そうして募集企画商品にしたほうが経費節約になるのでしょう。復路は、離団届を出せばどこででも降りられるわけでチェックの必要がないからなのでしょう。


令和2年1月3日追加。滞りなく全体同窓会は済みました。問題は教え子の年齢から考えて社会の一線で活躍されている方が多いので出席率は悪かったです。特に教え子の皆様でお医者さんをされてる方は。正月も当直ばかり。中には今当直中なので顔だけ出しましたと言って10分ぐらいで病院に帰られたかと思います。色々な丁寧なお詫びのメールやメッセージが来ましたが、私は「なんて素晴らしいことだろう。塾の同窓会よりも医師としての仕事を優先するなどということは私の教え通りだ」大いに褒めてあげました。主なき学舎に子ら巣立つ。

 



 

 

 

 

 

10年以上前にHPで書いた過去の投稿です。2020年1月2日に岡山市でUBQの最初で最後の全体
同窓会を開きます。皆様にはこれが最後の今生の別れとなりますので
奮ってご参加下さい

■自分より優秀な人間に育てられるかが教師の本懐である■
 もうUBQも十年以上、やっておりますので、夏期講習には卒業生が講師として手伝いに来てくれます
ある年のことです、2人の卒業生を招聘しました。ひとりは数学オリンピックの本選合格者で現在医師として活躍をされています。もう一人は東京大学で博士号を修め、現在は都内の大学で助教として数学者としての未来を嘱望されています。
 そのUBQでの夏期講習のときのことです。2人が授業の合間に数学の話をしていました。
どうやら、A.グロタンディークの論文についてなにか高等なことを話しているようです。

そばで聞いていて何をいっているのか、私には難しすぎてさっぱり分かりませんでした!!!!

と同時に内面から湧き出る喜びで一杯でした。およそ教師をなりわいとしてこんな嬉しいことはありません。
 数学の問題を解いていてどうしてもわからないことが出てきてこのうちの一人に教えを乞うたこともあります。
半ズボンをはいて、ランドセルを背負っていた、つるかめ算から教えた元・教え子が私の代わりに講義をしてくださり、かんでふくめるように数学の問題をご教示くださるのです。
■かつての教え子に、教えを乞い願うことは教師冥利のきわみである■

(ある卒業生の思い出について、数学の才能を如何に伸ばすかについて)
数学の才能があるがまだまだ開花していない生徒がおられました。数学の問題を一問与え中途半端に途中まで解いて
    ここから先は僕もわからないから、ひまなら考えといてください
といって授業を打ち切りました。数学オリンピック級の問題ですが、彼なら10時間くらい考えたら解けると判断したのです。 まだ中一の生徒です。
            その晩のことです。深夜3時ごろ電話が鳴りました。
電話を取ると興奮した声で
            解けた!解けた!先生解けました
とわめいていました。あれからずっとその問題を考えていたのでしょう。深夜に当然ひらめいた!しかし家人は寝ている。この何にも換え難い全身から噴きだすような喜びを誰かに伝えたいという願いが、深夜に電話してはいけないという常識に勝ったのです。
            私は嬉しかった。もちろん深夜の電話を咎めたりしません
昔、数学の問題が解けた嬉しさからオイレカと裸で叫んだ学者がいたのは有名な話です。
私の謀略は見事に成功しました。この喜びを一度、味あわせておけば、あとはほっといても勉強するでしょう。
このとき宿題にしてはいけないのです。強制するとノルマを達成したという、くだらない、喜びが生じるだけです。
 その生徒はその後数学オリンピックで活躍し、現役で理Ⅲに合格しました。

(ある 卒業生の思い出 如何に合格まで導くか)


神田君は東京の名門大学の付属である五反田付属高校を志望している。一番気がかりなのは中学受験に失敗したことも原因だが、気が優しくて本番に弱い。コツコツ指導した。もともとの能力もあり中3の夏前には五反田高校の合格レベルまで達したと判断した。
 夏休みの前の保護者面談であせりからであろうが、母親がもっと難しい問題をやってくださいといってきた。
    親があせっている。(→だから子供が本番に弱い)これ以上レベルを上げると神田君は潰れてしまう。現時点の、五反田高校の合格レベルを維持することが重要だ。言葉を慎重に選び難問より基礎のほうが重要ですと説明し納得をしてもらった。
このように保護者の要望を断るのも塾の大切な指導だ

残り数ヶ月というところで、私は言った。

これから五反田高校の過去10年の問題を毎週解いてもらう。最初は大変だろうが、君の力と努力を信じている。

最初は手も足も出ない、泣き顔で帰っていった。しかし4、5回目ぐらいからどんどん問題が解けるようになり、最後の2回はほぼ完璧だ。毎回の結果はわざと点数だけ保護者に報告してある。

私は言った。
良く頑張った。直前にグングン伸びる生徒は必ず合格する。あとは本番でこの力を発揮すれば大丈夫だ。

もちろん五反田高校に合格した。もう社会人になっているが今でも保護者と話すと
 《 いやー。うちの子は駆け込み合格のようなものです。直前の追い込みが成功したの何といっても大きかったです》  


当然の事だが、名門五反田高校といえども年によってかなり易しい問題ばかりのときもあれば、強烈な難問ぞろいの年もあり、毎年、難易度が一定ではない。

保護者も生徒も今でも気がついていない。

五反田高校の過去10年分の問題を難しい順に並べて解かせていたことに

 

 

 

小学生の子供がマルバツゲームをやってました。そこで三次元マルバツゲームというのを考えて教えたら流行しました。


つまり空間的に縦横斜めも含んでマルバツゲームができるわけです。

ついつい悪ノリして次に四次元マルバツゲームというのを考えました。

四つの方向に並べることができます。
これは不評でした。

フェイスブックで今も、お繋がりがある昔の教え子が私の発言を覚えてくださって「辞書を作れば人が死ぬ」という私の発言を発信していました。

 
これはね、中学1年生で英語を教える時に辞書の大切さを教える話なんですね。
 
辞書を買ったら最初に序文を読みなさいと言っています。
 
そうすると辞書を編纂する途中で、「残念ながら友人を失った」と書いてあります。
 
この意味は、辞書を作るのは大変な作業で何年間もかかります。そして権威ある学者には、お年寄りの方が多いわけです。
 
ですから辞書は命がけで作るのです。その間になくなってしまう学者がおられるわけです。
 
辞書を読むことの大切さを述べた言葉です。
 
 
ジーニアス英和辞典より。

以前、早稲田大学の大学案内に感心したと書いたが、いろいろな大学案内を見ていると、グローバル化と称して載っているのは、学生が遊びに行っているとしか思えない写真。しかも、ピース・サインをしている。


およそ、国際化とかグローバル化とか、いって留学生を送り出すのであれば、


ピース・サインは海外では、侮辱や特別な政治的メッセージと、とられることがあるということは教えておいていただきたい。




UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


↑イングランドの大衆紙が侮辱のためにいわゆる「ピース・サイン」をして物議をかもした例。




UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

戦争の追悼施設をバックにピース・サインをして記念写真を撮っていた愚劣な、どこかの日本人観光客。

]

(2010.10の記事を再掲加筆)

 

(注)以下はセンターテストが理科1科目として800点満点の場合を想定したもので、大学・学部・学科によってセンターテストの利用方法は異なる。ブログを読まれている受験生は志望大学の配点・指定科目等は各自、確認されたい。またセンターテストを受験する全ての生徒に当てはまるものではない。

 

 

報道によると現在の中一が受験するころにはセンター試験を難易度別に2種類に分けるそうである。


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

 

 

 

確かに難関大学受験者にとってはセンター試験が易しすぎる。

 

 

易しすぎるとどのような問題点があるのか?

 

理系難関大学志望者にとってセンター試験の最大の問題点は英数理ではほとんど差がつかないことだ。

 

ほとんどの生徒がほぼ満点であるからだ。以前、センターテストの得点と受験結果を分析したら次のようなことが判明した。例えば東京外国語大学を受験するほどの生徒であればまず、間違いなく英語は9割以上得点をしているので、合否の決め手は理科と数学である。

 

また、京都大学で数学や物理学を学ぼうとするほどの受験生であれば数学や理科はほぼ満点だ。差がつくのは国語になる。京都大学で数学を学びたくて、なおかつ抜群の数学力を持つ受験生が国語が苦手で進学出来ないという受験制度には、明らかに問題があると考える。

 

 

このようにセンター試験は不得意科目が2次受験のポイントになる

 

 

地歴・公民はある程度、対策次第で高得点も可能だ。ところが国語だけは長年、教えてきているが満点というのは聞いたことがない。とくに現代国語は満点というのは困難な分野である。

 

 

センター試験で700点取った生徒と750点とった生徒は50点の差ではないと、いつも言っている。前者はー100点で後者はー50点だと解釈すれば2倍の差である。このようにセンターは何点取ったかではなく。何点ミスをしたかで考えなさいと指導している。

 

 

さて、ある国立大学の医学科がセンター試験720点(-80点)がボーダーだとしよう。もし、地歴で80点(-20点)ならば、英数理がたとえ満点でも、国語が140点未満なら、もうボーダーに届かない。

 

 

現代国語では20点程度の失点は覚悟しておく必要がある。さらに現実には英数理ですべて満点をとることは困難で10点から20点の失点はあるものだ。古文漢文で大きく失点をすれば、その時点で医学科受験は厳しくなる。

 

また古文漢文は対策を十二分すれば満点も不可能ではない。

 

医学科志望者は古文・漢文対策を怠ってはいけないと高1の始めに生徒に申し上げるのはこれが理由である。

 



■そのあと、2011.11.8日に次の記事を書いた。

 

(元記事2011.11.08) 現中一保護者必見

 

 

以前のUBQの生徒で数学オリンピックの本選合格者が東京大学理科3類を受験する前に「数学が一番不安です。」と相談にきたことがある。理由は東京大学の入試の数学は易しすぎてミスをしたらどうしようかと不安だとの由。

 

もっともその生徒も中1の時には「センセー、正負の計算ムズカシイヨー。さっぱりワカラン」と授業中にわめいていたのを記憶している。

 

このように数学の問題が難しいとか易しいというのは人によって基準は千差万別である

 

さて、センターテストを難易度別に分けるというのは、現中一には大変な問題がある。

 

センターテストの出題者である数学者の考える難易度の高い・低いというのがどの程度のものなのか予測がつかないからである。ブログの性格上、数学に例をとって説明しているが、現代国語の小説の心情理解問題なら、何を持って難しくなると定義できるのか、なおさら判断に苦しむところである。

 

現在、中一の生徒をもつ保護者の方は良く考えていただきたい。

 

「君達が今度、受けるセンター試験から問題が難しくなります(あるいは易しくなります)から注意してください。」といわれても対策のしようがない。どのくらい難しくなるかが、試験当日問題をあけてみないと分からないというのでは無用の混乱と負担を受験生に強いることになる。

 

一零細塾経営者が申し上げても蟷螂の斧なのを承知でセンターテスト関係者にお願いがある。

 

実施の少なくとも1年前には明確な方針(*)と具体的な試験問題例を全科目にわたって公開していただきたい。



(*)入試当日選択するのか?事前に届けるのか?科目ごとに選択できるのか?等を含めて。

 

 

 

 

 

以下加筆、2017年7月現在、「センター試験を難易度別に分ける」という記事は100%、朝日新聞の誤報であることが既に証明された。せめて誤報のいきさつの説明と訂正記事と社としての謝罪をして頂きたい。

 

 

 

 

 

鋭角三角形ABCの各辺の中点を結んで、四面体を組み立てる。体積を求めるのは東大受験の常道だ。

 

http://ameblo.jp/ubqubq/entry-11116930827.html  (ブログ内リンク)

ところが、ある中学生が言い出した。

 

 

角A・B・Cに余弦定理を適用して、積を取ると…体積が、求められることに気がつきましたが・・・・

 

 

どう考えても偶然ではない。一方,角A・B・Cを独立に使っている以上、ユークリッド幾何学の答案では不備がある筈。

 

 

難関塾と称して「できる生徒を教えている」と思われると、凄く誤解を生む。

 

「できる生徒」とか「進学校」ほど人によって定義が異なるものはない。

 

出来る生徒を教えるって楽な塾ですね。と塾経営者から言われたことがある。

 

 

小学5年生から教えている高三の生徒の目が怖い!という体験。

*こちらの能力を見破る力がある

 

ある学校で、小5の生徒の発言。「今度来た・・・先生って、うまく、ごまかしているけど、算数の能力ないですね。」

 

たいていの、一般向けの塾選びの本には「学習塾を大きく分類すると・・・」などと書かれている。

 

 

SEGの関係者の名言:補習塾と難関塾は、もはや別業態である

 

多くの保護者は、看板だけ見てこれは中学受験専門塾。これは補習塾と考えているようだ。

 

岡山で何年もやっていると、近寄りがたい、として、一目置かれているようだ。ただ、よく聞いてみると近寄りたくない塾」の間違いのようだ。ともかく、(栄枯盛衰の激しい塾業界では)老舗であることは間違いないので、塾の集まりの会議に来てくれと言われる。異業種交流会として行っている。

 

とにかく塾というのは、どの塾も金太郎飴のように、同じではないということは、保護者に理解されたい。

 

理由:工業製品を販売しているわけではないから!塾は人!人間が人間を教える以上、その関係性には一つとして同じもがない

 

ある塾の関係者とのお話:塾ってどのくらい種類があるの?

 

塾の数だけ種類がある!

 

 

 

 

 

 

■もう30年近くUBQを運営している。設立当初の生徒から慶事の報告を頂き、25年くらいぶりに会食をした。卒業生といっても45を過ぎた社会人である。その生徒は東京の名門大学付属高校に入学したのだが中学生のとき保護者にこんな話をした。

 

中2の夏期講習は必ずサピックスに行ってください。代表の…先生に頼みますので、断られることはありません。

 

 

私は前身のTAPで教えていましたので内容でUBQが劣ることはありません。サピックスの先生ならよく知っています。私のもとで教えていた先生ばかりです。でも、サピックスに勝てないことがあります。

 

1クラスから何十名も早慶や開成を受ける塾はどうやっても岡山では作れません。東京へ行って雰囲気を味わい、よい意味でのライバルと友人になるのは受験の大きな財産になります。中3は受験のノウハウを指導しますから、比較的、取り戻せ易い中2でお願いします。今年の夏は是非サピックスでお願いします。

 

9月には、一周り大きくなって帰ってきた。満足であった。

 

 

現在では大手の経営コンサルティング会社にも勤務の経験もあり若手の経済人だ。25年以上前のことを述懐して言われる。

 

 

今から思えばこのアドバイスは凄いですよね。だって他塾の夏期講習に行かせたらUBQの売り上げが減るわけですよね。ましてや設立当初のほとんど生徒のいないときですから。

 

 

分かってくださる方はいる。だから塾経営は無上の楽しみだ。

 

 

 

 

■私が個人塾を経営しているのはこれが理由だ。

東京の大手塾に勤務していると上から命令が下る。校舎ごとの売り上げや利益率云々の指示だ。

夏期講習や個別指導のコマ数にノルマがあるのだ。

 

中学受験専門塾では

 

        中学受験をしないのも一つの選択肢です。

とはいえない。

個別指導塾で、

        個別指導の時間数が多すぎると消化不良になりますよ。

とはいえない。

これが一般であろう。

 

ひどい例になると

 

 

このたび本部ビルを建設したのでテスト(有料)の回数を増やします。

 

ついては、テストの受験者の

少ないクラスの担当者はペナルティを・・・・

 

そのつど大喧嘩をしてきたら、自分の塾を作ることになるのは当然の帰結か。