もぎたて!アメリカ暮らし。  -11ページ目

レゴランド

子供達の夏休みも終わり。こちらでは9月6日から新学年、新学期となった。


今年の夏は、なんだかバタバタしており、日本への里帰りはおろか、家族で出かけることもままならなかった。

唯一、夏休みっぽかったのがレゴランドに行ったこと。


ご存知、レゴブロックのテーマパークである。

我が家からは、1時間で行けるし息子がレゴ大好きだし、おまけに子供らが無料になるクーポンをもらったのでちょうど良いではないか。


では、405フリーウェイを南に向かい出発!!

カープール

快適に走っている、黄色線で仕切られたこのレーンは、カープールレーンである。

2人以上乗っているクルマはこのレーンを走れる。通勤ラッシュの時間などは2人以上乗ってるクルマはこのレーンで渋滞を横目にガンガン行けちゃう。

同じ会社に通う、A君とB君が渋滞に巻き込まれるのがイヤだから“カープールしようぜ!”と、1台のクルマで一緒に通うとすると、1台車が減り渋滞と公害が1台分減る、と、そういうことだと思うが、やはり通勤は普通みなさん1人で乗ってることが多い。ので、やっぱり混む。

プリウスのようなハイブリット車の一部は、優遇されているものがあり一人でもカープールを走れちゃうのだ。あと、オートバイも走っていいみたい。


で、約1時間で着きました、レゴランド!!

レゴランド

おおー、レゴランド!!


でまぁ、乗り物アトラクションとか、ショーとか楽しんで・・・・・。


レゴ職人さんたちが作り上げた、レゴで出来たアメリカ各地を見てまわり、旅行した気分に。

クルマや船、地下鉄なんかはちゃんと動いていて楽しいんだなぁ、水もあるしね。


その一部は、こんな感じ。

lego1      lego2   


  

lego3      lego4


lego6     lego7

ハリウッドが“レゴウッド”になってる。    クルマが動いているとこにはタイヤの跡が。


lego8     lego9


lego10 あー、面白い、すばらしい。



そして、ボルボがスポンサーしてる、小さい子向けのグルグル回るだけのゴーカートと、街中を再現してストップサインや信号もある少し大きい子向けのゴーカートみたいのがあるのだが、


そこには、レゴのボルボ、実物大が。

volvo1     volvo2


細部は、こんな感じ。

レゴだ。。。。。。。。

volvo3



こんなのもあります。

lego11




そして、みんなでボートに乗りレゴ作品など見てまわっていると、

本日も出ました、息子のビックリ日本語。


水面を指さし、


“あっ、アタマジャッキがいる!!”


でぇーい、そりゃ大変!!

アタマジャッキ、頭ジャッキ?新種のポケモンか!!

頭をギリギリされちゃいそうだ、恐ろしいヤツに違いない!!!


息子よ、そのアタマジャッキとは何者??


“カエルになるやつ!!”

        。

        。

        。

オタマジャクシか、おたまじゃくしねぇ、全然違うぞ、アタマジャッキ。

しかも、君が指差してるのはメダカでしょ、魚の形してるし、でもいっぱいいるな。  



そんなわけで、

土産物屋には色とりどりのレゴブロックがばら売りされてたり、

lego12


トイレのサインもレゴの人形で、しかも、かなりガマンしてそうだったり

lego13


何から何まで、レゴのレゴランドでありました。

オモシロイ。



お引越し完了

はぁあああ~。


ようやく、新しいショップに引越した!!


ず~っと、クルマをお預かりできずにいた、ローカルのみなさま、お待たせしました。


新ショップ1 エラン

新しいショップの今の状況。


新ショップ2

ヨタローも、これで一安心。



新住所は、

13841 WEST ST.

GARDEN GROVE,

CA 92843

です。


クルマ好きが楽しく集まる場所にしたいです。


あ、オフィスなんてのはないので、ショップ内にポツンと置いた、アストロバンのリアシートにて、おくつろぎ下さい。これ、わりと好評です。

お飲み物は、コーヒー、水、ジュース類、を用意しておこうと思います。


いやー、引越しやらなにやら、忙しかったです。

ふう、ようやく落ち着いた。


文字を少し大きくして書いてみたけど、どうでしょう?

 

クルマのお仕事はこちら



シェビー君、続き。

前回、8月4日にシェビー君のことを書いた。


その後、日本で首を長くして、(首がカリフォルニアに届いちゃうんじゃないかと思うくらい、伸びてるらしい)待ってくれてる、オーナーのMさんよりメッセージが届いた。


“東京で見たい方は
sora@gol.com
 までメールください。現車は9月頃には新宿でブリブリいってるはずです。”


という事である。

1951年式のシェビー君が、どんな風に“ブリブリ”いっちゃってるのか、確認したい人はぜひ!!


さらに、こちらから送ってあった写真に手を加えて、今考え中だというドレスアップ案も送ってくれた。


Chevy-c2

テキサコ仕様



または、

Chevy-c1

シェビーパーツ仕様



どっちも、かっこいいなぁ~、テキサコのほうが遠くからでも★印が映えるかなぁ~。

みなさん、どうでしょう?


そして、前回の記事にコメントいただいた、JAKEさんは、旧車系のサイトをお持ちで、

JAKEさんのサイト  

愛車の写真など投稿できるらしい。

Mさん、シェビー君のドレスアップ完成の暁には、ぜひ投稿を!!そういうのも、、オーナーの楽しみの一つかもね。


JAKEさん、ありがとうございます。サイト、面白いです。クルマ好きのみなさん、ぜひ!!


シェビー君は、他にもアメ車狂(というかV8炸裂パワーきちがい)の’69 Chevelle ZL1 YENKO COPOさん、クルマは全然知らない、双子の姉さんからもコメントいただき、すでに人気者か!?


・・・わがヨタローおよびコロちゃん、危うし、ほぼ人気なし・・・。

・・・バック・トゥー・ザ・フーチャーまでやったが、大失敗か!?・・・。


おほん、なにはともあれ、コメントいただき感謝です。

あと、他の記事でも、いろんな人にコメントいただき、ありがとうございます。

ブログ上で、どうすればいただいたコメントにお返事できるのか、いまだ分からず、コメント欄にこっちからもコメントすれば良いのかな、普通どうするんでしょ?

近いうちに、まとめて記事として、ごあいさつしちゃおうかと思うんですが、それもいいのだろうか?



では、今は船旅の最中であろう、シェビー君の日本での活躍に期待!!



  






シェビー君、日本へ旅立つ


1951年式のシボレー・ピックアップトラックである。


我が家からクルマで1時間弱のポモナで年間8回ほど行われる、ポモナスワップミートというのがある。クルマ関係の大規模なフリーマーケットという感じ。


このポモナスワップミートにて、愛車を手に入れるべく日本からMさんご夫婦がはるばるやって来てくれた。遠いところ、ご苦労様です・・・・・。


Mさんとは、この少し前にEメールをいただいて知り合った。

古いアメリカのパネルバンまたはピックアップを探しているという事で、数ヶ月間、あれやこれやとメールを交換していた。

そのうち、ポモナの事が話題になり、可能なら渡米してポモナ行っちゃおうか、なんて話からいつの間にやら本当に渡米が決定、それじゃ、せっかくだから奥様も一緒に、という事にトントン拍子で決まったのだ。。


うーん、奥様が一緒じゃ、気に入ったクルマが見つかってもダメ出しがでる可能性も・・・なきにしもあらずんば虎児を得ず、意味よく分からず。

しかし、実は後に、我々は奥様に助けられる事になるのだが・・・。


Mさん到着の日、初めてお会いするのにメールでやり取りしていたせいか、初めてじゃないような不思議な気分。

ポモナは2日後なので、希望車種について煮詰めたり、個人売買の情報誌を買って研究したり、奥様の行きたい所に行ってみたり、時差ボケと戦ってみたり、あっさり負けてみたりしてるうちに、ポモナ当日。


出発は朝早い。

Mさんの借りているレンタカー、小さなシボレーに3人で乗ってフリーウェイをポモナ方面へ。


フリーウェイは空いているものの、フリーウェイをおりてからは、会場までノロノロ渋滞。

少々ヤキモキしながらもポモナスワップミートに到着。


さあ!!



と張り切りつつも冷静に、膨大な数のクルマを見てまわる。

これはダメ、

これもイマイチ、

これはいいけど、うわ、高い!

何て言いながら、歩き回る。


途中で奥様は、アンティークやオモチャも並んでいるパーツ、グッズのコーナーへ。


男2人となり、さらに歩き回るが、ツボにハマるクルマに出会えない。

翌日の月曜日はポモナで欲しいクルマを見つけられなかった場合の予備日としてあるが、1日じゃ個人売買のクルマ2台も見れば終わっちゃうだろう。


徐々に焦る2人・・・・・・。ここはさっきも通ったっけ?


そこへ、パーツ、オモチャを見て歩いてる奥様からオイラのケータイに電話が。

最近の日本のケイタイは、契約しとけばアメリカでも使えるのねん。


“なんか良く分からないけど、こんなのが欲しいんじゃないかな~ってクルマがこっちで売ってる・・・・・”


パーツの方は、もっと後で見ようと思ってたけど、奥様のところへ直行!!


しばし、奥様を探し・・・・・・


あ、いた!!


近づいていくと、“FOR SALE”サインの貼られたグレーのピックアップの荷台をガシッとつかみ、離すもんか状態の奥様が・・・・・。が、がんばっている。


オーナーさんは不在のようだが、奥様は、

“何人かに、あなたのクルマか?とか売り物か?って聞かれたから、ウチの主人のです、とか、今買ったとこです、とか答えといた。”


そ、そうですか。ツバつけとく攻撃ですね。


当のMさんも、

いいなぁ~、コレドキドキ

って、昔のヤマハ・タウニーのCMみたいになってるので、オーナーさんが戻るのを待つことに。


その間にも、だいぶ多くの人たちが興味深く見てるので、買われちゃうんじゃないかと気が気じゃない。


やっと、オーナーさんが戻ってきて話を聞くも、予想どうり他にも何人かオーナーさんに群がり真剣に質問したり話をしている。


しばし、考えたMさん、

これ、買お!!恋の矢


・・・・・・というわけで、売買成立。

結果的に、奥様、大手柄でございますよ!!


手付金を渡し、同日の午後4時にロバートというオーナーさん宅にてクルマと書類を引き取り、残金を支払うことにきまり、スッキリした気分で、後はグッズなどをのんびり物色。


ポモナを離れ、郊外のオーナーさん宅に向かうが、こりゃ、結構遠い。

間単に書いてもらった地図を頼りに、程近くまで来ると、もう家など建っておらず、道とはいえないような道を進み、子供らがオフロードバイクでブンブン遊んでるような荒野に、ポツンと建つロバート宅に到着。

ガレージ前にクルマは用意されており、ガレージの中にはもう1台、同年式のパネルバンが。

奥の方には、でかいヘビがいたりして、少々ビビる。もとい、怖くて近づけん。


書類を確認、支払いも済ませ、少々世間話やクルマ談義をし、アスファルトの道に出るまで、ロバートが一緒に行ってくれるというので、まずは男3人が購入したピックアップと乗ってきたレンタカーで出発。しばらくしてロバートの奥さんが、Mさんの奥様を乗せてくるという。

奥様は、なにやら家の裏庭を見せてもらったりとかしてたらしい。鳥がいっぱい、飼われていたとか、なにやらすごかったらしい。


無事、奥様と合流しロバート夫妻とお別れし、帰路につく。自走して帰るのだ。

新しいクルマたちに混じって、注目を浴びながら走る、1951年式。


こうして長い1日が終わり、Mさんは、1951年式 シボレー ピックアップのオーナーとなった。


そして、お待たせしました、コレがMさんのシボレー!!。

シェビー1   シェビー2

前後フェンダーが、ビミョーにボディーより濃いツートン仕上げだが、明るさによっては一色に見える。

5ウインドウ、車高は低く、カッコ良い。

乾いた排気音のストレート6に4速マニュアル。シブイ・・・・・。

シェビー4    シェビー3  

荷台の端には銃で撃たれた穴が!!        内装はこんな感じ。   

・・・実は、スッテカーなのです。



Mさん夫妻が帰国してからのメールのやり取りで、いつの間にか“シェビー君”と言う呼び名が定着した。男なのね。


シェビー君は、我が家のガレージに保管、ウインカーの取り付けやマイナーな手直し、後でMさんが通販で購入したオートバイのパーツ類が揃うのを待ち、先日、55年間住みなれたアメリカを離れ、日本へ向けて旅立った。


こちらの都合などもあり、Mさんにはお待たせしてしまったけど、今は船の上、もうすぐ日本に着くはず。


優しいMさんは、自分だけでなくちゃんと奥様にも乗り物を1台プレゼント。

シェビー5

ほら、荷台には奥様のための、シュインの古いビーチクルーザーが。

コレは楽しみながら仕上げていく様子。


アメリカ人はこの手の車が好き。シェビー君も人気者だった。

ガレージを開けてたりすると、近所の人や、通行人が話しかけて来てシェビー君を見て行くし。

日本に送るのだというと、驚くけど、日本にもこういうクルマが好きな人たちがいるって事に関しては、うれしそう。こういう暖かいウケ方、いいなぁ。


シェビー君、日本でも人気者になって、愛されるといいな。


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ヨタローであそぼ。

バック・トゥー・ザ・フューチャー

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バックトゥーザフューチャー


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アメリカの大学キャンパス散策

こちらの子供達は、学校で放課後のクラブ活動的なものがあまりないので、各自、学校以外で好きな習い事をしてる場合が多い。


バスケ、サッカー、水泳、各種ダンス、武道、などなど。


そういうわけで、我が家でも娘と息子、一つづつ好きなもの選び習っている。

8歳の息子は空手、12歳の娘はバレエである。


で、この日は娘のバレエのリサイタルがロングビーチにある大学のシアターにて行われるという事で一家で見に行ってきた。

この日、2回ある公演のうち、後のを見るのだが娘は準備があるし、ママも手伝ったりしてるので早い時間から忙しい。息子とパパ、ヒマな2人、時間がだいぶ余るのだ。


でもまあ、大学なら広いしキャッチボールでもしながら時間をつぶし、お弁当食べたりしてればいいや、という事で、いざキャンパスへ。

大学1

おお~、週末のせいか、それともすでに夏休みに入ってるのか、人がいない。

広ーい!!

 

これは、ちょっと探検したくなるではないか、息子よ、いきなりお弁当食べちゃって、いざ出発しようではないか!!


ずんずんと、歩いていくと・・・・・

お~ぅ、芸術?彫刻?がポツポツと点在してるではないか。

大学2

タマネギみたいなこれも、大きいぞ。


では、息子よ、先に進もう。


・・・・・あっ・・・・・

大学3

降りなさい。


さらに歩いていくと、

。。。おしっこ。。。汗


おお、おしっこか、と、辺りを見回せば、なにやら中に入れそうな建物発見。


ドアにカギはかかっておらず、お邪魔しまーす。

中には、清掃してる人たちがチラホラいるだけ。ちょっと、トイレ借りますね。


お、なんか大画面でビデオだかDVDだかの映画鑑賞できる施設や、ファーストフードのカウンターがあるぞ、これは娯楽施設のようだ。

楽しそうなので、おしっこ後も建物内を探検。


さらに

大学4   大学5

ビリヤードにボーリング場!!

その昔、通っていたド田舎のカレッジとはだいぶ違うぞ。

うー、ここの学生さん、楽しそうだな。日本人留学生も多いのかな?


さてさて、さらに歩いていくと、~この時点ですでに、だいぶ歩いたけど、広いな、ここは~


あーう、オアシスゥ~。

大学6

・・・・・噴水にて休憩してると、息子がなにやら発見。


ん、なに?ピラミッド??

大学7

しかし息子よ、遠そうだよ・・・・。


が、こんなおもしろそうなものを見つけ、息子があきらめるはずもなくさらに歩く・・・・・。

しかも、何箇所も階段があってドンドン下るのだ、という事は帰りは上り、はぁ。


そして、着いたよピラミッド。

大学8

ふー、でかいね。

どうやらイベントなど行う施設のよう。


この大学のトレードマークなのか、

よくみりゃ、ここまでに何個も見てきた、リサイクル空き缶入れはピラミッドの形。

大学9

こんなやつ。


そして、ここが終点。

探検隊は、長い道のりを戻り、バレエを見なくては。


無事、開演前にシアターに戻りバレエを鑑賞。

みんな、よく練習してがんばったな、パチパチ。


しかし今日は、大学なんて久しぶりに歩いたけど、いいなぁ。

学生さんたち、後々、きっと

“ああー、あの頃は良かったな、楽しかったなぁ~”

と、思う日がくるはず。勉学やら、アルバイトやら、大変かもしれないけど、人生のなかでいい時期だと思いますぞ。


あっという間に、キャンパスを歩くだけでくたびれちゃう様になるんだから。


ほら、足なんてもうパンパン。








物持ちが良くて?

自分では、物持ちがよい方だと思っている。


子供の頃のおもちゃなんか、まだ実家の天袋に残ってるんじゃないかな?

気に入ってるミニカーなんかは、こっちに持ってきているけど。


minicar

この2台は4歳の時にもらったもの。

商工会に勤めていた父ちゃんが、商店街だかなんだか組合だか青年部だかの旅行に行った時のみやげである。

ポルシェのラリー仕様とアルファの自転車ロードレースサポート車仕様。ちゃんと自転車積んでる。

普段は透明なケースがかぶっている。

コニの古い形のスッテカーは、数年前に古いフェラーリをレストアした時使ったあまりだったと思うけど、一緒に飾ってある。


よく遊んだので、ポルシェはバンパーとか壊れてなくなってるけど、まあ、4歳から遊んだおもちゃにしては、まだそれなりの状態ではあると思う。


今の子供達は、物がいろいろ、あふれてるからか我々の子供時代よりは、おもちゃとか雑に扱うような気がする。何度も言い聞かせてるんだけど。特にアメリカは、誕生パーティーや、クリスマスに呼んだり呼ばれたりという付き合いがあるので、そのたびに増えるんだよね、おもちゃやらなにやら。誕生日パーティーに呼ばれても、ちょっとしたオミヤゲもらってくるし。頻繁に買い与えてるわけじゃないのに、何故に君らはそんなにモノを持ってるか、という状況である。


息子相手に子供のときに買ったトミカのミニカーを見せ、

“ほれ、パパなんて遊んだあとちり紙で拭いて箱にしまってたから、今でもピカピカ!!何でお前のおもちゃはすぐボロボロなんだ、あーだー、こーだ・・・”

と、ひとしきり説教というより、むしろ演説したあと、自分のミニカーを息子の手の届かないところに、そっと非難するのである。


ちゃんと大事にケアできるようになったら、ミニカーは譲ってあげるということになっている。

ちなみに、わが愛車ヨタローは免許を取ったら息子にあげる約束になっている。うう、あと10年位か。



雑誌の類までとってあるから、物持ちのよさというより、ただ捨てられないタチなのかも。

ああ、きっとそうだ・・・。

古本1

“スクランブルカーマガジン”と“CARトップ”は、1985年のもの。

CARトップは絶版車特集だったから買ったんだと思う。

この頃から旧車好きだったのだな。

思えばこの本の広告で見た、MGとトライアンフが気に入って免許もないうちから英国車が好きになったんだな。

そのまま突っ走り、最初に買った車は約20万円のトライアンフ・スピットファイヤだった。

茶色で小さかったので“ちびウンチ”とみんなに呼ばれていた。


スポーティー仕様車づくりは、1981年のものだ。

裏表紙に、油性ペンで、S56.3.28という日付とともに、

“東京にて”

とあり、ご丁寧に名前と住所までが、いつの間にか母ちゃんの字で書いてある。

東京に行ったとき買ったのね、でも雑誌に名前と住所まで書かなくてもいいよ、母ちゃん。


これがスポーティー仕様車づくりの内容の一部

おもしろいので。

古本3

富士スピードウェイの駐車場で見つけた

ヤング”達のクルマだそうだ。

ヤングに人気の・・・”とか“ヤングのアメ車ファン・・・”

と、やたらヤング、ヤングである。



古本4   古本2

ラリーカーや、ツーリングカーも。


このほか、小4のときから使ってる水中メガネは去年から息子に託したし、小6のときのルービックキューブもまだ使ってるし、におい付きや転がして野球ゲームが出来る消しゴム、“学業成就”とかかれた鉛筆は、もったいなくて削れずにとってあるし。おかげで今だに成就してない。


一般雑誌や、中学の頃のアイドル写真やら切り抜き、カドカワ映画のパンフレットはじめポスター、ノート、下敷き、定期入れなど、みなグッドコンディションである。

このようなパパを見てママはあきれている。

キモーイとか言うな、ロマンである。

80年代バンザイである。


ママといえば、ママには邪魔なものでしかない、


このような

モノ2   モノ1

家の中にデン、と積まれたAVONレーシングタイヤ使用済み、とか、ガレージに置いてあるシェビーSB用レーシングヘッダースとか、なにやらどーしようもないものが、点在している。

タイヤは、ママに処分されたら困るので、部屋照明用のライトをつっ込み、ちょっと動かすのはメンドウだぞという状態を作り防御、という涙ぐましい努力をして飾ってあるのに、どうやら息子がその隣を自分の赤いシェビーベルエアの駐車場にしたらしく、写真のようにオマヌケな雰囲気になってしまった。

だが、この積んだタイヤの中は、新たな愛すべきガラクタを隠しておくには好都合だと最近気づき、早速、古ーいシンプソンの4点式シートベルトを隠した。


こんな調子なのでホントは小さくなって着れない子供服や、子供が成長し使わなくなったオモチャや本なども“記念”にとっておきたいような気がするのだが、まだ使えるものなのでママが寄付にまわしている。どこかの国に送られるそうだ。

うん、また使ってもらえるなら、その方がいいな、これに関してはママが正しい。


いずれにせよ、いろんなモノたちに長生きしてもらいたいもんだ。

他愛ない、価値もない、ささやかなモノたちにも、愛着とか、懐かしさとか、ゆっくり染み込んで、本人にとっては大切なモノになっちゃうのだ。






カッコイイじいちゃん エディー

エディーは、知り合いのショップの大家さん。

毎日のように、ちっこい愛犬を連れてショップに来てはテナントと世間話したり、敷地内に立てた小屋でなにやら木工作業したりしてた。


知り合った頃、ずいぶん前の話だけど、オリジナルのスチール、1928 フォードモデルAのフェートンボディーを持っていて、こいつでホットロッドを作るんだ、と言っていた。そのとき、70歳半ばくらいじゃなかったかな。


地元、カリフォルニア生まれで、若い頃はボクサーやったり、飛行機で飛んでいて電線にひっかっかって新聞に載ったり、何かとお騒がせ、そして有名、人気者だったらしい。


さてさて、モデルAはというと、アフターマーケットのシャシーにマスタングⅡフロントエンド、フォード9インチ、エンジンはシボレーの350にTH350という仕様で、ゆっくりとエディーによって組まれていった。

途中で、フォード9を取り付けたものの、お気に召さずフルクロームのジャガーリヤエンド+インボードディスクという、派手なものに変更された。

ボディーはフェートンだし、まさに“おじーちゃんの憧れ仕様”って感じになるなぁ。


ほとんどの作業はエディーががんばってたけど、時々、呼び出されて手伝ったもんだ。

この頃、彼はガン治療を受けていて、なんだか時々かなり辛そうにしていた。

腰掛けて休みながら、

“子供たちは元気に育ってるか?”とか、

“日本のオヤジさん、オフクロさんは達者にしてるのか?”

なんて、よく聞かれたな。

“みんな元気だ”、と言うと、何度もうなずくんだよね。


そして、黄色にペイントされたモデルAは完成し、エディーは愛犬を乗せてチョロチョロと走り始めた。

しばらくして、ブレーキが重い、というのでパワーブレーキにしてあげたら、今度は、パワステも欲しいなぁって。おいおい。

今思えば、ずいぶんと力も弱くなっていたのかな。


しばらくして、エディーはつらいガン治療をやめた。そう希望したのだ。

よくわからないけど、もう、がんばんないで穏やかにそのときが来るのを待ちましょう、って言うことらしい。


ショップに来なくなり、入院したと聞かされてから、2週間もしないうちにエディーは遠くに行っちゃった。

モデルAに取り付けられた新品のスピードメーターの距離計は、わずか100マイルちょっとだけ刻まれてた。

エディーは80歳だった。


エディの遺言でお葬式は行われず、代わりに1ヵ月後みんながエディーがいなくなった事になれた頃、派手にジャズバンドを入れて、ビーチのそばでパーティーが開かれた。これもエディーの遺言なのだ。

湿っぽいのはいやだから、自分がいなくなってしばらくしてみんな落ち着いたら、楽しく思い出話でもしながら、送ってくれよ、ということらしい。そうは言っても、涙してる人が多かったよ、エディー。あのモデルAに色を塗ったペインターのサムなんて大変だったんだから。


パーティー当日、友人2人とエディーのモデルAに乗り込み、会場まで運んだ。

モデルAを会場の入り口に展示し、エディーがかぶっていた帽子をシフトレバーにかぶせた。

未亡人となった奥さんが用意した、車の仕様など記載されたサインボードと一緒にモデルAを展示したのだ。


エディーがいなくなってから、ずいぶんと経ってしまった。

こんなじいちゃんになっても、ホットロッドを組んでみようと思うこと、そしてホントに完成させちゃったこと、すごいなと思う。

末期のガン治療をしながらだったから、相当つらかったには違いないけど、このクルマを完成させるまでは、という意気込みがあったのかもしれない。


ショップは、エディーの3人目で30歳年下の奥さんが管理している。

ショップを手放なさず、テナントの連中がずっといれるようにすること、これもエディーの遺言だったそうだ。



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独立記念日

今日、7月4日はアメリカの独立記念日。

現在、夜の11時半過ぎ、珍しく生中継であります。


花火の音もだいぶ少なくなってきた。


我が家は、ロングビーチに停滞し今は観光名所となっている、クイーンメリー号という大きな船から花火が見れるという情報を聞き、行ってみようかと思ったものの、駐車場やら入場料やらで、ずいぶんと費用がかさむ事が分かり断念。


だって、子供達はもう夏休みだし、しかも9月過ぎまでという長丁場だし、一度や二度はどこかに連れて行ってあげたいし、何も今花火を見に行かなくてもねェ・・・・・・。


というわけで、我が家は夜9時過ぎに一家揃って、家の屋根に上り、・・えっちらおっちら・・ウチは二階家で屋根の上は結構高いのだ、あたりを見回せば・・・・・・。


まー、遠くてちっちゃくしか見えないけど、海側はラグナ、ニューポート、ハンティントンあたりのビーチで上がってる花火、内陸側はディズニーランドあたりと、よく分からん所に上がってる花火が見えた。


さすがに、近くで見るのとは大違いで、ささやかな花火・・・・・・そして遠い。


でもまぁ、風は涼しくて気持ち良いし、近所のおばちゃんが“気をつけてねー”なんて窓から叫んでるし、何といっても一家揃って屋根の上なんて事はめったにないので、今年はこれでよいのだ。


来年は、ちゃんと計画して近くで花火見せてあげるから、かんべんね。

でも、面白かったでしょ、屋根の上。やっぱり来年もこれでいいかな?



夏だ!花火だ!!

夏だ!花火だ!!

とはいかないのが、ここカリフォルニア。


夏の夜、裏庭やら、家の前やらで、バケツに水を汲んでおいて、子供と花火をシュシュシュ、パチパチ、チロチロチロ。


という、日本ではよくある夏の夜の過ごし方が、ここではできんのである。


家庭で花火などやってはいけないのだ。

完全に禁止じゃないんだけど、一年を通して花火ができるのは、7月4日の独立記念日の前後のみ。


住んでいる市により、規則は様々なようだけど、例えば下記のように決められている。


独立記念日の前後一週間

独立記念日の四日前から記念日まで

独立記念日当日のみ

独立記念日関係なく、全面禁止

などなど。


で、我が家がある市は、“NG全面禁止NG” あう!


ま、若い子達は、そんな事お構いなしで、バクチクやロケット花火の類を、おそらくは酔っ払いながら大騒ぎでパンパンやってるわけだけど、年に一度だから、大いにやってくれたまえ。

でも、花火慣れしてない君達は、十分気をつけたまえよ、酔っ払ってる事だし。


時々、夏の終わりや秋になってから、余っていた花火を見つけたのか、いきなり“パン!”とやられることがあるけど、あれは一瞬ビビる。

そんな時期に、花火の事は頭にないので、銃声かと思っちゃうよ。


とまあ、こんな花火事情なので、普通のスーパーやおもちゃ屋で花火を売ってるわけはなく、この時期限定の“花火屋さん屋台”が出現するのだ。


我が家のある市では禁止だから出ていないけど、売ってる市ではこんな感じで。花火屋  

大抵は、スーパーやコンビニなどの駐車場に出現。

写真を撮ったときはまだ朝で開店していなかった。


そうは言っても、独立記念日に各地でプロが上げる花火は盛大で観客もたくさん。

こっちの花火のイメージは、そういうのを“見る”って事なんだろうな。


あとは、ディズニーランドなどで夜に上げてる花火はいつでも見れるし。

ディズニーランドは近いので、風向きによってなのか時々、音は聞こえてくる。


他の市まで出向いて、場所探してやれないこともないけど、夜だし、やっぱり自宅でのんびり花火がいいよなぁ。

日本に里帰りでも出来れば、子供らと花火できるんだけどなぁ。


何か理由はあるんだろうけど、ヘンなとこ厳しいな、アメリカは。