『八日目の蝉』
最初は、誘拐して子供を育てる話なんか、イヤだなって思っていたんです。ところが、映画を観ている間中、もう泣けて、泣けて。希和子(永作博美)が、不倫相手の赤ちゃんを誘拐する場面。赤ちゃんのかわいらしさといったら。とにかく赤ちゃんを見てました。それに、何といっても子供時代を演じた渡邉このみちゃん!!かわいい。しぐさ、セリフ、みんなかわいい。チャップリンの『キッド』という映画を思い出してしまいました。チャップリンが捨て子の赤ちゃんを拾って育てる話。あの子役もかわいかった!子供が出る映画って、もうそれだけで、デレデレしてしまって、頬もゆるんで、涙腺も。きっと男性もそうなのではないでしょうか。映画を観て思ったのですが、子供を産まなくても、赤ちゃんのときからお世話していくと自然愛情というものは芽生えるのかもしれませんね。育てるのってすごく大変なことだし。それだけに、日に日に成長していく子供の姿を見ていく楽しさ、幸せもあります。この子のためならって、自己犠牲の精神も出てきますし。でも、誘拐された方はたまったもんじゃないですよね。いくら、彼女が暴言を吐こうとも、誘拐する方の永作博美演じる 野々宮希和子の方が、この子にとって、すごくいいお母さんだなって、思ったとしても、罪は罪。そのあたりも映画はうまく描いていたようでした。このみちゃん演じる恵理菜=薫が本当の母親のところに戻ってから、実の母子であって、どうにも埋められない溝がある。何とかいい母親であろうとする、恵津子(森口瑤子)が、イライラして娘に当たるシーン。子供は、お母さんに一生懸命「ごめんなさい」と謝る。見てて、ツラかったですね。娘が大きくなって、家を出て、一人で暮らすようになってからも、実の母とこの娘(井上真央)はぎくしゃくした関係が続いている。夫婦関係もうまくいってないらしく、食事も家事もおろそかになっているところを乱雑な台所で解るというシーンがありました。恵理菜(井上真央)は、他人とつながりを持ちたがらず、唯一不倫関係になっている岸田という妻ある男性だけが、心のよりどころとしているのです。そこに現れた安藤千草 (小池栄子)。自称ルポライター。彼女の存在がこのドラマの核でしたね~。うまかった!オドオドとしたしぐさ。女性だけの社会で育ったので、男性が怖いという。二人は、これまでの過去への旅をするのですが、それは、恵理菜の押し殺してきた内側の心を映し出す旅、心を開放する旅となりました。希和子と恵理菜(薫)がたどり着いた、小豆島。幸せいっぱいに暮らした偽装母子。この暮らしがいつまでも続いていってくれたら、と観ている私たちは願わずにはいられない。私たちは、罪と知ってながら、固く結ばれた愛情がそこに見えるから、ついつい応援したくなる。つかの間の幸せー。写真館で、写真を撮ってもらうときの永作博美の泣き笑いの演技。あそこは、本当に、なけました。つかの間の幸せを1枚の写真に収めようとしたのですね。恵理菜が「岸田の子供を産もうと決意した理由に、生きていれば、この世の中の美しいものも見せられる。」といったようなセリフが出てきます。題名、「八日目の蝉」八日目に生きていて、仲間がみんな死んでしまっていても、美しい世界を1日でも余計に見られたら・・これは、不倫によって堕胎されていく赤ちゃんたちに当てはめたのでしょうか。最後は恵理菜の自分の内面の本当の気持ちを知って、自分を解放できて、新しい、彼女の旅立ちで、希望の光が見えるようにつくられていましたが、何ともいいようのない、やるせなさが私の中に残ったのも確か。不倫で、失うものの大きさ、されるほうの悲しみを思うと、生まれてくる赤ちゃんに罪はないにしても、父親のいない子供の悲しさを思うとき、命の大切さも感じるのだけど、その生まれてくる過程、それから先のことを想像すると、何とも言葉にできないものが胸にあふれてくるのも事実でした。