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スナップエンドウ

3月12日(金)晴れ、土も乾いたようなので妻とジャガイモの植え付けをする。

昨年初めての挑戦での好成績に気を良くして、今年はダンシャク3kgの他にキタアカリ1kgを加えて

5列に渡って植え付けた。

家庭菜園を始めて二年目、色々な体験をしたがお陰でスムーズに作業をこなすことが出来た。

ジャガイモは比較的作り易い野菜だ。6月初めの収穫が今から楽しみである。


さて、現在ジャガイモの他に我家の畑には、ニンニク・ラッキョウ・ワケギ・タマネギ・アスパラガス・

スナップエンドウが植わっている。それらの内、今食べられるのはワケギのみで他は成長段階である。

ここでは私の思い入れの強いスナップエンドウについて書き留めておきたい。


私は職場を退いてから近所のスポーツクラブ(千葉市)に入会した。

そこで水泳のレッスンを通して、元気なご婦人Tさんと知り合いになった。

Tさんはキャリアウーマンとして活躍していたこともあって、男勝りの言動で後に自然発生的に誕生した

サークルでも活発な仕切り屋であった。


ある日、Tさんから私の畑を見に来ない、と誘われた。行ってみると川べりのわずかな土地に何種類かの

野菜が栽培されていた。このスナップエンドウは甘くて美味しいよ、お金が掛かっているからねぇ~、と言う。

その日の夕方、ビールのつまみに頂いたスナップエンドウをゆでてマヨネーズをつけて食べたら予想を上回る

美味しさに驚いた。

その後、Tさんは忽然としてスポーツクラブから姿を消した。しばらくして、我等サークル仲間は妹分的な

ご婦人から「がん」であることを聞かされた。しかし、一切交流を絶ったものの今も健在のようである。


さて、昨年の10月23日、甘いスナップエンドウを夢見てポリポットに種をまいた。

それから土づくりを経て、強風を考慮した頑丈な合掌式の支柱を立てた。

1ヶ月後の11月24日、苗をポリポットから畑に植え付ける。師匠のYさんは竹を立てるように、と言う。

つるをからませる為だ。そして竹はカラタケを使え、佐野ビワ園に行けばどこにあるか教えてくれる、と言う。

早速、幼馴染の佐野君を訪ねると、ありがたいことに乾いているのが良いから俺の家のを持っていけ、と

カラタケの束をくれた。

我家に持ち帰った私は、カラタケを苗の横に立て、交差させた支柱の上に渡してある支柱に留めた。

その後、12月も半ばになって、北風対策として苗の後ろにホウキグサを立て、苗の根元には防寒対策として

わらを敷いた。私の思い描いた支柱作りの完成である。

訪ねてくる度に変化していく我家の畑や庭を見て感心する棟梁が、これを見て妻に風流だねぇ~と言ったという。



魚との対話-我家のスナップエンドウ

我家のスナップエンドウ  3月11日撮影


年を越し、近所の畑にも竹がボコボコと立ち始めた。もっと背丈の短い葉っぱが付いたままの竹を突き刺した

だけといった簡易なものが多い。どうも我家のものは、少し大げさな様である。


3月に入り苗はぐっと成長し、現在最大のもので95cmになり白い花がいっぱい咲いている。

ベランダでビールを飲みながら味わうのが待ち遠しいが、Tさんに得意気に俺も作ったよ、と言うことも差し上げる

ことも出来ない。そっとしておこうよ、というのがサークル仲間の暗黙の申し合わせだからである。






沼の里山~沼のビャクシン

3月11日(木)、雨や寒い日が続いたが、やっと晴れて暖かかった。

前日は午後から強風が吹き荒れたが、鎌倉では鶴岡八幡宮階段下の横に立つ大銀杏が根元から

折れてしまったという。

私にとっては、鎌倉幕府の3代将軍源実朝が、大銀杏の陰に隠れていた公暁によって暗殺されたという

言い伝えが印象深い大木であった。


さて、沼の里山にも私の密かな自慢の大木がある。それは沼のビャクシンである。

我家を訪れる友人を案内すると、神々しい雰囲気と強い生命力に、おしなべて驚嘆の声を上げる。

案内板によれば、推定樹齢は約800年、幹周7.45m、樹高17m、枝張り東西20m、南北24mという。

さらに興味深いのはハゼノキ・イヌビワ・シロダモ・マサキ・トベラなどが着生していることであろう。



魚との対話-沼のビャクシン

沼のビャクシン全容



魚との対話-沼のビャクシン

沼のビャクシン前面と十二天神社



魚との対話-沼のビャクシン

沼のビャクシン背面


沼のビャクシンは、私の言う沼の里山散策道(コンクリート製の農道)を案内板をたよりに進めば見つけることが

出来る。散策道からの入口となる角の高い土手にレンギョとネコヤナギが植えられてある。

この日は、逆光で見たらネコヤナギの花の縁が光り輝いていた。

これからはレンギョが咲き、良い目印になることであろう。



魚との対話-レンギョとユキヤナギ

レンギョとネコヤナギ



魚との対話-菜の花とユキヤナギ

菜の花とネコヤナギ










かつうらビッグひな祭り

遊子の会の主宰者YUさんは、勝浦の町おこしの推移を見守る意味合いで、毎年かつうらビッグひな祭り

を見に行くと言う。希望者は案内しますよ、との申し出に合計13名が3台の車に分乗してひな祭り会場へ向った。

3月3日(水)、ひな祭り最終日のことである。


YUさんが案内してくれたコースは次の通り。

 朝市→遠見岬(とみさき)神社会場→高照寺・乳公孫樹→覚翁寺(かくおうじ)山門前会場→市立図書館会場

 →覚翁寺・波の伊八の欄間→勝浦市祭屋台等彫刻展会場→朝市→勝浦魚市場・マグロの水揚げ→

 旧行川(なめかわ)小学校メイン会場


会場に限らず店先にもひな人形が飾られていて、町はひな祭り一色。

様々な展示で様々なひな人形が飾り付けられており、その数の多さ(25000体)にすっかり圧倒されてしまった。

それでは、私が撮った半端でないひな人形の数々をご覧いただこう。

 写真はクリックすれば大きなサイズで見られます。



魚との対話-遠見岬神社

遠見岬神社 60段の石段に1200体のひな人形

毎日、朝7時から約1時間かけて飾り付け、夜7時に片付けるのだという。



魚との対話-覚翁寺山門前        魚との対話-覚翁寺山門前

覚翁寺山門前 10段飾りに600体のひな人形     覚翁寺山門前



魚との対話-市立図書館        魚との対話-旅館松の屋

市立図書館 吊るし雛                     旅館松の屋



魚との対話-旧行川小学校        魚との対話-旧行川小学校

旧行川小学校 下駄箱の中にひな人形          旧行川小学校 日本最大の享保雛


帰路の途中、小湊(鴨川市)のいろは堂に寄り、皆あんもりをお土産に買う。

祝い事や法事の引き出物によく使われる名菓だという。

昼食は太海(鴨川市)のアンティークホテルら・みらどーるで取る。

ホテルは鴨川松島を一望できる高台に建ち、館内はアンティークの家具調度品で統一されている。

一度は訪れる価値ありだ。

昼食後、ホテルの主人のすぐ近くですよ、の言葉に一戦場スポーツ公園から魚見塚展望台に上る。

一戦場は、源頼朝が地元の豪族と戦ったという歴史の残る場所。

魚見塚は、かつて漁師たちが沖合いに来る魚の群れを見張っていたことからその名が付いたという。


展望台頂上には女神像があり、この像の前で愛を誓えば成就すると伝えられていることから「誓いの丘」

とも呼ばれているという。

誓いの証なのかフェンスには名前入りの南京錠がいくつもかかっていた。

それでは展望台からの眺めをご覧いただこう。



魚との対話-魚見塚展望台からの眺め        魚との対話-魚見塚展望台からの眺め

鴨川松島~仁右衛門島を望む               鴨川港~前原海岸を望む


写真の通り、展望台からの眺めは素晴らしいのだが、ホテルからは結構歩くし長い階段を上らなくては

ならなかった。

先日、伊豆浄蓮の滝見学の後筋肉痛に悩まされたと言うSIGEさんは、果たして大丈夫だったであろうか??

この記事の書き終わり時にふと思った。




 













河津桜の旅

2月18日(木)朝、戸を開けると雪混じりの雨が降っている。

今日は遊子の会の「高速ジェット船で行く河津桜と天城越えの旅」の日である。

仲間内では、YUさんが主宰すれば天気は心配なし、ということになっているが、案の定9時に館山港に

集合した時には雨は上がり、晴れ間が覗く暖かい陽気の中で河津桜を鑑賞することが出来た。


下田で合流すべく4時に館山を出発したと言う貸切バスの「まもるトラベル」と「日栄観光」のお二人は、

当初大島から下田間が欠航の恐れあり、と冷や冷やしたそうである。まさにYUさん強運なり!!


館山港・・・・・高速ジェット船・大島経由・・・・・下田港→河津桜観賞→天城峠を越え、浄蓮の滝・わさび田見学

→明徳寺(東司の神様)参拝→三島大社参拝→館山港


行程は上記の通りであるが、私は8年前に近畿日本ツーリストのバスツアー「河津桜まつりと修善寺観梅」で

一度河津を訪れたことがある。

思うに、今回の旅は8年前をはるかに凌ぐ充実したものであった。

その一番の原因は、車中で炸裂したYUさんの語り(話)にあったように思う。

それは、訪問先に関連した地理・歴史・文学・伝説・社会事件・・・・・と広範囲に及び、かつ大変分かり易いので

ある。そこで、写真と共にYUさんの話を思い出しながら今回の旅を振り返ってみたい。


下田港~河津桜


下田港から河津への車中では、伊豆半島の成り立ち・お吉物語・NHK大河ドラマ龍馬伝(黒船に乗り移ろうとした吉田松陰)の話があった。

身体を壊したハリスがナース(看護婦)を要求したのに、理解出来ない役人は娼婦を世話したという。

波瀾万丈の生涯を送ったお吉の話はドラマチックでお涙物であった。



魚との対話-河津桜

河津川と河津桜



魚との対話-河津桜

豊泉橋からの眺め



魚との対話-河津桜

飯田家の河津桜原木


河津川沿いのお花見ハイキングコースを歩く。河津桜は7~8分咲きで申し分ないのだが、8年前と比べて

菜の花が少ないのが物足りない。

しかし、朱塗りの豊泉橋に出た所で、桜のピンクと菜の花の黄色のコントラストの光景を見届けることが出来た。


それから、町道沿いにある飯田家の河津桜原木へと足を伸ばす。

原木は樹齢50年、高さ10m、横幅10mの巨木で実に見事なものであった。

河津桜は緋寒桜と早咲き大島桜の自然交配種で、飯田さんが河津川の河原で見付け育て上げたものだと

言う。これらYUさんの説明を他の旅行会社のお客が熱心に聞いていた、と妻は言う。


天城峠~浄蓮の滝・わさび田


天城連山・天城山心中事件・浄蓮の滝に伝わる女郎蜘蛛の話があった。

心中事件では一説には・・・・・とか、女郎蜘蛛伝説は・・・・・の教えだ、とか言う裏話が面白い。

天城峠では、YUさんのリクエストでKさん(女性)が石川さゆりの天城越えを歌う。


浄蓮の滝は水量が多く、滝壺の濃い青が神秘的で見ごたえがあった。

ここで、妻はわさび漬けのお土産を買う。



魚との対話-浄蓮の滝        魚との対話-わさび田

浄蓮の滝                             わさび田と浄蓮の滝


明徳寺~三島大社



魚との対話-うすさま明王堂        魚との対話-三島大社

明徳寺・東司の神様を祀るうすさま明王堂         三島大社

        写真はクリックすれば大きく見られます。


予定にはなかったが、時間に余裕ありとのことで、「まもるトラベル」の提案で面白い寺・明徳寺を訪れ、

東司の神様を祀るうすさま明王堂に入る。

東司(とうす)とは禅寺で便所のことであり、鎌倉のお寺で目にしたことのある字句だ。


あらかじめ、YUさんから説明があった。男女の性器が祀られてあるから、近頃めっきりトイレが近くなったとか

下にトラブルや不安がある人は、それぞれの性器をなで(おさすり)、便器をまたいで(おまたぎ)お祈りするのだと言う。

さすが、ずっと昔の成人の集いのせいか、うすさま明王堂前の集合写真を見たらツアー参加者35名全員が

写っていた。( ̄□ ̄;)


一転、頼朝が旗揚げの折、戦勝祈願をしたという三島大社への車中では、源氏三代の話。

頼家の係わる修善寺物語で、頼家の人となりを聞く。そういった話を盛り込むところが、YUさんの話が面白い

所以であろうか。


連理の枝


バスは沼津ICから一路館山へ。どでかい富士山の裾野が長い、長い。

YUさんは、お疲れ様の挨拶でNHKの朝ドラ「ウエルかめ」の中に出て来た言葉、連理の枝の話をする。

連理の枝とは二本の樹の枝が成長するに従い寄り添いながら絡み合い、まるで一本の樹のようになって行く

様を表したもので、転じて夫婦・男女の仲むずかしいことのたとえである。

YUさんの遊子の会への思いの言葉として、うまいことを言うな、と思った。


その後、車内はカラオケ大会となる。Kさんをはじめ実に上手な人が多い。

館山ではエッと思う所にもカラオケ喫茶があり、カラオケサークルは数知れぬ程あるという。

例によって、カラオケの練習をしなくちゃね~と話している内にカラオケ大会は終了し、無事館山へ到着

したのである。







戦跡フィールドワーク~三芳地区

南房総には米軍上陸による本土決戦への備えとしての戦争遺跡が随所に存在する。


2月10日(水)、我家の近くにある館山地区公民館主催の三芳地区戦跡フィールドワーク(戦争遺跡めぐり)に

夫婦で参加した。

館山市生涯学習推進バスに乗り、のどかな三芳の田園風景が見られ、かつガイドの説明も聞けるとの軽い

気持ちで応募したのだが・・・・・・。

遺跡めぐりのハイライトは山中にあり、山歩きが中心のハードなものであった。

それ故、兵士の苦労が偲ばれ、目撃した築設物は狂気のパワーの所産だ、との思いがぬぐえなかった。


戦争遺跡を観光資源として保存しようとすると、戦争を美化するものだ、と反対されるとよく耳にするが、

私は、どんな形であれ戦争と平和を考える生きた教科書として、きちんと保存されるべきだと思った。


今回の遺跡めぐりでは、古刹や古道との出合いもあった。

それは、何時に無くほっとするものであった。


戦争遺跡


① 下滝田地区にて海軍特攻機「桜花43乙型」の発射基地跡を見学後、発射台のレールを保有している

知恩院を訪ねる。「桜花43乙型」は試作機のみで終戦を迎えたという。

知恩院は、のどかな田園風景を見下ろす高台にあるが、陸軍の歩兵部隊が常駐し、裏山に五ヶ所のトンネルを

掘り縦深陣地を築いたという。



魚との対話-桜花発射台跡        魚との対話-知恩院からの眺め

桜花43乙型発射台跡                     知恩院からの三芳の田園風景

              写真はクリックすると大きく見られます。


② 深井地区の山中(山尾根)を歩き回り、陸軍が築設した深井壕群を見学する。

壕群の一ヶ所で銃眼壕外窓部の天然岩に「範」の字が刻印されているのを見届ける。

壕群の多くは未完のまま終戦になったという。



魚との対話-深井の壕        魚との対話-深井の壕

深井の壕                             深井の壕



魚との対話-銃眼壕の外窓部

銃眼壕の外窓部


③ 山を下り、稲都(いなみや)小学校跡で昼食後、再び高井ヶ谷(たかいがやつ)地区の山尾根を歩く。

三峯山(みつみねやま)~浅間山(せんげんやま)の砲台観測所跡を見学。

米軍が旧和田町南三原海岸に上陸すると予測しての観測所だ。

引き続いて訪れた高井ヶ谷砲台陣地跡とは通信ケーブルが山間尾根伝いに約3.4km曳かれ結ばれていた

という。浅間山付近での垂直壕の深さにはぞっとする。

そして、浅間山を下りて来た所で、猪が罠の檻の中で盛んにうろつき回るのを見届ける。


④ すっかり歩き疲れた最後は、バスで本郷地区の智光寺を訪れる。

智光寺は、安房国第21番観音霊場の古刹だ。

護北兵団427連隊本部が設営され、仁王門は板とテントで囲い台所として利用されたという。


古道


深井壕群を見学していた折、地元の人が「深井の天皇様」と呼ぶ小屋に出くわした。

小屋には神棚があり、ガイドは木札を取り出し、そこには王政復古を祝う(?)文言が記されていると言う。

古代律令制下の安房の国の国府は、旧三芳村の府中付近であったと聞いたことがあるので何となく納得する。


また、深井から隣接する旧丸山町に抜ける古道にも出くわした。

そこでは峠の茶屋跡や馬頭観音塚群が見られ、人々や牛馬の往来が偲ばれる。



魚との対話-馬頭観音塚

馬頭観音塚









沼の里山~バードウォッチング

沼の里山散策コースの今は、梅と水仙の白そしてナバナとミカンの黄色が目立ち、いよいよ春近しを思わせる。

また、多くの小鳥たちに出合うことも出来る。



魚との対話-沼の里山

沼の里山  2月3日(水)撮影


私は、早朝古代珊瑚の泉小屋へ、自転車でちょくちょく珊瑚水(井戸水)を汲みに行くが、そこに至る道際の土手

には、葉の落ちた高木や藪が続く。

入り口とも言うべき高木には、いつもカワラヒワが群れて止まっている。

進むにつれて、木に止まっている鳥や道端の鳥がさっと藪に隠れる。メジロアカハラ、アオジだ。

ホウジロ、カシラダカ、ジョウビタキを見届けたこともある。

土手とは反対側の田んぼでは、冬の使者ツグミハクセキレイが見られる。


散策コースを何度か巡る内、それぞれの鳥が見られる場所の傾向が分かって来た。

カワラヒワは前述した様に珊瑚水の入口の高木だが、モズは沼のビャクシンの近くの軽い藪。

ホウジロは城山へ向う道の入口の軽い藪。キセキレイは農業水路といった具合である。


昨年との違いは、ホウジロが多いことと、シジュウカラがいないことだ。

シジュウカラは、沼の堰の奥の荒地で、群れて見られたものだが、不思議である。


さて、昨年ウグイスの鳴き声を初めて聞いたのは2月15日であった。

もうすぐという事になるが、今年こそは何とかその正体を見届けたいものである。


水仙郷散策と新年会

「遊子の会」の本年初のイベントは、水仙郷散策と新年会である。

このイベント、少し変わっている。鋸南町の水仙郷を散策した後、館山市の平砂浦海岸に立つ

「いこいの村たてやま」にて新年会、そのまま宿泊して、翌日は隣接する「南房パラダイス」と「館山ファミリー

パーク」を見学するというのである。

即ち、テレビではよく見るが、地元故に宿泊したり訪れることのない花海街道を巡るというのが変わっている

のである。1月18日(月)~19日(火)のことである。


鋸南町水仙郷


主宰者のYUさんによれば、日本の水仙三大産地は越前、淡路と鋸南町で、出荷量においては鋸南町が

800万本で日本一だと言う。

移動は「いこいの村たてやま」の貸切観光バスだ。

先ずは、佐久間ダム水仙公園の水仙を観賞。暖かい日差しに水辺の水仙が美しい。



魚との対話-佐久間ダム水仙公園

佐久間ダム水仙公園


続いて、会員のAさんの実家である谷沢(やつざわ)水仙郷を訪れる。

ここは、昨年の12月26日にNHK総合テレビで紹介された所で、Aさんはこの日、わざわざ四街道から里帰り

して我々を案内してくれた。

水仙郷に入ると、だから谷沢と言うのか、と納得する景観に出合う。道に沿った山の斜面には水仙が一杯で

ある。



魚との対話-谷沢水仙郷  谷沢水仙郷



魚との対話-谷沢水仙郷  谷沢水仙郷


どんどん登って行くと見晴台にたどり着く。暖かいせいか富士山は見えなかったが、反対側の山並みの奥に

伊予ヶ岳の雄姿を見ることが出来た。ここで、民話の語り部のOさんが伊予ヶ岳の天狗伝説を話してくれた。

汗をかいて登り切った人のみが得をしたのである。

下山したら、またまた嬉しいことに皆に水仙のプレゼントがあった。Aさん、ありがとう。


この日は、会員からもう一つプレゼントがあった。勝山駅(鋸南町)近くのIさん宅の畑でのナバナ摘みで

ある。何列もの畝に沿って、皆黙々とナバナを摘み、手渡されたポリ袋を一杯にする。

楽しい収穫体験だ。無論家に持ち帰り、美味しくいただいたのは言うまでも無い。Iさん、ありがとう。


新年宴会


YUさん集めたり!!何と出席者は33名にものぼった。

様々な分野で年を重ねられた人々であるから、その体験談は興味深いものであった。

余興の部では、芸達者な人々が歌謡曲、詩吟、手品を披露。実に上手である。


私はと言えば、自己紹介の中で、これから釣りインストラクターと名乗りたいと、「堤防釣りの誘い」と題して

話をしたところ、参加したいと手を上げた人が多かったのに驚く。

これから昨年の釣行を整理して、釣り好き仲間と共に、気を引き締めて年間プランを考えなくてはならない。


二次会は、宿泊の気安さから遅くまで貸切のカラオケルームや談話室で大いに楽しむ。

皆さん、実に元気元気・・・・・である。



魚との対話-新年宴会

新年宴会 : 締めは皆で星影のワルツを歌う。


南房パラダイスと館山ファミリーパーク


翌朝、部屋から望む平砂浦海岸は幻想的だった。

朝食前に一人占めで一望千里の湯(温泉)に漬かったが、湯気が立ち込めていなかったので、逆に海の方が

風呂場のようであった。



魚との対話-朝の平砂浦海岸

朝の平砂浦海岸


オーシャンベール館山は、35万坪の敷地に館山カントリー(ゴルフ場)、いこいの村たてやま、南房パラダイス、

館山ファミリーパークを有し、運営している。

我々は「いこいの村たてやま」に宿泊したので、バイキングの朝食後無料で南房パラダイスと館山ファミリーパークを巡った。


自称「遊子の会」専属カメラマン(少し認められて来た(*^o^*))の私は、ここで皆さんにモデルになっていただき

写真を撮らせてもらった。

南房パラダイスでは飼育員の好意で、色鮮やかなインコを腕に乗せてハイポーズ。

館山ファミリーパークでは10万本のポピー畑の中でグラビアアイドルよろしくガシャ。

一足早い春満喫の愉快な散策であった。



魚との対話-館山ファミリーパーク

館山ファミリーパークのポピー畑


おわりに


YUさんの案内書には「てんこ盛りの新年会」とあったが、かくの如くその通りで、しかも参加費は1万円。

YUさんの企画力には、感服の至りである。

また、水仙郷~ナバナ摘みのみ参加、新年宴会のみ参加、翌日朝食後退散可と、きめ細かな選択肢があった

のも見事な配慮であった。YUさん、ありがとう。







杉原彩さんの家族に感動

今朝は、何時に無く録画した趣味の園芸に続いてNHK総合テレビを見ていた。

杉原彩さんは、植物状態となった20才のお嬢さんである。

ご両親は、自宅での介護を決意して彩さんの為の家を建てる。

そして、悩んだ末、彩さん用に仕立てた晴れ着を着せて一緒に成人式に出席する。

全て、彩さんの回復の一助になればとの思いからだ。

その結果は、彩さんが言葉に応答したのである。

私は、涙なくしては見ていられなかった。何と前向きなご家族であろうか。


それに引き換え、このところの私はと言えば、4日の卓球で右ひざを痛めた後、一週間前からの風邪で

すっかり意気消沈している。

感動のテレビを見て、己は何ともだらしないと思い、庭に出てこぼれ種から芽を出した桜草を

日当たりの良い場所に植え替えてやり、周辺の草取りをした。

それから、日曜日に本家のS子さんの案内で訪れた千倉のお花畑の写真を受け取りに写真屋へ

自転車を走らせた。ささやかな反省である。



魚との対話-千倉白間津のお花畑

千倉白間津のお花畑  1月24日撮影

東京ドイツ村イルミネーション

高校時代クラスメートだったYUさん夫妻は、Uターンした私達夫婦をしばしば房総の見所に案内してくれる。

今日(1月16日)は、袖ヶ浦市にある東京ドイツ村のイルミネーションである。


サービス精神旺盛なYUさんは、ドイツ村への道すがら房総山間部の見所もガイドしてくれた。


チリ椿(富浦町丹生の民家)→小保田水仙郷(鋸南町)→地蔵堂の滝(富津市志駒)→

袖ヶ浦公園(ハナショウブの名所)


この中では今が盛期の小保田(こぼた)の水仙郷が、山の斜面一面が真っ白い水仙に覆われ、

実に素晴らしい景観を呈していた。


夕日が沈み、東京ドイツ村に到着。

先ずは、観覧車脇のまばゆいばかりの光のトンネルに入る。それからマルクトプラッツへ。

その周囲の芝生広場がイルミネーションの会場である。

芝生広場には木道が設けられていて、我々も写真を撮りながら木道を巡る。

光でかたどられたお花畑、川、野原、海、フラミンゴ、アヒル、シロクマ、ペンギン、滝・・・・・・・・・・などが

次々と現れる。かつて見た東京ルミナリエやルミラージュ千葉と違って、ここは自然の風景を模している。

何とも綺麗である!!



魚との対話-東京ドイツ村

マルクトプラッツ


魚との対話-東京ドイツ村

遠く観覧車や光のトンネルを望む


魚との対話-東京ドイツ村

北極(?)のシロクマとペンギン


魚との対話-東京ドイツ村

フラミンゴ


木道を一周して、再び光のトンネルに入る。

「妻をめとらば才たけてみめ麗しく情けあり・・・・」、YUさんはクラスメートと結婚し、これを実践した人である。

従って、奥さんのN子さんも、私のクラスメートで卓球の天敵である。

また、遊子の会の旅の後で、こりゃ~負けた、と思うような写真を見せてくれる。

パソコンを駆使して編集し、印刷するのだと言う。


そんなN子さんが、ポスターの光のトンネル写真は、下から見上げて撮ったのではないか、と言う。

そうかもと私も下から見上げて撮ってみた。すると再生したら同じ構図となった。

それから、綺麗だったね・・・・・・・・・等と話しながら我々は会場をあとにしたのであった。



魚との対話-東京ドイツ村

光のトンネル : ポスターのパクリ構図









沼の里山~日の出・日の入り

日の出


私の朝は、リビングでゆっくりとお茶を飲みながら日の出を観賞することから始まる。

今朝(15日)は、石油ストーブのスイッチを入れたら室温4℃の表示が出る。

今までで、一番の寒さである。おまけにカーテンを開けると、もくもくとした雲がやたらと多い。

しかし、このような時は、独特な日の出の光景が見られることがある。


案の定、7時過ぎからお日様と雲のスペクタクルショーが始まった。

私は慌ててカメラを取りに行き、初体験の光の帯を狙ってシャッターを押し続けた。

7時半、実に幻想的なお日様と雲の競演は終了し、灰色の寒々しい冬の空へと変わったのであった。



魚との対話-日の出

日の出 写真ー1



魚との対話-日の出

日の出 写真ー2


日の入り


日の出の光の帯に気を良くした私は、日の入りも狙うことにした。

15時半過ぎ、ベランダに出ると私が願った所に日が落ちようとしている。おまけに雲も出ている。

しめしめと我家の畑の前に三脚を立てカメラをセットする。しかし、何枚か撮ったが眩しくてたまらない。

そこで、太陽が山に隠れる寸前を狙うことにする。ところが、その時を待っていると何と雲が消えたではないか。

今日は駄目かなと思っていたら、間一髪太陽が沈む寸前に新たな雲が流れて来て、よ~し!とばかりに撮ったのが写真ー3,4である。

かくして16時、太陽は山に隠れ、日の入りの写真撮影は終了。早速パソコンに取り込んだのであった。



魚との対話-日の入り

日の入り 写真ー3 ホワイトバランス:太陽光



魚との対話-日の入り

日の入り 写真ー4 ホワイトバランス:白色蛍光灯