~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -8ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

麒麟藩津(きりんぱんつ)で世直し?


とらんくすや。 には、

麒麟(きりん)柄の藩津(ぱんつ)がございます

麒麟(きりん) (商品コード0002)

麒麟(きりん) オフ (商品コード0005)

この麒麟(きりん)の藩津(ぱんつ)を

買われるお客様に

とらんくすや。親父は、講釈を致します

「麒麟のパンツを穿かれたなら、

道にいる虫は、殺さぬよう避けて通って

道を曲がるときは、直角に曲がって下さい

清廉潔白でお願いします」


お客様、キョトンとされます

少し、心に響きましたかな?


麒麟(きりん)さんは、・・・

中国神話に現れる伝説上の霊獣で、

獣類の長とされます

普段の性質は非常に穏やかで優しく、

足元の虫や植物を踏むことさえ恐れるほど殺生を嫌う。

神聖な幻の動物と考えられており、

千年を生き、その鳴声は音階に一致し、

歩いた跡は正確な円になり、

曲がる時は直角に曲がるという


王が仁のある政治を行うときに

現れる神聖な生き物「瑞獣」なのです


この様な方にも、着用願いたいですね

才能が優れていて、

将来が期待される少年の皆様です

そうです着用すれば、

麒麟児 となりますぞ

天才的 才知、技芸を持ち合せている子供

麒麟児と言い持て囃したのです


もう一つ忘れてはならない方達がおられます

麒麟麦酒(キリンビール)の皆様です

実は、麒麟藩津(きりんぱんつ)を

穿いて頂いていている

とらんくすや。 の顧客様がおられます

麒麟麦酒(キリンビール)のマークは、麒麟ですが、
明治18年にジャパン・ブルワリーという
麒麟麦酒株式会社の前身である会社が出来ました
初代社長は、幕末に長崎で活躍した

トーマス・グラバーです

三菱の顧問として岩崎弥太郎に招かれ、

三菱の事業拡大にも協力致しました

このトーマス・グラバーと岩崎弥太郎は、

坂本竜馬とも親交があったのです

坂本竜馬 ⇒ 龍と馬

麒麟 龍と馬を合わせた様な霊獣

不思議?

そして、社名は麒麟麦酒株式会社となり、

ロゴマークは、麒麟となりました

偶然の一致でしょうか?


麒麟

清廉潔白を象徴する様な霊獣ですね


心が清くて私欲がない

後ろ暗いことの全くない

廉 ⇒ 私欲がなく、けじめがついている

潔白 ⇒ 心や行いが綺麗で正しく、

やましいところがない


清廉潔白な人達、つまり
(ちょっとこじつけです)

麒麟藩津(きりんぱんつ)を穿いた人達を

増やすべく、とらんくすや。親父は、

麒麟(きりん)藩津(ぱんつ)を

売り続けたいと存じます

とらんくすや。  定番商品は、

唐草文様、風神雷神、麒麟でございます

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とらんくすや。


虎(とら)んくすや。




本日も、お客様から


「虎の柄がないのですか?」

と、聞かれました

実は、虎の柄の藩津(ぱんつ)は、

現在、とらんくすや。 には、ございません 

今、3L、4Lサイズが、1枚ずつあるのみです


実は、和柄の虎柄の生地が、出てきません

なので、虎柄藩津(ぱんつ)の制作が出来ないのです

寂しいですね


日本シリーズが行われました

タイガースに優勝して頂きたかったのです

タイガースが勝てば、虎柄ブームとなります

虎柄テキスタイルが出回るのです

世の中を反映していくのが、

ファッション業界なのです


もしも、自力で、虎柄生地を作るとなると

大変なのです

1万mが最小単位であり

それを買い取ります 

そうすると虎柄の1種類だけが並ぶ

藩津(ぱんつ)屋となってしまいます

駄洒落ですが

虎(とら)んくすや。

となってしまうのです


虎穴に入らずんば、虎子を得ず


判ってはいますが出来ません ご容赦を

今は、本当に申し訳ないのですが


虎視眈眈(こしたんたん)

とらんくすや。親父は、鋭い目で

虎柄の生地が出ないか、

出たら、即刻買い求める勢いでいるのです



虎柄藩津(ぱんつ)の制作 

暫くお待ち下さいませ

虎の威を借る狐

(とらのいをかるきつね) 

虎が狐を捕まえ食べようとしました

狐は言いました

「私は神様から百獣の長に命じられたので、

食べてはいけませんぞ

もし嘘だと思うのなら後からついてきなさい

動物達は、私を見たらみんな逃げ出すでしょう」

虎が言われた通り狐の後ろからついて行くと、

動物達は皆逃げ出しました

虎は自分を見て動物達が逃げ出したことに気付かず、

狐を恐れて逃げ出したと思ったのです


とらんくすや。親父 は
 太った狐(きつね)かな

虎柄を活用し藩津(ぱんつ)を作り

虎の威を借り商売で成功したいと存じます

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益者三樂、損者三樂

(えきしゃさんらく、そんしゃさんらく)


以前に、

良い友達 益者三友(えきしゃさんゆう)

付き合って良い人

剛直な人 誠実な人 博識な人

悪い友達 損者三友(そんしゃさんゆう)

付き合ってはいけない人

 易(やす)きにつきたがる人

 人当りの良い人

 口先だけの人

のお話を致しましたが、
今日は関連のお話です


孔子曰、

益者三樂、損者三樂、

樂節禮樂、樂道人之善、

樂多賢友、益矣、

樂驕樂、樂佚遊、

樂宴樂、損矣


孔子曰く、

人には 益になる楽しみ

損になる楽しみ

各々、三つある


礼楽を節に楽しみ 、

人の善の道を楽しみ

賢友多き楽しみは

なり


騙楽(きょうらく)を楽しみ

佚遊(いつゆう)を楽しみ

宴楽(えんらく)を楽しむは

なり


現在の世の中

楽しみと言えば、お酒を飲み騒ぐ

競馬などギャンブルをする

色の道に走る

この様な感じですが・・・


しかし、古代の人々は違ったのです

雅楽など、自分が、音楽を楽しむことにより、

周りの人達も楽しませる

人の悪口を言うのでは無しに

人の良い所を褒めて楽しむ

そして多くの賢人の友を持つ事

これが、楽しみだったのですね


我が、とらんくすや。 には

意外とお年寄りのお客様が多いのですが

ギターを弾く趣味や、

料理をする趣味などを持っておられるようです

周りの人を楽しませる御趣味ですね

頭が下がります


酒を飲んで悪口を言い発散する

これが、一番いけないですね


もう一つ蛇足(だそく)だと思いますが

孔子様も教えない楽しみがございます

藩津楽(ぱんつらく)

和柄の謂れのある藩津(ぱんつ)を揃え

その時々必要に応じ使い分け

心の安らぎとする・・・

如何でしょうか?

やはり 蛇足でしたか?

いや~失礼致しました

オチが滑って謝る 

とらんくすや。親父でございます

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無知の知 死の世界笑い話


皆さん あの世の事を御存じですか?

こんな笑い話が有りますぞ


死の世界笑い話

このお方、成功を為し、おさらばと、

故郷に帰り、隠居し、
悠悠自適の生活を送っていました

今日も友人を招いて酒の宴会です

ふと、不安がよぎりました

「私は、もう死ぬかもしれない、

死後の世界は、良いのか、悪いのか?

判らないのが残念だ」

招いていた一人の客人が、立ちあがって言いました

「とても良い所のようです」

「もし、死んで良くない所なら、

死んだ者は、この世に、逃げ帰ってくるはずです

今まで、一人も逃げ帰った者はいないと言いますから」

飲み会の席にいた人達は、大きな声で笑いました・・・


孔子

知之為知之、不知為不知、是知也


これを知るを これを知ると為し、

知らざるを知らざると為す、これ知る為り


自分が知っていることを知っていると認識し、

知らないことを知らないとはっきりと認識する

これが物事に対して「知る」と言うこと


孔子 死後の世界は判らないとして

語らなかったそうです

そうです、意外と合理的なお方だと思います


孔子の語らないもの、更にあります


怪力乱神を語らず


怪⇒不思議な事  力⇒武勇伝

乱⇒人道に外れる事

神⇒理性では説明できない神秘的な事


知らない事は、語らないと言う事ですね


無知の知 について

同じ思想の方 もう一人おられました

 

ソクラテス 様


The only good is knowledge
and the only evil is ignorance.

唯一の善は知識であり、

唯一の悪は無知であることである

I know nothing except
the fact of my ignorance.

自分が無知であるということ以外

は何も知らない(無知の知)


ソクラテス
ギリシャ中の賢人に聞きました

勇気とは? 美とは? 正義とは?

死とは? 生とは? 幸福とは?


誰一人正確に答える事が出来きません

(賢人達は自分では知っていると認識していますが)

ソクラテスも、自問自答し、

答える事が出来ないという事に気付きました

ソクラテスは、「無知の知」と言う意味で、

賢人達よりは優れていると知ったのです


「人は無知である自分に気付いたとき、

自己満足することなく、

真の知に近付こうとする努力が始まる

こうして人は単なる生き物ではなく、

より良き人間として生きるのである」


成程です! やはり、俺は頭が良いと

知ったかぶりは絶対いけませんね

しかし、年を取ると我(が)が出て

そういうわけにはいきませんかな?


無知であるから、頑張り真実に近づく為

勉学に励む その事が大事です


命短い年寄りになった今、気付く、

とらんくすや。親父でございます
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一寸の光陰軽んずべからず


この頃、寒くなり

秋かと思えば、冬の訪れが来ようとしています

時の経つのは速いものですね、

一年が過ぎようとしています

年寄りになれば、年が経つのが侘びしくも有り

寂しくも有りでございます


小さい頃教わった言葉を思い出します


少年老い易く学成り難し


とらんくすや。親父

まさに、学が身につく事が無く

年寄りとなってしまいました


偶成(ぐうせい)


偶然に思いついて

出来た詩という意味ですが

謙遜されている様なお言葉ですかね


儒学者の朱子(しゅし)の詩です


少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
未だ覚めず池塘春草の夢
階前の梧葉 已(すで)に秋声


少年と思っているうちに

すぐ年を取り、学問は成就しない

なので、少しの時間も無駄にしてはならない

池の堤に春の草が萌える長閑な夢が醒めぬうちに

もう庭先の桐の葉が色づき始めている

そして、秋風が吹いている


朱子(しゅし)は日本の朱子学者に

大きな影響を与えています


林羅山(はやしらざん)、

新井白石(あらいはくせき)、

室鳩巣(むろきゅうそう)などです


なので、とらんくすや。親父

子供の頃、聞いていたのですね

日本の文化に入り込んでいる
朱子学の詩かもしれません



とらんくすや。親父の様に

爺様になってから反省しても始まりません

時は、待ってくれません

若き諸君 有効に使って下さい

ゲームばかりでは、

後で、泣きべそをかきますぞ!


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虞芮之訟(ぐぜいのそ)


とらんくすや。

の前の通り、浅草観音通り

人が多い昼間の事です

自転車が、我が物顔に、

チリンチリンと鳴らしながら

そこどけ!そこどけ!と通ります

本来は、人が優先の道です

若者が4~5人で横に並んで大きな声で

お喋りしながら大声で笑いながら通ります

お年寄りの御夫婦が、

わざわざそれを除(よ)けるのです

本末転倒ではないでしょうか

更に、

平気で煙草を吸いながら歩く男の人

そして、煙草の吸殻をポイ捨てです


恕(おもいやり)、
躾(しつけ)の行き届いた

日本は何処へ行ったのでしょうか?


江戸時代では、道の譲り合い、

礼儀、お年寄りを敬(うやま)う

素晴らしい国だったのです

江戸しぐさなどに表れています


もう一つ、古代の中国でも

恕(おもいやり)のある

素晴らしい国の時代が有ったのです


虞芮之訟(ぐぜいのそ)


中国のお話ですが・・・

虞(ぐ)と言う国と、

芮(ぜい)と言う国が有りました

農地の境界線をめぐって争っていました

なかなか、決着がつきません

そこで、その当時仁政をされているという

(しゅう)の始祖 文王(ぶんおう)に

どちらが正しいか、お伺いをしてみようと

二人の君主は、周の国に出かけました

国境を越えて周国に入りますと

農民たちは、田畑を耕す時、

お互い畦道(あぜみち)を譲り合っています

都に入ると、老いた人は荷物を持っていません

若者が、荷物を持つ思いやりが見てとれました

朝廷に入ると、それぞれが、位によって、

道を譲っています

行き届いた気配りと統制が取れた国である

私達は、何をしていたのだと

二人の君主は思い知らされたのです

我々は小人である

周の君子の地を踏む事は出来ない

と、恥入り引き返したのです

そして、境界の田を持ち主のいない田、

即ち、閑田とし、
お互いが譲り合う事にしたのです


江戸時代の規律が行き届いた社会

中国古代の、仁政を尽くした社会

近代の日本、見習わなければ

亡びて行く世界が待っていますぞ


とらんくすや。親父

周りの掃除は、出来ますが、

躾の出来ていない、若者、いや大人もいますぞ

その心の掃除は出来かねます

経済や科学に目を向けるばかりではなく

過去の歴史に学んでみましょう

昨日のお題目

温故知新と読書百遍

でございます

自身で改革するしか道は無いのです

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温故知新と読書百遍



とらんくすや。親父 年を取ってから

読書に勤(いそ)しんでおります



考えてみれば、

自分の進む道は、真ん中である

これで間違いないと歩んでいる道ですが、

右の道、左の道を知らなければ、

真ん中の道であるかは、判らないのです



歴史を学ばないと、

この現在が、何故この様に存在するのか

判らないのです



また、日本と言う国

世界を知らなければ、

世界の人達の書いた書物を見なければ

理解できないのです



歴史、世界観がなければ現在の善し悪しは、

語れないのですね



温故知新

(ふる)きを温(たず)ねて

新しきを知る


歴史的過去の事実を研究しなければ答えが出ません

その過去の歴史を知るのは、

やはり、読書しかないのです



読書にも次の様なお話がございます



百遍も繰り返して書物を熟読すれば,

判らなかった意味も自然にわかる

乱読を戒め熟読の必要を説いているのです



董遇(とうぐう)様

曹操(そうそう)にも可愛がられた人です

若い頃から勉学に励み

中国後漢の大司農(大蔵大臣)にまで

登りつめた人です

中でも、老子に対して詳しかったのです



弟子にしてほしい人が非常に多かったのです

しかし、彼は、弟子を取りませんでした

そして次の様に言いました

読書百遍(どくしょひゃっぺん)

義(ぎ)自(おのずか)ら

見(あらわ)る

とにかく、書物を百回読みなさい、

そうすれば意味が判るようになる)

若者は、その様な時間は有りませんと言うと

正に三餘(さんよ)を以てすべし

冬は年の余り、夜は日の余り、

陰雨は時の余りなり

(その様な事は無い、時間は有る

冬と夜と雨の日に読書をしなさい

読む時間は作り出せるもの)



私もその様に思います

過去の歴史などを読む毎に、

成る程、この年になって思います

読書あるのみです

この年になって更に読まねば

まだまだ 不足と反省いたします

とらんくすや。親父でございます


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太陽は、朝と昼どちらが近い?


太陽と言えば、

神話では、天照大神は、太陽神であられます

菊も花の放射状の形状から太陽を意味します

だから、日本の国の花なのです


この太陽様 御年はお幾つでしょうか?

お亡くなりに成られましては困ります

多くの恵みが享受出来なくなります

気になりますね


太陽様のご年齢は

   46億歳でございます

ムム~なんと~意味不明な年齢でございます

この先、光を保っておられるのが

63億年と言われ、
109億歳となられます

そこからは、我々年寄りと同じで、

紅顔の青年とはいきません

赤色巨星(せきしょくきょせい)

変光星(へんこうせい)

白色矮星(はくしょくわいせい)

を経て、星の役目が終わる事となるのです

123億歳でお役目を終えられるのです


そこで、孔子様子供達のお話です


「太陽様は、朝と昼とではどちらが近い?」



子供達は、議論していました

そこへ、孔子様が通りがかり
このお話を聞いたのです


まず一人の子供が言いました

「朝、太陽が出て来た時は、
傘の大きさ位大きいが、

 昼みると、お椀の大きさ位小さいので

 近くにあるものは大きく見える、

遠くにあるものは小さく見えるから

朝は、近く、昼は遠い」

もう一人の子供が言いました

「朝、太陽が出た時は、ひんやりして冷たい

昼には、真上に来る時には、
お湯の中に手を入れたように暑い

だから、朝の太陽は遠く、
お昼の太陽は、近い」


さあ どちらが正しい?

孔子様のお答えは?


孔子 決する 能(あた)わず

両(ふたり)の小児笑いて曰く

「孰(たれ)か 
汝(なんじ)を知多しと 為すや」


この当時では、判りませんよね

孔子様も解答が出せないので

子供達に馬鹿にされてしまったのです


現在では判っていますね

太陽までの距離1億5千万Kmでございます

地球から見ると、

朝、昼の太陽は、同じ距離と考えて良いですね


目の錯覚、光の屈折、水蒸気での変化・・・

研究した方が沢山いました

アリストテレス、プレトマイオス・・・

等の皆様です

太陽に関する不思議? 
古代から興味が尽きません


太陽様の有り難さ

時代が過ぎて判る真実

特に宇宙規模の真実は、

人間の命を何億倍しても駄目ですね

孔子様でも解けない真実があるのです



この世は未知の世界です


そうそう・・・

とらんくすや。 藩津(ぱんつ)も同じ?
穿いてみて判る未知の世界かもしれませんぞ?

縁起良くなり、
開運の未知に行けるかも・・・

藩津(ぱんつ)で締めとする

とらんくすや。親父でございます

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多士済済
(たしせいせい)(たしさいさい)



とらんくすや。 には、

沢山の藩津(ぱんつ)が並んでいます

優れた和柄のデザインの藩津(ぱんつ)達です

この藩津(ぱんつ)達、和柄だけに、

色々な縁起の良い意味を持っています

は一気昇天の如く出世

招き猫は、幸せを呼ぶ、福を呼ぶ、金を呼ぶ

は、金返る、無事帰る、福返る、若返る

は長寿の印

唐獅子、狛犬、風神雷神は守護

勝虫蜻蛉は勝戦

麻の葉文様は、真っすぐな成長、武道上達

言えば限(きり)が有りません



所謂 藩津(ぱんつ)の

多士済済(たしせいせい)でございます



多士済済(たしせいせい)

優れた人物が数多くいることを、意味します



酒池肉林で有名な

悪逆非道の帝王の紂王(ちゅうおう)を倒し

周王朝を築いた文王の御霊に対する詩の中に

出てきます



世(よよ)これ顕かならざらんや

厥(そ)の猶(はかりごと)

翼翼(よくよく)たり

思(そ)れ、
皇(よ)きかな 多士(たし)

此の王国に生まれたる

王国克(よ)く、生めり

惟(これ)周の禎(てい)なり

済済(せいせい)たる多士

文王以て寧(やす)し


周の国には、文王の徳があらわれ

そのはかりごとを慎み行う

その大勢の立派な人材を見よ

この国よく生まれたものだ

国はよく生んだものだ

この人達は、国の支えである

整った多くの人材が有り

文王の霊も安らかでしょう



この周王朝は、13代も続くのです



とらんくすや。 においての

多士済済の藩津(ぱんつ)は、

とらんくすや。 王国が、永遠に続く為の

支えとなってくれる事でしょう

とらんくすや。親父

心も安らぐ事でしょう

おっと・・・まだ・・・

霊とは、なっておりませんぞ

まだまだ 元気にやっていきますよ・・・


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孟母三遷(もうぼさんせん)


とらんくすや。

お見えになるお母さん達、

我が夫の藩津(ぱんつ)を

お選びに来られるのですが

子供さんもご一緒に来られます

月日が経つのは、早いもの、

とらんくすや。親父は、

年々白いものが増え年寄りとなりますが

子供達は、立派に育って行きます

その様な、成長の姿を見せて頂くこと、

何と幸せな とらんくすや。親父でしょう

お母さん達の努力を垣間見る事が出来ます


今日は、その様なお母様のお話です


孟母三遷(もうぼさんせん)


孟子(もうし)は孔子(こうし)と共に

儒教においての中心的存在でございます


孟子(もうし)様 

人間は生まれながらにして善であるという思想

性善説を主張し、
仁と義による王道政治を目指したお方です


孔子に次ぐ人として、
亜聖(あせい)と呼ばれました

その孟子の母親が、子供の為に、

良い環境を得ようと、
三回も引っ越しをしたと言うお話です

孟母三遷の教えというものです

孟子が子供の頃です

孟子の母は、始め、墓地の近くに住んでいました

孟子は、葬式の真似ばかり致します

今度は、町の市場の近くに引っ越しました

すると、今度は商売の真似ばかり致します

駄目だと、
次に移った所は学問所の近くで、
やがて孟子が学問を志すようになったので
母はやっと安心したのです

このお母さん次の様なお話も有ります

孟母断機の教え


遊学していた孟子が久し振りに、
母に会いに帰って来ました、母は聞きました

「お前の勉強の進み具合はどうかね?」

孟子は、答えました

「まあまあですね」

聞くや、母は小刀を取りだし、織りかけの布を

切ってしまったのです、孟子の母は言いました

「お前が勉強を途中にして、やめるのは、

私が、織りかけの布を断ち切るのと同じ事だ」


と戒めたのです

孟子は、慌てて、元へ戻り、猛勉強したと言います

そして、大成したのです


お母さん によって子供が育つのです

母親とは、大変な役目を背負っているのですね

とらんくすや。 へ来られる

子供さんのお母さんに、

何時も「頑張ってね」と、

心で囁く とらんくすや。親父でございます




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