~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -7ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

上善水の如し

(じょうぜんみずのごとし)



雨が降り、その雨が流れ小川となる

そして川にそそがれ、

大きな川となり海に流れ込む

そして、大海原となる

海が荒れると、

怒涛(どとう)となり押し寄せる



水 とは 如何なるものか?

測り知れないものですね



上善水の如し

(老子八章)



上善は水の如し、

水はよく万物を利して争わず、

衆人の恵む所に処る



最高の人生とは、水の様に生きること

水は自分の存在を主張しない

低い方へ自然に流れていく

水は万物を助け、育てて自己を主張せず、

だれもが嫌うような低い方へと流れて、

そこにおさまる



もう一つ 水のお話



「荀子王制論」

君者舟也,庶人者水也

(君なる者は、舟なり、庶人なる者は、水なり)

水則載舟,水則覆舟

(水は則ち舟を載せ、水は則ち舟を覆えす)



君主という者は舟であり、庶民という者は水である
水は舟を載せるが、また舟を転覆させもする。
人民(国民)は、味方となって盛り立てて

くれることもあれば、

敵となって潰しにかかることもある

だから君主(政府)たるものは、

人民(国民)を愛し、

士を敬い、賢を尊ぶべしである



政治家の皆様 宜しく

庶民は、水ですぞ、庶民を愛した政治でなければ

転覆など大変なことになりますぞ!



今までのお話 

とらんくすや。親父だけに

伏線が有ります・・・申し訳ない



そうです 新作 藩津(ぱんつ)です

怒涛(どとう)でございます

 怒涛(どとう) 紺 (商品コード0094)

出来上がり後、直ぐに、評判となり売れています



水に逆らってはいけません

怒涛の如く勢いで人生乗り切れれば良いですね

怒涛ばかりでは困りものですかな・・・



人生、ある時は生きおい良く、

ある時は、穏やかに

上善水の如し

で、まいりましょうか



とらんくすや。親父の提案でした


ペタしてね





























混沌(こんとん)どうしますか?


現在の意味としては、

天地がまだ開けず不分明である状態

全てが入りまじって区別がつかない様を言いますが


実は、中国の太古の伝説上の皇帝の名前なのです

実は、この皇帝様

目、鼻、口、耳の穴が無い

お顔だったのですが・・・


荘子の内篇に書かれ、

混沌の術とも言われるお話です


南海の帝を儵(しゅく)と為(な)し、

北海の帝を忽(こつ)と為(な)し、

中央の帝を渾沌(こんとん)と為(な)す

儵と忽と、時に相与(あいとも)に

渾沌の地に遇(あ)う渾沌、之(これ)を待つこと

甚(はなは)だ善(よ)し

儵と忽と、渾沌の徳に報いんこと

を謀(はか)りて、曰(い)わく

「人皆七竅有りて、以て視聴食息す。

此れ独り有ること無し

嘗試(こころ)みに、之を鑿(うが)たん。」と、

日に一竅を鑿つに、七日にして渾沌死せり


小細工は、良くない

物本来の姿をぶち壊してしまうということですが

意味は、次の様なものです


中央の皇帝渾沌(こんとん)は、

大変おおらかな皇帝であったが、

コントンとして、

ただもやもやと丸く鎮座しているのみで、

目も口もないのです

皇帝混沌は二人を丁重にもてなしたのです

お世話になった南海の皇帝と北海の皇帝は、

なんとかご恩に報いたいと相談しました

「わしらには、目耳鼻口と七つの穴があるお蔭で、

見たり聞いたり、
嗅いだり食べたりすることが出来るが

しかし、混沌様には一つの穴も無い

一つお礼の印に、
お顔に七つの穴を開けて進ぜよう。」


耳の穴が二、目と鼻の穴も各二つ、

口が一つ、 合計して七穴です


二人はノミとツチとを携えて訪問した

そして毎日一つずつ、せっせと混沌に穴を開けた

処が、何たることぞ、

混沌は日増しに衰えて、
七つの穴の揃った七日目の朝、

プッツリと事切れてしまった


 渾沌はコントンとして自適しているところに

その本領があったのです

いたずらに五感を悩ませる耳目鼻口などを与えられては、

迷惑となり、死んでしまったのです


いらぬお節介だったのですね


混沌

国の始まりの日本神話にも出てきます


伊邪那岐神(いざなぎのかみ)男神と

伊邪那美神(いざなみのかみ)女神が

別天津神(ことあまつかみ)から、授かった

天沼矛(あめのぬぼこ)を使って、

天浮橋(あめのうきはし)に立ち、
渾沌とした大地をかき混ぜると、
矛から滴り落ちたものが、積もって

淤能碁呂島(おのごろじま)となったのです

(自(おの)ずから凝り固まってできた島の意味)


混沌として、判らないもの

手をつけてはいけませんかな 神様のみですかな

肝に命ずる とらんくすや。親父でございます
ペタしてね













疑人不用 用人不疑

(人を用いるときは疑わず、 疑わしき人は用いず)


とらんくすや。 へお越しの顧客様は、

当店の藩津(ぱんつ)のファンであられます


和柄の藩津(ぱんつ)は、日本でありながら

見つけにくいそうです

此処とらんくすや。 しかないからね」

不思議です? 日本なのですから

日本の柄物を作るべきだと思うのですが・・・

世の中のファッション傾向は、洋風化

和着物がすたれ、呉服業界も大変だそうです


お客様、もう一つ 言われる事がございます

とらんくすや。 津(ぱんつ)信用しているからね

傷まないし、長持ちするし、柄も気に入って

捨てるに捨てられない」

有り難い事でございます

疑人不用 用人不疑

(人を用いるときは疑わず、 疑わしき人は用いず)

信じて用いた人は全幅の信頼をし、活躍してもらう

信用できない人は、最初から用いない

それが、お互いの為である


三国志でおなじみの、

蜀漢の初代皇帝 劉備のお話です

この時代並び称せられるのが、魏の武帝の曹操です

劉備は、権謀術数、戦略戦術において、曹操には

遠く及ばなかったのですが、

部下を信頼する事については、

曹操をはるかに上回っていたと言います


関羽(かんう)は、一番 最初の子分です

劉備とは兄弟の様な仲だっと言います

曹操の攻撃で、頑張ったのですが捕らえられてしまいます

曹操は関羽が大好きでした、自軍の将軍に引きたてました

しかし、関羽は劉備への思いは変わりません

曹操への恩返しに手柄を立て、恩を返したのち

劉備の元へ逃げ帰ったのです

劉備の部下への思いがこの様にさせたのです


劉備が信頼した人に、もう一人

諸葛亮公明(しょかつりょうこうめい)がいます

劉備が危篤となり、諸葛亮公明を枕元に呼びました

君の才能は魏の曹丕に十倍する

必ずや国に安定をもたらし、統一を果たしてくれると信じている

我が子、劉禅が帝君としての

素質を備えているようであれば、これを補佐してくれ

だが、もし劉禅が補佐するに足りない凡器だと思ったのなら、

君が取って代わって皇帝として国家を統率してくれ

また、劉備は、我が子に 次の様に言っています


「これより丞相(諸葛亮)を父と思って仕えよ

いささかも怠ったらばそなたらは不孝の子であるぞ」


正に、疑人不用 でございます

管理職の皆様、劉備の如くになっていますかな

この様な上司部下だと良いですね


我がとらんくすや。 藩津(ぱんつ)も

疑人(藩津)不用とならねばなりません

顧客様から

「信じて用いた藩津(ぱんつ)

全幅の信頼をし、活躍してもらう」

と、言って頂く、部下となれねばなりません

信頼のおける藩津(ぱんつ)作りに

これからも精進致します

とらんくすや。親父でございます

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絶賛される日本


本日はとらんくすや。親父 大失態でございます

財布を銀行で置き忘れました

気がついて、銀行へ戻りますと、

ちゃんと届けて頂いていたのです

ありがたく思いました

やはり、日本ですね 

日本で良かったと本当に思いました


日本絶賛 その(1)

落し物が見つかる

次の様なお話がございます


アメリカのオクラホマ州の農業を営む男性が

仕事中にスマートホンをなくしてしまいました

新しい物を買いましたが、

スマートホンには、

娘さんの結婚式写真などが多数入っており、

ずっと悔やんでいたと言います

スマートホンは、
輸出の穀物の中に紛れて、貨物船へ

地球を半周して、日本に到着 したのです

ミシシッピ川を下り、パナマ運河を渡り、太平洋を横断

船で茨城県に到着後、さらに北海道の製粉所へ

そして、偶然発見されたのです

見つけられた日本人の男性が、

スマートホンを、
アメリカの輸入先の会社に送ったのです

そして、持ち主が特定され、
ご本人に戻ったのです

8ヶ月後の事だったのです

持ち主は

「信じられない」

「忘れていた写真が沢山入ってたよ」

と大喜び!

「発見した人が、捨てずに送り返してくれる

なんて信じられない」

「誰も見ていなくても正しい事をするっていうのは、

日本国民が持っている傾向の中でも、
一番素晴らしいものだ!」


と絶賛しています


日本絶賛 その(2)

車線変更の時、テールランプでの挨拶


車線変更をする際に、

「前に入らせてもらいますよ」と、

テールライトを光らせる日本では当たり前の光景ですが、

これが「素晴らしい」「クールだ」

日本の高速道路での映像を見て、

アメリカのネットユーザー達が絶賛しています


日本絶賛 その(3)


親日家の外国人の皆様のお話です

相対性理論の
アルバート・アインシュタイン


「私は地球上にこのように謙虚にして

品位ある国民が存在することに

深い感銘を受けた

私は世界各地を旅行してきたが、

いまだかつて、このような気持ちのよい

国民に出会ったことがない

日本の自然や芸術は美しく、深い親しみを覚える

一番感銘しているのは、

一系の天皇を戴いている事が、素晴らしい

世界では、戦争を繰り返し、断絶をくり返す歴史です

日本だけが、一系の天皇を戴いている

我々は、感謝する 日本と言う 尊い国を

作っておいてくれたことを」


喜劇王の
チャーリー・チャプリン


「日本人は皆、正直で親切だ

  何をやるに際しても信頼できる

そのため、
 日本人に非常に好感を持つようになった

 やがて、こんな素晴らしい人々を

 つくり出している日本という国に

      行ってみたくなった」


日本への絶賛の嵐です

我々日本人は、肝に銘じ、

日本人の良さを守っていかねばなりません

若者よ!宜しく、これからの日本を!

心で叫ぶ とらんくすや。親父でございます

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座右の銘 ちょっと違うかな?


「座右の銘」の語源は、崔瑗(さいえん)様ですが

次の様なお話がございます 

・・・崔瑗の兄であった崔璋が人に殺され、

崔瑗は感情的になり自らの手で仇(かたき)を殺したのです

封建官吏の追跡と逮捕を避ける為、

故郷を離れ、流浪の生活を送っていました

数年後、幸運にも朝廷の大赦が有りました

崔瑗は、ついに郷里に帰ることができたのです

しかし、崔瑗は自分の犯した犯罪を悔いました

徳行を修養する為、

また、自らを戒める一篇の銘文を書いて、

常に自らの傍らに置き、

時々刻々自らの言行を警戒したのです

この銘文が、「座右の銘」と言われるものです

座右の銘

人の短を道(い)うこと無(な)かれ

他人の短所を責めるな
己(おのれ)の長(ちょう)を説くこと無(な)かれ

自分の長所を誇るな
人に施しては慎みて 念(おも)うこと勿(なか)れ

他人の為に良い事をしても、恩に着せるな
施しを受けては慎みて忘るること勿れ

他人から良い事を受けた事、いつまでも忘れるな
世の誉(ほま)れは 慕(しと)うに足(た)らず

世間の名声は、求める価値がない
唯(た)だ 仁(じん)のみ紀綱(きこう)と為せ

思いやりの心を持っていることが、人間として大事
心に隠(はか)りて後動く

心の中でよく考えてから行動を起こせ
謗議(ぼうぎ)、庸何(なん)ぞ傷(いた)まん

他人から悪口を言われても、意に介する必要はない
名をして実に過ぎしむること無かれ

実力以上の名声を求めてはいけない
愚を守るは聖の臧(よみ)する所なり

愚か者の本分に甘んじること、聖人も良しとしている
涅(でつ)に在るも緇(くろ)まらざるを貴ぶ

汚い世の中でいながらも、己が汚れて黒くならないことが大切
曖曖(あいあい)として内に光を含む

暗愚であっても、自分の中にと光るものを持つ
柔弱は生の徒なり

柔弱に生きることが、この世を生きる術だ
老氏は剛強を誡(いま)しむ

老子も強く勇敢はいけないと戒めている
行行(こうこう)たり鄙夫(ひふ)の志

強情で強硬な生き方は、卑しい人のもの
悠悠(ゆうゆう)として故より量り難し

ゆったりと生きるならば、限りなく可能性は広がる
言を慎しみ飲食を節す

足ることを知りて不祥に勝つ

欲望肥大を戒めば、災難もしなやかに乗り越える
之を行いて苟(まこ)とに恒(つね)有らば

以上を、常に実行してゆくならば
久久(きゅうきゅう)にして自ら芬芳(ふんぼう)あらん

長い年月の内に必ず人徳がそなわる



現在の会社社長様達が、

座右の銘として、掲げていらっしゃる内容には、

少し解せない事が多いですね

自分の事業の拡大や、利益しか見えません

世の中を良くしようなどの思想が見えませんね


しかし、

江戸時代の御仁は、御理解されていたようです

徳川幕府八代将軍 徳川吉宗 様

徳川幕府中興の祖であられます

大奥の女性を大幅に減らし、

食事も贅沢せず、自ら、一汁一菜で通した人です


その 吉宗様の寝所の壁に貼り付けられていたものです


苦は楽の種、楽は苦の種と知るべし
主と親は無理な者と思え、下人は足らぬ者と知るべし
掟に怖じよ、火に怖じよ、
分別無き者に怖じよ、恩を忘れることなかれ
欲と色とを敵と知るべし
朝寝すべからず、話の長座すべからず
少なることも分別せよ、大(きな)事とて驚くべからず
九分は足らぬ、十分はこぼるると知るべし
分別は堪忍にあると知るべし


座右の銘の意義に感じ入り、反省し、

自分の欠けている部分を知り

今後の徳行の修養の為の、行動規範を作りたいと考える

とらんくすや。親父でございます

すみません・・・

ちょっと遅いですかな・・・トホホ








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心楽しい!
 
賞心十六事(しょうしんじゅうろくじ)


朝、とらんくすや。 の周りを掃除していますと

御夫婦のお客様が、道をお尋ねです

浅草で有名な喫茶店をお尋ねでした

地図で御案内申し上げましたが、

ひょんな事から、立ち話でございます


地方から来たので、ビルばかりの、

東京は自然が無く、判りづらいと言うお話です

そうなのです

御案内は、○○ビル、信号を右へと言う様に、

御案内の折りに、自然は全く出てきませんね


自然を愛する地方のお客様には、

東京はビルのジャングルと思われるのです

道に迷って当然です



いや~ 自然!

東京に住み慣れると忘れてしまうのですね


中国の古(いにしえ)の方に

次の様な方がおられます


蘇 軾(そ しょく) 

北宋代最高の詩人

書家としても宋の四大家と称される人で、

蘇東坡そとうば)と呼ばれます

自然について、次の様な詩を書かれています


賞心十六事(しょうしんじゅうろくじ)

心楽しい事の十六を詩にしたもので

自然と人との生活の詩です


賞心十六事十六の楽しみ)

清溪淺水行舟

(清らかな浅い渓流を舟で行く)

涼雨竹窗夜話

(夕立の涼しさの中、竹窓のもとで積もる話をする)

暑至臨流濯足

盛夏となり流れで素足を濯ぐ)

雨後登樓看山

(雨の後楼台に登って、山を見る)

柳陰提畔閒行

柳陰の河堤のほとりをそぞろ歩く)

花塢樽前微笑
(一杯になった花の樽を前に微笑む)

隔岸山寺聞鐘
(対岸の山寺の晩鐘を聞く

月下東鄰吹簫
(明月の夜、東隣から笛の音が聞こえる)
晨興半炷名香
明け方に起きて、半時名香を聞く)
午倦一方藤枕
(けだるい午後に、藤枕で一眠り)
開甕忽逢陶謝
(酒甕を開けると忽ち陶謝の詩を思い出す)
接客不著衣冠
(衣冠を着けずに親しい客を接待するとき)
乞得名花盛開
(求めた名声を得、花が盛りと咲く季節)
飛來佳禽共語
(飛来した佳い禽(とり)と語りあう時)
客至汲泉煎茶
(客が来て、良泉の水で、茶を煎じる)
撫琴聽者知音
(音の判る客に琴をいじって聴かせる)


素晴らしい自然とのふれあい

心が安らぎます
このような事が出来る
羨ましい限りです

東京では、考えられないですね


自然いつまでも、大事にしたいものです

自然のままの状態を見ることにより

人間と言う者は、心が安らぐのです


乱開発は、災害のもとでも有り、

人間の心の故郷を

根絶やしにすることにもなるのです


すみません

本日は、少し、お説教な

とらんくすや。親父でございました


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無用の用と、

藩津(ぱんつ)のパターン


無用の用(むようのよう)

一見役に立たないと思われる事が、

本当は、大きな役割を果たしていると言う意味です


老子、荘子にこの論が見られます


老子様は仰っています・・・


「車輪の30本の輻(や)は、

一つの轂(こしき)に集まっている

その轂(こしき)の空間部があるからこそ、

そこに、軸を通し、車輪が回転するのである



粘土を捏(こ)ねて、陶器を作る

陶器は、中の空間部があればこそ、

その中に、物を入れると言う

陶器の役割が果たせる



戸や窓を開けて室を作るが

室は人を入れる空間部が有ればこそ

室としての役割が果たせるのである」


この様に、
「有」即ち形のあるものが役に立つのは

「無」即ち形の無いものの働きによるものである


荘子様ですが・・・外物編

恵子と荘子の問答

恵子

「あなたの言う事は役に立たない事ばかりだ」

荘子

「無用という事を知って初めて、

有用と言う事を論議できる

さて、この地上は実に広大であるが、

人間の役に立つのは、

足を置く地面の広さだけである

だからと言って、

足が踏んでいる広さだけを測って残し、

その回りを黄泉(よみ)(黄泉の国)まで

掘り下げたとしたら、

その立っている場所は、役に立つだろうか」

恵子

「役に立たない」

荘子

「それなら、無用が実は役に立っている事が

明白になったであろう」


とらんくすや。 藩津(ぱんつ)も

同じでございます


人の体を想定し、この位の空間が必要と

パターンを作ります

座った時の感じ、運動した時の感じなど想定し

その立体的空間に合わせ、

生地を縫い合わせるのです

特に、お尻の部分には、

縫い目を入れずに一枚ものにする事により

座った時のお尻への食い込みを無くすのです

お尻あたりの微妙な空間作りが、

穿き心地よさに繋がるのです


藩津(ぱんつ)を穿いて頂く人がおられてこそ

藩津(ぱんつ)は、

無用の用となるのです

穿いて頂く方がいないのでは

只の無用となってしまうのです


老子様の家の棲み心地、

藩津(ぱんつ)の穿き心地

同じ無用の用なのです


名言と藩津(ぱんつ)話を

ごちゃごちゃ に致します

とらんくすや。親父でございます

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困は窮して通ず

とらんくすや。親父
は、

年末から年始にかけての商品作りに、

困窮していました

最初は、作る余裕が有りませんとの

縫製工場からの御返事でしたが、

急遽 何とか出来そうですとの

色よい返事が来てホッとしています

早速、テキスタイル生地を選定し、

手配をしたところです

人は、行き詰まって

どうにもならない状況まで追い込まれると、

返って、行くべき道が開かれることがある

の例え通り、

絶体絶命だと思うような状況でも、

案外解決の道はあるものだということなのですね

困は窮して通ず
占いで困の掛は、
行き詰まっても必ず切り抜けることができる

この様にして、何度も潜り抜けて14年となります

これも、顧客様の応援が有っての事です
有り難い事に、
とらんくすや。 に、商品が無くなると

「何時出来るの?又来るね 2カ月先ぐらい?」

と再度足を運んで頂きます

とらんくすや。親父 
何時も申し訳なく思うのです

安定してお客様に商品を供給する
当たり前の事ですが、
悲しいかな 出来ておりません

縫製工場の現状をお話しますと・・・
とらんくすや。 の商品は、
日本の工場で作っていますが
今、中国との摩擦により、中国での縫製を止め、
日本の縫製工場に回帰する衣料制作会社が増えています
ですので、常に、工場は縫製依頼が殺到します

結果、手間のかかる 
とらんくすや。 製品は、
後回しとなるのです

とほほ・・・

何とか、打開策を見つけ
あの手、この手で、
縫製工場様に制作依頼を
していきたいと思います

とらんくすや。親父
顧客様の温かい応援
本当に感謝致しております

追伸

来年の干支 羊柄 
年内に出来ると存じます
今暫くお待ち下さいませ
HPで、ご案内申し上げます

ペタしてね

長寿をお祝いしています か?


とらんくすや。 に御来店されるお客様

高齢の方が多くおられます

しかし、年齢をお聞きし吃驚します

仰った年齢よりもはるかに、若く、見えます


七十歳を超えている方以外や多いのです

とらんくすや。親父の想像ですが、

長寿長命の意味の文様の

藩津(ぱんつ)をご着用されているからだと

思っています


長寿長命の意味文様
の藩津(ぱんつ)


唐草 緑 (商品コード0701)

紋様が途切れずに延々と、永久不変に広がって、

果てしなく続く延命長寿の意味の文様です


鶴に松と波 水色ベージュ
(
商品コード0077)

古来より鶴は千年と言われ

「長寿を象徴する吉祥の鳥」


飛躍の兎 紺(ドビー織)  
(
商品コード0020)

兎は月よりの使者、火伏せの神、不老不死の使い


人生七十、古来稀なり

(じんせいしちじゅう こらい まれなり)


と言われるように、

昔は、七十歳まで生きた人は少なかったのです


当然お祝いせねばなりませんね


お祝いには、更なる長寿を願い


とらんくすや。  藩津(ぱんつ)

で、お願致します


更に、


これより高齢の方のお祝い年齢が有ります

是非、覚えておきましょう

 お祝いの名前の付け方、洒落が見えますぞ!


古希(こき)70歳

 人生七十、古来稀なり   (と ほ)の詩より

喜寿(きじゅ)77歳 

「喜」の草体が七十七のように見える

傘寿(さんじゅ)80歳 

「傘」の略字(仐)が八十と分解できる

盤寿(ばんじゅ)81歳 

将棋の盤が 九× = 八十一 マスある 

米寿(べいじゅ)88歳 

「米」の字が八十八と分解できる

卆寿(そつじゅ)90歳 

「卒」の略字(卆)が九十と分解できる

白寿(はくじゅ)99歳 

「百」の字から一をとると白

百寿(ひゃくじゅ)100歳 


今 命の問題が話題になっていますが、

片方で、この様に長寿の方もおられます

長く生きる 幸せでしょうが、

長生きする為に努力されている事を忘れてはなりません

大いにお祝い致しましょう


とらんくすや。親父は、

心の糧となる縁起の良い

長寿長命の意味のある文様の藩津(ぱん)を

作り続けて行きたいと存じます

ペタしてね















酉の市 のお話

11月の浅草の行事 ご案内です

浅草 酉の市

一の酉  11月10日(月)

二の酉  11月22日(土)

春を待つ ことのはじめや 酉の市

酉の市

由来は、神道の考え方と

仏教の考え方とが有るようです

神道では・・・

浅草 神社(おおとりじんじゃ)

御祭神は、天日鷲命(あめのひわしのみこと)と

日本武尊(やまとたけるのみこと)でございます

この日本武尊が、

日本神話で出てくる東征の戦勝のお礼参りをしたのが、

神社(おおとりじんじゃ)なのです

しかも、その日は、
酉の日であったことが起源との事です

かっこめ(熊手御守)は・・・

福を「掃き込む、かきこむ」の洒落言葉ですが、

日本武尊(やまとたけるのみこと)が、

お礼参りの時に、
松に武具の熊手を建て掛けた事に由来し

熊手を縁起物とするようになったのです

一方 仏教では・・・

浅草酉の寺といわれる長国寺の酉の市の起源は

日蓮宗の宗祖であられる日蓮上人が、

11月の酉の日に、国家平穏を祈ったところ、

明星(金星)が明るく輝きだし、

鷲妙見大菩薩(わしみょうけんだいぼさつ)

が出現されたことを起源として始まったとされます

この酉の市は、大勢のお客様が来られます

浅草も大賑わいです

是非 御足をお運びくださいませ

すみません・・・

大事なお方のお話をせねばなりませぬ

天日鷲命
(あめのひわしのみこと)様

神話で天照大神(あまてらすおおみかみ)が

天岩戸に入られたとき、

岩戸の前で神々の踊りが始まりました

天日鷲神様が弦楽器を奏でられると、

弦の先に鷲が止まったのです

多くの神々様が、

これは世の中を明るくする

吉祥を表す鳥であると喜ばれ、

鷲の字が入った御名 

天日鷲命
(あめのひわしのみこと)とされたのです

更に、天照大神様の為に、

木綿などを植えて
白和幣(しらにきて)を作ったとされ

(白和幣 ⇒麻などの繊維で織った,

神にささげるための布)

天日鷲神様、麻植(おえ)の神とも呼ばれ、

紡績業や、製紙業の神様なのです

いやはや、とらんくすや。 も紡績業の端くれです

手を合わせてお参り致します

とらんくすや。親父でございます

ペタしてね