~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -6ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

窮達(きゅうたつ)命有り、
吉凶は人に由(よ)る


先日に引き続き、子供さんを授かったという

ご夫婦が来店され とらんくすや。 藩津(ぱんつ)を

ご購入頂きました

とらんくすや。 藩津(ぱんつ)の

お蔭で生まれましたとの事


いや~ その様なお話を聞くと嬉しいものです


世の中には、巡り会いが有るのです

男女の仲もそうですね

そして、男子と藩津(ぱんつ)も巡り会いです

これが上手くいくか、いかないかでは

人生 大きな差がつくのです


遭遇命有り

世の中の巡り合わせは、是非善悪を超越した

運命によるもので人間の手では、

どうすることも出来ない


上手くいく夫婦の方は、

運命の巡りあいなのです

男子と藩津(ぱんつ)の巡り会いも運命ですね


ご夫婦はとらんくすや。 藩津に巡り合ったので

子供が授かったと思っておられます

その出会いを、吉とするか凶とするかは

其の人が決める事なのです

きっと良い事が有ると信じて活用するのか

しないのかでは、大きな差が出ると思います


窮達(きゅうたつ)命有り、

吉凶は人に由(よ)る


困窮と栄達は天命なのですが、

吉と凶は、人によるものなのです


其の人が信じ正しく活用し心の糧にすれば

正しい吉の方向に進むと思います


本日、更にわざわざ遠くから来られた

若いお客様がおられました

縁起の良い藩津(ぱんつ)はどれか

とらんくすや。親父の講釈を

熱心に聞かれていました

そして、納得して選んでご購入頂きました


この様に、たかが、

単なる肌着の藩津(ぱんつ)と思うか

されど、

人生を託した心が乗り移る藩津(ぱんつ)であり

共に歩もうと思うかにより違ってきます


吉凶は人に由(よ)る


何事も、吉にするには

己、つまり、人に由(よ)るのです


とらんくすや。親父

藩津(ぱんつ)講義でした

ペタしてね















諫言(かんげん)
直諫(ちょっかん)
諷諫(ふうかん)


諫言

目上の人の過失などを指摘して忠告することです


とらんくすや。親父が、チェーンストア勤務の時代、

会社の経営陣に対し諫言した事がございました

食料品、衣料品、日用品、スポーツ用品、

家電製品、家具など全てを扱う総合スーパーです

関東エリアの分析の結果、

スポーツ用品などが大赤字でした

利益の出ている品群は、食料品、

実用衣料、日用消耗品などだったのです

赤字になった部門は、品揃えが悪くなり更に悪化します

スポーツ部門は、止めましょうと提案したのです

聞き入れて頂く事は出来ませんでした

その他改革の提案を二、三度、致しましたが無理でした

そして、この会社を去ることになったのです


徳川家康様の場合には、 

若い武士からの諫言も素直に聞いたようです

上に立つ人の度量でございますかな

諫言耳に逆らう

と言いますが、過ちや、
欠点を指摘されるわけですから

当然聞きたくもないし、聞くと腹が立つでしょうね


世の中の上司と言われる方々

若者の諫言にも耳を傾けねばなりませんぞ


諫言する方も、殿様にまで諫言するには、

相当勇気がいるのです、下手をすると、

切腹を申し渡される江戸時代なのですから


実は、歴史が証明しています

苦言諫言を呈してくれる部下を持つ
有り難い事なのです


この部下の事を 中国の歴史では

争臣(主君の非行を諌める臣下)と言います


殷の湯王 周の武王 は、争臣を持っていたので

聖天使と讃えられたのです

一方、イエスマンばかりを部下に持った

夏の桀王、殷の紂王 共に女性に溺れた暴君で、

国を崩壊させた王様です


この諫言方法には、五つあります

譎諫(けっかん)

 当たり障りの無い事を言ってお茶を濁す

戇諫(とうかん)

 言葉を飾らず、そのままズバリ諌める

降諫(こうかん)

 へりくだった態度で、諌める

直諫(ちょっかん)

 正面切って、ズバリ諌める

諷諫(ふうかん)

 それとなく、遠廻しに諌める


日本流では、聞き入れてもらえなければ

自害し判って頂く武士道精神です

しかし、中国流は違うのです


礼記

為人臣之礼、不顕諫。

三諫而不聴、則逃之。

人臣の礼たるや、顕(あら)はには諫(いさ)めず

三たび諫めて聴かざれば、則ち之を逃(さ)る

とらんくすや。親父

武士道の様に、切腹するとはならず

逃げる、つまり去ることになったのです

中国風でございましたかな


中国流に言いますと

三度諫言して聞き入れられなければ、

「礼」は尽くした、去って良しなのです

逆に、三度も諫言するものとして

迫害を受けるかもしれないという考えです

日本と中国 違いますね


とらんくすや。親父

今思い起こすと反省がございます

孔子 様の言葉です

吾、其れ諷諫(ふうかん)に従わんか

(諫言するなら、諷諫で柔らかく行け

正面切ってやりすぎず、じっと様子を見よ)


諷諫 それとなく、遠廻しに諌める

直諫 正面切って、ズバリ諌める


正面切って大会議で直諫(ちょっかん)した

とらんくすや。親父が馬鹿でしたかな?

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酒、人を呑む にならぬよう!


つい最近 とらんくすや。 店舗前に

居酒屋が出来たからでしょうか

酔っ払い者が、反吐を穿いて
、汚した後が多く見られます

とらんくすや。親父 朝から

モップでゴシゴシとお掃除でございます


お酒を飲むと何故この様に乱れるのでしょう

お酒の飲みすぎは、日本人の特性らしいのです


お隣の中国においては、

飲み過ぎで、人に迷惑をかけると言う事は

考えられないそうです

人格が無い人として極端に嫌われるそうです


酒が入った位で、本音を漏らすなどした場合、

いつ何時、寝首をかかれるか知れたものではない

中国春秋時代の戦の時代から

酒に関する忠告がなされていたのです


中国らしいです

戦わずして勝つ の一環でしょうか


日本人は、どうも素直すぎるのでしょうかね~

酔っぱらって、素を曝け出す!・・・ですね




漢書

酒は百薬の長

荘子

酒を飲むは楽を以て主となす

詩人李白

人生意を得なば須( すべから )く

歓( かん )を尽くすべし、

金樽( きんそん )をして

空( むな )しく月に
対せしむることなかれ


皆様

楽しめる時には楽しまねばと言っておられますね


しかし、周りに迷惑をかけるような飲み方は

決して良いとは言えないでしょう


中国人は何故酔わないのか?

心構えもさることながら、

対策を持っていますぞ!

酒だけ飲まずに、食べる事だそうです

また、ジュースをチェイサーとして飲むそうです

飲めないものは、醜態を晒さないよう、

最初から飲めないと言うそうです

亦、はしご酒は致しません


「酒の上だから 許して」

は、通用しないお国なのです

日本人 肝に銘じておきましょうね


酒は、楽しく、飲むものであり、

酒、人を呑む にならぬよう!

(酒は人の精神を麻痺(まひ)させる

酒を飲んで正気を失う)


皆様にご注意申し上げる

とらんくすや。親父 でございます


ペタしてね















窮も亦(ま)た楽しみ、

通も亦(ま)た楽しみ

現在で言う贅沢の思いとは、

サラリーマンの人達は、

管理職や、社長達のやっている

多分、ゴルフや、料亭遊びや、海外旅行でしょうね


さて、江戸時代の贅沢とは
どうだったのでしょう


江戸時代での、庶民の中の金持ちと言えば

札差(ふださし)でございます


幕府から旗本、御家人に米が支給されます

現在の蔵前に幕府の米蔵が有ったのです

武士は、算術をしないのが建前です

そこで、換金や、武士への金貸しなど

米の仲介を業とした者が、札差しです


かなり、儲けたようです

武士の前借などにかなりの金利を付けたようです

武士は、
「良きにはからえ」
で計算する事を恥としたので

そこに、つけ込んだのでしょうね


札差の「札」とは米の支給手形のことで

蔵米が支給される際に、それを竹串に挟んで

御蔵役所の入口にある藁束(わらたば)に差して

順番待ちをしていたことから、

札差と呼ばれるようになったのです



その、札差しの贅沢とは、

歌舞伎の芝居小屋、吉原への通いです

粋(いき)や、通(つう)を、競いあいました

そして、

豪遊をする町人を通人(つうじん)と言いました

有名なのは「十八大通」と呼ばれ、多くは札差でした

歌舞伎の演目「助六」のモデルとも言われている

大口屋暁雨が有名です


しかし、豪遊、贅沢三昧には、

限りが有りますぞ、長くは続きません

寛政の改革では、

武士の借金を一部帳消しにされています

札差(ふださし)も大変困ったとか言います


人生楽しく、は金ではありません

貧しくても楽しめる方法は無いのでしょうか?


あ そうです

金持ちは金持ちの楽しみ、

貧しい者は、貧しいなりの楽しみが持てるはずです

境遇に応じた楽しみがあるはずですね


荘子 

窮も亦(ま)た楽しみ、

通も亦(ま)た楽しみ


道を体得した人間は、逆境でも楽しみ

順境でも楽しむ

逆境、順境と、楽しむ事とは無関係である


貧乏人の楽しむ方法

とらんくすや。親父 
この年になり開眼しています

読書でございます


温故知新(おんこちしん)

故きを温(たず)ねて、

新しきを知れば、以って師と為るべし



読書は、居ながらにして、古代の世界へも

世界のあらゆる場所にも行けるのです

また、歴史上の人物にも会う事が出来るのです

お蔭で、現在の世に対する考えが纏(まと)まるのです


しかも、図書を買うのでは無しに、

公立図書館でお借りするのです

全くお金のかからない楽しみなのです

如何ですか、
私の様な貧乏人にも出来るのですぞ!


とらんくすや。親父からの

楽しみの提案でした

ゴルフや、宴会ばかりが楽しみじゃないですよ!


ペタしてね

















坐忘(ざぼう)


坐忘は五体から力を抜き去り、

一切の感覚を無くして、
身も心も虚(うつろ)になった状態をいいます

「虚心」、「無心」の境地


とらんくすや。親父 年寄りでございます

年を取ると物覚えが悪くなります

先程やっていた事を忘れてしまいます

痴呆症(ちほうしょう)の気が出て来たのでしょうね


う~ん 少し待って下さい・・・

痴呆症と認知症 違いは?


「痴呆症」とは

一度獲得された知能が,

後天的な大脳の器質的障害のため進行的に低下する状態
老年痴呆、進行麻痺、アルコール精神病、

頭部外傷、癲癇(てんかん)

統合失調症などでみられるそうです


「認知症」とは、

「痴呆症」の新しい名称です

差別や偏見を助長するニュアンスがあるとして,

平成 16年に厚生労働省の検討会が

改称の方針を決めて、「認知症」となったようです


言い直します

とらんくすや。親父

「認知症」の気、有りでございます


人の名前も、なかなか出てこない時も有ります

「あの、その、あそこの、
    何だったっけ、あれあれ」

訳の分からない言葉を口走ってしまうのです

必死に思いだそうとするのですが思い出せません

やはり、これが、「認知症」の気なのですね


「忘れる」 について高尚なお話がございます



坐忘(ざぼう)


仏教用語として使われていますが

出典は「荘子」からです

坐忘は五体から力を抜き去り、一切の感覚をなくして、
身も心も虚(うつろ)になった状態をいいます

明鏡止水、無心の境地の世界です


勝海舟の言葉です

(江戸時代末期から明治時代初期の
       武士(幕臣)、政治家)

「人は何事にもよらず、

胸の中から忘れきる事ができないので、

終始それが気にかかるという様では、

そうそうたまったものではない

いわゆる坐忘といって、何事も全て忘れてしまって、

胸中闊然(かつぜん)として

一物をもとどめざる境界に至って、

はじめて万事万境に応じて

縦横自在の判断ができるのだ」


とらんくすや。親父は、思いました

あれやこれや思い出そうとせず、拘らず、

昔の事は忘れて・・・


身も心も虚(うつろ)になることにより

無限の自由が得られる


固定観念、既成概念に煩わされず、

これからの年老いた将来の

正しい判断が出来るのではと感じました


坐忘(ざぼう)

の境地で参りたいと存じます


ちょっと禅問答めいた

とらんくすや。親父でございました
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藍田玉を生ず

(らんでんたまをしょうず)


本日は、何時も御来店頂いている

ご夫婦の顧客様が御来店でございます

ふと、奥様の手元を見ますと

赤ちゃんを抱いておられるでは有りませんか

とらんくすや。親父

「赤ちゃんがお生まれですか?」

と声を掛けてしまいました

とらんくすや。 に通って頂いているお客様に

子供さんが生まれる 嬉しいではありませんか

我が事のように、心が弾みます

ついつい、とらんくすや。親父は、

訳の分からない諺(ことわざ)を発してしまいました

藍田玉を生ず

奥様 お尋ねです

「どういう意味ですか?」

とらんくすや。親父

「名門に賢い子が生まれたと言う意味です」

お返事致しました


藍田玉を生ず

名門の家から優れた子供が生まれる事の

喩(たとえ)です

三国志時代、呉の孫権が

諸葛恪(諸葛亮孔明の兄)の優れた才をほめ、

その父の瑾に言った言葉です

「藍田」とは、陝西省にある県名で

美玉の産地として知られたところです

美玉は、中国の人に言わせると、

宝石より上位であると言います

色合いが違うようですよ


そして、縁起の良い藩津(ぱんつ)を

お買い上げ頂きました

「ありがとうございます」

と、送りしながら、心の中で、呟きました

父子篤く、兄弟睦まじく、

夫婦和するは、家の肥えたるなり

仲良く、和順(順調で穏やかなこと)し、

良く肥えて(豊かになる)、

家庭円満、幸せにお願いします

とらんくすや。親父からの

心の伝言でした

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得難き貨(か)と 三宝(さんぽう) 


我がとらんくすや。 へ来店される外国人のお客様は、

日本文化に憧れて来られている方が多いので

入店されるや、感嘆の声をあげられます


しかし、日本の若者は、あまり関心を示しません

西洋文化が当たり前の世界なのでしょうね

欲しい物は、海外ブランドや、宝石でしょうか?


その様な得難き、

ブランド物や、宝石などを欲しがっていると

とんでもない事が起きます

それは、人間の欲が出ると言う事です

その結果、良からぬ事に走るのです


老子 曰く です

得難き貨を尊ばず

宝石や贅沢品を欲しがると、

盗み心が出る と言っています

まあ~、しかし、

日本人の場合は、盗人はいませんが、

浪費となるでしょうね


外国人の皆様は、

日本の文様を見て、何故喜ばれるのでしょう


江戸末期1862年

イギリスでロンドン万博が行われました

その時に駐日英国公使であった

ラザフォード・オールコックと言う人が

自身で収集した日本の美術品を展示したのです

ジャポニズムの大きな流れを引き起こしたのです

貴族の芸術では無い、庶民の芸術に感嘆したのです

ジャポニズムの流れの中で見られるのが

ルイ・ヴィトンモノグラム・モチーフです

日本の家紋を参考にしていると言います


そうです、だから

日本柄の、とらんくすや。 藩津(ぱんつ)を見て

喜ばれるのです


若者の皆様

ルイ・ヴィトンも、実は日本のお江戸の文化に

本質が有る事を忘れてはいけませんよ


外国の方の宝物は、和柄文様の商品なのです

同じ宝物が欲しいなら・・・

次の様なものは如何ですか?


三宝(さんぽう)

我れに三宝有り、持してこれを保つ。

一に曰く慈(じ)

二に曰く倹(けん)

三に曰く敢えて天下の先と為らず

慈なるが故に能(よ)く勇

倹なるが故に能く広く

敢えて天下の先と為らざるが故に能く器の長を成す

今、慈を舎てて且(まさ)に勇ならんとし

倹を舎てて且に広からんとし、

後なるを捨てて且に先ならんとすれば、死せん
夫れ慈は、以って戦えば則ち勝ち、

以って守れば則ち固し、

天将(まさ)にこれを救わんとし、

慈を以てこれを衛(まも)る


三宝とは・・・
慈(じ)と倹(けん)と天下の先頭に立たない


慈 ⇒いつくしむ、愛しむ天下の先頭に立たない ⇒
 偉くなろうとしない、だから慕われて皆の長と成り得る

倹 ⇒つましい、無駄や贅沢をしないこと


ちょっと 地味過ぎましたかな?

たまに、説教じみた話も良いでしょう

とらんくすや。親父 のお節介でございました

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強運 狸・他抜き で商売繁盛

狸・他抜き 柄の

新作の藩津(ぱんつ)が出来上がりました

HPアップまで暫くお待ち下さい

この狸様 

あまり良くない事に使われる諺があります

捕らぬ狸の皮算用

まだ入るかどうか判らない利益を当てにする事

猟師が狸を捕まえる前に、

狸の毛皮をいくらで売ったら儲かるのかと

考えることに由来しているそうです

狸寝入り

都合の悪い時に、わざと寝たふりをする

臆病な狸が吃驚した時に、

一瞬、気絶してしまい、

眠った様になる事に由来していると言います

しかし、良いお話も多くございます

まずは、ご存じ・・・

分福(ぶんぶく)茶釜

昔々、ある一人の貧しい男が

ワナにかかった狸を、可哀想に思い、助けたのです

その夜、狸は男性の家に現れました

お礼に自分が茶釜に化けるから

それを売ればいいと言いました

あくる日、男性は狸が化けた茶釜を

お寺の和尚さんに売りました

和尚さんは、茶釜を持ち帰り、

早速、水を入れて火にかけました

狸はあまりの熱さに耐え切れず、

半分元の姿に戻ったまま男の処に逃げ帰りました

そして、狸は、綱渡りをする茶釜で

見世物小屋を開くことを提案したのです

この考えは成功して男は豊かになり、

狸も寂しい思いをしなくて済むようになった

という 狸の恩返しのお話です

更に良いお話が有ります

信楽焼の狸のお話です

狸 ⇒ 他抜き ⇒ 他を抜くとして

強運の象徴として人気の高いのです

狸の信楽焼、商売繁盛の印として

商売されている店先で見かけます

更に、狸は古来より

金を表す精霊として扱われていたと言います

狸の信楽焼の置物が、

世の中で大評判になったきっかけがございます

昭和天皇様でございます

昭和二十六年に昭和天皇様が信楽訪問の際、

日の丸の旗を持った信楽焼の狸を沿道に並べて

行幸を歓迎したのです

子供の頃から狸の置物を集めておられた

昭和天皇様は感激され、お歌を読みになりました
をさなきとき あつめしからに 

なつかしも しからきやきの 

たぬきをみれば
このお話がマスコミに取り上げられ、

信楽焼狸が、一躍有名になったのです

信楽焼狸

右手に大福帳(通帳)

左手に徳利(とっくり)をもっています

福が来る、徳が来るでございます

この大福帳、徳利には、 と書かれています

尾張徳川家の裏紋なのです

尾張八郡を支配する、

そして、徳川家康様の、あだ名の狸が相まって

狸にとなったのです

狸様 愛されていますぞ!

とらんくすや。親父

狸様藩津(ぱんつ)の宣伝でございました

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忍の一字 え? 忍の百字



商売は、とらんくすや。親父

忍の一字だと考えます

私の様な、ニッチ(狭い分野)な商品

紳士のトランクスだけを販売するお店

日本全国に、一つ、有るか、無しかです?



お客様が全国から来て頂くのを

待つしかございません

外国からも御来店頂きますが



皆様、半年振り、一年振り、三年振り

本日のお客様等は、十年振りなのです



お客様を じっと待つ 

とらんくすや。 商売とは

本当に「忍の一字」なのですよ

忍の一字で驚かないでください

忍の百字のお話がございます



中国の昔ですが・・・

九世代も同居して、大家族が同じ屋敷に棲んで、

しかも仲睦ましく過ごしている家族がいたのです



中国の高宗という皇帝の時代だったのです

評判の家族だったので、

高宗皇帝も、どの様な生活かが、気になり

地方巡業の折り、屋敷に立ち寄ったのです

高宗皇帝が聞きました

「九世代もの同居 仲睦ましくの秘訣は?」

張公芸(ちょうこうげい)は答えました

「忍の字百余りを書きて、以て、進む」

書忍字百余以進

忍の字を百余り書いて、皇帝に差し出しました

「大家族融合の秘訣は、
忍以外の何物でもありません」



勝気な 嫁さん

いえ、皇后さま 
武則天(ぶそくてん)に押さえられていた

高宗皇帝 様 忍が一番だなと悟りました

その後、忍の百字で、上手くいったとか・・・



大家族融合の秘訣

でございますね

勝気な 嫁さん の対策

でございますね

とらんくすや。親父 商売対策

でございますね

全て  でございます




ペタしてね

















天知 地知 子知 我知 
何謂無知


悪い事は出来ないものです

必ず報いが来るでしょう


本当?

そうです 天が知り、地が知り、我が知り

共謀相手がいれば、

子(あなた)が知っているのです

天知 地知 子知 我知

何謂無知

天知る、地知る、子知る、我知る

何ぞ知る無しと謂わんや

四知 ⇒ 悪行は、必ず四人が知っている


中国は、昔から賄賂が横行していると言います

しかし、中には清廉潔白な方もおられたのです

その代わりに、奸臣(かんしん)に妬(ねた)まれ

自害する事になるのです 


楊震(ようしん)関西の孔子と呼ばれました

(大坂の人ではありませんよ、中国の

“かんせい”という地域です)

硬骨で高潔な人物です

帝に対し、しばしば、諫言をした人物です

邪悪な心を持った奸臣(かんしん)に図られ

最後は自決したのです


その楊震(ようしん)が、

莱郡の太守になり、赴任の途中、

宿をとった時、王密という者が尋ねてきました
王密は、かつて楊震の引き立てで

役人になることが出来たので、

それを深く恩に思っていたのです

夜中になって王密は懐から

金十斤(きんじゅっきん)をさしだしました

今の日本のお金にすると3百万円ぐらいです

これからも宜しくと言う意味でしょうね


楊震は、それを拒絶して言いました

「私は、君のことを良く理解しているのに、

君は、私という人間のことを忘れてしまったのか?

 実に、おかしいではないか」

王密は、ねばって言いました

「いえ、貴方様のことは良く判っております

どうかお納めくださいませ、

夜更けの事ゆえ、この事を誰が知りえましょうか」

すると楊震(ようしん)は、次の様に言ったのです

「天が知っている、地が知っている

君も知っている、私だって知っている

誰も知らないということはあるまい」

これを聞いた王密は

恥じ入って引き下がったそうです


反対にこの様な諺もございます

水至清則無魚

水至って清ければ則ち魚無し

旨い汁を吸おうという輩を根絶するのは難しい

鼠の穴を防ぐのと同じだ

例えば、荷物を積んだ船の場合

多少の横流しは、目を瞑れ、

物資の運搬に支障が有っては困る

支障の無いように、少々は我慢しよう

という発想です  中国らしいですね


日本人の場合は、前者が多いですね

人が見ていない時でも、悪い事は出来ません

水至って清ければ則ち魚無し

ではなく、

天知る、地知る、子知る、我知る

何ぞ知る無しと謂わんや

で、頑張りましょう

セコイ 損得は止めましょう

とらんくすや。親父

真面目に生きていきますぞ


ペタしてね