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~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

干支(羊)の藩津(ぱんつ)
出来上がります



もう年末になろうとしています

毎年商品の出来上がりで
ご迷惑をお掛け致しておりますが

今年は、何とか商品製作が間に合いそうです


来年の干支柄も、もう少しで出来上がります

この様に商品製作が間に合って

年末年始を迎えられる事

非常に嬉しく思います


良い時ばかりは続きません

悪い事ばかりは続きません



日(ひ)は中(ちゅう)すれば

即ち昃(かたむ)き

月(つき)は盈(み)つれば

即ち食(か)く

天地の盈虚(えいきょ)は時と消息す

而(しか)るを况(いわ)んや、

人に於(お)いてをや


太陽は中天に達すれば、傾き始め

月は満つれば、欠け始める

天地は四季に従って盛衰する

天地でもかくの如し

ましてや、人間界の全ての法則は、

この法則を免れる事は出来ない


誠にその通りです

商品が継続的に出来上がり

お客様にご迷惑をかけずに

営業が出来ました時期もございました

しかし、長くは続きませんでした

震災や、中国との貿易摩擦などで

大手衣料製造業が日本での縫製に転換した為

日本の縫製工場に製造出来ない位の縫製依頼が入り、

とらんくすや。 の藩津(ぱんつ)製造に関し

半年以上放置されるはめに合いました


しかし、私共の顧客様は、耐えて頂きました

辛抱強く待って頂いたのです

本当に感謝です

とらんくすや。親父も苦しいですが、

事情を察知して頂き、
出来上がりを半年も待って頂ける

その様な、お客様は、神様と同じでございます


今年は上手く行けそうですが、

はたして、来年はどうでしょうか


とらんくすや。親父

月の満ち欠け

世の道理であると肝に銘じ、

浮かれず、毎日毎日

新商品の制作の段取りを
怠りなくやっていきたいと存じます












皮肉骨髄(ひにくこつずい)


「言葉使い気をつけねば」と思うこの頃です

年をとると、どうも頑固になり

皮肉の一つも言ってしまいます

「だめよ!駄目!駄目!」

ですな・・・トホホ


皮肉

実は、達磨大師の言葉からなのです

皮肉骨髄(ひにくこつずい)

が語源なのです


「我が皮を得たり」

「我が肉を得たり」

「我が骨を得たり」

「我が髄を得たり」


達磨大師が、四人の弟子達を

評価した言葉なのです


禅宗 免許皆伝の問答です

道副、尼総持、道育、慧可の四人が答えます


「何が伝わったのか?」の問いに

道副が答えます

「言葉にならぬところを言葉にしていく」

達磨大師

「お前には私の皮が伝わった」と印可します

★印可(いんか)⇒ 

師がその道に熟達した弟子に与える許可

尼総持が答えます

「たとえ極楽浄土を見たとしても、

そこに行こうとは思わない」

達磨大師

「肉が伝わった」

道育が答えます

「精神作用は現象であり、そこに魂など無い」

達磨大師

「骨が伝わった」と微笑みます

最後の慧可が黙って達磨大師に一礼したところ、

「お前には髄が伝わっている」

と認め、達磨大師は慧可に自分の袈裟を与えたのです


骨や髄は「要点」や「心の底」の喩え

「本質の理解」を意味します

皮や肉は表面にあることから

「本質を理解していない」

といった非難の言葉であったという説と

逆説として、

まずは学問の習得で「皮」の様なもの

そして、其れを理論づけ「肉」にする

「骨」と「髄」を得る為の基礎なのです


達磨大師の伝えたい事が

四人に確実に伝わったと言う事なのだと考えます


非常に難解ですが・・・

とらんくすや。親父的には、

基礎も大事 何かを悟るとしても基礎が無くては

何もなりません、

しかし、会得した人は、喋らなくとも態度で示せる

と言う事なのだと考えます


とらんくすや。親父 皮肉を交え喋りすぎず

今後、態度で示す この様に有りたいと存じます











知恩報恩(ちおんほうおん)


とらんくすや。 には、

プレゼント用としての、縁起の良い藩津(ぱんつ)を

お買い求めのお客様が多いのです

御自身でご使用は勿論ですが、
世話になった方への恩返しとして

藩津(ぱんつ)を送られるそうです


何故でしょう?

「穿き心地が良く、しかも縁起が良く、

そして丈夫である」


と、ギフトとして選ばれた理由を
お聞かせ頂くのです

とらんくすや。親父 感慨深く思います

感謝感激雨霰
(かんしゃかんげきあめあられ)でござます


恩を返す大事な事だと思います

仏教の教えにもございます

知恩報恩(ちおんほうおん)

恩を受けていることを知って、
恩に報いることをいいます

仏法では、一切のものに対して恩を知り、

恩を報ずべきことを説いています

仏弟子は必ず四恩を知って、

知恩報恩をいたすべし

四恩(四つの恩)とは、

一には父母の恩を報ぜよ、

二には国主の恩を報ぜよ、

三には一切衆生の恩を報ぜよ、

四には三宝の恩を報ぜよ


三の一切衆生の恩 は社会の事を意味します

四の三宝とは、仏・法・僧を意味します



今現在世の中に、こうして、生活できているのは、

父母、国主、社会の仲間、仏教のお蔭である

すみません 仏教の言葉なので宜しく


いろいろな助けが有り

現在の自分が有ると言う事なのです


恩をお返しする、大事な事です

決して物だけでは有りません、心が大事ですね

自分自身が良かったもの、助かった物

心に響いたもの、
その様なものを恩返しすると良いですね


藩津(ぱんつ)の様な物を送ると言う事だけが

恩返しでは有りません

恩を受けた人が,困っていたら助ける

恩を受けた人が、
病気をされたら心からお見舞いする

と言う事が大事と考えます


恩を受けていることを知って、

恩に報いることをしなければならないと思います

真面目に語る 本日の

とらんくすや。親父でございます












歳寒松柏(さいかんしょうはく)


寒くなってきました

紅葉(こうよう)が各地で見られるようになり

秋も深まって冬がやってこようとしています

浅草寺の境内も色づいています


「紅葉(もみじ)と

楓(かえで)とは同じでしょうか?」



とらんくすや。親父は、

お客様に問いかけ、

「楓(かえで)の方が、縁起が良いですよ」

と、申し上げます


紅葉(もみじ)は、

秋に草木の色が変化する事を

「もみず」と言っていた事からです


楓(かえで)は、

葉の形が蛙(かえる)の手に似ている事から

「かえるで」となり、「かえで」に変化したと言います


に関する縁起では、

福返る、無事帰る、若返る、金返る

と言うふうに、蛙(かえる)の語呂と、

蛙の舌の引き戻す力に合わせ縁起が良いとされます


なので、楓(かえで)の方が、縁起が良いと

お客様にお教え致します

実は、品種としては違うものなのですが・・・

イロハモミジと

ハウチワカエデとあるそうです


話変わって・・・

しかし、秋から冬になっても

変化しないものがございます


「論語」に出てきます 孔子様のお話です

歳寒松柏(さいかんしょうはく)

優れた人物は、逆境にあっても

節操や志を変えない事の喩です

その厳しい季節にも緑を保っている

松や柏(このてかしわ)の様にの、意です


更に詳しく・・・

子曰、

歳寒、然後知松柏之後彫也

子曰く、

歳(とし)寒くして、然(しか)る後に

松柏(しょうはく)の彫(しぼ)むに

後(おく)るるを知るなり


紅葉に変化する美しさを楽しむ事に

心奪われがちですが


是非見直して下さい

変化しない松柏を見て下さい

常に、極寒にも耐えて緑を保ち続けています


清廉潔白に、逆境に有っても志を変えない

その様な者でありたいと思いませんか


逆境に負けない、松柏にも負けない

己(おのれ)であり続ける事を

せねばならないと思うのです



とらんくすや。親父

逆境にも志を曲げず 

耐えてまいりますぞ


















相撲は神様の喧嘩から?



相撲柄

申し訳ありません 

とらんくすや。 では、

藩津(ぱんつ)の相撲柄がございません

悲しいかな、なかなか、

テキスタイル生地が業界には出てきません

しかし、靴下で相撲柄が有り、

外国人の方に大人気です


相撲 日本の風情を感じるそうです

この相撲の始まりについて、

とらんくすや。親父 

お客様に、講釈を致します

「実は、相撲は神様同士の喧嘩から始まったのですよ」

「神事なのですよ」

It's a quarrel of a fight between the God.

とらんくすや。親父は、

英語も知らないのに、適当に言います

お客様は大変驚かれます


日本の神話です、古事記から

神代において、

天照大神(あまてらすおおみかみ)は、

建御雷神(たけみかづち)という剛の者を、

出雲の国に行かせたのです

大国主神(おおくにぬしのかみ)に言いました

「出雲の国を天照大神に差し出すか、

さもなくば、国を滅ぼされたいか」

大国主神は、二人の息子達と相談すると言いました

八重事代主神(やえことしろぬし)は、

「言われる通りしましょう」

と言いましたが

建御名方神(たけみなかたのかみ)は、

身体も大きく剛の者だったので

「そんな、馬鹿な、私は闘う」

そして、建御雷神(たけみかづち)と、

建御名方神(たけみなかたのかみ)の

神様どうしの喧嘩となったのです



そこから、
相撲が始まったとされるのですね



そして、建御雷神(たけみかづち)が勝ちました

大国主神(おおくにぬしのかみ)は、

国譲りを誓いました、そして言いました

「国譲りの代わりに、

高天原の天照大神様の御殿のような

神殿を建てていただきたい」

そして、出雲大社が出来たのです


相撲は、単なる運動ではないのですね

恐れ入ります

神様に接する気持ちで見なければいけませんね


しかし、日本人が少ないのは残念です

太っている とらんくすや。親父

実は、子供の頃、相撲大会に出て

準優勝した事がございますぞ!

すみません 自慢話で テヘヘ


日本人!相撲頑張れ!

神様が天から見ておられますぞ!








目食耳視 (もくしょくじし)

目もて食らい耳もて視みる

見た目にとらわれ、

味よりも外見が豪華な食べ物を選び、

世間の評判を気にして衣服を選び

衣食の本来の意義を忘れて、

贅沢な方向に流れていく

目食 ⇒口に合うかではなく、

見た目が豪華なものを食べる

耳視⇒ 世間の噂を気にかけて、

自分に似合うかでなく、高価な衣服を着る


その様に、

とらんくすや。親父は考えていましたが

少し違うようですね


やはり、有名な店にお伺いする

緊張するそうです、

しかも、有名な寿司職人様が目の前で握ってくれる

そりゃ~、緊張しますね

お店にお伺いする時も、
無様な格好は出来ません

言葉の礼儀も大事です


贅沢な食事をする

それだけ、勉強せねばなりません

季節の食べ物、初物がご膳に置かれ

一言述べねばなりません

初鰹の時期の少し手前で出される鰹など

只食べて美味しいだけではだめですね


う~ん やはり 
ぱくぱく喰っていただけでは

いけません


贅沢 食べ物を沢山食すではなく

見た目で味わう、心の豊かさを感じるからこそ

贅沢ですが、食べる量が自然に減るのですね


今日は、良いお話をお聞きしました

目から鱗が落ちる

でございますね


太っている とらんくすや。親父

贅沢にお金は使いませんが、

目で楽しむ食事

礼儀正しい食の会話など、大切だと思いました








六十耳順(ろくじゅうじじゅん)



人間というものは、年老いてくると、

物事がなかなか進まず、又、思うようにならず

「時間よ、止まれ」と叫びたくなるものです



とらんくすや。親父も 正にその通りです

川上之嘆(せんじょうのたん)

孔子が川のほとりに立ち、

流水を見て、万物の移り変わっていく、

私もこのまま年老いていくのか

子、川上(かわのほとり)に在りて、曰わく、

逝く者は斯()くの如き夫()

昼夜を舎()かず

川の流れは、止める事が出来ません

過ぎ去ったものは、戻りません

孔子は、其れを嘆くのでしょうか?

いや、孔子様は違ったでしょう

自身の事だけを考えるとそうでしょうが、

川の流れの様に、

後輩たちはどんどん生まれ、勉強し、

川の流れの様に、無限の可能性を持っている

後生可畏(こうせいかい)

(後生畏るべし)

若者は無限の可能性が有る

学問すれば進歩は著しい

私がいなくなっても、
大丈夫だということでしょうね



年を取ると、自我が出ます

若者を信じる事が大事ですね

六十耳順(ろくじゅうじじゅん)

六十にして耳に順(したが)う

素直に若者のお話を聞かないといけないですね



そうです先日も、

若い顧客のお客様が来られ、

日本の国に花 桜について、
お話をお聞きしました

日本の文化を守る為に、

稼いだお金を全て投じているのです

とらんくすや。親父 頭が下がりました



たかが、とらんくすや。親父 

我が持論を、
自慢げに喋っていてはいけません

若者のお話を、
真摯な気持ちでお聞きする事が大事と

痛感いたしました














杯盤狼藉(はいばんろうぜき)


市川海老蔵さん、共演の中谷美紀さんから

平成の狼藉者と言われたようです


狼藉者(ろうぜきもの)とは、

実は杯盤狼藉という故事からでございます
「杯盤」は杯や皿などの食器のことで、
「狼藉」は狼が寝る為に敷いた

草の散らかった様子のことから、

酷く散らかっている様子の喩(たとえ)です

杯盤狼藉 の故事

滑稽列伝の淳于髠(じゅんうこん)様です


同じように、王様に頓知問答で諌めています


斉の威王は・・・

「先生はどのくらい飲むと酔うのだ?」

淳于髠(じゅんうこん)・・・

「私は一斗を飲んでも酔います、一石飲んでも酔います。」

斉の威王はどういう意味なのか聞きたく

「一斗を飲んで酔う人が、どうして一石も飲めるのだ?

ぜひお話を伺がいたい」

淳于髠(じゅんうこん)

「まず大王よりお酒を頂戴し、

私の横に法の執行吏がおり、後に裁判官がおるとします

その時私は恐れ慎んで飲むことになり、

一斗も飲まないで酔うことでしょう」


「もし、私の親戚で偉いお客さんのお相手をする時は、

身なりを正して飲み、杯を捧げることになりますので

二斗も飲まないで酔いましょう」


「久しく会わない友人と、突然会って歓談し、

腹蔵なく話しながら飲むなら、

五六斗ほどで酔いましょうか」


「村里の会合などで、男女入り乱れて坐り、

酒を飲んで手を握ってもいいし、目を見つめてもいいし、

私は嬉しくなって八斗程飲んで、酔いが二三度廻るでしょう」



「さらに夕暮れとなり、酒宴は今や最高潮ともなれば、

酒樽を片づけ、男女は膝を寄せ合い、

履物は入り乱れ、杯盤狼藉となり、

家中の火が消える、そのような時、

主人が私を留めて客を帰し、

私の側で薄ものの襦袢の襟が解け、

ほのかに色っぽい香りがすれば、

私は有頂天となって一石の酒を飲むでしょう」


酒と女性が好きな斉の威王

面白い話に興味津々、乗って来たところで、

淳于髠(じゅんうこん)、諫言(かんげん)でございます

自分自身の話から、王様の話に持って行きます


「酒が極まると乱れ、楽しみが極まると悲しむ

極めては決してなりませぬ、
極まると国が衰えるのです」



これを聞いた、斉の威王は徹夜の饗宴を止めたのです

淳于髠(じゅんうこん)を諸侯の主客(接待係の長)として、

宴会の時は必ず自分の側に置いて、
行き過ぎないようにしたとか

国が乱れなくなったとか言います


淳于髠(じゅんうこん)の

滑稽列伝(こっけいれつでん) 第二弾でした

酒は極めてはいけませんね

有頂天になり飲みすぎると乱れますぞ

とらんくすや。親父 からの御忠告でした













滑稽(こっけい)にして
多弁なり


とらんくすや。親父 駄洒落が大好き人間です

ちょっと判りづらい 親父ギャグを喋りますと

お客様 キョトンとされます

お節介の、とらんくすや。親父は、

また、そのギャグの意味を説明するのです

どうしようもない親父ですね


とらんくすや。親父と 同じような

歴史上の人物がいましたぞ


史記 に

滑稽にして多弁なり

滑稽列伝(こっけいれつでん)の

淳于髠(じゅんうこん)様です


斉の威王は、淫靡(いんび)な音楽が好きで

酒が大好きで、毎日が宴会です

その様な訳で国は大いに乱れていました

奸臣(かんしん)のやりたい放題です

だれも正面切って諌めようとはしません


その様な状態の中 諌めた人がいました

淳于髠(じゅんうこん)様です

小男で風采上がらず

弁舌巧みで、未だ嘗て、屈辱せられず

頓知頓才の持ち主です


孔子 様の言葉にも有りますが

吾、其れ諷諫(ふうかん)に従わんか

(諫言するなら、諷諫で柔らかく行け

正面切ってやりすぎず、じっと様子を見よ)

諷諫 それとなく、遠廻しに諌める

直諫 正面切って、ズバリ諌める


直諫では危ない、諷諫でいこうと、

淳于髠(じゅんうこん)は考え、

威王が好きな、謎解き問答をしたのです


「国の中に、大きな鳥がいます

王様の庭にとまっていますよ

しかし、三年の間、一度も飛びません

それに、鳴きもしないのです

王様、この鳥は何だか判りますか?」

威王も、考えました

馬鹿でない威王です、気がついたのです、

心の中で、呟いたのです

「俺の事を言っているな

こいつめ、憎いやつじゃのう」

淳于髠(じゅんうこん)が、遊び呆けている威王に、

諫言している事に気付いたのです

威王は答えました

「この鳥は、飛ばなければそれまでだが、

一度(ひとたび)鳴いたならば、
人を驚かすであろう」


威王は反省し、

奸臣(かんしん)達の粛清をし、

軍の規律を強化し、国の乱れを改善したのです


孔子様や、淳于髠(じゅんうこん)様の様に

柔らかく頓知を効かして諫言するのが

王様には良いようですね


とらんくすや。親父 よ!

お客様は王様です

下手な駄洒落は通用しないぞ!

もっと上手な頓知を効かした話術を身に付けよ!


天の孔子様からのお告げでございましたかな?













酒逢知己千杯少
(酒は、知己に逢えば、千杯も少なし)


いよいよ忘年会の季節がやってきました

予定が多く困っている人も多いでしょう

しかし、楽しい忘年会とは・・・

やはり、親しい友達との忘年会ですかな

酒逢知己千杯少

(酒は、知己に逢えば、千杯も少なし)

気心の知れた友人と飲む酒は、千杯でも飲み足りない

金石の交わり

(きんせきのまじわり)

金石の交わりとは、

友情の極めて堅く結ばれている事の喩(たとえ)ですが

何年も変わらない交際をしている事を意味します

金石とは、

金属も石も堅く、容易に割れるものではないことから、

「金石」は極めて堅く、永久に変わらないものの喩です
金属や石の様に割れない位硬い友情です

しかし、一緒に酒を飲んでも楽しくない

という事が有ります

話不投机半句多

逆に話の合わない相手との会話は

ほんの半句(一言の半分)でも多すぎ聴きたくない

*投机(話が合う)⇒ 不投机(話が合わず)

まあ、その様に言わず

お酒を楽しみながら飲む方が良いでしょう

酒に十の徳有りと言います

百薬の長

寿命を延ばす

旅に慈悲有り(疲労と苦痛を和らげる酒)

寒気に衣有り酒を飲むと体が温まる)

推参に便有り祝い、見舞い,土産等で喜ばれる)

愁(うれえ)を掃(はら)う玉箒(たまははき)

位なくして貴人に交わる

労を助く

万人和合す

独居の友となる


良く考えて下さい

あんな時に、酒を飲んだな

酒のお蔭で乗りきれたかな
と思う事は有りませんか

酒は天の美禄

酒は天の美禄とは、

酒は天からの有り難い贈り物だという、

酒を褒め称えていう言葉ですが、

人間に与えられた贈りものなのです




お酒様 本当に有難う
歴史上の詩人、李白や、白居易も
お酒を愛していたでしょうし、
感謝しているでしょう
最後に御忠告です
お酒に関するお話で何度も申し上げますが


酒、人を呑む にならぬよう!

(酒は人の精神を麻痺(まひ)させる

酒を飲んで正気を失う)



その様な事になりませぬよう

再度 皆様にご注意申し上げる

とらんくすや。親父 でございます

ペタしてね