~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -3ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

多多益辧

(たたますますべんず)


多くなればなるほど、上手く使いこなせる

使いこなせる度量が有るということです


韓信劉邦の臣で漢の三傑の一人です

その韓信と、高祖劉邦の会話です

高祖劉邦は聞きました

「私のような者は、

どれほどの兵力を率いる将軍となれるか」

韓信は、答えました

「陛下は十万を超える兵力を
率いる将軍とはなれません」

高祖劉邦は聞きました

「韓信の場合はどうなのか」

「私の場合は、多ければ多いほどうまく処理します」

多多益辧(たたますますべんず)》

高祖劉邦は笑って

「多ければ多いほどうまく処理するなら、

どうして私の臣下などに収まっているのだ」

「陛下は兵士を率いる将軍とはなれませんが、

将軍の将軍となる技量があります
これが私、韓信が
陛下の臣下となっている理由です

また、陛下の能力は、いわゆる天授のもので、

単なる人間一人の能力ではないのです」


言い得て妙ですね

将軍の器と、天使の器は違うと言う事ですね


さて、

「多ければ多いほどうまく処理」

とらんくすや。親父のこじつけではございません


藩津(ぱんつ)多ければ多いほど

上手く使いこなせるという

お客様かなりおられます


有る方は、200枚以上

とらんくすや。 の藩津(ぱんつ)を

お持ちでいらっしゃいます


時と場所を変え変幻自在に使いこなされます

勝負の時は、勝虫蜻蛉

金運に係る時は、金魚や招き猫

出世がかかる時は、龍や鯉

危ない仕事には、見守りの唐獅子や風神雷神

などなど・・・


所謂、藩津(ぱんつ)を率いる将軍で有ります

時と場所で使い分ける

こんなに、楽しい事は有りません

とらんくすや。 藩津(ぱんつ)を揃えて、

部下として下さいませ


多多益辧

(たたますますべんず)

立派な将軍となられます事、期待いたします

とらんくすや。親父からの提案でございます










贅沢はいけません 
しかし、藩津(ぱんつ)は許して?


金を山に蔵し

珠を淵に蔵す

黄金、珠玉を、山や、深い川底に

埋蔵されたままにしておく

金銀財宝は、いりません という教えです


「荘子の天地」 の中に出てくる言葉です

金を山に蔵し、珠を淵に蔵す

財貨を慕わず、富貴に近づかず

長命を願わず、短命を悲しまず

出世も貧弱も超越する

君子たるべき態度である


君子たるべき人の生き方

なかなか、真似は出来ません

俗世間に棲む、とらんくすや。親父は、

どうしても、金銀財宝には、弱いですね

有ると嬉しいですね

しかし

金敏財宝に、心が奪われると、

取り返しがつかない心の病が生じます


そこで、とらんくすや。親父

考えました

とらんくすや。  だけに

金あしらいの藩津(ぱんつ)は如何でしょう?

生地に金あしらいしたものです

豪華絢爛でございます

生地は、かなり高級生地でございます

それで、藩津(ぱんつ)を作ったのです

これぐらいの贅沢は良いでしょう

本当の金銀財宝ではないのです


心のゆとりになるのではないでしょうか


しかも、この金あしらい 藩津(ぱんつ)を

お値段、同じ同じ価格で販売です

これからも、殆ど出くわさない

藩津(ぱんつ)ではないかと存じます

お正月には、もってこいの豪華絢爛です

是非どうぞ 

豪華絢爛 鳳凰に梅 (金あしらい)

(商品コード0127)

豪華絢爛 鳳凰に菊と牡丹 (金あしらい)

(商品コード0126)

豪華絢爛 鳳凰に牡丹 (金あしらい)

(商品コード0124)

とらんくすや。親父からのご案内でした







麻中(まちゅう)の蓬(よもぎ)

(よもぎ)麻中に生ずれば

(たす)けずして 

(おのず)から直し







蓬(よもぎ)は、草餅に入っているものです

草餅、古くは母子草で作られていましたが

現在では、蓬(よもぎ)
磨り潰したものが入っています



この蓬(よもぎ)、
実は曲がりやすい草なのです



一方、麻(あさ)ですが、

日本における神道では、
大麻(おおあさ)と呼ばれ

罪や穢(けが)れを、
祓(はら)う時に使うのが

大麻(おおぬさ)なのです



伊勢神宮では、

天照大神(あまてらすおおみかみ)様が
祀られていますが

大麻(おおあさ)は、御印でもあります



日本人は、この大麻(おおあさ)を
心の拠り所として

崇めていたのです



麻の速い成長力、しかも真っすぐ伸びます

そして、強い生命力です



この麻(あさ)の中に蓬(よもぎ)が

生えますと、何の助けも無く、

自然に真っすぐ伸びるようになるのです



この事から、

悪人であっても、善人と交わっていると

自然に感化され、善人に移ると言われるのです



とらんくすや。 では、

江戸柄 麻の葉紋様 藩津(ぱんつ)が

ございます

麻の葉文様 紺 (商品コード0027)

剣道、武道などされた方には、特に人気です

真っ直ぐに上達するようにという清い心からです



麻の葉紋様藩津(ぱんつ)を穿きますと、

善人に成るしかございませんぞ!




大麻(おおあさ)の様に

清く、真っ直ぐな心でいたいと思う

とらんくすや。親父 でございます





















朋(とも)有り
遠方より来たる

亦(ま)た楽しからずや


学問の修養を積んでいきますと

同じ志を持つ者が、自然に集まり友となる

近い処はいざ知らず、遠い処から

慕(した)い尋ねてくるようになり、

学問する事が楽しくなるという意味です


同じ志を持つ者が、自然に集まり友となる

遠い近いは関係なく同じ志の友として集まる


おっと、とらんくすや。 の様ですな?


同じ志 ⇒ 

和柄をこよなく愛し、

和柄の下着を穿く事により良い人生が送れる

遠い近い⇒ 

世界より御来店です

ドイツ、フランス、イギリス、カナダ、

アメリカ、香港、台湾、マレーシア・・・

日本では、北海道から、九州沖縄からも御来店です


学問の話では?

藩津(ぱんつ)で学問になりますかな?


以外や、和柄文様の意味を知っていくと

学問となるようですね


例えば、和柄の意味には

以下の様なものが有ります


麻の葉紋様 

麻の成長力にあやかり、

江戸時代などは産着に麻の葉紋様の刺子を施し、

赤ちゃんに着せたのです

すくすく、真っすぐな性格で

育つようにという願いからなのです

招き猫

右手がお金、左手は人を招く

梟(ふくろう)

不苦労と書いて、苦労知らず

蛙(かえる)

無事帰る、若返る、福返る、甦(よみがえ)る


この様に、和柄の意味を知ると、

身に付けたくなるものです


自分自身の願い、思いが、

和柄を通して成就されそうに思うのです


成就するか否かは、
御本人の成せる行いですがね


どうでしょう

藩津(ぱんつ)と、言えども、

学問的ではありませんか?


とらんくすや。親父

お客様には申し訳ありませんが、

お客様が遠くから来られますと、

楽しくて仕方ありません

正に、

朋(とも)有り
遠方より来たる

亦(ま)た楽しからずや

でございます

和柄文様の学問 同じ志の仲間の集まり

それは、とらんくすや。 そのものなのです














風雲乗天
(ふううんじょうてん)


その時の勢いに乗じて、

一気に志を遂げること

また、事業を達成する事を言いますが、


孔子様 まだ若かりし頃のお話です


老子様に会いに行きました

老子様に、「」について尋ねたのです

「古(いにしえ)の聖天使等と言う者は、

骨となり朽ち果て、言葉だけが残っている

君子と言う者は、時勢に合わなければ、

蓬(よもぎ)の綿の様に、

飛び流離(さすら)うだけである

優れた商人は、品物を奥深く隠し、
店頭には出さず、

君子は、盛んな徳が有っても、

見た目は愚か者の様にしている」


老子様が孔子様に言い放ちました

「君は、高慢、体裁づけ、多すぎる志を無くす事だ

その様なものは、君にとって無益である

私が、君に教えられるのは、これくらいである」

孔子様も若かりし頃、

格好(かっこう)着けていたのですかな?

利発(りはつ)な態度でしたかな?


その場を立ち去り、

孔子様は弟子達に言いました

「鳥や、魚や、獣の捕り方は知っているが

龍となると、私は捕り方が判らない

風雲に乗じて、天に昇るのを知る事が出来ない

老子様は、龍の如きお方である」


風雲乗天

(ふううんじょうてん)


一つ気になった事がございます


「優れた商人は、品物を奥深く隠し、
   店頭には出さず」

とらんくすや。親父の事ですかな?

優れた商人とは・・・とんでもございません


中国的な、商売のあり方ですね

奥深い所から、取って置きの宝物の様に

お客様にお出しするのでしょうね

これは、宝石商向きのお言葉ですかな


すみません とらんくすや。 は2階にあり

1階の前を通る皆様に

商品をお見せできないのが現状ですが、

それ以前に、奥へお隠しする様な商品はございません

全てが、オープンでございます


しかし、今回取って置きの商品が出来上がりました

2~3日の間に、ホームページにアップ致します

乞う、ご期待です 

キーワード は、
「豪華絢爛シリーズ」
でございます

この取って置きの新作で、

風雲乗天

(ふううんじょうてん)と行きたいものです


とらんくすや。親父 

何時もの宣伝となってしまいました













無礼講で飲むのが一番?



忘年会は終わりましたでしょうか

忘年会楽しいものにしたいですよね



しかし、会社の忘年会など

上下関係にある人達の集まりは大変です

気を使いますね

気を使うと楽しくありません



滑稽列伝の淳于髠(じゅんうこん)様のお話

以前申し上げましたが



斉の威王は・・・

「先生はどのくらい飲むと酔うのだ?」


「私は一斗を飲んでも酔います、
一石飲んでも酔います。」


「一斗を飲んで酔う人が、どうして一石も飲めるのだ?

ぜひお話を伺がいたい」


「まず大王よりお酒を頂戴し、
私の横に法の執行吏がおり、

後に裁判官がおるとしますその時私は恐れ慎んで

飲むことになり、一斗も飲まないで酔うことでしょう」

「久しく会わない友人と、突然会って歓談し、腹蔵なく

話しながら飲むなら、五六斗ほどで酔いましょうか」


「村里の会合などで、男女入り乱れてでは

私は嬉しくなって八斗程飲んで、
酔いが二三度廻るでしょう」

「さらに夕暮れとなり、酒宴は今や最高潮ともなれば、

酒樽を片づけ、男女は膝を寄せ合い、

私の側で薄ものの襦袢の襟が解け、

ほのかに色っぽい香りがすれば、

私は有頂天となって一石の酒を飲むでしょう」

王様に淳于髠(じゅんうこん)は言っています



堅苦しい場所では、酒は進まず、

楽しい仲間とでは、酒が進むと言う事ですね

同気相求(どうきあいもとむ)

同じ気質者同士は、互いに求め合って集まる

友なる者は、其の徳を友とするなり

友人と言うものは、其の人の徳を認め、

其の人の人格を友とするものである

位や役職、金持ち、才能などを鼻にかける

その様な事があってはならない と言う教えです

言いかえれば、

長を挟(さしはさ)まず、

貴を挟(さしはさ)まず、

兄弟を挟(さしはさ)まずして友たり



何も考えず、無礼講で飲むのが一番ですね

え~と 無礼講??



御存知でしたか?

無礼講とは、

日本の神事である祭りは、

神様と人間が共に同じものを食する

神人共食が基本の形であります

神様に奉納された神酒を

参列者も授かる直会というものが礼講です

その後二次会の宴席の事を無礼講というのです



いや~ またもや・・・

堅苦しくなりましたかな

失礼致しました

とらんくすや。親父でございます















子供の躾(しつけ)は大事ですぞ!


子供さん可愛いですね

とらんくすや。親父も、爺さん気取りで、

お客様の子供さんをあやします


日本の将来の事を考えると、

子供さん、

すくすく育ってくれる事を望むのです


しかし、とらんくすや。 へ来られる子供さんに

我儘なお子さんはいませんが、


お母様の子供さんの甘やかしなのか、

挨拶できないや、お年寄りに道を開けない等

躾の出来ていないお子さんが増えています

寂しいですね


さて、江戸時代の子育ては、

三つ心、六つ躾、九つ言葉、

十二文、十五理(ことわり)ですが


三歳までに、

心の大切さを理解させる

六歳までに、

日常生活のしぐさを身につけさせる

九歳までに、

失礼にならない挨拶や、世辞を覚えさせる

十二歳までに、

中身が伝えられる文章を書けるようにする

十五歳までに、

宇宙万物の仕組み、意味などを理解させる


十五歳までに

人として恥ずかしくない行いが出来たのです

そして、元服し大人の仲間入りでございます


江戸末期から、明治の初めに来た外国人は

揃って、日本の子供の教育は

素晴らしいと言っています


子供は天から育てよと命ぜられた授かりものであり、

親としてその天命を果たすのが人としての道である

と江戸時代の人は考えていたのですね


特に躾でございます

江戸時代は、村ぐるみ、町ぐるみで

子供の躾をしました

現在は、個人主義となってしまい、

お爺さんお婆さんが躾に手を出せない状況です



躾(しつけ)


仏教語でございます

習慣性ということを
習気(じっけ)と言っていました

庶民の間で、躾(しつけ)という言葉に

変化していったのです


躾と言う漢字

身=体 を美しく飾る から

身+美=躾

でございます


子供さん可愛がるのは良いですが、

甘やかしていけません

躾と言う部分では、

親が、行(おこな)って見せ、

言って見せ、子供に、させてみる

その様な事が大事と考えます

とらんくすや。親父

お節介な一言でしたかな?














和光同塵(わこうどうじん)

老子より

其の光を和(やわら)げて

其の塵に同ず


自らが勉学、修行によって身に具えた

高い道徳性や知性や才智の輝きを和らげて、

表面に顕わに出さないで、

塵(ちり)のように汚れた俗世間に同化、交わる事


才能や、徳を隠し、世俗の中に交じり

目立たなく暮らす


天下の貴人とはこうあるべきであると、

老子様言われています


マスコミが発達したこの世の中

口が達者な人が、

あたかも私が一番の様に出てきます


そうではなく、

もくもくと、貴い行いをせよ

と言う事なのです


観音菩薩様の様な人

でなくてはならないのです


観音菩薩様 何故?


仏教ではこの様なお話が有ります

菩薩様が、本当の姿をお隠しに成り

人間界に表れ、煩悩に悩む人を救うというのです


観音様が世を救済するに、

広く衆生の

機根(性格や仏の教えを聞ける器)に応じて、

種々の形体を現じると言います

これを観音の普門示現(ふもんじげん)と

言われるそうです


あらゆる人を救い、

あらゆる願いをかなえると言われ

三十三にも御変化なさるそうです


そうなのです

金龍山 浅草寺

御本尊は、

聖観音菩薩
(しょうかんのんぼさつ)様です


有り難い事です

変化された聖観音菩薩


御近所におられるやも?


とらんくすや。 は、浅草寺の近くでございます

なので、御変化されている聖観音菩薩により、

蔭ながら救われているのでしょうか

世にも珍しいお店ですが、

十年以上も営業する事が出来ました

ありがたや、ありがたや

感謝し、手を合わす 

とらんくすや。親父でございます














學學半
(おしうるはまなびのなかばなり)


教える大変でございます

とらんくすや。 の顧客様で

学校の先生をされながら、

落語もされるお方がおられます

ボランティアでも落語で笑いを取り、

皆様に楽しんで頂いているようです

頭が下がりますね


先生でいらっしゃるのに、

偉さを微塵も感じないのです

物腰低いそのお方の態度から感じる事が有ります

謙虚でいらっしゃる事です

またまた、頭が下がります


學學半

(おしうるはまなびのなかばなり)


学(おし)うるは、

学(まな)びの半(なか)ばなり


意味として

人に教える事は、教える人にとっても勉強である

教学相まって、学は進歩する


その様な、先生でいらっしゃいます

学生には、本当に有り難い事ですね


御来店頂いた、とらんくすや。 でも

真摯な態度でいらっしゃいます


和柄に関して、とらんくすや。親父が、

御説明致しますが、真剣に聞いていらっしゃいます

教える立場の方は、学びも真剣です

教学相まっていらっしゃいます


この御姿から 感じなさい

とらんくすや。親父 よ!

大いに反省です


和柄文様の説明

謙虚に、お話しなければと思います

と同時に、お客様からお教え頂く事も多いのです

教学相まっている事を忘れてはなりません


和柄文様の説明をしながら、

「あれ、これで良かったかな、

間違っていないかな、合っていたかな」

の反省連続です


お客様に、お教えするには、

更に、和柄文様の猛勉強でございますね


偉そうにするのでなく

謙虚に学び

そして、教学相まって、

学(和柄文様)は、進歩する














あなたは、どのタイプですかな?

直(ちょく)、寛(かん)、剛(ごう)、簡(かん)


浅草雷門の正面の通りで

犬と散歩している若い女性がいました

ワンちゃん、おしっこをしたくなり

その場でしてしまいました

しかし、若い女性は、処理もせずそのままです

とらんくすや。親父

女性に、「後処理をしなさい」と注意申し上げましたが

素知らぬ顔で、立ち去ろうとします

とらんくすや。親父、頭にきて、
言ってしまいました

「あなたは、犬を飼う資格が無い」


それでも、知らぬ、存ぜぬ、で去ってしまいました


言い過ぎましたかな?

真っすぐ過ぎましたかな?

人間の持っている性分(しょうぶん)ですね

失礼致しました 人間が出来ていないですね


古に有り難いお言葉がございます


書経より

直而温 寛而栗

剛而無虐 簡而無慠

直(ちょく)にして温(おん)

寛(かん)にして栗(りつ)

剛(ごう)にして虐(そこな)うなく

簡(かん)にして慠(おご)るなかれ


「直(ちょく)」・・・

真っすぐな人で、曲がった事が嫌いな人は、

どうしても周りとトラブル事が多いのです

なので、心の温かさ 温和が必要なのです

「寛(かん)」・・・

寛容、包容力の厚い人です

ややますれば、優しすぎ、甘やかす事になります

ですので、栗(りつ)が必要なのです

栗(りつ)ぴりっとした厳しさを言います

「剛(ごう)」・・・

剛毅な人です強い人なので、他人を踏みつけにしたり

傷つけたりと言う様な事になります

御注意として、虐(そこな)う事の無いようにです

「簡(かん)」・・・

大ざっぱな人を言います、人の心を読めません

なので、人を傷つけてしまうのです

自分自身に、慠(おご)るなかれでございます


皆様は、どのタイプですかな?

直(ちょく)、寛(かん)、

剛(ごう)、簡(かん)


とらんくすや。親父は、

直(ちょく)か、剛(ごう)でしょうか

自分自身の性格を直さなければ

お客様商売 やはり

駄目よ! 駄目! 駄目! ですね

すみません 何回も使わさせて頂いてます