本との気持ち86
「初めて本を創る人へ」杉山 隆
(コスモトゥーワン・本体1200円)
本に係わりを持つ者として初心に返ったつもりで本づくりについて考えてみようと思い手にした。
全体の内容は、(1)企画しだいで本は売れる、(2)なんのために本を出すのか、(3)売れる本はこうして作られる、という三つの柱からなり、(2)と(3)の章末には「本を出して成功するマル秘ポイント」なるまとめ書きがある。並製本で文字も大きくイラストも入って、総じて手にも目にも脳にも優しい作りだ。文章も同類の本にくらべ、本を出して「得する」ような書き方はしていない。あくまで読む側の努力を期待するスタンスがいい。
著者が一番言いたいことは、きっと(1)にあるようなタイトルが決め手というあたりではないかと思う。『スピリッツランド』という翻訳本が売れず、装丁を新たにしてタイトルを『死後世界地図』に変えたところ、たちまちベストセラーになったという著者の実体験が語られているからだ。それは前に「地図」という言葉の入ったタイトルの宗教についての本がよく売れたことがあったのを思い出したからであった。「地図」という「見える化」のような一歩読者に歩み寄ったタイトルの付け方が良かったのかもしれない。そう、編集の極意に3つのTという話がある。その一番がTitle、次にTheme、そしてTimingで、なるほど売れるためにはタイトルは何よりも一番というわけ。
本を出すに当たっては何を書くかが問題だが、著者は「あなたにしかない企画を」と言う。なかでも健康法に関するテーマはヒットする可能性は高いようだ。そこでまた持論になるが、テーマの3つの極意には役立つ、得する、キレイにするがあると考えていて、役立つは助けることでもあるので、健康についての本は悩める読者にとってはセカンド・オピニオンのお医者さんほどの価値があるのではないだろうか。
さて先の3つのTの最後のタイミングについては、著者も「今、どんな本が求められているか」という見出しのところで4つの極意を挙げてくれている。(1)時代感覚にマッチしたもの、(2)話題性のあるもの、(3)社会的に意義のあるもの、(4)人間の欲望を刺激するもの。これらを昨今のニュースから探し出して企画書にしてみるのもいいかもしれない。
書き方、作り方、売り方など難しい話はほとんどなく、本のすべてが読みやすく語られている実に「ほほえましい」指南本である。実はこの本、町の公民館の図書室で見つけたもの。おそらく本屋やアマゾンでは目にできなかったかもしれない。ちょっとした散歩気分で出掛けた先での嬉しい発見であった。

本との気持ち85
五木寛之「新老人の思想」
(幻冬舎新書・本体780円+税)
「人生九十年の時代」と著者は言う。高齢社会が「老人階級」を生みだし、著者自身八十代にあって「自立」をめざし「ではどうすればいいのか」と自問を繰り返しながら筆を進める。それにしても肝心なのは健康でいることが当たり前に大事なように、その当たり前に努力することしかないのではないかと、著者より充分若いのに寄る年波にある我が身はいたく考えさせられてしまったのだ。特に「自立」を文字通り「立つこと」、身体として立つことにあるという著者の持論に。歩き始めるのはその立ててからでなければ腰痛も治らないのだし治まらないようにと著者の持病に悩んだ説得力は充分重い。老いていく存在であることを忘れないで、と序章を結ぶ。
次章の先では「老人階級」を「新老人」のことと言っているが、その実在の一人に深沢七郎をあげている。彼の生き方には音楽でいうところのメロディーよりもリズム感にあると言うのだが、そこには老いを感じさせない躍動感のようなものと、その反対にぶれない自分を固持しているところもあると言う。今の時間をしっかりと実感の伴ったものにして前へ進む。老いとはそんな生き方をして死にゆくことであると教えてくれる。
しかし、そうは言っても人間は生きているだけでも大変なのだ。確かに生きようとするのは欲望でもあるが、「生きて地獄、死んで地獄」確かな手応えのある人生なんてどれほどのものか、歳をとれば心の裡に諦めも生じて当然だ。「ではどうすればいいのか」。人はいつかは必ず死ぬ。だからその天命に従って「ナチュラルな老化」を受け入れる生き方、老い方、死に方をすべきである。その覚悟のほどが実感につながる。諦めるのではない。明らかにする。老いるほどに生きる姿勢が問われるのだ、ということだ。そして、くれぐれも人間は自然の一部なのだということ。著者は泰西の歴史や人物を語りながら、現代社会をも見つめ、己という「老い」がその歴史の時間帯を歩んだ一部のまた一部の存在であることを実感しながら綴っている。その実感を共有できる一冊であった。
新老人の思想 (幻冬舎新書)/五木 寛之

¥819
Amazon.co.jp
(幻冬舎新書・本体780円+税)
「人生九十年の時代」と著者は言う。高齢社会が「老人階級」を生みだし、著者自身八十代にあって「自立」をめざし「ではどうすればいいのか」と自問を繰り返しながら筆を進める。それにしても肝心なのは健康でいることが当たり前に大事なように、その当たり前に努力することしかないのではないかと、著者より充分若いのに寄る年波にある我が身はいたく考えさせられてしまったのだ。特に「自立」を文字通り「立つこと」、身体として立つことにあるという著者の持論に。歩き始めるのはその立ててからでなければ腰痛も治らないのだし治まらないようにと著者の持病に悩んだ説得力は充分重い。老いていく存在であることを忘れないで、と序章を結ぶ。
次章の先では「老人階級」を「新老人」のことと言っているが、その実在の一人に深沢七郎をあげている。彼の生き方には音楽でいうところのメロディーよりもリズム感にあると言うのだが、そこには老いを感じさせない躍動感のようなものと、その反対にぶれない自分を固持しているところもあると言う。今の時間をしっかりと実感の伴ったものにして前へ進む。老いとはそんな生き方をして死にゆくことであると教えてくれる。
しかし、そうは言っても人間は生きているだけでも大変なのだ。確かに生きようとするのは欲望でもあるが、「生きて地獄、死んで地獄」確かな手応えのある人生なんてどれほどのものか、歳をとれば心の裡に諦めも生じて当然だ。「ではどうすればいいのか」。人はいつかは必ず死ぬ。だからその天命に従って「ナチュラルな老化」を受け入れる生き方、老い方、死に方をすべきである。その覚悟のほどが実感につながる。諦めるのではない。明らかにする。老いるほどに生きる姿勢が問われるのだ、ということだ。そして、くれぐれも人間は自然の一部なのだということ。著者は泰西の歴史や人物を語りながら、現代社会をも見つめ、己という「老い」がその歴史の時間帯を歩んだ一部のまた一部の存在であることを実感しながら綴っている。その実感を共有できる一冊であった。
新老人の思想 (幻冬舎新書)/五木 寛之

¥819
Amazon.co.jp
本との気持ち84
外岡秀俊「作文の技術」
(朝日新聞出版・価格1,365円)
授賞したのに作家よりも新聞記者の道で世界で活躍された外岡氏には昔から尊敬していました。私はしがない地方のもの書きですが、外岡氏を忘れたことはありませんでした。文章の3つの原則、美しさの代わりに私は「色気」にしています。自分が取材した証を少しでも触れる書き方をしています。先輩にかつて「客観的だけでは君はいらないんだよ」。一生忘れられないアドバイスでした。「美しさ」は4つめに加えさせて頂きます。外岡さん、私のこれからの少ない人生の仕事に確かな示唆を頂きありがとうございました。65歳、生涯現役組より。
(朝日新聞出版・価格1,365円)
授賞したのに作家よりも新聞記者の道で世界で活躍された外岡氏には昔から尊敬していました。私はしがない地方のもの書きですが、外岡氏を忘れたことはありませんでした。文章の3つの原則、美しさの代わりに私は「色気」にしています。自分が取材した証を少しでも触れる書き方をしています。先輩にかつて「客観的だけでは君はいらないんだよ」。一生忘れられないアドバイスでした。「美しさ」は4つめに加えさせて頂きます。外岡さん、私のこれからの少ない人生の仕事に確かな示唆を頂きありがとうございました。65歳、生涯現役組より。