本との気持ち83
連城三紀彦「恋文・私の叔父さん」
(新潮文庫・本体490円+税)
「恋文」★★
夫には余命幾ばくもない病人の女がいて、妻はその女に友情めいたものを覚え見舞いに通っている。一方、可哀相なお母さんを助けてほしいと中学生のわが子が母の勤める出版社に投書する。そこには父が結婚していることを隠して浮気をしていることも書かれていたが、それ以上に夫は妻に向かって「ほんとに俺に惚れているなら俺に好きなことやらせてくれるんだろ」と言い、浮気女との結婚式を言い出す。妻は死にゆく女の不幸に同情してそれを認めた。しかし女は死ぬ。女は指輪を外してそれを妻に返すようにと夫に手渡していた。女が病室のベッドで死ぬ時、妻は遠慮して女の左手を夫のために残して夫の一方の手に自分の右手を重ねた。その時、妻が「私、あなたへすごいラブレターを書いたじゃない」と言う。それが何であったかは勿論ここでは語らない。夫のエゴと、相手の女の不幸に同情する妻の複雑な心境が交錯する心理サスペンスを楽しんでほしいとだけ言っておく。これ以上のタイトルはないと思うからだ。
「紅き唇」★★★
一緒に働いた女は美人で、不美人な自分はその女の恋敵をほんとは好きだった。女がもらった口紅をほんとは自分がほしかった。そんな淡い恋心を40年たって今目の前にいる死んだ娘の夫を代わりにして心を埋めようとしている。しかしその男には再婚相手の女ができていた。やがて、自分は男とパチンコをした時や蛍を見に行った時の想い出を胸に身を引くように老人ホームへ入る。と、これだけの話なのだが、誰しも本心を隠して自分とは違う誰かを代わりにして悲しみを埋めていることがあるに違いない。人の心の奥に潜む悲しみを押し殺して、決して噛み締めるような涙を見せることもなく、人知れず自分とは違う誰かに何かを託している。ページの終わりがなければいいのにと、切々とした文脈に引き込まれながら読み進んだ。
「十三年目の子守歌」★★★
人生に傷を持つ似た者同志が同居したり別れたりするそんな入り乱れた交流の中でも、人はやはり血と縁に縛られながら断ち切れない狭間を生きなければならない。たとえ偽りでもできてしまった縁は血よりも濃く、そこから脱出することもできず何が正しいのかも分からず人は寄り添い、時には離れてでも帰ることを切に思いながら他人として生き延びるしか方法のない人生を生き続けることもある。本編は処し難い人生模様を描きながら何とか絆を取り戻そうと罵声と涙に明け暮れる「家族」を描いた中編独白小説だ。13年目の真相が「家族」を揺さぶった。しかし物語は救いの手を差し伸べてくる。連城の物語作家としての優しい眼差しが感じられた。
「ピエロ」★★★
浮気の真似をして帰ってきた夜、相変わらず「俺ならいいよ」と口癖を言う夫に、妻は愛想が尽きてほんとに浮気してきたと嘘を言う。そんな繰り返しのあったある晩、夫も又、妻が経営している美容院の女の子と浮気をしてきたと嘘を言う。二人は嘘でお互いの愛情を計り合う。それはお互いをかばい合うことでもあったはずなのに、しかし男はもともとは優しすぎる弱い人間、嘘の笑みに疲れてとうとうピエロを演じてしまう。話は情けない男と気丈を振る舞う女の心の行き違いを巧みに仕立てたストーリーだけど、やはりさすがのストーリーテラー。映画のような、風船が夜空に舞い上がるシーンが二人の悲しいラストを飾る。
「私の叔父さん」★★★★★
「叔父さんが私の母を愛していたからと言って、それを知っている娘の私も何をしようというのだろう。もしかしたら、私が叔父さんに母の代わりに愛されたいのかしら。逆に叔父さんは姪の私を母の代わりにしてでもいるとか…。そんなのいっそ現実で壊してしまった方が生きやすいかも知れない。でも叔父さんはお母さんの時と同じように私にも優しくて、やっぱりほんとのことは言わないんだ。だから叔父さんに言い返すにはみんな嘘だったことにするしかなかったの。そうでしょ叔父さん。お母さんの結婚式で叔父さん、相手のお婿さんを殴ったこと正直な気持ちの表れだったし、自分に嘘をついてお母さんの葬儀に行かなかったこともその方が自分の中でお母さんがずっと生きていてくれると思いたかったからでしょ。初めからあの写真の中だけでお母さんを愛していたように。だってあの5枚の写真の中のお母さん、『あ・い・し・て・る』って言ってるじゃない。それだけのはずだったのにびっくりさせること、叔父さん言い出してしまって…」。
恋文・私の叔父さん (新潮文庫)/連城 三紀彦

¥515
Amazon.co.jp
(新潮文庫・本体490円+税)
「恋文」★★
夫には余命幾ばくもない病人の女がいて、妻はその女に友情めいたものを覚え見舞いに通っている。一方、可哀相なお母さんを助けてほしいと中学生のわが子が母の勤める出版社に投書する。そこには父が結婚していることを隠して浮気をしていることも書かれていたが、それ以上に夫は妻に向かって「ほんとに俺に惚れているなら俺に好きなことやらせてくれるんだろ」と言い、浮気女との結婚式を言い出す。妻は死にゆく女の不幸に同情してそれを認めた。しかし女は死ぬ。女は指輪を外してそれを妻に返すようにと夫に手渡していた。女が病室のベッドで死ぬ時、妻は遠慮して女の左手を夫のために残して夫の一方の手に自分の右手を重ねた。その時、妻が「私、あなたへすごいラブレターを書いたじゃない」と言う。それが何であったかは勿論ここでは語らない。夫のエゴと、相手の女の不幸に同情する妻の複雑な心境が交錯する心理サスペンスを楽しんでほしいとだけ言っておく。これ以上のタイトルはないと思うからだ。
「紅き唇」★★★
一緒に働いた女は美人で、不美人な自分はその女の恋敵をほんとは好きだった。女がもらった口紅をほんとは自分がほしかった。そんな淡い恋心を40年たって今目の前にいる死んだ娘の夫を代わりにして心を埋めようとしている。しかしその男には再婚相手の女ができていた。やがて、自分は男とパチンコをした時や蛍を見に行った時の想い出を胸に身を引くように老人ホームへ入る。と、これだけの話なのだが、誰しも本心を隠して自分とは違う誰かを代わりにして悲しみを埋めていることがあるに違いない。人の心の奥に潜む悲しみを押し殺して、決して噛み締めるような涙を見せることもなく、人知れず自分とは違う誰かに何かを託している。ページの終わりがなければいいのにと、切々とした文脈に引き込まれながら読み進んだ。
「十三年目の子守歌」★★★
人生に傷を持つ似た者同志が同居したり別れたりするそんな入り乱れた交流の中でも、人はやはり血と縁に縛られながら断ち切れない狭間を生きなければならない。たとえ偽りでもできてしまった縁は血よりも濃く、そこから脱出することもできず何が正しいのかも分からず人は寄り添い、時には離れてでも帰ることを切に思いながら他人として生き延びるしか方法のない人生を生き続けることもある。本編は処し難い人生模様を描きながら何とか絆を取り戻そうと罵声と涙に明け暮れる「家族」を描いた中編独白小説だ。13年目の真相が「家族」を揺さぶった。しかし物語は救いの手を差し伸べてくる。連城の物語作家としての優しい眼差しが感じられた。
「ピエロ」★★★
浮気の真似をして帰ってきた夜、相変わらず「俺ならいいよ」と口癖を言う夫に、妻は愛想が尽きてほんとに浮気してきたと嘘を言う。そんな繰り返しのあったある晩、夫も又、妻が経営している美容院の女の子と浮気をしてきたと嘘を言う。二人は嘘でお互いの愛情を計り合う。それはお互いをかばい合うことでもあったはずなのに、しかし男はもともとは優しすぎる弱い人間、嘘の笑みに疲れてとうとうピエロを演じてしまう。話は情けない男と気丈を振る舞う女の心の行き違いを巧みに仕立てたストーリーだけど、やはりさすがのストーリーテラー。映画のような、風船が夜空に舞い上がるシーンが二人の悲しいラストを飾る。
「私の叔父さん」★★★★★
「叔父さんが私の母を愛していたからと言って、それを知っている娘の私も何をしようというのだろう。もしかしたら、私が叔父さんに母の代わりに愛されたいのかしら。逆に叔父さんは姪の私を母の代わりにしてでもいるとか…。そんなのいっそ現実で壊してしまった方が生きやすいかも知れない。でも叔父さんはお母さんの時と同じように私にも優しくて、やっぱりほんとのことは言わないんだ。だから叔父さんに言い返すにはみんな嘘だったことにするしかなかったの。そうでしょ叔父さん。お母さんの結婚式で叔父さん、相手のお婿さんを殴ったこと正直な気持ちの表れだったし、自分に嘘をついてお母さんの葬儀に行かなかったこともその方が自分の中でお母さんがずっと生きていてくれると思いたかったからでしょ。初めからあの写真の中だけでお母さんを愛していたように。だってあの5枚の写真の中のお母さん、『あ・い・し・て・る』って言ってるじゃない。それだけのはずだったのにびっくりさせること、叔父さん言い出してしまって…」。
恋文・私の叔父さん (新潮文庫)/連城 三紀彦

¥515
Amazon.co.jp
本との気持ち82
阿刀田高「街のアラベスク」
(新潮文庫・本体590円+税)
毎夜、ベッドで短編小説を一つ読んで眠りに落ちる。隣人は「かえって興奮して眠れないんじゃない」と言うけれど、眠り薬のようによく眠れてしまう。また隣人は「小説と同じような夢を見てうなされてしまうんじゃないの」とも言うけれど、やはりよく眠れる。心地好い眠りを誘ってくれる阿刀田高の短編小説はどれも夢のように軽いけれど、深くて妖しい甘い魅力がある。しかし、この「街のアラベスク」で綴られた妖しい魔性は男をダメにする薬のようなのでもある。
「美しい人」★★★
美しい人というのは欠伸をしたりクシャミをしたりして表情が崩れた時でも美しいという。そんな美人が家訓に従って後妻に行った先は脂ぎって年老いた会長だった。きっと初めに結婚した男もずっと年上の脂ぎった男で、当然のように先に早く死んだ。今度の会長も程なくそうなるのだろう。美人が崩れても美しいように、美人の結婚も崩れたような男が相手で、美人は薄命よりも生血を吸う〝家訓〟のもとに生まれ落ちていたというわけ。読者のこちらをたまらなく美人に惚れさせといてゾッとさせるラストがいい。
「暗闇坂」★★★★★
桐の下駄はあまり履かない方がいいと教えられた。それは桐下駄は琴になる上等な桐の木の半端でできたものだから魔性が潜んでいると。かつて俳優志望の若い頃、半端な劇団員から早く主演が欲しくて大女優と色恋に落ちた。しかしその後は別な人生を歩んで今はもう悠々自適で夜の散歩が唯一の楽しみの身。今夜も桐の下駄を履いて家を出てきた。あの「琴になる 下駄になるも 桐の運」という諺を教わっていたのに。坂道にさしかかると鼻緒を切った幼い頃の不穏な記憶とともに、足元のカランコロンという下駄の音に、どこからともなく琴を奏でる時のトン、テン、シャンという音がした。その音にはあの魔性の甘い記憶が潜んでいた。カランコロン、トン、テン、シャン、カランコロン、トン、テン、シャンと…。その夜、男は魔性から抜け出ようにも出られず夜をいつまでも歩き続けていた。蠱惑的な記憶に苛まれながら。
「真面目な関係」★
キスをしただけで女が死んだことも知らずに次のデートを待つ男の情けなさを描いた短編。キスには深い謎のような誘惑の味があるように、キスが必ずしも次の肉体関係に発展するわけではないのに、気弱な男の淡い夢は大きく膨らんでいった。恋の平均値には浅くとも深くとも別れがつきまとっているもの。カウンター越しのママとそんな話をする主人公の男もまた男客の気持ちが分からないわけではなく、女の訃報を伝えようかと悩む。
「左掌(ひだりて)の記憶」★★
そう、あの丸くて柔らかな感触。まるで夢でできてるみたいな乳房は男に甘い記憶を誘う。どうして左手なのか、それは右手よりもやさしく夢があるから。使い慣れてない左手の方が心なしか重く感じられて実感があるから。それは夢がいっぱい詰まっているようだし、手応えがたまらく魅惑的だから。…なんだかストーリーよりも勝手が先走ってしまった。これくらいにしておきます。あとはお読みください。作品の感触もたまらなくなること請け合いです。
「六郷橋まで」★★★★
男と女は行きつ戻りつしながら少しずつ溝を埋め合い愛にたどり着く。「橋」には出会いと別れのイメージがあるけれど、お互いをつなぐ架け橋だ。そこには別れてもまたいつか会えそな虹色のいろいろな夢模様が眠ってる。その想いはきっと叶うと…。ストーリーは出会い、恋愛、別れ、再会と単純な構成だが、〝男と女の間に流れる深い河〟の溝には愛の運命を呼ぶ縁(えにし)が潜んでいるのだろう。タイトルに惹かれ一番に読み始め、そんなこと思わせてくれたちょっといい短編でした。
「銀座の敵」★
心優しい幼馴染みの先輩・信さんが今や〝夜の帝王〟かと思ったら、本人曰く「大とり(ホステスの上客)になれない上澄みだけを楽しむ〝銀座の敵〟だ」と自分を言う。しかし久しぶりに会ったホステスから信さんが別の若いホステスに入れ込んで離婚騒ぎになっていると聞かされる。あの懐かしい信さんのこと、話は本当なのだろうかと訝るところで終わるのだが、信さんを昔のままの人の好い人としてもっと別なストーリーにできなかったのだろうか。例えば、格好だけの小とりの優しさが高じて、やくざから逃げられない不幸なホステスに同情して信さんが不運な死を遂げてしまう。ホステスの女はその知らせを聞いて決意、逃亡する。それから時が経って主人公が旅先でその彼女と出会うとか、さ。
「夜に飛ぶ」★
独り言が癖の男が夜、森の公園に向かって散歩をしていると、夜風に不思議な香りがあることに気がつく。すると何となく甘くて古い恋の思い出がよみがえった。そのイメージは夜を貫く香りのする風に似て、大きく膨らんだりしぼんだりした。ちょうどあのベッドの時の二人のように。しかし朝がやってくるように夜の香りはかすんでいき恋も終わった。あの目くるめくような思い出は、散歩した甘い香りのした夜が孤独な独り言に優しく応えてくれただけなのかもしれない。
他5編。
街のアラベスク (新潮文庫)/新潮社

¥620
Amazon.co.jp
(新潮文庫・本体590円+税)
毎夜、ベッドで短編小説を一つ読んで眠りに落ちる。隣人は「かえって興奮して眠れないんじゃない」と言うけれど、眠り薬のようによく眠れてしまう。また隣人は「小説と同じような夢を見てうなされてしまうんじゃないの」とも言うけれど、やはりよく眠れる。心地好い眠りを誘ってくれる阿刀田高の短編小説はどれも夢のように軽いけれど、深くて妖しい甘い魅力がある。しかし、この「街のアラベスク」で綴られた妖しい魔性は男をダメにする薬のようなのでもある。
「美しい人」★★★
美しい人というのは欠伸をしたりクシャミをしたりして表情が崩れた時でも美しいという。そんな美人が家訓に従って後妻に行った先は脂ぎって年老いた会長だった。きっと初めに結婚した男もずっと年上の脂ぎった男で、当然のように先に早く死んだ。今度の会長も程なくそうなるのだろう。美人が崩れても美しいように、美人の結婚も崩れたような男が相手で、美人は薄命よりも生血を吸う〝家訓〟のもとに生まれ落ちていたというわけ。読者のこちらをたまらなく美人に惚れさせといてゾッとさせるラストがいい。
「暗闇坂」★★★★★
桐の下駄はあまり履かない方がいいと教えられた。それは桐下駄は琴になる上等な桐の木の半端でできたものだから魔性が潜んでいると。かつて俳優志望の若い頃、半端な劇団員から早く主演が欲しくて大女優と色恋に落ちた。しかしその後は別な人生を歩んで今はもう悠々自適で夜の散歩が唯一の楽しみの身。今夜も桐の下駄を履いて家を出てきた。あの「琴になる 下駄になるも 桐の運」という諺を教わっていたのに。坂道にさしかかると鼻緒を切った幼い頃の不穏な記憶とともに、足元のカランコロンという下駄の音に、どこからともなく琴を奏でる時のトン、テン、シャンという音がした。その音にはあの魔性の甘い記憶が潜んでいた。カランコロン、トン、テン、シャン、カランコロン、トン、テン、シャンと…。その夜、男は魔性から抜け出ようにも出られず夜をいつまでも歩き続けていた。蠱惑的な記憶に苛まれながら。
「真面目な関係」★
キスをしただけで女が死んだことも知らずに次のデートを待つ男の情けなさを描いた短編。キスには深い謎のような誘惑の味があるように、キスが必ずしも次の肉体関係に発展するわけではないのに、気弱な男の淡い夢は大きく膨らんでいった。恋の平均値には浅くとも深くとも別れがつきまとっているもの。カウンター越しのママとそんな話をする主人公の男もまた男客の気持ちが分からないわけではなく、女の訃報を伝えようかと悩む。
「左掌(ひだりて)の記憶」★★
そう、あの丸くて柔らかな感触。まるで夢でできてるみたいな乳房は男に甘い記憶を誘う。どうして左手なのか、それは右手よりもやさしく夢があるから。使い慣れてない左手の方が心なしか重く感じられて実感があるから。それは夢がいっぱい詰まっているようだし、手応えがたまらく魅惑的だから。…なんだかストーリーよりも勝手が先走ってしまった。これくらいにしておきます。あとはお読みください。作品の感触もたまらなくなること請け合いです。
「六郷橋まで」★★★★
男と女は行きつ戻りつしながら少しずつ溝を埋め合い愛にたどり着く。「橋」には出会いと別れのイメージがあるけれど、お互いをつなぐ架け橋だ。そこには別れてもまたいつか会えそな虹色のいろいろな夢模様が眠ってる。その想いはきっと叶うと…。ストーリーは出会い、恋愛、別れ、再会と単純な構成だが、〝男と女の間に流れる深い河〟の溝には愛の運命を呼ぶ縁(えにし)が潜んでいるのだろう。タイトルに惹かれ一番に読み始め、そんなこと思わせてくれたちょっといい短編でした。
「銀座の敵」★
心優しい幼馴染みの先輩・信さんが今や〝夜の帝王〟かと思ったら、本人曰く「大とり(ホステスの上客)になれない上澄みだけを楽しむ〝銀座の敵〟だ」と自分を言う。しかし久しぶりに会ったホステスから信さんが別の若いホステスに入れ込んで離婚騒ぎになっていると聞かされる。あの懐かしい信さんのこと、話は本当なのだろうかと訝るところで終わるのだが、信さんを昔のままの人の好い人としてもっと別なストーリーにできなかったのだろうか。例えば、格好だけの小とりの優しさが高じて、やくざから逃げられない不幸なホステスに同情して信さんが不運な死を遂げてしまう。ホステスの女はその知らせを聞いて決意、逃亡する。それから時が経って主人公が旅先でその彼女と出会うとか、さ。
「夜に飛ぶ」★
独り言が癖の男が夜、森の公園に向かって散歩をしていると、夜風に不思議な香りがあることに気がつく。すると何となく甘くて古い恋の思い出がよみがえった。そのイメージは夜を貫く香りのする風に似て、大きく膨らんだりしぼんだりした。ちょうどあのベッドの時の二人のように。しかし朝がやってくるように夜の香りはかすんでいき恋も終わった。あの目くるめくような思い出は、散歩した甘い香りのした夜が孤独な独り言に優しく応えてくれただけなのかもしれない。
他5編。
街のアラベスク (新潮文庫)/新潮社

¥620
Amazon.co.jp
本との気持ち81
「赤門は知っている」野村昭子
(叢文社・本体1500円+税)
東大の赤門は東大ができる50年以上も前の文政10年(1827)に建てられた。そもそも赤門とは三位以上の大名に将軍家からの降嫁があった時に建てられ、東大の赤門は金沢加賀藩の13代藩主前田斉泰が11代将軍徳川家斉の娘・溶姫(やすひめ)を正室に迎えた折りに建造された。つまり本郷の東大は加賀藩の上屋敷のあったところ。三四郎池はその前田家の庭園跡である。
溶姫の父・家斉は一橋家より将軍になったことから、溶姫が前田家に輿入れするまでの道のりは一橋御門から江戸城を出て水道橋を経て本郷に至っている。本書は女性の著作らしく輿入れや帰郷の時の用具の資料一覧は圧巻で、まさしく当代幕府と加賀百万石の縁組みを象徴的に綴っている。
しかし前田家の屋敷は幕末、彰義隊砲撃戦の影響を受け焼失。昭和の大戦での空襲で東大校舎も大半が焼けた。そんな中、赤門はその延焼を免れ現在に至っている。発掘的史料として貴重な本であろう。
さてどうして本書を読むことになったかは、我が山形市内にも「赤門」と称する門が城下の小路に隠れるようにあって近年になりその前の大きな建物が退去し姿をあらわすと、密かにその存在に関心が寄せられつつあるからだった。しかしかつては五十七万石の最上家山形藩の城下とはいえ、こちらの「赤門」は大きな戸口といった門で本郷のそれと比較するべくもないが、とりあえず山形城の藩主が隠居した光明寺という寺が大手門前にあって、そこから移築されたものということが一つとして予想できたことであった。
また、最上家のどの娘が家臣の家に嫁いだかは全く分からない。そんな史実もあるやなしやである。現在住んでいるお宅は程近い旧街道筋で骨董商を営んでいた商家の末裔で、「赤門」は移ってきた明治時代にはすでにあったという。一時期関西の国立大学が建築学的な調査に入ったというが、「藩政時代の武家屋敷の門」としか歴史的な記述はない。こちらの「赤門」はまだまだ分からないことばかりである。郷土史家の調査を期待し注目していたい。
赤門は知っている/叢文社

¥1,575
Amazon.co.jp
(叢文社・本体1500円+税)
東大の赤門は東大ができる50年以上も前の文政10年(1827)に建てられた。そもそも赤門とは三位以上の大名に将軍家からの降嫁があった時に建てられ、東大の赤門は金沢加賀藩の13代藩主前田斉泰が11代将軍徳川家斉の娘・溶姫(やすひめ)を正室に迎えた折りに建造された。つまり本郷の東大は加賀藩の上屋敷のあったところ。三四郎池はその前田家の庭園跡である。
溶姫の父・家斉は一橋家より将軍になったことから、溶姫が前田家に輿入れするまでの道のりは一橋御門から江戸城を出て水道橋を経て本郷に至っている。本書は女性の著作らしく輿入れや帰郷の時の用具の資料一覧は圧巻で、まさしく当代幕府と加賀百万石の縁組みを象徴的に綴っている。
しかし前田家の屋敷は幕末、彰義隊砲撃戦の影響を受け焼失。昭和の大戦での空襲で東大校舎も大半が焼けた。そんな中、赤門はその延焼を免れ現在に至っている。発掘的史料として貴重な本であろう。
さてどうして本書を読むことになったかは、我が山形市内にも「赤門」と称する門が城下の小路に隠れるようにあって近年になりその前の大きな建物が退去し姿をあらわすと、密かにその存在に関心が寄せられつつあるからだった。しかしかつては五十七万石の最上家山形藩の城下とはいえ、こちらの「赤門」は大きな戸口といった門で本郷のそれと比較するべくもないが、とりあえず山形城の藩主が隠居した光明寺という寺が大手門前にあって、そこから移築されたものということが一つとして予想できたことであった。
また、最上家のどの娘が家臣の家に嫁いだかは全く分からない。そんな史実もあるやなしやである。現在住んでいるお宅は程近い旧街道筋で骨董商を営んでいた商家の末裔で、「赤門」は移ってきた明治時代にはすでにあったという。一時期関西の国立大学が建築学的な調査に入ったというが、「藩政時代の武家屋敷の門」としか歴史的な記述はない。こちらの「赤門」はまだまだ分からないことばかりである。郷土史家の調査を期待し注目していたい。
赤門は知っている/叢文社

¥1,575
Amazon.co.jp