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本との気持ち・1

「早世の天才画家 日本近代洋画の十二人」
酒井忠雄 著(中公新書・940円)

 大正から昭和初期にかけて印象派やフォービスム、キュビスムなどの新しい潮流が日本へ次々と伝わり、若き画家達を大いに刺激した時代があった。その刺激の大きさと、日本が戦争へと突入していく只中で彼らは自らの表現法に悩みながらも多くの作品を残した。しかしその苦痛の代償は濃密すぎた故に生き急いぐことを天性として強いられた。
 新書判にして総ページ340という本書には「裸体美人」の萬鉄五郎、「麗子像」の岸田劉生、「エロシェンコ氏の像」の中村彝、「枯れ木のある風景」の小出楢重、「カンナと少女」の村山槐多、「信仰の悲しみ」の関根正二、「棟梁の家族」の前田寛治、「新聞屋」の佐伯祐三、「窓外の化粧」の古賀春江、「旅愁」の三岸光太郎、「眼のある風景」の靉光、「立てる像」の松本竣介の十二人が紹介されている。
 これら若くして死した画家達を通して著者はその画業と詩作を論じ、「『日本近代洋画』におけるもっとも特徴的な一断面をかいまみる思いがする」と述べている。まさしく維新の誕生を経て時代も彼らも傷つきやすい青春期であった。著者は時に惹句が光る思索的な叙述を展開、読者を憑依に誘うほどで、僕にとっては体験的な読書となった。
 僕にとって忘れられないのは、同時代に酒田市で生まれ上京して二十一で果てた小野幸吉だ。彼もまたゴッホやルオーに魅せられた一人だった。

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夜の街で拾う、恋するコピー(編集ブランコ1)

 ちょうどバブルの時代のこと。30代の僕は夜の街を飲んで歩くのが大好きだった。なじみの店も何軒か持ち、飲み仲間も増える一方だった。店はほとんどがスナックだった。酒そのものよりお店の女の子の方が目当てだから、好みのタイプの子を探してよくハシゴをして歩いた。そうしているうちにベスト・スリーくらいが決まって、ある時期はその3人のお店を順に飲み歩いてばかりいた。彼女たちはいずれも明るく話し好きで、僕をこの上なく愉快にしてくれた。
 なかでも一番のお気に入りがいた。というのは、彼女に仕事でよく助けられていたからだ。それは精神的にまいっている時とか、ノルマの最後の一つが足りない時とかがほとんどだった。職場や営業先でうまくいかなかったり、しくじったりすると、気の小さい僕は簡単に地に落ちた。
 「顔に書いてあるからすぐにわかる」
 と彼女は言いながら膝小僧を寄せてきてくれる。こちらが腕組みばかりしてウンウン唸っていると、
 「あと一つなら紹介してあげる」
 と言いながら、次に
 「お願い」
 と手を合わせてドーハンをせがんでくる。高くはつくけど、それでも僕は助かって嬉しかった。

 もっと嬉しかったことがある。それは広告コピーのアイデアを、彼女としている会話の中でつかめる時があることだった。その瞬間は必ず目が合った。お互い考えていることが同じなのだった。二人でヤッターとばかりに小突き合った。そしてそれを必ず彼女の源氏名の名刺の裏に書き留めてくれるのだった。僕は次の日、それを会社のデスクの陰でこっそり見ながら、プレゼンに打ち込む。もちろん書体もきのうの夜、彼女と決めたあの書体。

 そんな助けられて嬉しい夜を一つだけ明かしとく。一つは彼女と初めて会った時のコピー。
 “恋も失うと星になる”
  彼女には前のお店に思いを寄せていたボーイがいた。ところが職場の慰労会で裸踊りをしてアレを見せてしまった。素敵だと思っていた人の意外な場面に接し、彼女は死にたいほどの悲しみと失望を味わった。
 「それで、この店に移ってきたんだ」
 身を縮めて、コクリと彼女はうなずいた。盛り上がった胸元がさざ波のように揺れた。僕の視線も揺れて、慰める言葉がつながらない。言葉のことを考えようとすると、プレゼンのコピーが気になってしぜん酒の勢いを借りようとする。
 それで話したのが、ゴッホの恋。何度も何度も恋に破れてあの傑作が生まれたなんて、男の失恋話なのに、どういうわけか彼女は元気を取り戻し、
 「私、彼のひまわりより、川岸に星降る夜を描いた絵が好きよ」
 と、ミラーボールを見上げて言ったりした。そのしぐさがキレイだった。胸元から首筋の白さが向こうの暗がりを背にして世界を呼んでいるようだった。
 とうとうその晩、僕は彼女をマンションの前まで送った。それは僕の感謝のしるしで、世界を呼び戻すように口ずさんだ彼女のフレーズがプレゼンのコピーになったのだった。それが“恋も失うと星になる”。
 でも、それは採用にならなかった。クライアントの担当者は僕との別れ際のエレベーターの前で不思議に真剣な面持ちで、
 「失恋保険なんていうのがあればバッチシだったんですけどネ」
 と、夢のようなことを言った。
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