コラムなタイム -16ページ目

本との気持ち80

「殉死」司馬遼太郎
(文春文庫・495円+税)

 「殉死」とは陸軍大将乃木希典が主に日露戦争の旅順攻略で戦旗を敵に奪われたことに責任を感じ、明治天皇の大葬の日に自害したことを指して題名にされている。山鹿素行の『中朝事実』に傾倒し何事にも劇的にふるまう国粋主義者であったが、同じ戦地で失った二児が軍人になりたがらなかったのを軍人にした希典の悔恨もまたその深い理由になっていたであろう。
 そして願わくば、満州の総参謀長児玉源太郎が死後を察したか、希典の名誉を最後までかばい通した友情のあったことは、かそけくもこの凄惨な夫婦の自害の物語に一抹の温かみを感じ取ることができた。
 さらに記しておかなければならないことが、希典の妻静子の所作である。希典は妻への遺書も残していた。しかしその日、共に自害した。それは既に二児もなく孤独になるよりはいっそ共に黄泉の国へと旅立つほうがいいし、それまで書斎の整理に精を出していた夫の姿から「この人は死のうとしている」と静子は気づいてもいた。児玉同様、夫希典の軍人としての名誉を誇りたかったのだろう。そして何よりも後世、美談に彩られる結果は妻静子の決意があったればこそだろう。自害は静子が先にし、希典もまた床に日本刀を立て体ごと俯せ果てた。
 司馬はどうであったろう。書き進む中で果たして主人公を悲劇の存在にするのか、それとも戦争の英雄に仕立てるのか。しかし、それは愚問であることは司馬自身初めからわかっていた。「オレは物語を書いているんだ」。読んでいてずっとそう叫ばれているような気がした。

殉死 (文春文庫)/司馬 遼太郎

¥520
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酷吾辞書

 国語辞書 固有名詞を 引くあわれ

思い出せないことが多くなり、テレビを観ていても
芸能人の名前が浮かばず夫婦げんかにもなってしまうことがあり、
何ともし難い老いだが、誰か何かいい辞書を発明してもらえないものだろうか。
しかし、最近は思い出せないくらい深く確かな奥の奥にしまい込まれていると、
吾が頭脳をお蔵のように考えることにしてもいる。
思い出せないことはない、確かにそこにあるのだろうから、
そう、思うことにした。
お互い思い出せないことは言わない。
今日も外は良い天気だ。

花見酒

 友に遇(あ)い 生きていたかと 花見酒

春爛漫、こころ浮き立ち散歩がてらに花見へと出掛けた。
桜並木の歩道の先に古い友の顔があった。
目の前をかざす小枝が揺れたかと思うと、足並みまでが急(せ)いた。
歩み寄り笑顔を交わし、こちらも話に花が咲いた。
あいつはどうしてる、あの続きはどうしたと話がつながってゆき、
どちらからともなくその晩の約束ができ、夜の花見酒となった。
いつかはちゃんと昼間の桜の木の下でやろうと話して別れたが、
まさかどちらかがほんとに桜の木の下の、そのまた下だったりして……。