「日本と戦争と宣教 現在、キリスト教への信頼感が一挙に崩れ去りつつある ⑰」
前回の続きです。ガザ武力侵攻において、多くのイスラエル国民は、ネタニヤフ政権(国・政治)の戦争(ジェノサイド(大量虐殺)協力の説得に反対したことにより、十字架につけられたイエス・キリストを救おうとしたことを証明しました。
そして「日本」の場合です。
日本は第二次世界大戦で決して傷が癒されることはないほどの想像を絶する地獄を体験しました。
NHKアーカイブス「太平洋戦争と空襲」から引用します。
「昭和20年になると住宅地を焼夷弾で焼き払う事実上の無差別爆撃に米軍は方針を変えたのでした。
3月10日には東京の下町が標的になり、焦土と化しました。
死者・行方不明は10万人以上に上ったのです。
東京は、その後も4月、5月に大規模な空襲を受けています。
米軍による日本空襲の方針は、産業と生活の基盤を破壊し、日本人の戦意を砕くことを狙いにしており、空襲は大都市だけでなく、地方都市にも次々におよぶようになりました。
終戦間際になると、近海に迫った空母艦載機からの空襲や艦砲射撃が日本本土を襲うようになりました。
大分県保戸島では、小学校(国民学校)の校舎にむけて艦載機が爆弾を投下、多くの子どもたちの命が奪われました。」
引用以上
「被爆者からのメッセージ」よりピックアップして引用します。
重野孝介さん 救護被爆 被爆時13歳
「1945年3月10日の東京大空襲のようなあきらかに非戦闘員の殺戮を目的に した空襲をしました。
夜中に街を焼き尽くしたのです。
戦争で虐殺や略奪はあきらかに戦争犯罪にあたると思います。
まして1945年8月には日本が敗けるのはもう誰が見てもはっきりしていたのに、あえて新兵器を日本の一般市民の上に投下して実験するような暴虐は人間のすることではないと思います。
しかも2回もしたのです。
原爆で一瞬にして命を奪われたり、命はとりとめたが被爆の被害を受けた多くの人々に対して、アメリカは謝罪しなければいけないと思っています。
私たちはアメリカの新兵器の生体実験にされたと思っています。
戦争で敵兵に対しても、戦闘能力をなくしたら、人道的に処遇しなければいけないのに、 全く戦闘力のない一般市民を大量に焼き殺したのは、どう考えても犯罪であると思います。」
引用以上
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昨年のNHK朝ドラ「あんぱん」でも第二次世界大戦で、アメリカ軍による高知大空襲による高知の市街地の40%を焼失させたという大惨事の場面がありました。
母親と妹たちは、高知の惨状をみて、立ちすくみ、泣き叫びます。周りには瓦礫の山、足もとには、人の遺体が転がっていました。
また、1985年の朝ドラ「澪つくし」は2020年にも再放送されましたが、ドラマの終盤は第二次世界大戦のアメリカ軍による銚子空襲で、銚子の町は破壊され、町の人々と愛する父と母が亡くなる悲劇がありました。
沖縄の米軍による地上戦では、米軍は「ありったけの地獄をあつめた」戦場と呼んだ。
爆弾の降り注ぐさまは「鉄の暴風」と形容された。
米軍の無差別な攻撃に、住民も次々と命を奪われていった。
沖縄戦では、軍人よりも住民の命が多く失われたといわれる。
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ほんのごく一部を伝えましたが、「日本」にとって戦争(ジェノサイド(大量虐殺)を行なうということは、絶対に許されることではないことがわかります。
それゆえ、日本では、「戦争(ジェノサイド)を支持することはあり得ないこと」と思う人が多くなって当然だと思います。
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聖書の教えでは、主イエス・キリストが「あなた方は世の光・地の塩です」と教えられています。
ところが、日本のキリスト教会は、プロテスタント教会もカトリック教会も信仰によって、戦争に協力したのです。
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カトリック信徒の木邨健三さんの著書「このままでいいのか」からピックアップして引用します。
戦時中のカトリック教会は、十五年戦争以前から「戦勝祈願ミサ」を行い、
ロマ書13章1~2節の聖句「凡ての人、上にある權威に服ふべし。そは神によらぬ權威なく、あらゆる權威は神によりて立てらる。この故に權威にさからふ者は神の定に悖るなり、悖る者は自らその審判を招かん」を用いて、天皇制国家主義に従うことに結びつけていた。
陸軍宗教部隊カトリック班(宗教宣撫班)を結成し、真珠湾攻撃に先んじて11月には日本を出発する。
日本のカトリックによるフィリピンの宗教宣撫においては、高山右近が戦時利用され、「高山右近頌徳祭」がマニラで行われた。
1943年9月にカトリック教会は「日本天主公教戦時活動方針」を発表し、指針の第一項は「本教団の総力を結集して、大東亜戦争の目的完遂に邁進すべし」
引用以上
この事実を見れば、カトリック教会は戦争に協力したというより、戦争を信仰によって積極的に参加しています。
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プロテスタント教会の場合はもっとひどい
「日本基督教団への合同」 川口 葉子氏の記事からピックアップして引用します。
「ほぼすべてのプロテスタント教会がひとつの教団となった時代がありました。
初めての宗教法となる宗教団体法が1940年4月から施行され、教団の設立に文部大臣の認可が必要となりました。
各派によって合同への意欲は様々でしたが、文部省の圧力と、また内在的な要因もあったとも言われますが、結果的に大合同へと向かうことになり、10月の皇紀二千六百年奉祝全国基督教信徒大会で「全基督教会の合同」を宣言します。
戦時体制のなか、国策に沿う形で成立した日本基督教団は、当然のように国策の担い手となり、戦争遂行に協力します。
皇軍必勝、大東亜建設のための必勝祈祷会を開催し、国民儀礼(宮城遥拝、国歌斉唱、勅語奉読など)を行うよう各教会に通達し、軍用機献納のために献金を募り、インドネシアでの宣撫工作に教師を派遣しました。
出征する若者たちを、「弟よ、兄よ、その若き信仰の血を献げ、その純潔の血を流して呉れ」と激励して送り出しました。
戦時下の教団は、キリストと天皇に仕えるものでした。
創立総会では、「われら基督教信者であると同時に日本臣民であり、皇国に忠誠を尽すを以て第一とす」と宣誓しました。
われらは神の支配下にあると同時に天皇の支配下にある、神の民であり同時に天皇の民であると、そして、天皇の国であるこの国に忠誠を尽くすと、教団の成立にあたって宣言したのです。
キリストと天皇というこの両面は、「日本基督教」をめざす動きにも表れています。
戦争末期には「皇国基督教」ともいわれましたが、外国から入ってきたキリスト教としてではない、日本のキリスト教をめざす動きです。
それは単に場所としての日本ということではなく、万世一系の天皇が統治する日本という国に根ざすキリスト教です。
引用以上
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このように、日本が「皇軍必勝!」「一億玉砕、国のため!」などと戦争に邁進している時代に、カトリック教会もプロテスタント教会も取り返しがつかないほどの、神と隣人に対する大罪を行なったのです。
その大罪は今もなお、日本における福音の大きな妨げになっています。
ただ、その時の救いは「キリスト教」の中にも国(政治)と戦ったキリスト教徒たちがいたことです。
その中で語り継がれているのが、内村鑑三の非戦論の伝統をうけた無教会キリスト教の中に受け継がれて,国(政治)に非戦論を訴えて戦っていたことです。
藤尾正人氏の「戦時下キリスト教迫害関係資料について 」から引用します。
「無教会の場合は教派,団体を組織せず,寺小屋式に,矢内原,政池といった信仰の師を中心とする小集会であったため、その平和主義に対する圧迫も,それぞれの指導者個人にむけられたものであって,一斉検挙という形はとられていない。」
講演会で矢内原氏が「日本の理想を生かすために,ひとまずこの国を葬って下さい」と講演し、矢内原氏の東大追放のキメ手になった。
引用以上
その後、矢内原忠雄氏の礼拝メッセージの集会には、サザエさんの著書「長谷川町子」さんが通っていることで、矢内原氏の国(政治)に対する非戦論も知れ渡ることになりました。
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そして、現在、世界でいくつもの戦争が巻き起こっている状況です。
特に、キリスト教国家「ロシア」、ユダヤ人の国民国家であると定義している「イスラエル」、キリスト教国家「アメリカ」
この3国の戦争行為は、世界中に多大な不安と恐れを与えています。
特にイスラエルのガザ武力侵攻において、日本も連日、報道番組やワイドショーなどで大きく報道され続けました
2024年12月1日の時事ニュースです。
その日、日本のメディアはイスラエル軍が「戦闘再開」と見出しを打ったが、反撃する手段を持たない女性や子どもの上に冷血にも爆弾を落とす行為のどこが「戦闘」なのか?
戦闘とは、撃ち合いがあって初めてそう呼べる行為だ。
「虐殺」を再開したのである。正確に報じてほしい。
逃げ場のない住民を兵糧攻めにした上で狙い撃つ、世界で最も卑怯(ひきょう)かつ残虐な軍隊の行為には、正当性のかけらもないのだから。
イスラエル軍が今、執拗(しつよう)に壊しているのは、住民に避難を呼び掛けた先であるガザ地区南部だ 。
住んでいた北部の家は廃墟にされ、戻る場所はない。
その人々を狙い撃ちしているのだ。
引用以上
日本も第二次世界大戦において、町全体を破壊し、住民を無差別に虐殺する空襲を経験しています。
それゆえ、家を失い、裸同然となり、旅人(難民)となり、飢えて、渇き、病いで倒れ、牢に入れられ、虐殺される最も小さき者たちを助けよう!と立ち上がる人々は多かったのです。
当然ながら、多くのイスラエル国民と共に、イスラエル(ネタニヤフ政権)に対して抗議し、条件付きパレスチナ国家承認を訴えて、死に直面している最も小さき者たちを救おうとしました。
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そして、私たちクリスチャンは「家を失い、裸同然となり、旅人(難民)となり、飢えて、渇き、病いで倒れ、牢に入れられ、虐殺される最も小さき者たちにしたことは、神の子にしたことなのです。」というイエス・キリストの教えを伝えます。
戦争(ジェノサイド(大量虐殺)を行なう者たちは、イエス・キリストを十字架につけて殺す者たちだということを教えます。
戦争(ジェノサイド(大量虐殺)を行なう国(政治)は神に敵対することを宣べ伝えます。
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カトリック教会では、イスラエルを支持せず、ガザ地区のパレスチナ人の人々をフランシスコ教皇は支援され続けました。
次の教皇となられたレオ14世教皇は立ち上がり、戦争(ジェノサイド(大量虐殺)を行なう国(政治)は主イエス・キリストに敵対することを宣べ伝えられました。
それで、トランプは猛反発して非難しています。
ネタニヤフも反発しています。
しかしながら、日本のカトリック教会の神父や信者たちは黙している印象が強くあります。
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一方、プロテスタント教会の方は、日本でも多くの牧師や信徒たちがイスラエルを支持することを表明しています。
ネタニヤフ首相が感動して、世界中のキリスト教徒に感謝を述べたことが世界中に発信されました。
次回は、国(政治)に対して戦っている使徒たちの証から、黙せずに宣べ伝えることの重要さを見ていきます。
