ここ数ヶ月くらいこの blog に書きたいことがそこそこあったので連投 (連続投稿) していましたが、現時点で書きたいことはだいたい書き終わりましたので、当面の間は投稿が途絶える見込みです。
もしこの blog を楽しみにしている方がいましたらすみません。
ここ数ヶ月くらいこの blog に書きたいことがそこそこあったので連投 (連続投稿) していましたが、現時点で書きたいことはだいたい書き終わりましたので、当面の間は投稿が途絶える見込みです。
もしこの blog を楽しみにしている方がいましたらすみません。
ののいち奇襲マニアさんの blog に転載されていた寺将会・松浦さんの記事で『寄せの急所 囲いの急所』が紹介されていたので、購入してみました。
チラッと読んでみたら「ああ、そうなのか」という感じです。
私は普段は土居矢倉を採用しているので、この本を活かすとしたら
みたいな感じかな、と思います。
…この形までうまく誘導出来たらいいのですが、私の棋力では難しそうです。
先日、子どもの入門者との対局中にこんな感じの局面になりました。
☗5三銀 からの3手詰ではありますが、私はあえて ☗5三金 としました。
もし以下に該当する場合だったら ☗5三銀 を選んだと思います。
相手に対してつい「こんな局面に陥る手前でちゃんと対策しておけよ」って言いたくなるかもしれませんが、この局面まできてしまったら、この局面から先でどのように相手に適切な思考負荷をかけるか、を考えるしかありません。☗5三金 なら ☖6一玉 ☗6二銀 ☖7二玉 でとりあえず逃げることができる、と気付いてほしいのです。
敵陣への攻めが必ず不発に終わるように注意しながら危機感を演出することは、個人的にはとても楽しいことだと感じています。
大袈裟な題目をつけてしまいましたが、私が把握している範囲で「電子組版の歴史」を書こうと思います。(すみません、今回も将棋とは関係ない話題です。)
私が出身大学にいた頃、先輩が紀要原稿を書いていました。
通常の生活では日本語の句点は「。」ですが、大学だと分野によって欧文式に「.」を使うことがあります。
先輩の紀要原稿、本来は「。」であるべきなのに「.」で組版されていたので、先輩は組版業者へ「句点は『。』にしてくれ」という旨の要望を出しました。
で、次の校正用組版を見ると…なんと数式中の小数点まで「。」になっていたのだそうです。つまり
π = 3。14159……
みたいなことになっていたのだそうです。
組版業者は全ての学術分野に通じているわけではないので組版業者を強く責める気にはなりませんが、それでも小数点を「。」に置き換えられた先輩の落胆も分かります。
組版の分野では昔からこういうことが発生していたのでしょう。
Wikipedia から引用します。
スタンフォード大学のドナルド・クヌース教授(現在は退職)が、1976年に自身の著書 The Art of Computer Programming の改訂版の準備中に、鉛版により組版された旧版の職人仕事による美しさが、改訂版の当時の写植では再現できていないことに憤慨し、自分自身が心ゆくまで組版を制御するために開発を決意した。
こうして TeX が生まれました。
ただ、TeX そのものは使いにくくて、上記の数年後に TeX の wrapper として LaTeX が生まれました。LaTeX のおかげで (少々) semantic な執筆が可能になったと言っても過言ではないと思います。
LaTeX 以前に、"TeX" という名の数式の処理に優れる組版ソフトウェアがあり、その TeX を使ってもっと簡単に論文やレポートを作成したいという要望があった。LaTeX はその要望に応えて開発されたものであり、レスリー・ランポートが TeX の上にマクロパッケージを組み込むことで構築したものである。
理系分野の学部の卒業生であれば、大抵は大学在学中に LaTeX を学んでいるものと思います。
ただ、TeX も LaTeX も、ある程度以上の組版を実現しようとすると学ぶべき分量が膨大でして、よほど時間に余裕がないと手が出せない領域があります。
恐らく、元々の設計があまり良くないのだと思います。
こんな呟きを見つけました。
TeXとLaTeX。クヌース先生とランポート先生。
チューリング受賞者がつくってこれかよ。
太字にするとフォントが変更される。
章タイトルが太字にならなくなるとか。あるところを解決すると別のものに変わる。
嘆きたくなる気持ちも分かります。
日本国内では2010年頃に Re:VIEW という処理系が登場しました。これは、markdown に似ている元原稿から PDF 文書も epub 文書も生成してくれるもので、しかも多くの印刷所への入稿条件を自動的に満たしてくれるようです。
個人的に、この Re:VIEW はかなり素晴らしいと感じています。
ただ、backend に TeX を使っているため、ある程度以上の組版をやろうと思うと学習すべき分量が一気に増大します。
私は、見出しに色を付けようとして挫折しました。
2017年頃に CSS 組版 system として Vivliostyle が登場しました。CSS を元にしているので見出しに色を付けることなどお手の物です。backend として TeX を利用していないので、TeX の呪縛から逃れることができます。
ただ、この Vivliostyle というものは説明書がとても分かりにくいです。例えば「Vivliostyle とは?」という説明文は以下の通りであり、これは日本語として「Vivliostyle とは?」に該当しません。
Vivliostyle には開発中も含め、次のプロダクトがあります。
この blog をお読みの方は日本語話者の方でしょうからわざわざ説明するまでもないことですが、「○○とは?」に対応する文は「○○です」です。「○○があります。」ではありません。
(例えば「日本とは?」という文に対して「太平洋に面する島国です」は OK ですが「味噌汁があります」ではダメです。)
更には、初めて Vivliostyle に触れてみようと思う人は恐らく Create Book に誘導されます。私は最初、これが入門経路だと思ってものすごく苦労しました。例によって、以下の冒頭文の通り、Create Book が何者であるかは書かれていません。
Create Book は markdown で書いた原稿を CSS 組版して、簡単に PDF ファイルへ変換する環境を構築します。
何度も書きますが、説明書の最初に必要なことは「Create Book とは○○です」という定義です。定義抜きに上記のように「Create Book は○○します」と書いても読者を混乱させるだけです。
Create Book の説明書通りに作業すると、自動的に npm 地獄に陥ります。たった数十行の文書を作りたいだけなのに、文書1つごとに 100MB 程度の disk 容量を消費します。これは、自分1人で文章を執筆する人には影響は小さいですが、文集を作ろうとする人 (各執筆者ごとに git repository を作り、それをとりまとめようとする人) にとっては本当に地獄です。
Vivliostyle が CSS 組版である点に注目していたのですが、説明書があまりにひどいこと、Create Book の罠 (というか npm 地獄) が深いことから私はあまり手を出す気になれずにいました。
しかし、ある時に pnpm というものがあることを知りました。これは npm に替わるものであり、npm 地獄から逃れることができます。
また、Create Book を使わずに本来の Vivliostyle CLI を使えばまともに運用できそうだということも分かりました。
ここまできて、やっと将棋関係者の半生記集の話に繋がります。
「組版の光と闇」という hashtag もあって、この分野はまだまだ発展途上だと思いますが、CSS 組版と pnpm で少しずつ光が見えてきた気がしています。
支部や県で将棋 ID なり対局結果なりを管理できる時代のことを考えると、access 権限を持つ人が24時間利用できる data 集積場所を設定する必要があります。
私の支部は GCP (Google Cloud Platform) を無料範囲で使って支部の web site を運用していますが、担当は私ではなく別の方でして、私はこういう cloud 回りに疎い (料金体系が複雑で無料範囲を把握していない) ので、全部お任せになっています。多分 MariaDB か MySQL か PostgreSQL あたりの database も入っているのだろうと思うのですが、担当の方はそのあたりはあまり詳しくないのだそうです。
では、data 集積場所をどこに設置するのがいいのでしょうか。
月額数百円の出費があっても良ければ VPS を借りて何でもできますが、できれば無料で実現したいところです。
最初は Google の Firebase を検討しようかと思ったのですが、無料範囲でどこまでできるのか調べようと思っても量的にめどが立たない項目が多く、尻込みしています。
そんな状況の中で、「おすすめのFirebase代替サービス7選」という記事を見つけました。そこで紹介されている中では Supabase というものが私に向いている気がします。無料でできる範囲も下記の通りで把握しやすいです。
実装する時間を確保できる見込みはないのですが、もし可能なら、県内の将棋 ID と対局結果の集積から始めてみたいです。
私の好きな野球漫画『ONE OUTS』を描いた甲斐谷忍先生の呟き。
「構成」とは「情報を出す順番」です。掛け算ができない人が因数分解できないように ダメな人の構成は 先に「因数分解」が来てそのあとに「掛け算」が来てます。
これは興味深い視点だと感じました。
正直に書きますが、私が子どもの頃は「絵が上手な人が漫画家になる」という漠然とした認識を持っていました。まあ、間違いというわけでもないのでしょうが、今考えれば単純すぎる認識でした。
漫画にとって画力はそれほど大きな要素ではない、とはっきり認識した作品は『HUNTER × HUNTER』でした。下描きのような回でも、話と演出が上手ければ面白いのです。
同じ日の呟き。
お笑い芸人の人が小説を書いてヒットを飛ばすけど、当然だと思うな。だって芸人の人たちの構成力ってハンパないもの。漫画家20年やってわかったことは、漫画で一番大事なことって、話作りでも、絵でもなくて、構成力だって事。言い換えれば、漫画のプロとアマの差は、構成力なんだと思う。
この呟きが正しいかどうかは分からないのですが、納得できる部分もあります。
漫画の読み手としては「構成力」なんて要素を考えたことはなくて、指摘されて初めて認識しました。
では、漫画における「構成」って、将棋指導だと何にあたるのでしょうね。将棋の入門者に対して課題を出す順番ですかね。
別に無理に対応付ける必要はないのですが、大部分の大人が気付いていない要素があるかも知れません。
将棋に関係ない話題が続いてすみません。
先日紹介した『MADE IN ABYSS』が Amazon で1冊8円に値下げされたようです (第1巻~第5巻)。有名なボンドルドの話が第5巻まででピッタリ最後まで読めます。(第6巻からは落日の黄金郷という新しい話になります。)
拾った呟き (その1)。
フォロワーへ 今メイドインアビス激安なので買ってください ボンドルドに40円で会えます
アビスはみんなが言ってる10倍は酷いと思ったほうがいい
読んでみないとやばさがわからない
ボンドルド卿に耐えれなくて離脱したからなぁ(わかる)
面白いのは間違いないけど俺にはアビスは深すぎた
なお、万人向けの話ではありません。合わない人は本当に合わないと思います。
先日の blog 記事に出版業界の方が「いいね」してくれまして、ちょっと恐縮しています。
なので、今回は将棋と関係なく出版社の話を書こうかと思います。…と言っても私は業界に詳しいわけではないので、単なる門外漢の話として読み流して下さい。
最初に愚痴から初めてしまうことになり申し訳ありません。
執筆と組版は全く違う作業である、ということが世間ではあまり認識されていないということを最近思い知らされました。
MS-Word は執筆用 software (word processor) です。MS-Word を使っていれば (そして MS-Word の流儀に従っていれば) 組版のことを意識せずに執筆できることが最大の利点です。見出しの書式が自動的に揃えられたり脚注番号が自動的に振られたりするので、執筆者は執筆に集中できます。
MS-Word の流儀から外れた紙面を作りたいなら、それは組版作業になります。出版社でどういう software が使われているのか知りませんが (DTP software はあまり知りません)、Adobe InDesign とか Adobe Illustrator あたりが使われている印象があります。
よく MS-Word の書籍で「チラシを作ってみよう」みたいな内容がありますが、MS-Word はチラシ作成には向きません。Microsoft 製なら MS-Publisher の方が良いですし、Microsoft 製に限定されないならもっといい software は色々あります。
上記は執筆と組版の区別の話ですが、他にも色々な機能 (工程) が組み合わされることで書籍は出版されています。
…すみません、私は門外漢なのに言い切ってしまいました。でも、間違っていないはずです。
門外漢なりに、書籍出版に関わる機能 (工程) を思いつく範囲で挙げてみます。
推測ですが、出版すれば20万部は確実に売れる作家が目の前にいたら、出版社は「あなたは執筆だけして下されば OK です、印税 ○% でよければ、執筆以外の部分は全て引き受けます」と言うと思います。
逆に、売れる見込みがなさそうな個人自伝を書きたい人が目の前にいたら、出版社は「執筆以外の我が社の機能を使って下さって結構です、但し売れる見込みが立たないので各機能は有料です」と言うと思います (これが自費出版の本質だと思います)。出版社側の強みは「我が社の流通経路に乗せれば、書店○店舗へ○冊ずつ○週間店頭に並べます」「我が社の宣伝に含めるので、○日間で○人くらいの人の目に入ります」というところでしょうか。
私は自費出版を取り扱っている出版社の情報をいくつか見たことがあるのですが、多くの出版社は自費出版の総費用の目安しか表示していない印象があります。
本来なら、飲食店の topping のように、上記の機能それぞれについて「必要」「不要」が選べるといいのですが。
自費出版ではなく通常の出版でも、上記の機能を区別して考える時代に進むような気がします。
以前も取り上げたと思いますが、とある呟き (その1)。
電子書籍はデータといえども、データをコレクションして所有するということに変わりはない。せっかくの装丁をデジタル本だからという理由で適当に扱う出版社のセンスが理解できない。
ここで文藝春秋の合本の表紙のセンスの悪さをご覧ください。こんな表紙でダウンロードされるくらいなら多少高くても読みづらくても単品で買います。
私の考えは全く逆で、紙書籍であろうと電子書籍であろうと、表紙は重視していません。素晴らしい表紙の1000円の書籍と、中身は全く同じで表紙がショボい900円の書籍があったら、迷わず900円の書籍を買います。
つまり、これを呟いた方と私とでは表紙の意匠に対する価値観がかなり異なります。多分「表紙の意匠に対する対価は何円まで払ってよいと考えるか」が異なるのでしょう。
「私が正しい」と主張したいのではなく、出版社はどちらの需要に合わせる方が良いのか、ということを考える時代になってゆくだろうなあ、という話です。
で、上記のように機能を区別して考える思考が、県内の将棋関係者の半生記集に繋がっているわけです。
極端な言い方をすると、執筆以外の機能の手間 (負担) を0に近付けるほど半生記集は発行しやすくなります。
「ああそれなら、Gogs で GUI git server を立ち上げて、markdown で原稿を集め、Vivliostyle で電子書籍にしてしまえば、執筆以外の手間は殆どかからないなあ」と思い付いたのが半生記集の案になりました。
そして、個人で Gogs server を立てることも初期の学習 cost が少々かかるので、「それなら hosting だけ私が引き受ければ全国展開できそうだ」と考えたわけです。
でもこの構想、私のような個人が手掛けることじゃなくて、出版不況に悩む出版社が検討すべきことだと思うんですけどね。
世の中、文集を作るような需要ってかなりあると思います。
…すみません、話が長くなってきたので、今回はこの辺で。気が向いたら続きを書きます。
世の中には千羽鶴というものがありまして、被災地に送ったりすると大変迷惑がられるのですが、ここでは千羽鶴の良し悪しは脇に置いておいて「千羽鶴を折る」という作業自体を取り上げます。
まあ、被災地に送るためではなく、遠方で入院している友人に送るために千羽鶴を用意する、という状況と仮定します。もちろん、入院している友人からは「千羽鶴が届いたら嬉しいから受け取る」という内諾を得ているものとします。
さて、千羽鶴を折るにはどれくらいの人員が必要でしょうか。これは状況にとても左右されます。
(1) 友人の入院が長期になることが確定していて、その友人から「千羽鶴は3ヶ月後とかでも全然構わないよ」と言われていたら、1日に11羽くらい折ればよいので、あなた1人でも千羽折ることができるかも知れません。忙しい日は少なくなっても、余裕がある日にその分多く折ればよいだけです。あなたの作業速度はあなた自身で決めることができます。
(2) 友人は明日午後に手術予定、手術に失敗して帰らぬ人となる可能性があるから明日正午までには友人に千羽鶴を届けたい、でもこの街の郵便局の翌朝配達便は今日午前9時半で受付締切、今手元には1枚も折り紙がないから街の文房具店が開店する午前9時にすぐ購入して千羽鶴を折る、なんていう状況だったらあなた1人で千羽折ることは不可能です。仮に1羽1分で折ることができるとしたら、20分間あれば20羽折ることができます。あなたの知り合いを動員するなら、50人いれば20分間で千羽鶴ができあがります。移動時間と梱包時間に10分間必要だとしたら、最低で50人の人員が必要になるわけです。
上記の千羽鶴の場合、(1) にするか (2) にするかを自分で選ぶことはできません。
ここで将棋の話に入ります。将棋の大会や例会を運営する場合、(1) にするか (2) にするかを選択できることが多いです。
例えば大会参加を事前申込制にしたら、記名済み名札なり対戦表なりを事前にある程度用意することが可能になります。しかし当日受付制にすると事前準備がほぼ不可能になり当日短時間で準備せざるを得なくなります。
千羽鶴の例で分かる通り、成果物が全く同じであっても時間的制約が厳しくなるほど人員が必要になります。…で、そういうことに鈍感だと、それほど規模が大きくない大会であっても「運営人員がもっと必要だ」などと主張するようになります。
そういう非効率な運営をしていると、若い世代は運営に携わることを避けるようになるでしょう。そうするとますます「運営人員が足りない」と感じる状況になりそうです。
私の主観ですが、将棋界は様々な運営がかなり非効率であるように思います。
時間的制約をなるべく取り外し、作業を (時間的に) なるべく均せば、かなり少ない人員でも運営が可能になると思います。