このブログは、息子の不登校をきっかけに
自分の思考の癖に気づき、
新しい思考の経路をつくり、
自分らしく生きるために書いています。


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関わりで大切にしていること 

小学3年生から小学5年生(2019年5月)まで

小学5年生から小学6年生(2021年3月)まで 



中3息子の記録


高1息子の記録

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2つの場面の鏡

この日、私は二つの場面で「鏡」を見た。

ひとつは瞑想会のメンバーたち。

もうひとつは留学エージェンシーの担当者。


どちらも、私の内側をそのまま映してくれた。


瞑想会での鏡

瞑想会では、

kちゃんが「不安を自分で持てるようになった」

と話していた。

その姿を見ながら、

ああ、これは“私の中の不安を扱える部分”

なんだと思った。


Mさんは私のことを「怖い」と言った。

その言葉は、

私が自分のエネルギーを怖いと思ってきた

歴史をそのまま映していた。


Kさんは「存在は素晴らしいけど

怒りの扱い方がわからない」と言った。

それは、

私の中の小さな侍──

刀を抜いてエイエイと空振りしながら

必死で自分を守ってきたかわいい自分──

その姿そのものだった。

これはもともとはモンスターだったのに

私はモンスターです😆って認めたら

ちっちゃいかわいい侍になった。


そしてMUさんは、

「Mからあなたを否定するエネルギーは感じない」

と言った。

その言葉は、

私が自分の感じ方より他者の感じ方を優先し、

自分の感覚を奪ってきた長い歴史を

真正面から映してくれた。

そして同じように人が感じることを

奪ってもきた。

これが一番きつかった。

けれど、いちばん深いところにあったのは

この側面だったのだと思う。


瞑想会の最中はわちゃわちゃしていたし、

終わった直後はMやMUさんを

ジャッジしている自分がいた。

でも4時間後、静かで、深くて、豊かな

感覚に変わった。


「これは全部私なんやな」と

有り難く受け取れたからだ。

全部自分のみたまの中に

吸い込まれていった感覚になった。


留学担当者の鏡

そしてもうひとつ。

留学エージェンシーの担当者に

「過保護だと思われたかも」と一瞬感じた。

けれどその評価は、

私のみたまには1ミリも影響しないと

自然に思えた。


過保護でーす。

やりたいようにさせてもらってます。

行き過ぎたら夫や息子が止めてくれる。

だからあなたには関係ないですよね。


そんなふうに、

自分の領域と他者の領域を

静かに分けられる自分がいた。


この日一日で、

私は自分の内側のいろんな側面を

他者という鏡を通して受け取り、

それを自分のものとしてのみこんだ。


戦いモードの時代が終わり、

存在そのままで肯定される世界へ

静かに移行したのだと思う。


ありがとうございます❤️


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