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親子だから、母だから、一緒にいないといけないと思い込んでいた
私はずっと、「親子だから」「母だから」
「子どもが苦しい時ほど寄り添わなければならない」
という根深い刷り込みに自分を縛っていた。
母から受け継いだ呪い。友達だからもあった![]()
息子が楽しそうにしている時は、私も楽だ。
でも、息子が苦しい時、八つ当たりされる時、
私は本当に嫌で、離れたくなる。
お互いHSP体質だからなおさら。
それでも私は、
「苦しい時ほど母は犠牲になって
一緒にいなければならない」
という古いOSに従って、自分を押し殺してきた。
しかし昨日、息子からの
「育児放棄」という言葉のナイフ、
仕事が上手くいかない、夫のイライラ、
漂う刺々しいノイズを浴び続けた私は、
心も身体も限界を超えた。
「(今は)家族といたくない」
その感情が、身体の底から
叫びとして上がってきた。
苦しいなら離れていい。母だって自分を一番大事にしていい。
そのとき私は気づいた。
苦しいなら、一緒にいなくていい。
母だって、自分を一番大事にしていい。
これは逃げではなく、
息子の領域と私の領域を
切り離すための“愛の境界線”だった。
母親が自分を犠牲にして、
「苦しい……嫌だ……」という周波数のまま
隣にいることほど、
子どもにとって重く、苦しいものはない。
私が自分を守ることは、
育児放棄ではなく、
お互いの幸せを守るためのWell-Beingだ。
「育児放棄」という言葉は、ただの八つ当たり
息子が言った「育児放棄」という言葉は、
私の本質を否定するものではなく、
ただの八つ当たりだ。
その時息子は友達関係トラブルでしんどかったと後でわかる。
歯医者の予定を変更し、ご飯を作り、
仕事をしながら支えている私に向かって言う
「育児放棄」は、
彼の苦しさが暴走しただけの言葉だ。
私はその言葉を受け取らなくていい。
心のゴミ箱にスパーンと捨てる。
夫がイライラしても、息子は夫に相談できている
夫も昨日はイライラしていた。
でも、結果として息子は夫に相談し
送迎もしてもらっている。
つまり、夫がその役割を担ってくれている。
私はそこに加わらなくていい。
任せていい。離れていい。
私がやった「大アホの作法」(=新しいOSへの切り替え)
私は昨日から今日にかけて、
自分を守るために“新しいOS”へ切り替えた。
① 「母業・妻業、本日閉店します」と決める
私は心の中で宣言した。
「今から閉店します。今日は母も妻も休業します。」
この宣言だけで、身体がふっと軽くなった。
② 家族から物理的に離れる
家族のノイズが届かない場所へ移動した。
別の部屋や庭、買い物に行くとか。
苦しいなら離れていい。
それはWell-Beingの行為だ。
③ 「息子は自分の力でこの嵐を越えられる」
と信じて放す
息子は夫に相談し、送迎もしてもらっている。
彼は自分の人生のプロセスを自分で歩いている。
私はそこに介入しなくていい。
ただ信じて、放すだけでいい。
母が自分を一番大事にして生きることが、最大の教育になる
母が自分を犠牲にして苦しむ姿よりも、
母が自分を大事にしてごきげんで生きる姿の方が、
子どもにとって何倍も健全で優しい。
私は今日、
「母だから一緒にいないといけない」
という呪縛を手放した。
家族だって友達だって一緒
そして、苦しいなら離れていい。
母だって自分を一番大事にしていい。
という新しいOSを手に入れた。
この気づきは、
これからの私の生き方を
大きく変えていくと思う。
ありがとうございます❤️
