このブログは、息子の不登校をきっかけに
自分の思考の癖に気づき、
新しい思考の経路をつくり、
自分らしく生きるために書いています。


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関わりで大切にしていること 

小学3年生から小学5年生(2019年5月)まで

小学5年生から小学6年生(2021年3月)まで 



中3息子の記録


高1息子の記録

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 親子だから、母だから、一緒にいないといけないと思い込んでいた


私はずっと、「親子だから」「母だから」

「子どもが苦しい時ほど寄り添わなければならない」

という根深い刷り込みに自分を縛っていた。

母から受け継いだ呪い。友達だからもあったゲラゲラ


息子が楽しそうにしている時は、私も楽だ。

でも、息子が苦しい時、八つ当たりされる時、

私は本当に嫌で、離れたくなる。

お互いHSP体質だからなおさら。


それでも私は、

「苦しい時ほど母は犠牲になって

一緒にいなければならない」

という古いOSに従って、自分を押し殺してきた。


しかし昨日、息子からの

「育児放棄」という言葉のナイフ、

仕事が上手くいかない、夫のイライラ、

漂う刺々しいノイズを浴び続けた私は、

心も身体も限界を超えた。


「(今は)家族といたくない」

その感情が、身体の底から

叫びとして上がってきた。


苦しいなら離れていい。母だって自分を一番大事にしていい。


そのとき私は気づいた。


苦しいなら、一緒にいなくていい。

母だって、自分を一番大事にしていい。


これは逃げではなく、

息子の領域と私の領域を

切り離すための“愛の境界線”だった。


母親が自分を犠牲にして、

「苦しい……嫌だ……」という周波数のまま

隣にいることほど、

子どもにとって重く、苦しいものはない。


私が自分を守ることは、

育児放棄ではなく、

お互いの幸せを守るためのWell-Beingだ。


「育児放棄」という言葉は、ただの八つ当たり


息子が言った「育児放棄」という言葉は、

私の本質を否定するものではなく、

ただの八つ当たりだ。

その時息子は友達関係トラブルでしんどかったと後でわかる。


歯医者の予定を変更し、ご飯を作り、

仕事をしながら支えている私に向かって言う

「育児放棄」は、

彼の苦しさが暴走しただけの言葉だ。


私はその言葉を受け取らなくていい。

心のゴミ箱にスパーンと捨てる。


 夫がイライラしても、息子は夫に相談できている


夫も昨日はイライラしていた。

でも、結果として息子は夫に相談し

送迎もしてもらっている。


つまり、夫がその役割を担ってくれている。


私はそこに加わらなくていい。

任せていい。離れていい。


私がやった「大アホの作法」(=新しいOSへの切り替え)


私は昨日から今日にかけて、

自分を守るために“新しいOS”へ切り替えた。


① 「母業・妻業、本日閉店します」と決める


私は心の中で宣言した。

「今から閉店します。今日は母も妻も休業します。」

この宣言だけで、身体がふっと軽くなった。


② 家族から物理的に離れる


家族のノイズが届かない場所へ移動した。

別の部屋や庭、買い物に行くとか。


苦しいなら離れていい。

それはWell-Beingの行為だ。


③ 「息子は自分の力でこの嵐を越えられる」

と信じて放す


息子は夫に相談し、送迎もしてもらっている。

彼は自分の人生のプロセスを自分で歩いている。


私はそこに介入しなくていい。

ただ信じて、放すだけでいい。


母が自分を一番大事にして生きることが、最大の教育になる


母が自分を犠牲にして苦しむ姿よりも、

母が自分を大事にしてごきげんで生きる姿の方が、

子どもにとって何倍も健全で優しい。


私は今日、

「母だから一緒にいないといけない」

という呪縛を手放した。

家族だって友達だって一緒


そして、苦しいなら離れていい。

母だって自分を一番大事にしていい。

という新しいOSを手に入れた。


この気づきは、

これからの私の生き方を

大きく変えていくと思う。


ありがとうございます❤️


息子の好きなお寿司