このブログは、息子の不登校をきっかけに
自分の思考の癖に気づき、
新しい思考の経路をつくり、
自分らしく生きるために書いています。


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関わりで大切にしていること 

小学3年生から小学5年生(2019年5月)まで

小学5年生から小学6年生(2021年3月)まで 



中3息子の記録


高1息子の記録

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この数日、私は小学校のボランティアに

行こうとしていた。

夏祭りがあるから先生が

「来てほしい」と言ってくれた気がして、

その期待に応えたかった。


でも、行ってみたらまさかの「午後はお休み」。

私の聞き間違いだったのかもしれない。


しょんぼりした。

自分の予定どおりにいかないと

私はもやもやする。

誰かの期待に応えられなかった時も、

誰かが私の期待に応えてくれなかった時も、

胸の奥がもやもやする。


でもその日の私は、

もやもやを抱えながらも、こう思えた。


「じゃあ、自分のできることをしよう。」


ババ友に釜揚げしらすを送った。

海を見た。買い物をした。

日常を豊かにできた。

そして、感謝して喜んで通れた。


ババから返信がこないことも、同じように受け取れた


今回のボランティアのすれ違いと同じタイミングで、

ババからの返信がこなかった。


昔の私なら、

「嫌われたかな」「何か悪いことしたかな」と

自責の渦に飲まれていたと思う。


でも今の私は違った。


「返信がこない今日があるのは、

これまで10年も返信をくれていた

日々があったから。」

そう思えた。


10年。

息子が学校に行けなくなってから5年。

高校に入り、行けるようになってから3年。

その間ずっと、ババは私と関わり続けてくれた。


私を変えようとしなかった。

私の主体性を奪わなかった。

私の揺れを否定しなかった。

私を育て直してくれた。


だから私は今、

返信がこないことを不安ではなく、

“関係の強さ”として受け取れる。


そしてこう思える。


「私はもう、ひとりぼっちの怖さに飲まれない。

私は本当の私と一緒にいられる。」


期待がズレても私は感謝で通れるようになった


今回の出来事は、

私の内側の変化を静かに教えてくれた。


• 期待に応えられなくても、私は私を責めない。

• 期待に応えてもらえなくても、相手を責めない。

→期待はコントロール。期待を感謝に変える

・私は子どもの側にいる。

• 起こることを「悪いこと」と捉えず

流れとして受け取れる。

• 自分の生活を豊かにすることで軸に戻れる。

• 関係の沈黙を「不安」ではなく

「信頼」として扱える。


そして何より、

起こることは全部いいこと。

天がいい風にしてくれる。

だから今を感謝して喜んで通る。


そんな生き方を

私は少しずつできるようになっている。


10年という時間を、

有り難いなと思える自分にならせてもらった。


そして返信がきた


結局、返信が送れてなかったと

その後メールがきた。


けど、私にとっては自分の変化を

感じられた出来事だった。


不安が信頼に変わり、

自責が自己受容に変わり、

期待が感謝に変わり、

孤立の怖さが

「本当の私」とのつながりに変わった。


揺れながらも、感謝して喜んで通れた。

私の成長だ。


ありがとうございます❤️