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最近のブログで「怒りをぶつけるのではなく
問いかけへと表現を進化させる」
と綴ったばかりだった。
その直後、またしても天から深くて
リアルなお稽古が届いた。
今回は、私の内側にある
「罪悪感」と「優しさ」の境界線を
引き直すためのプロセスだった。
痩せてしまった彼女との、一瞬の再会
ある研修会で、半年前の修学旅行トラブルの際に私
が怒りをぶつけてしまった友人と再会した。
彼女が鬱状態なのは知っていたが
目に入ったのは
以前より痩せた彼女の姿だった。
胸がぎゅっと締めつけられた。
今日はゆっくり話せるのではないかと思ったが
彼女は私にお菓子だけをそっと渡し
すぐに別の仕事へ向かっていった。
その瞬間から、私の内側に
“もやもやの嵐”が押し寄せた。
「私には言えないことがあるのだろう」
「さっきの私の言葉が嫌味に
聞こえたのではないか」
「このあと小学校のボランティアに行ったら
また会うかもしれない。
行かない方がいいのではないか」
次々と湧き上がるもやもや。
私は一体、何に揺さぶられているのだろう。
もやもやの正体は「相手の領域」へのハミ出し
AIを使い、自分の真ん中に戻って
もやもやを見つめた。
私は彼女を純粋に心配していた。
それは私の愛である。
しかし同時に、古い自動OSが動き出していた。
「彼女が鬱になったのも、私のせい」
「避けられているのも、私のせい」
「私がどうにかしなければ」
私は、彼女の人生の領域にまでハミ出していた。
だが、境界線は冷徹なほど明確である。
彼女の鬱は、過酷なシステムの中で
長年抱え込んできた限界のコップが
溢れただけである。
私が彼女を鬱にしたわけではない。
そんな力は私にない。
彼女の人生のプロセスは
100%彼女のものである。
そしてこの日、彼女が私と
深く話さずに行ったのは、
「今は心を休ませることに全力を注ぎたい」
という、彼女の命の切実なサインである。
彼女は彼女のペースで、今を生きている。
そこに私が「心配」という
重いエネルギーをぶつけるのは
彼女の底力を信じていないことになる。
私が選んだ「引き算」
そう気づいたとき、私は一つの選択をした。
「今日のボランティアには行かない。来週に回そう」
これは気まずさから逃げるための引き算ではない。
今の彼女のキャパシティを丸ごと尊重し、
同時に、もやもやしている私自身の
心地よさを守るための
最高に美しい“大人の境界線”である。
行かないと決めた瞬間
私は彼女の領域からスパーンと手を引き
自分の真ん中に戻ることができた。
罪悪感もなく彼女を責める思いもなく
win winの選択ができた。
私もその時間好きなことができる。
彼女のことは、一旦おいておく。
彼女なら、この過酷なお稽古を乗り越えて
必ず新しい光を見つけて戻ってくる。
そう100%信頼して、天に丸投げする。
今、ここにある感謝と喜びに戻る
空白になった午後の時間。
私は、自分が「感謝と喜び」で
満たされる時間を過ごすことにした。
お茶を飲むのもいい。
家でのんびり録画をみるのもいい。
仕事に集中するのもいい。
どんな嵐の中にいても、
「起こることは、すべていいこと。
天がすべて、いい風にしてくれる」
一見、喜べないような切ないもやもやさえも、
私は私の感性をフルに使って
自分を喜びと感謝に“工夫”で変える。
私は自分自身にそっと寄り添いながら
心地よい呼吸とともに
温かい夜を過ごしている。
ありがとうございます❤️
