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最近、私はひとつの大きな気づきを得た。
「家族のご飯はつくるべき」
「イライラを出すべきではない」
「母親はいつも優しくあるべき」
こうした“べき”を
私はずっと大事に握りしめていた。
でもそれは、
私が本当に大切にしたい価値観ではなかった。
母や社会から刷り込まれた“いらない価値観”を、自分のものだと勘違いしていた
私は長い間、
母が背負っていた価値観を
そのまま引き継いでいた。
母はいつも子どものためと
我慢していた。
その愚痴を私に言っていた。
「母親だから」という理由で
自分を犠牲にしていた。
私はその姿を見て育ち、
母の苦しみを“正しい生き方”だと
信じてしまった。
だから私は、
• 家族のために自分を後回しにする
• イライラを出さないように自分を抑える
• いつも「いい母」でいようとする
そんな“母の生き方”を
自分の価値観だと勘違いしていた。
でも本当は、
私はそんな生き方を望んでいない。
「弟のようになってほしくない」という願いの正体
息子に対して抱いていた
「弟のようになってほしくない」という願い。
その裏側には、
もっと深い本音が隠れていた。
「私を苦しめないでほしい」
という、幼い頃の私の悲鳴だった。
母が弟に向けていた怒りや悲しみを、
私は“自分の感情”だと勘違いして背負った。
だから息子が失敗すると、
弟の影が重なって見えてしまっていた。
でも今は違う。
私は気づいた。
息子は弟ではない。
息子は私を苦しめる存在ではない。
私はもう、母の人生を生きない。
私は「被害者」でいることをやめた
私は今日、はっきりと感じた。
私はもう、誰かの行動で揺さぶられる存在ではない。
私は私の人生を生きていい。
息子が何をしても、
私の価値も幸せも揺らがない。
揺らいでも、私は戻ってこれる。
そう思った時、
息子は弟の影を背負わされた存在ではなく、
“息子そのもの”として見え始めた。
いらない過去は断捨離する
私はもう、
• 母の価値観
• 社会の“べき”
• 幼い頃の恐れ
• 誰かの影に怯える生き方
これらを握りしめて生きる必要はない。
いらない過去は断捨離する。
私は私の人生を創る。
まとめ
私が握りしめていた“べき”は、
母の痛みを背負った幼い私がつくった
“仮のルール”だった。
そのルールに気づいた今、
私はようやく自由になれた。
そして私はもう、
母の人生の延長ではなく、
私自身の人生を創っている。
ありがとうございます❤️
