🍀🍀🍀
🍀🍀🍀
それは「迷い」から始まった
最近、現実の世界で「10件の講演依頼」や
「授業の準備」という大きな波の中にいた私。
準備を8割で止める!と決めたものの、
無意識下ではまだ「完璧でなきゃ」
「私がどうにかしなきゃ」
という古い癖が疼いていました。
そんな私の葛藤を、
夢が鮮やかな映像で見せてくれたのです。
逃亡と責任、そして執着
最初の夢は、重苦しいものでした。
• 知的障害のある女の子を預かるけれど、
目を離した隙にいなくなってしまう恐怖。
• おむつが足りなくなると不安で、
念のためにと追加してしまう執着。
• 半グレ(内なる衝動)に追いかけられ、
屋根を伝って裸足で逃げる必死さ。
これらはすべて、「他者の期待に応えなければ
存在意義がない」と思い込んでいた、
かつての私の叫びでした。
緊張や怖さや焦りやどうにかしなきゃは、
自分を縛り付けていた鎖が
軋む音だったのかもしれません。
境界線を越えて「自分の車」を出す
逃げ惑うフェーズが終わると、
夢は「自律」へと向かいました。
• 憧れの先達を私の車に乗せる。
• 自分の拠点(研究室)からなら、
迷わず目的地へ行けると確信する。
「誰かに決められたレール(電車)」ではなく、
「自分のハンドル(主体性)」で進むこと。
「不完全な8割の状態」でも、
素晴らしい仲間を乗せる余白さえあれば、
道は開けるのだと教えられました。
手放した先に舞う「透明なアゲハ蝶」
いよいよ変容はクライマックスへ。
荷物を積んだカートを夫に託し、
私は身軽に1階に残ることを選びました。
「申し訳ない」という罪悪感を手放した後
みえない中心から、
透明でキラキラした無数のアゲハ蝶が湧き上がり、
四方八方へ羽ばたいていったのです。
私が必死にコントロールするのをやめたとき、
エネルギーは純化され、勝手に世界へ広がっていく。
すごく美しいキラキラした光景でした。
すべての源、金色の点へ
そして4月12日、最後に現れたのが、
真ん中に浮かぶ「金色に光る小さな一点」でした。
多くの言葉も、過剰な準備も、外側の評価もいらない。「戻る場所はここ(自分自身の中心)にある」
という絶対的な安心感。
この一点さえあれば、どこへ行っても、
何が起きても、私は私として輝ける。
私たちは、いつだって「中心」に戻れる
一連の夢を通じて気づいたのは、
「不安」とは、自分の中心からズレている時の
お知らせに過ぎないということ。
10件の講演も、これからの新しい本も、
私はこの「金色の点」を羅針盤にして、
透明な蝶たちと一緒に楽しんでいこうと思います。
皆さんの中心には、今、どんな光がありますか?
ありがとうございます❤️
