このブログは、息子の不登校をきっかけに
自分の思考の癖に気づき、
新しい思考の経路をつくり、
自分らしく生きるために書いています。
🍀🍀🍀
関わりで大切にしていること
小学3年生から小学5年生(2019年5月)まで
小学5年生から小学6年生(2021年3月)まで
2025年を振り返って
はじまり
今年の始まりは、静かに不穏な空気が
漂う職場からだった。
2月、そして3月。
パワハラ事件が起き、人生で初めて
「話せないほどの頭痛」を経験した。
心も体も限界に近かったけれど、
私はそこで立ち止まらなかった。
“みたまが本体で生きる”
その一点に集中するように、
日記を書き、瞑想を続けた。
嵐の中で、自分の中心だけは離さないように。
動くことで道を開いた
WSの帰り、メンターから
「そろそろWSのことを書いたら?」
と声をかけられた。
アンケートをとり、論文にまとめることにした。
AIと一緒に書くと、驚くほどスムーズで、
楽しくて、気づけば8月末には完成していた。
“書く”という行為が、私の中の何かを整えていった。
カンボジア・ラオスへ導かれるように
そんな中、ふと湧いた
「カンボジア・ラオスに行きたい」
という気持ち。
でも、上司との関係は良くない。
行けるはずがないと思った。
だから私は天に投げた。
「もし、私のみたまに必要なら、
その流れをください」
すると、上司の方から
「許してくれたんか?」
と声をかけられた。
思い切ってツアーのことを相談すると、
「行け行け」と背中を押された。
しかも仕事に関係する内容だから、
出張扱いにまでなった。
“必要な道は、必要なときに開く”
その言葉を体で知った瞬間だった。
奇跡のような秋
10月と11月には、メンターのWSや講演会に
3回も参加できた。
奈良では、ずっと行きたかった
友達のカフェに行き、
偶然立ち寄った道の駅の福引で、まさかの1等。
「流れに乗る」とは、こういうことなんだと
実感した季節。
カンボジアとラオスがくれたもの
12月6日からの旅。
カンボジアでは、長年抱えていた
“子育ての罪悪感”をすべて置いてきた。
「かわいそうな人なんていない。
私が勝手に作り出していただけ」
その気づきは、心の奥の重石を
そっと外してくれた。
アンコールワットでは虹を見た。
あの光景は、今も胸の中で静かに輝いている。
ラオスは、穏やかで、優しい国だった。
また行きたいと思える場所が、人生に増えた。
紅白でちゃんみなにはまる
年末、紅白でちゃんみなを見て、
心を撃ち抜かれた。
強さと弱さを抱えたまま進む姿に、
今年の自分が重なったのかもしれない。
想像をはるかに超えた一年
2025年は、私の想像を軽々と超えていった。
苦しさも、導きも、偶然のような必然も、
すべてが一本の線でつながっている。
天に感謝。
ご先祖さまに感謝。
そして、みたまに感謝。
2026年
2026年も、私は
“みたまが本体で生きる”
それは今を喜び感謝して生きる。
その生き方を続けていく。
起こることは全ていいこと。
天が全ていい風にしてくれる。
ありがとうございます✨✨
