イギリス時間の朝、福岡の実家の父(91歳)と
FaceTimeで話すのが日課です。

父が大学卒業後20周年のアルバムに掲載した家族写真に激怒した母、「いい写真なのに」と父。(よく家族で登った九重山の頂上にて)


大抵父は「特には変わりはないよ」と言い、

今でも毎日新聞を読んでいるので、

時々記事の紹介をしてくれることがあります。

今朝も「お母さんが生きていたら、この記事を読んだら

絶対懐かしがると思って、切り抜いたんだけどね」と

始まり。


朝日新聞の「歴史のダイヤグラム」(原武史著)の

連載から作家の吉村昭(あきら)氏の話をしてくれました。


『吉村昭に切符を渡した駅長』

昭和19年、吉村氏が17歳の時、高熱で結核性の肺炎に。

医師から栃木の那須の温泉への療養を勧められ、

旭温泉へ赴く。ところが、着いて3日目に父親から

すぐ帰るようにと電報を受け取り、

母親が亡くなったことを知る(子宮癌で療養中だった)。


早速、東京行きの切符を買うつもりで

黒崎駅へ木炭バスで向かい、着いたのが夕方。

翌日の切符を買う人達の長蛇の列に

切符を買うのは無理と思いながら駅長室を訪ねる。


駅長さんに父親からの電報を見せ、「母が亡くなり、

帰りたいので切符を売ってもらえませんか?」と聞くと

表情を全く変えることなく、駅員を呼び

「上野までの切符を渡しなさい」と告げる。


翌日の夜10時23分に上野駅に着き、

そこから東京の自宅へ戻ると

既に通夜も葬式も終わっていた。


あの日会った駅長さんの細長い顔に

メガネをかけていた顔は、

今でも鮮明に覚えている。

あの時、切符を売ってくれたおかげで

帰ることができたこと、とても感謝している。


詳細は間違っているかもしれませんが、

聞いた内容はこんな感じです。


※朝日新聞のサイトによると

「歴史のダイヤグラム」の連載記事は

“鉄学者〟の異名をもつ政治学者・原武史さんが

鉄道という切り口で歴史と社会を読み解きます。


作家の吉村昭氏についてはリンクを参照ください。


母の父親(私の祖父)は駅長でした。

戦時中は国内の鉄道は軍関連の輸送が最優先。

一般の旅客列車は減便、制限され、切符の枚数も

限られた数しか販売できなかったこと。


祖父が軍関連の乗客には特別に切符を渡すことが

度々あったと母が昔のことを振り返って話すのを

父は何度も聞いたことがあったそうです。


鉄道関連の記事を新聞で見つけると

母は当時を思い出して

懐かしそうに父に話をしていたので、

話し終わった父が再び「この記事を見たら、

お母さん、きっと懐かしがるよ」とにっこり。


母は戦時中の話は色々としてくれましたが、

この手の話はあまり聞いたことがありません。


父母の関係は昔型の夫婦。

父の家族がすぐ側に住んでいて

長男である父への期待が高かったり、

兄が障がいがあることでの難しさ、

忙しなく、緊張が漂っていることが多く、

関係性はそれほど楽なものではありませんでした。


でも母が「お父さんとは同じ世代で

本や映画の趣味が合うから、

そういう話ができるのはラッキーだと思う」と

時折、話していたことがありました。


同じ時代を共有した者同士

何の説明もなく、スッと通じること。

母が生存中には見えにくかった母と父の隠れた絆、

親密さをふっと感じた瞬間でした。


2019年6月に両親と福岡のお気に入りイタリアンで (ここが母とは最後の外食に)

前回の投稿に書きましたように

DMMオンラインサロン

「新・堤未果のアンダーワールド」で

学び始めました。

 

 

長い間しっかり深掘りをしたいと思っていた

日本国憲法。

 

アンダーワールドでも憲法については

緊急事態(自然災害、感染症、テロ等)に備えて

政府の積極的な改憲の動きを取り上げています。

 

この際ポイントとなるのは

堤さんが掲げるアンダーワールドの法則。

 

1. 法則: 政府がしたがる法改正はまず現行法で対応

 できるかのチェック

 

改正の時に「今これは危ないから」と急かされる

2. 法則:急かされた時は詐欺

 

3つ対応できるものがある

①災害基本法

②警察法

③自衛隊法

 

次に緊急事態になったら「選挙をやらないで

議員任期の延長する」は議員の任期の延長は要らない。

そのために参議院もある。

 

憲法に54条「緊急集会」

災害等に遭った時、国会を緊急に召集できる。

選挙の延期もでき、「繰り延べ投票」と言い、

公職選挙法にある。

等々。

 

 

憲法の詳しい歴史も知りたくなり、

電子書籍でも見つかった本をポチリ。

 

 
今回の解散総選挙は
解散から投開票までの日数は16日と戦後最短。
 
日頃から日本の歴史、政治、時事問題に関して
アンテナを張っていたらと痛烈に感じた出来事。
 
その反省も含めてこれ以上ぐずぐずしていられない。
そう思っての学びでもあります。

いつかはやろうと思っていたことは

やってしまおうと決めた今年。

 

ポカポカ陽気でカフェの外でも温かくてびっくり

 

社会科、歴史を学生時代に学んだ時は

テストのための暗記に終始。

全然面白いと思えませんでした。

 

でも、テストや教科書を超えて深掘りして学ぶと

断然面白いことはわかっていたので、

いつかは学び直したいと思っていました。

 

特に戦後から遡って、現在そして今後の日本、世界のことを。

 

以前から注目していた国際ジャーナリストの

堤未果さん。

 

著書は何冊か持っていたのですが、

本格的に学びたくて

昨年新しくスタートしたDMMオンラインサロン

「新・堤未果のアンダーワールド」で

学び始めました。

 

 

日本で働いていた時に上司が

「無知がいちばんの罪だよ」と

何度も言っていたのが今も耳に残っていて。

 

メディアが流している情報だけを鵜呑みにせず、

自分でも判断できる力を付けたいと

思ったからです。

 

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ショック・ドクトリン

「表でショックなことが出てくる程、

裏で本命のショッキングな動きが同時に進んでいる」

この視点を持っていると今まで見えなかったことが

だんだんと紐解けていくのが面白いです。

 

 

70年ほど前に夫の両親がロンドン郊外に購入した夫の実家。

 

この1月に売りに出され、

昨年の12月から家の中の膨大な物を整理中。

 

夫の子供時代の思い出話を聞いている内に

私自身の記憶が蘇ってきます。

 

 

実家にある義両親の友人の音楽家の息子さんから譲り受けたピアノ、残念ながら手放すそう

 

 

子供の時から

戦時中に育った両親から繰り返し聞いた話、

終戦数日後に「教科書を黒塗り」と

それまで学校で習ったことは忘れるように。

 

 

日本で1952年に公開されたアメリカ映画

「風と共に去りぬ」。

 

太平洋戦争の前1939年に製作されたこの映画を観た母は

「既にこんな映画を作る国と戦争をしたなんて!」と国力の差にショックだったと。

 

 

戦後80年戦争がなかった日本。

 

今後も戦争のない平和な国であること

私にとっては一番大事なことです。

北ロンドンに住んでいた時に

親しくしていたラヴィニア。


ラヴィニアの自伝

 

元気でいると聞いた昨年。

ほっとして今年こそ会いに行くつもりだった。

 

季節も良いし今週だったらと

今朝連絡を取ろうと決め

その準備は整っていた。

 

ふと昨夜寝る前に思いついて

何か彼女についての情報が

ネットに上がっていないかと探してみると・・・。

 

彼女と知り合った教会が作ったサイトに

この6月に彼女が亡くなったことが出てきて、愕然。

 

102歳の大往生。

 

高齢なので、いつ何があってもは

もちろんわかっていたことなのに

ショック。

 

彼女との思い出が走馬灯のように

頭を駆け巡り。

 

クリアマスカードに

夫と一緒に会いに来れる?

一緒にお茶飲みましょうの言葉を

何度も書いてきてくれていたこと。

 

連絡先を探した時に見つけて

そうだったと思い出して、

ぐずぐずしていた自分にハァ。


会って、お喋りしたかったし、

しっかりハグもしたかった。

 

 

 

昔の話をたくさん聞かせてくれた

ラヴィニア。

 

彼女の書いた自伝も会おうと思って

思い立って半分ぐらい読んで

詳しく聞きたいこともあった。

 

 

最後まで笑顔を絶やさず

家族、たくさんの人たちに愛されていたそう。

 

今日お孫さんのインスタグラムで見つけた

動画からもそれがよくわかりました。

 

 

 

100歳を迎えると

エリザベス女王の写真付きの

バースデーカードが送られてくるから

絶対100歳は超えるまで生きるの言葉通り

チャールズ国王とカミラ王妃の写真付きのカードを

受け取っている様子も。

 

 

 

ラヴィニア、出会ってくれて

ありがとう。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

昨年の11月の末に

日本に一時帰国した際

飛行機の中で観た是枝監督『怪物』の

インパクトは強烈でした。

 

 

 

「視点が変わると同じ出来事なのに

ここまで違うように見えるのか」に震撼。

 

ずしりと心に重く乗しかかり

でも、これは大事なメッセージと直感。

 

 

実家近くの居宅に住む障がいがある兄は

介護を受けながらの生活。

 

日本滞在の目的の1つは

居宅とデイサービスでの兄の様子、

スタッフの方達との関わりを見るために

それぞれ朝から夕方まで見学させてもらうこと。

 

見学の前に兄のカウンセラーの方に

この映画について書いてました。

 

 

 

 
最初に観た時は怖くて仕方なかった映画。
 
それが日本滞在中に起こる出来事に
丁寧に対応していく中で
怖さがだんだんと薄れていったのです。
 
日常で起きることも同じ。
 
どれだけ視野を広げられるか。
 
自分の思い込みに気づいて
それを外していけるか。
 
 
夏至前、今一度この映画を思い出して
要らないものの手放し中です。

人間関係の悩み、

ストレスを感じている方へ。

 

この週末19日(土)に

大阪の2時間のセミナーで

ストレスがグッと軽減するチャンス!

(オンラインの参加も可能)

 

夫とのパートナーシップ

改善したいなとずっと思っていました。

 

私の傾向として

「どれだけ相手が変なのか」と

気付かない内に思っていること

身近な家族に対して多いのです💦

 

これを「自分は正しくて、

相手が間違っている」「相手の方が変えるべき」

になっているとは思わず・・・。

 

「いつも夫に合わせているし」

「彼を優先している」と思っていたからです。

 

EINEさんが主催する

『ハイヤーセルフとつながる講座』を受講して、

夫との間で「波風を立てたくない」

「非難されたくない」が潜んでいるだけでなく、

「自分のやり方でやる」が根底(潜在意識)に

ものすごく強くあるのに初めて気づいて、愕然。

 

夫婦は「鏡」と言うだけに

夫も私に負けず劣らずこの傾向が強く

だからぶつかっていたんだなと。

 

潜在意識のところからそこに気がつけると

以前だと押し通したかったことが

「どちらでもいい」になったり

夫の方でも私に譲歩してくれたりと

驚く変化も体験。

 

 

 

「ストレスフルな人間関係を良好に。

それには潜在意識との紐づけが

解決への鍵となります。」

 

潜在意識との紐づけから解決へ導くことが

得意な幸子さん。

 

解決へのヒントを

お一人ずつ伝えてくださり、

セミナー直後より、

すぐに取り入れられることで

「やってみよう!」と思えると好評。

 

【特典】参加者ご希望の方に
津谷の20分ミニ個人セッションプレゼントプレゼント

*通常30,000円/60分で開催しています。
*セミナー後2週間以内にzoomにて

もあるという羨ましすぎる内容です。

 

 

人間関係で悩みを抱えていらっしゃる方、

ブログ記事をまずはお読みになってみてください。

 

そして内容気がなるな

思い当たるなと思う方は

ぜひセミナーへお越しください。

2日にブログのタイトルの青い鳥カワセミを目撃
 

 

年が明けましたね。

今年もよろしくお願いいたします。

元旦はどんより真っ暗で、

強風、雨の1日。


2日は輝くような晴天になり、
暗い日が続くと寒くても気分が上がります。

日本の兄と今朝今年初のFaceTime。

「今年の抱負は?」といきなり聞かれ、
「受容と許し、全てをそのまま受け入れること。
自分にとっても不都合だなって感じることもね」。

「そして調和」。

「昨年の自分の頑張りに対するお土産は何?」の

次の質問には
「頑張ったねという自分への言葉と

可能性は無限大という励ましかな」

と答えてました。

 

 

兄が私が話す度に「うん、うん」と

しっかり首を縦に振って、言ってることわかるよ

が伝わってきて。

受容してもらうと相手にもそれがすんなりできる。

今朝は穏やかに兄の話を聞けました。

 

 

 

昨年福岡を発つ前日、初めてお会いした

ご夫妻のお宅で。

 

温かい包み込むような優しい歓迎。

 

全てそのまま受け入れていただく体験に

父、兄、私も大感激し、胸が震えました。

 

義妹のAnneが「明日はパーフェクトな天気だって」とお気に入りの場所へ。

 

 

ブログに訪問してくださって、

ありがとうございます。

 

 

チャーチル首相が住んでいたChartwellに。

 

学校に務める甥っ子Anthonyはハーフタームで

お休み中で彼も一緒にAnneが運転する車で

先週出かけてきました。

 

Anneの言った通り、10月の下旬にも関わらず、

朝から光いっぱいのパーフェクトな天気。

 

チャートウェルはナショナル•トラスト所有の中で

ここ最近私達家族が1番訪問している場所。

(その前はPolsden Lacey)

 

チャーチル首相がここをこよなく愛し、

引退してからも家のローンを払うのに

執筆活動、公の場に出続けたのも納得。

 

Kentの豊かな自然が広がります。

 

 

ハロウィンシーズンのパンプキン達ゴロゴロ

 

AnthonyとAnne

 

Anthonyと私

 

 

 

オーチャードが広がり、様々なりんごの木が

 

チャーチル首相と家族が住んでいた家

 

 

10月26日は兄の誕生日。

 

ティーンの時にLIBERAという合唱団に所属

していたAnthony。

 

声変わりしたら、随分低い声になってしまった

けれども。

 

彼にお願いして、ここでAnneと一緒に

兄のためにバースデーソングを

歌ってもらいました。

 

兄の名前は邦彦。

 

イギリスの家族は兄のことをKuniと呼んで

います。

 

 

いきなりのお願いに「いいよ」と

快く応じてくれて、

リハーサルなしの一発本番。

 

日本語を私のために学んでいるAnneが

日本語でお祝い。

 

Anthonyが歌い出して、

Anneが途中から参加。

 

バースデーソングの後は

お祝いの時にやる独特のかけ声。

 

いつも家族の誕生日の時に

歌の後にはこのかけ声。

 

「良い1日を!」と締めくくってくれて。

 

こんなイギリス式お祝い、

兄、大喜びだったそう。

 

 

Chartwell の後、ランチはお決まりのカフェで

 

 

サンドイッチ、ブレックファースト、ケーキ、ティーを

 

カフェのあるWesterham

 

こんなにも美しい天気に恵まれて、

ラッキーと秋の日を大いに楽しんだ3人。

 

「パーフェクト・デイだね」と

何度言い合ったことか!

 

自然の中で、リラックスして、

ふっと思考も身体も緩むことができて、

この後今まで越えられなかった山を

一つ超えました。

 

 

 

最後までお読みくださいまして、

ありがとうございました。

 

夫と一時帰国したのが今年の2月、3月。

 

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2月28日に快晴の羽田国際空港に到着。空港の窓から見えた富士山(空には鷹が飛んでいた)

 

4月に母が亡くなる前に会えて、

これが最後になりました。

 

そこから様々な心の変遷を経て

当時とは違う思いで振り返ってます。

 

 

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朝着いて、お茶屋さんで一息付き、美味しいおでんのランチで夫が元気を取り戻した

 

 

FB、インスタに投稿した記事です。

【17年も日本に行ってなかったイギリス人夫を伴って

2月、3月に日本に一時帰国した理由(わけ)】

 

3人の妹、弟が1人、その一番上の長男である我が夫。

両親、5人の子供に加えて途中からはお義母さんの母親である祖母、

お姉さんのおばさん(母親の世話を妹と一緒にするため)も

加わって賑やかな大家族で育っている。

 

そのせいか?

ツンデレだけれども、1人ではずっといられない寂しがり屋。

 

私が単身で日本に一時帰国の時は1人残されるのが嫌で

(徒歩圏内に実家、義弟家族、義妹家族が住んでいるけど)、

夫の抵抗を振り切るように出るのが定番でした。

 

長きに渡って母の生命が危ない状態が続き、

昨年の夏頃から日本帰国をとジリジリしながら

そうできなかったのは、夫を置いて2022年の11月から

6週間日本滞在した後、夫との関係が大変だったから。

 

それを考えるとどうしたものかと思い悩んでいたら

甫喜本 千鶴 さんに「ご主人と行ったらいいですよ」と

アドバイスをいただいて、その手があったか!と

思ったはいいけれども・・・。

 

2007年2月以来日本に行ってなかった夫を?

 

ロングフライトも17年近く経験してないのに・・・。

 

単身で帰国したら、やろうと思っていた山積していた諸々は

一気にできるけれども、夫と一緒だと諦めないといけない。

 

とはいえ「仕事をしているから行き帰りを含めて

2週間きっちりなら」とさすがに当時の私の精神状態、

日本の家族の状況を優先にとそこは理解してくれて。

 

一時帰国が実現したのが今年の2月終わり。

 

私よりも年齢が10歳上で、日本語もほぼ喋れない

(私と知り合った頃はもう少しは喋れた)

イギリス人夫のことはフライト、体調は着いてから大丈夫か?

 

それが一番気がかりだったのが・・・。

 

普段は小さなことに口うるさい夫も一旦腹を決めると

一切文句なし。

 

ただ日本に着いたのが朝で、初日から少し出かけたかったのが

それは無理と羽田空港内にあるホテルで午後から少しゆっくりと。

 

結局、ずっとその後は空港内でウロウロと過ごす羽目に。

 

スティーブン・スピールバーグ監督の映画「ターミナル」の

主人公のトム・ハンクスになったような気分。

 

せっかくのお天気が・・・・と富士山がバッチリと見えたのが

恨めしくて。

 

でも、それ以外の日は夫は元気で観光は全くなしの

地元福岡市の日々を満喫。

 

東京に1泊し、次の日には福岡に飛び、

父と実家で3人で過ごし、

入院中の母に会いに行く毎日。

 

他は近くに介護サービスを受けながら住んでいる

障がいがある兄に会ったり(母にも会わせることができた)、

後見人の方とのミーティング、親戚が集まって会った日が

彼にとっては1番のハイライトになったのかも。

 

私がいくら説明しても???だったこと、

不思議な国日本(イギリス人の目から見ると

???)のあれこれがやっとわかるようになったり。

 

理解のギャップが埋めやすくなり、

当たり前と思わずにコミュニケーションを

しっかりと取りながら説明することを諦めなければいいが

わかってきたのはごく最近(汗)。

 

福岡だけでなく、他の地域に住む友人達に

こんな短期間で、母のことが第一で会うのは無理なので、

「日本には行くけど会えない」と何人かには伝えていたら・・・。

 

ある友人は滞在中に文旦を送ってくれて、

あんなに文旦が美味しいものだと初めて知り、

夫と父と大感激。

 

東京で一番長く知る学生時代の友人2人は私と夫が

羽田国際空港から帰国する便の時間を調べて、

「この便で帰るんだよね?2人で一緒にお見送りに行くよ」と

泣けるようなメッセージをくれて。

 

当日、1人の友人は4時起きでシャトルバスに乗って

来てくれ(もう1人は都内なので、近く、それでも朝早い時間に

起きて)、夫は2007年以来の再会がこんな形で叶ったことに

感動もひとしお。

 

「ロングフライトは嫌だけど今度から君が帰国する時は僕も一緒に

行く」と言うようになった以外は(単身帰国のハードルが・・・)

夫と一緒に行って良かったなと思っています。

 

 

香りにもうっとり、衝撃な美味しさの文旦

 

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母の病院の近くの松林で拾った松ぼっくり、ロンドンの自宅に

 

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母が大好きだった匂い椿が滞在中ずっと満開

 

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近くの神社に行った帰りに階段から撮った景色

 

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福岡空港に迎えも見送りにも来てくれた89歳の父。まだまだ元気でいてね!

 

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美味しいうどんの朝食を見送りに来てくれた友人達と食べて最高に幸せ

 

 

次回の日本行きに向けての計画を

そろそろ立てようと思ったら

前回の振り返りをしたくなりました。

 

 

最後までお読みくださいまして

ありがとうございました。