私の万葉歌 戀歌 第十一話 | TOSHI‘s diary

TOSHI‘s diary

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【まえがき】

これまでお読みくださっていた皆様へ。

続きを公開するまでに二年もかけてしまい、大変申し訳ございませんでした。

多忙という点もあったのですが、それ以上に内容が過激だとされたために、

ブログ公開で引っかかるという事態が発生してしまいました。

どうしても史実通りに書き上げたい気持ちと同時に、アメブロを利用する以上は、

アメブロのルールに従わなければならないその葛藤に悩んでいました。

私は過去に別のアカウントで、何度かブログ記事が表示されなくなるということがあり、

新たに作成したこのアカウントでは問題を起こさないようにと気を付けながら、

どうにか十年以上ブログを続けてこられました。

アメーバのサービスは大げさなことを言うようですが、人生の一部です。

そんなアメブロのルールは守るべきだと考えております。

経験を自分なりにうまく添削し、折り合いを付けながら書けるよう、

一生懸命に考えながら書き続けたいと思っております。

以前よりはペースも落ちてしまうかもしれません。

拙いながら頑張って筆を執り、詠んでいきたいと思います。

今後とも見守っていただけたら幸いです。

 

時間が空いたため、これまでの経緯をざっと三行で記しておきます。

・学校には半分くらいしか通っていなかった私が、二年生の時に新しい担任教師と出会う。

・始めは苦手な先生だったがやがて敬うようになり、国語の勉強をゼロから始める。

・尊敬の気持ちがいつしか猛烈な恋心に変わり、それを隠しながら学校生活を送る。

物語に加えて上代日本語で詠む和歌を添えてお届けしています。

 

詳細は過去の記事をお読みくださればと思います。

私の万葉歌 - 戀歌 第一話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第二話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第三話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第四話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第五話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第六話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第七話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第八話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第九話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第十話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

長いですので無理のないようにお読みくださればと思います。

 

それでは本編の続きを記していきましょう。

 

 

私は……この日もいつもと同じような日常が繰り返されるものだと思い込んでいました。

学校に行けば先生がいて、クラスメイトがいて、友達がいてーー。

そんな当たり前にあると思っていた日々が、変わらずあるものだと……。

冬に差しかかったある朝。私はいつもと同じく、

教室の自席で先生が来るのを律儀に待っていました。

副担任が来たのですが、先生は時間になっても現れることはありませんでした。

この時はまだ、ことの異変に気付かなかったーー

いつものように先生は来てくれると思っていたのです。

ところがチャイムが鳴って朝礼が始まるなり、

副担任の口から思いがけない言葉が飛んできたのです。

副担任「今日から二日間、先生は出張でいないからーー。」

私「!?」

教室にいる誰もが特に反応も示さず聞いている中で、

私だけはガラスが割れて崩れるかのような衝撃を胸の中に感じていました。

日曜日や祝日といった元から学校が休みであれば、会えなくても諦めが付きます。

が、前もって聞かされていたならまだしも、不意打ちで、それも二日間も不在とは……。

精神的ダメージが大きく、もしかしたら表情や態度に何かしらの変化があり、

それは隠しきれていなかったかもしれません。

先生から嫌われたと思った時のような、あの絶望感にも似た感覚に、

私の心はどれほど落ち込んだことでしょう。

何故二日間も必要なのか、どれほど遠くへ行ってしまったのか、

他の男性教師と一緒に行ったのか、私のことをどう思っているのかーー。

副担任に訊きたいことは山ほどありましたが、ここで私一人が反応するというわけにもいかず、ただ黙ったまま、周囲と同様に無関心を装っていました。

表向きは「ま、そんな日もあるよね。」という態度で、

できる限り色に出さないように努めています。

実際、こう考えるように自己啓発を行っていたことでしょう。

が、授業中に考えていたことといえば、常に先生のことばかり。

もしかしたら出張先で他の男に口説かれているのではないか、嫌がらせをされていないかーー。

などと心配になって、胸が苦しいほどに高鳴っていました。

思い出してもどうにもならないことは百も承知だったのですが、

思い出してしまうものは仕方がありません。

国語以外の授業は正直なところどうでも良かったにも関わらず、

雑念払拭のために真剣に聞こうとしていました。

が、一瞬思い出してしまうとその後もずっと考えてしまうので、

結局は同じようなことばかりが脳内を巡り続けます。

胸を締め付けられないように、集中できる別の何かはないのか? 何でも良いから。

ゲームをしていても集中できそうにはありません。

読書をしていても、なぜかふと先生のことを思い出してしまうのです。

会えない日は他にも幾度となくありましたが、

なぜ今日に限ってここまで恋しさが募るのでしょうか?

やはり会えると思い込んでいた日に不意打ちで会えないことが原因だったのでしょうか?

いつも顔を合わせられることがどれほどありがたいものか。

そう考えるようになってしまい、結局は他のことに何一つ集中できなかったように思います。

それも二日間もこれが続くのかと思うと、何とも長い時に思えたことでしょう。

ちょうど教室に空調を備える学校が増えていた時分ではありましたが、

私が通っていた学校では教室にエアコンが設置されているのは見たことがありません。

そんな教室でありながら、いつも教室の窓は全て開けられていました。

ーーああ、寒い。

比較的温暖だと謳われる地域であり、私自身はどちらかといえば暑がりだったのですが、

気持ちからか心なしか寒いような気がしていました。

こういう時に限って、私の周りばかり風通しが良いような気さえしてしまうものです。

こんなことになるなら学校なんてサボってしまえば良かったものを……。

とはいえ先生が来ると思い込んでいたので、学校に来てしまったわけです。

考えても見れば、風邪をこじらせて突然休むことだってあり得ます。

いったい何を根拠に「今日も必ず来る。」などと思い込んでいたのでしょう。

なぜ、いつもの幸福な日常が、明日も同じように訪れると言い切れたのでしょうか?

あの日の私はまだ、そんな簡単なことすら自分の頭で考えられなかったようです。

 

今日は授業に飽きたら帰ろう。どこかでふざけていれば、憂さも寒さも忘れられるだろう。

私は学校を抜け出して、どこで何をしようかと考えるわけですが、それでも胸に引っかかるこの思いは、

いくら努力したところで切り離せるようなものではなかったのです

 

【五十一】

冱風 吾身爾甚 吹奴禮婆 心毛寒 今毛相奴可

()ゆる(かぜ) ()()(いた)く ()きぬれば (こころ)(さむ)し (いま)()はぬか

冷たい風が強く身に染みて心まで寒いものだ。ああ、今すぐにでも会いたいよ。

 

 

 

先生が学校に来ないと知らされていた二日目も、結局のところ私は登校していました。

もしかしたら出張が終わって途中から帰ってくるかもしれないという、

どこに根拠があるのかもわからないような淡い期待があったからでした。

当時の私には、教員の出張がどういうものかを理解できておらず、

「用事が終わったらいったんは学校に帰ってくる気がする。」

などと勝手にプラス思考になっていました。

そもそも出張とは、その任務を終えたら一度は学校に戻るものなのでしょうか?

出張とはどういうものなのでしょうか?

それを他の教師に訊けたなら、どれほど私は救われることか。

当然そんな話を持ち出すことはありません。

ただ、もしもこの日に先生が戻って来なければ、

昨日と同じような胸の苦しみにまたも一日中苛まれるでしょう。

いや、あらかじめ知らされていたので、幾分か心づもりができていた面もあったでしょう。

が、やはり無意識にも先生のことを思い出してしまい、あれこれと思い巡らせてしまうのです。

出張先ーーそもそも他の学校へ行ったのかどうかもあまりわかりませんが、

行った先でハラスメントを受けていないか、ナンパをされていないか……。

はたまた自動車で移動と考えて、後続車から煽り運転をされていないか……。

といった類の不安が幾度となく脳内をぐるぐると巡っていたのは確かでした。

私が傍にいれば、誰も手出しはできません。

が、いつも先生にべったりと付きっきりというわけにはいきませんし、

現に今はどこへ行ったのかもわからないほどです。

高校教師の出張先が県外なのか、それとももっと遠いのかでさえ皆目検討も付きません。

遠くへ離れてしまったのだと考えてしまえば、

それほどに胸が締め付けられるように心配してしまうのです。

 

考えてもみれば不思議な話で、私が抱いた先生の第一印象は最悪でした。

互いの存在が合わない教師と生徒といった、何ら珍しくもないところから始まりました。

それも初めて会った時のみならず、そんな状態は約半年も続いたのです。

それが今となってはこの有り様です。

この思いを誰にも知られていないと思いつつ、恥ずかしくて堪らなくなるほどに、

自分のいい加減さやだらしなさを感じていました。

このような惨めな私が一体いつまで続くのでしょうか。

嗚呼、こんな苦しみも、先生に会えたなら吹き飛ぶことでしょうに……。

 

【五十二】

欲見 左丹頰經妹之 白珠爾 薄紅之 頰與口 見卷欲者 烏玉之 永黑髪 眼兒乎哉 

吾眼皮西 打偲 闇都俤 欝三 乞慕久者 勿消禰 不相時社 悲家禮 今登時爾 直相者

吾猒家口社 慰 山際敞奈流 遠都風 所褁妹 所念者 事西不勝都 侘過去蟹

 

()()しき さにつらふ(いも)が 白玉(しらたま)に 薄紅(うすくれなゐ)の (つら)(くち)

()まく()しきは ぬばたまの (なが)黑髪(くろかみ) (まなこ)をや ()眼皮(まかは)にし

()(しの)ふ (やみ)面影(おもかげ) おほゝしみ ()(ねが)はくは な()𛀁そね ()はぬ(とき)こそ (かな)しけれ

今即(いますなは)ちに (ただ)()はゞ ()()けくこそ (なぐさ)むれ (やま)際隔(まへな)

(とほ)(かぜ) くゝまゆる(いも) (おも)ほ𛀁ば (こと)にしかねつ ()()ぎぬがに

 

貴女の少しふっくらと赤らめたほっぺた、ぽってりと薄紅色をした唇、艶めいた長い黒髪、そして黒くも澄んだ美しい瞳……。貴女を見たい。目を閉じて、心の中で思い描く貴女の姿は美しくも儚くて。ああ、消えないで。会えないことがこんなにも悲しいことだなんて。今すぐ会えたならば私のつらさも吹き飛んで癒されるだろうに。山々を越えて遠くの風に包まれる貴女を思われれば、この気持ちを言葉にすることもできないで、今にも悲しみに押し潰されそうになるのです。

 

※ヤ行エを使用しています。デバイスによっては正しく表示されない可能性がございます。

 

 

 

【五十三】

戀之妹 雲居之從餘所 所念者 玉響谷毛 相久之欲得

はしき(いも) 雲居(くもゐ)餘所(よそ)ゆ (おも)ほ𛀁ば 玉響(たまゆら)だにも ()はくしもがも

愛しい貴女を雲の彼方から思われれば、ほんの一瞬だけでも会いたいと願うのです。

 

 

 

【五十四】

欲見 妹之目偲 永時 還將來蹟 待而暮都

()()しき (いも)目偲(めしの)ひ (なが)(とき) (かへ)()むやと ()ちて()らしつ

一目お会いしたいと願う貴女の目を思って、帰って来ないものかと、永遠とも思えるような長い間、待ち続けていたことです。

 

 

 

私は二日目の午後からも学校に残っていました。

先ほど書いたように、この日の内に先生が帰ってくるかもしれないという、

根拠の乏しい一縷の希望に賭けていたのです。

この日の昼すぎは古文の授業でした。

先生の代わりに受け持ったのは、三年生の国語を担当している五、六十歳代と思しき男性教師です。

なぜかその教師は、生徒たちから“カニ”と呼ばれていました。

私の知る限りだと、その教師とカニに共通点はなく、なぜそう呼ばれていたのかは不明です。

ただ、実際にそういうあだ名だったため、ここでもカニと呼ばせていただきます。

私自身はカニのことをあまり知らなかったのですが、

生徒たちからの評判は極端に良かったり極端に悪かったりとさまざまでした。

この時の私はというと、いつもの先生ではないといえ、

古文なのできちんと受けようと思っていました。

このカニという男はプリントを配ろうと準備をしています。

カニ「自習。」

代役として来た教師であれば、ここまでは特に変わったところはないかと思います。

が、問題のプリントを配り終えた矢先、

彼は教室全体を見渡して思いがけない言葉を放ったのです。

カニ「わしは今から寝る。問題やろうがサボろうが自由にして良い。けど喋るなよ。寝るんだからな。」

公務員が勤務中に寝るというのは何ともおかしな話ではありますが

勉強嫌いな生徒は嬉しそうにしています。

カニは言った矢先に教師用の席に座って、机に顔を押し当てながら本を読んでいました。

問題は簡単なものだったので、私は一足早く解答を埋めて漫画を読んでいました。

なるほど、生徒たちを自由にさせるが、私語は禁ずということのようです。

彼の授業は生徒たちが静かだという評判が、良い評価に繋がっているのでしょうか。

とはいえ勉強をしたいと思っている生徒もいるわけなので、

そこはいったいどうするつもりなのでしょう?

 

そんな中で、クラスメイトの女子・取り巻きが遠慮がちに挙手をしながら、

小声で何度もカニを呼んでいました。

取り巻き「カニ先生、カニ先生。」

カニ「…………。」

取り巻き「ちょっと問題の意味教えてほしいんっすけど。」

聞こえているのか、あえて何も応えないカニは、読んでいた本を置いて机に突っ伏します。

取り巻きはそんなカニを見てすぐに諦めたようです。

私が漫画を読んでいると、机の上にくしゃくしゃに丸められた紙が飛んできました。

以前にも似たようなことがありましたし、取り巻きが投げたのだとすぐにわかりました。

紙を広げると、そこには汚い字でこう書いてありました。

取り巻き「答えはよ。」

彼女にやる気でも芽生えたのかと意外に思っていたのですが、結局は私頼みだったようです。

私は「嫌。」と大きく書いた紙を投げて返します。

確かに国語に限っていえば成績は学年トップでしたが、

ずいぶん頼りにされているものだと少し嬉しい気持ちもありました。

さすが先生の一番弟子たる私だという誉れに浸っていましたね。

そうこうしていたところ、取り巻きがプリントを持って私の席まで寄ってきました。

私たちは寝ているカニに聞こえないよう小声でやり取りを始めます

取り巻き「教えて。」

私「えぇ?」

取り巻き「だってカニシカトすんだもん。皆答えわからんって言うし。」

私「俺じゃなくても良くない?」

取り巻き「古文わかるんでしょ?」

私「わかるけどさ。別にこんなの成績関係ないしやらなくても良いんじゃないの?」

取り巻き「先生帰ってきたらさ、自分いない日でも頑張ったんだねって話になるじゃん。」

私「だったら実際に頑張ってやれよw」

取り巻き「頑張って答え教えてもらう。」

私「何だそれ……。ほら、写しなよ。」

プリントを渡したところ、取り巻きは私の机を使って解答を書き写します。

取り巻きはほとんど写し終わったところで質問を投げかけてきます

取り巻き「ここらの問題さ、意味不明に長くない?」

確かにいくつか引っかけ問題と思しき遠回しな問いが見られました

どうにもカニの手作り問題集らしく、あえてそんな問題を作ったようにも思えます。

私「いじわる問題でしょ。」

取り巻き「トシはできたん?」

私「まあ、できてると思うけど。」

取り巻き「あぁウザッ。」

私「何でやねんw」

取り巻き「いや、あんたじゃなくてカニだよカニ。」

私「ああ、カニね。」

取り巻き「そんで質問しようとしたらシカトとか、先公としてどうなん?」

私「良いじゃん。成績関係ないんだし。」

取り巻き「成績関係なくてもムカつくだろ常識的に考えて。」

私「まあほっとけば良いんじゃない? 成績下げるとか言ってきたわけでもないし。」

取り巻き「納得できん。」

そういったことを話していたところ、とうとうカニの耳に届いたようで、

彼は突っ伏していた上体を起こして声を上げました。

カニ「うるさい!」

カニは教員用の席を立ち教壇に移動して、私と取り巻きに向かって続けます。

カニ「お前らか? 喋りまわりよるんは?」

取り巻きは怒りを感じたのか、ムッとした表情ですぐに言葉を返しました。

取り巻き「別にうるさくしてないじゃん。」

カニ「わしがうるさい言うたらうるさいんじゃ。」

取り巻き「めっちゃ静かだったし。なあ?」

取り巻きが周囲のクラスメイトに話を振ると、誰も否定しませんでした。

カニ「勉強せんでもええけど静かにせえって言わんかったか?」

取り巻き「いやいや、あたし勉強まじめにやってたんすけど。」

カニ「席立って喋っとったげや。」

取り巻き「教えてもらってたんすけど。」

そう言って取り巻きは、プリントに書き込んだ解答をカニに見せつけます。

カニ「好きにしてええけど喋んな言うとんじゃ。」

取り巻き「授業中わかんなかったら質問するっしょ。」

カニ「何じゃお前? やる気あったんか? じゃったら前々から予習しとかんけや。」

取り巻き「やる気なんかないし。あんたみたいな先公のせいでさ。

カニ「やる気ないんならやらんでええげや。もうちょい静かに遊んどけ。」

取り巻き「…………。」

取り巻きが顔を赤くして怒りを堪えている横で、私は姿勢を崩してカニを見据えていました。

それに気付いたカニは、ターゲットを私に変えて言い放ちます。

カニ「お前さっきから恨めしそうに見てきて何じゃ。何か言いたいことでもあるんけや。」

こういう教師は珍しくもないので学校あるある程度に思っていましたが、私はここで思ったことを口にします。

私「俺らちゃんと勉強するために喋ってたんだろ? お前が先公の仕事ちゃんとしないから代わりに俺が教えてたんだよ。」

カニ「お前漢字もろくに読めんじゃろげや。お前が教えて何か意味あるんか?」

私「喋るなって言っといてお前が一番喋っとるやないけ。」

カニ「わしは注意しよったんじゃ。」

私「小声が気になって寝れないからだろ? だいたいお前何しに来たんだよ。寝に来たの?」

カニ「私語は慎め言うとんじゃ。」

私「私語じゃなしに勉強教えてたんだけど? 質問にも答えられない無能なク○先公に代わってよ。」

カニ「お前さっきから何じゃコラ。わしがホンマに寝よった思っとるんか?」

私「狸寝入りでも質問答えられないんならそれサボりじゃないの?

カニ「サボりと違うわや。ちゃんとお前ら静かにさせとったろげや。」

私「勉強したい奴もいるんだよ。お前みたいなやる気ない穀潰しガニとかいらないんだよ。」

カニ「言うたにゃあ。お前授業妨害やぞ。」

私「授業してないだろ? 授業もろくにやらんくせにイチャモンばっかの先公とか邪魔なんだよ。」

私がそんなことを言い放つなり周囲も同調したのか、取り巻きも含めて声を上げました。

周り「帰れ! 帰れ!」

私「結局どうすんだお前。」

カニ「おう、わかったわ。お前らの言う通り帰っちゃるわ。その代わり全員欠席扱いじゃきんの。それでええか?」

取り巻き「はぁ? ふざけんな!」

頭にきたのかついに取り巻きがそう叫びました。

カニ「いね言うたのお前らじゃろげや。お前ら全員公務執行妨害で共犯じゃきんの。」

取り巻き「あんたが憎いのあたしらっしょ? 他の奴ら関係ないじゃん。」

カニ「お前らいね言うたじゃろげや。」

取り巻き「一部だけじゃん。」

カニ「わしに謝ったもんがおるか? ほじゃきん出ていったるんじゃ。全員欠席のう。」

取り巻き「だから一部だけだっつってんだろ。何で皆なん?」

カニ「さっきから言よろ。誰一人わしを擁護してなかろげや。声上げん言うことはのう、お前らと同じ意見っちゅうことじゃ。」

取り巻き「あんたマジで何なん? そんなに生徒憎いの?」

カニ「当たり前じゃ。言うこと聞かんと反抗ばあしくさって。授業妨害されて帰れ言われたら欠席なんは当然じゃ。」

こんなやり取りがしばらくは続きます。

もう一度書きますが、この手のーー生徒をゴミ以下に見る教師は珍しくないと思っていました。

私はというと、唐突に先生のことを思い出してしまって、ボーっとしてしまい、

カニのことなどは少しどうでもよくなっていました。

もしこんな時に先生がいたら、一生懸命になって私たちを庇護してくれるだろうか……。

次第に私は「先生に代わってできることはないか?」と考えるようになっていました。

先生と同じやり方はできないだろうけど、私なりにクラスメイトを助けることはできるはず。

そう思うとカニへの苛立ちが再び込み上げてきたのだと思います。

私は立ち上がって声を上げて言い放ちました。

私「お前逃げんのかよ。」

カニ「何べん言わすんでや。お前らがいね言うたきん帰っちゃるんじゃろげや。」

私「取り巻きの質問どうすんだよ。」

カニ「もう知らんわ。口答えばあしよるもんに教えることないわ。

私「俺らはな、進学しない奴のためでも遅くまで残って教えてくれる先生の背中見て育ってんだよ。」

カニ「わざわざ人の名前出して比べんなや。わしにゃあわしの教え方があるんじゃ。」

私「教えちょらんやか。他のクラスよりおとなしいもんばあじゃち思うて舐めちゅうがか?

カニ「お前らが教師舐めすぎなんじゃ。」

私「おんしゃあええ加減にせえよコラ。」

カニ「何ぞお前コラ。殴るんけや。」

指摘通りの行動に出ても良いとは思いましたが、ここで脳裏をよぎるのが先生のことです。

私だけではなく、担任の先生にまで累が及ぶのではないかと思い立ちます。

後になって思い返せば、この時点でその可能性はあったわけですが……。

とにかくここは刃傷沙汰だけでも避けておくことにします。

バカなりにも先生に迷惑はかけられないと考えて。

私「殴る方も手ぇ痛いき労力の無駄じゃ。俺はちゃんと教えち言うちゅうがじゃ。」

カニ「教えんわ。暴言ばあ吐きよって。職員会議で報告しちゃるきん覚えとけよ。」

私「やってみいや。どうせええように言うたことないがやろ。」

カニ「ええんじゃのう? どんな処分なるんか楽しみじゃのう。」

私「校長でも何でも言うたらええき勝手にせえ。」

カニ「こっちも好き勝手されたきんのう。好きにしたるわや。この問題児が。」

私「貴様の方が問題やか。」

そんな時でした。ここのところほとんど関わりのなかったチャラ子が突然立ち上がって言います。

チャラ子「おいカニ。こればら撒くぞ。」

チャラ子は携帯電話の画面を見せつけるようにカニへ向けます。

彼女は一連の出来事を撮影しており、それを再生して流し始めました。

私が訛り丸出しで怒鳴る声もしっかり記録されていて、どこか急に恥ずかしくなってしまいます。

怒りを滲ませるカニは特に態度を変えることもなく、チャラ子を見据えました。

カニ「何じゃお前も。授業中はそんなもん禁止なんじゃ。」

チャラ子「授業中だぁ? 授業なんかしてないじゃん。だからオーケー。」

カニ「屁理屈ばあ抜かすなや。ほんじゃ学校では禁止じゃ。これでええか?」

チャラ子「ルールなんて守る必要あんのかよ。あたしら生徒も自分守らなきゃいけないんで。」

これ以降カニの勢いが徐々に弱まっていったように思います。

チャラ子「生徒に撮られるかもって考えてない時点で時代遅れなんだよね。」

カニ「お前目上のもん脅す気か?」

チャラ子「あたしのダチイビる奴に上も下もねえんだよ。二度と教壇立てねえようにしてやろうか?」

カニ「勝手にせえ。ばら撒きたかったらばら撒けや。」

チャラ子「ばら撒いてやるよ。」

カニ「これからは代わりでも絶対お前らに授業やかせんきんのう。

チャラ子「わかったからとっと帰れク○ガニ。」

カニ「帰っちゃるわ。もう知らん。」

彼はそう言い放つと荷物をまとめて早々に教室から出て行きました。

正直カニに対する怒りがどうこうというよりも、

チャラ子が意外と頼りになるところがあって感心していたように思います。

教室内がざわついている中で、取り巻きがチャラ子に問います。

取り巻き「でさ、どこにばら撒くの?」

チャラ子「校長に見せればいいんじゃね? 知らんけど。」

取り巻き「そういうもんなん?」

チャラ子「さあ。」

取り巻き「ってかトシロー途中から何言ってんのか全然わからんかったwww」

話を振られた私は動画に残っていた自分の怒鳴り声を思い出して、

急にとんでもなく恥ずかしさが込み上げていました。

私「もう忘れろ。っていうか動画消してほしいかも。」

取り巻き「せっかくの証拠なんだから消せないっしょ。」

私「うわあ……。まあええけど。」

結局のところ、その日に先生が戻ってくることはありませんでした。

――先生大丈夫かな? 事故に遭っていないかな? 事件に巻き込まれていないかな?

  パワハラされていないかな? ナンパされていないかな?

  俺のこと思い出しているのかな?――

 

待ちわびていた翌日の朝。

朝礼に合わせて先生が教室に入ってきました。

この瞬間をどれほど待っていたことでしょう。

二日見ない間に、またしても美しさが増したような、そんな気がいたしました。

飛びつくように――ではなかったと思いたいところでありますが、

私は他の生徒たちに先んじて、先生に声を掛けたのでした。

私「おかえりなさい。」

先生「ただいま。」

私は優しくにっこりと笑って応える先生を見て、安心感と同時に、

さらに膨らんでいく恋心を確かに感じていたのです。

そのあまりにもまぶしい笑顔に――。

 

【五十五】

難相 妹之目見者 無限 悞有來 吾戀哉

()(がた)き (いも)目見(めみ)れば (かぎ)()く (うれ)しかりけり ()()ふるかも

ずっと会えなかった貴女に会えたならば、この上なく嬉しい限りです。

私の恋心はまたしても大きくなっていくことでしょう。

 

 

 

私の万葉歌 戀歌 第十二話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

 

【あとがき】

前回から時間が空いてしまったのと、初めて来られた方もいらっしゃると思いますので、

私が上代日本語で和歌を詠む上で念頭に置いていることを三点ご紹介します。

・二句切れ、四句切れを意識している。

 万葉集においても絶対というわけではありませんが、意識して詠んでいます。

 長歌の場合、句切れは特に気に留めてはいません。

・字余りはア行音が含まれる場合のみ可。

 上代語の歌はこのケースに当てはまらない場合もありますが、基本として押さえてあります。

 また、ヤ行エはア行エとは別物ですので、字余りの対象とはなりません。

・ヤ行エについて

 上代日本語の万葉仮名ではア行エとヤ行エが明確に書き分けられています。

 私のこだわりで”𛀁”と表記して区別することとしておりますが、

 デバイスによっては表示されない可能性がございます。ご了承ください。

 

 

ヤ行エが表示されない方に向けて画像を用意しました。

こんな形の文字で「ye」「イェ」のような発音をする文字ですね。

パソコンからだと入力、表示はされるようですが、あくまで環境依存のようです。

誰もがちゃんと読めるように表記法を考えるのも、私の課題の一つではあります。

名案がございましたら、ご教示くださるとありがたいです。

 

※8/12追記。更新

サムネイル画像がヤ行エになるのが気になるため、

今回より木板に書いた行書の万葉仮名表記画像を載せることにしました。

もしよろしければそちらにも目を通していただけると幸いです。

 

 

ということで今回は以上になります。

最後までお読みくださりありがとうございました。

ではでは皆さんまたお会いしましょう。