私の万葉歌 - 戀歌 第五話 | TOSHI‘s diary

TOSHI‘s diary

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過去回の第一話から第四話のリンクを貼っておきます。よろしければご覧ください。

私の万葉歌 - 戀歌 第一話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第二話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第三話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第四話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

 

 

【ご注意】

物語の性質上、登場人物による差別的かつ過激な表現が含まれる場合がございます。

私自身には差別や暴力を助長する意図はありませんので、ご理解くだされば幸いです。

可能な限りで表現には細心の注意を払って書こうとは考えております。

 

 

物語の進行というよりは、教師に恋をしてしまうメリットを書いたので、

同じようにデメリットも挙げていこうと思います。

紹介するのは私の経験によるところも大きいので、もしかしたら他の弊害もあるかもしれません。

デメリットを紹介するということは、おそらく暗い内容になると思われますので、

こちらも前もって明記したいと思います。

 

 

一つ。周囲の理解を得られない。誰にも相談できない。

あくまで私の置かれていた状況や環境、時代背景にもよるのかもしれませんが、

私の周囲では教師が恋愛対象になるということは非常にマイノリティな扱いでした。

男子から注目される若くてかわいい女性教師なら話は別でしたが、

私が恋した先生は倍ほどは年齢が離れており、生徒たちはみんなおばさん扱いをしていました。

何より仲良くなったグループは比較的異性の話が好きな連中だったのですが、

どいつもこいつも私の好きな先生のことをBBAと呼んでいました。

どんなに彼らの良いところを知っていて、一緒に過ごすのが楽しくても、

当然そんな話を相談できるはずがありません。

あくまで文学を趣味に持った上での師匠である以外に思うところはないということにしていました。

始めはそういう思いしかなかったのは事実なので、嘘を吐いているつもりもありませんでした。

先生本人に恋心がバレることも怖かったのですが、周りの人間にも知られたくなかったですね。

恋心を隠すために最も有効な方法だったかどうかはわかりませんが、

友達と話す時に限っては、大好きな先生のことをおばさん扱いするしかありませんでした。

世界一の美女であり尊敬する大好きな先生を、おばさんのように言わなければならない現実。

いくら恋心を隠すためとはいえ、こんな形で自分に嘘を吐く私自身を心底ドクズだと思いました。

何より先生に迷惑をかけまいと恋心を隠しているにもかかわらず、

彼女の知らないところでは、周りに合わせておばさんだと呼ぶ自分が許せなくなります。

 

そう、自分自身や周囲に嘘を吐かなければならなかったのです。

ようやく自分を見つけ出した私が行き着いた先がこれとは、

いったい何のために周囲の流れに逆らってまで文学を学ぼうとしたのでしょう。

 

今この物語を書いている私としては、もっと堂々としていても良かったような気がします。

とはいえ、先生にも周囲にも恋心がバレない方法が思いつかなかったのでしょう。

こうすれば良かった、ああすれば良かったなどというのは、当時はわからなかったのです。

今でも何が正しかったのかはわかりません。

 

まとめると、周囲の理解も得られず、誰にも相談できず、私自身があらゆる葛藤に苛まれて、

自分自身と周囲に嘘を吐くはめになって、大いに苦しんでしまったという話でした。

 

【二十一】

吾戀乎 隱障爲之 術爾庭母 僞渡 吾可厭

吾が戀ひを 隱さふ爲の 術にても 僞り渡る 吾厭ふべし

あがこひを かくさふための すべにても いつはりわたる あれいとふべし

例え私の恋心を隠し続けるためにやむを得ないとはいえ、

私は嘘で覆われた私自身を嫌うに違いありません。

 

 

一つ。授業や勉強に集中できない。

授業開始から終了まで、世界一の美女が教壇に立っているのを見ていると、

授業や勉強のことだけを考えるのはほぼ不可能になりました。

例えどんなに意思が強くても、約一時間の授業において完璧に集中することはできませんでした。

幸いなのか私の場合、当時の授業が私に遅れを取っている状態だったのと、

日本語を学びたい気持ちが支えだったこともあり、どうにか持ちこたえていました。

 

また、恋した先生以外の授業中、先生のことが気になってしまうことがあります。

好きでもない教科の場合、煩悩を祓えるような心の支えになるものもなく、

こっそりと読書をしながら現実逃避をしていた記憶があります。

結局そういった教科の成績はあまり伸びませんでしたね。

 

授業に限らず、特訓もそうでしたが、やはり完全に集中することはできませんでした。

せっかく私のために時間を割いてくださっているのにもかかわらず、

そんな先生の応援してくれる気持ちに背くかのように、一瞬だけ先生を見てしまうのです。

自分の夢、応援してくれる先生の気持ちを思い出して、必死に自分の心を制御してきました。

しかし、一瞬でも見た先生を「かわいい。」「美人だ。」と思ってしまいます。

尊敬する恩師をそんな目で見る自分を責め続ける日々でもありました。

もう一人の私にとっては、勉強などはどうでもよくて、先生と一緒にいられる口実でしかなく、

大好きな先生をだましているのだと……。

 

まとめると、完全には授業に集中できなくなることが挙げられます。

私の場合の話ではありますが、良心の呵責に苛まれる日々だった点も加えておきましょう。

 

【二十二】

汝目社 見卷慾計禮 倭歌 不能効 愚吾責

汝が目こそ 見まく慾しけれ 大和詞 倣ふ能はず 愚るる吾責む

ながめこそ みまくほしけれ やまとうた ならふあたはず おるるあれせむ

貴女の目を見たいとも思うのですが、教えてくださる先人たちの言葉を学ぶこともままなりません。

そんな愚かな私を責めるばかりであります。

 

※漢文訓読と中古日本語の語彙を使用しています。

不自然かもしれませんが、適切な上代語が見当たらなかったためこのまま掲載いたします。

 

 

一つ。疑う者が現れる。

恋をする以前の私にとって、先生は尊敬する恩師であり親友でした。

すでにその頃から「トシローは先生に恋をしているのではないか?」と疑う者がいました。

それは主に、先生に反抗を続ける女子のグループでした。

過去にエピソードとして挙げましたが、クラスメイトのチャラ子がその筆頭でした。

彼女はどうにもそういった話に繋げたかったようです。

当時は彼女の意図を知ることもなく、ただただ不快であり、先生に伝わることも怖れていました。

思い返すと疑われるような私の行動も悪かったのかもしれません。

私の知らないところでは、もっと多くの陰口や変な噂もあったことでしょう。

 

また、仲が良かったグループからもイジリのネタにされることはありました。

下品な内容のイジリも多かったため、あえてこちらには掲載はしませんが、

その度に私は、顔では笑いながら受け流すも、心の中はズタズタに傷ついたものです。

彼らに悪気がなかったことは知っていました。

先ほど書いた通り、私自身も彼らの前では、先生をおばさんのように言わざるを得ませんでした。

日頃から女性教師に従う私の姿というのは、どうにもイジリのネタにしやすかったようです。

 

これも幸いなのかどうかはよくわかりませんが、

私の場合は疑われることによるいじめに発展することはなかったです。

この時に私が仲良くしていた連中というのは、二年生の番長グループでした。

今時の中高生にはなじみがないかと思われますが、校内校外問わずに喧嘩をしたり、

改造したバイクで街中を暴走する高校生も結構いたのです。

つまり、私にはそういった輩が周りにいたこともあり、いじめられることはなかったのだと思います。

連中との会話でイジリがあって傷ついてはいたものの、私を本気で怒らせることはありませんでした。

そういったグループにいる私が先生と仲良くなることで、反抗的な生徒が減った可能性もあります。

チャラ子とかいう女子だけは、例外的に私をいじめていましたが……。

「俺は昔悪だったんだぜ!」という話をするのは嫌いなので、今まで一度もブログに書きませんでした。

当然ですが、これは自慢をしたいから書いているのではありません。

物語の進行上必要なために書いていることをご理解いただければと思います。

 

疑ってくる者の中には教師もいましたし、そういう話題に興味のなさそうな優等生もいました。

いずれは物語上に登場することになるので、ここではいったん省かせていただきます。

 

私がそういう日常を送っている中で、新たな不安に苛まれるようになります。

それは「先生が変に言われるのではないか。」という問題でした。

もしもそんなことになってしまったら、間違いなく私のせいです。

私のせいで先生に悪い噂が流れるようなことがあれば、一生自分を許さなかったでしょう。

いつも顔を合わせる先生は、明るくて優しいまま、何も変わりはないようでしたが、

もしかしたら私の知らないところでは何かしらの噂があったのかもしれません。

 

まとめると、私自身や、私と先生の関係を疑う者が現れるという話でした。

また、私の場合の話にはなりますが、友達からイジリのネタにもされていました。

周囲の環境にもよるのですが、疑いがいじめに発展する可能性もあるかと思います。

 

【二十三】

人事之 繁者恒蹟 知乍毛 世人者不知 吾念將枯

人事の 繁しは常と 知りつつも 世人は知らに 吾が思ひかれむ

ひとごとの しげしはつねと しりつつも よひとはしらに あがもひかれむ

人の噂がうるさいのは知っていますが、周りの人たちは自分がうるさいことに気付きません。

なので私の心は枯れてしまい、彼らから離れていくことでしょう。

 

※今度こそはと思い、三重の掛詞に挑んでみました。「彼」「枯れ」「離(か)れ」となります。

古今和歌集で既出だったので、結局は真似になってしまいましたが……。

 

 

一つ。叶わない。

以前にもお伝えしたように、教師との恋愛は99パーセント以上の確率で叶いません。

大事なことなのでもう一度書きますが、どんなに生徒側が美男美女でも無理だと思ってください。

生徒の顔かたちはどんな外見であろうと、どれも芋のようにしか見えないのではないでしょうか。

まじめな教師ほど、そういうところは見ていないように感じます。

 

地方自治体にもよりますが、教員採用試験の登竜門は非常に狭いものです。

大学卒業後にあっさりと合格できる教師がたまにいますが、当然そうではない教師もいます。

教師という職業にこだわって、何年にも渡って受験を続けたという教師は、

私の通っていた高校だけでも何人もいたのを覚えています。

教師という職業にこだわってその道を選んだ人は、その仕事に誇りを持っている方が多いのです。

簡単に己の信念を曲げて、生徒と付き合うなどという教師は、実はそうとうレアだったりします。

ただ、ごくまれにそのレアな存在がメディアで取り上げられたりしますよね。

性別で差別をするわけではありませんが、主に男性教師に多いのが現実です。

 

教師への恋心が叶わない大きなポイントが、教師の大半が"既婚者"であるという点です。

都道府県立の高校教諭が公務員であることは周知の通りかと思います。

あくまでデータの数字に頼った話で恐縮ですが、公務員の婚姻率は一般企業よりも高いらしいです。

もしも恋した教師が既婚者ならば、絶対にこれ以上の進展を求めるべきではありません。

それは人生を狂わされる可能性があるのが、当事者だけにとどまらないからです。

私の場合はというと、恋した先生が既婚者なのか独身なのかこの時点では知りませんでした。

師匠だ弟子だ親友だとさんざん大口を叩いていた私ですが、

実は先生が国語の教師であること以外に何も知らなかったのです。

当然気にはなりましたが、知ったところで始めから諦めていたので、

それ以上立ち入ったことは訊かないようにしていました。

既婚者か独身か知る以前に諦めることこそが、先生のためであり私のためだと思っていました。

 

始めから諦めていて、この気持ちを決して表に出さない、墓場まで持っていく。

先生には先生のままでいてほしいから――。

そう決めていても気になってしまう、叶えたいと思ってしまうのが恋心の悲しいところです。

決して叶えてはならない恋とは"相手を思いやる心"と"己のエゴイズム"の、

交錯する自己矛盾を同時に抱えることにもつながりました。

その狭間で板挟みに悶える苦しさというのは、何よりも筆舌しがたいものでした。

 

【二十四】

不叶  戀雖忍 極毛無 絶塔情 去邊毛不知

叶はざる 戀ひ忍ぶれど 果ても無く たゆたふ心 行く方も知らず

かなはざる こひしのぶれど はてもなく たゆたふこころ ゆくへもしらず

叶わない恋だとわかっていて、隠し続け堪え続けるのですが、

いつまでも揺れ動く心がどこへ向かおうとしているのか、私にはわからないのです。

 

【二十五】

戀語 何時可末邊 至鞆 何如哉過 知不勝爾

戀ひ語り いつしか末邊 至るとも いかにや過ぐる 知りかてなくに

こひかたり いつしかすゑべ いたるとも いかにやすぐる しりかてなくに

いずれは終わりを迎える恋の物語ですが、いったい私はどのような道を辿るのでしょうか?

私には全く想像すらできません。

 

 

第六話に続きます……。

私の万葉歌 - 戀歌 第六話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

 

 

【おまけ】

全体的に暗い話になってしまいましたので、私が作った漢文を載せて気分転換をしましょう。

即席で適当に作った文章なので、漢文としておかしいところがあるかもしれません。

あくまで素人の道楽だという点をご理解いただければ幸いです。

 

與君別離久

將慾忘過日

猶追從江湖

而今及京師

尚思往事殘

 

 

書き下し文。

君(きみ)と別離(べつり)し久(ひさ)しく

まさに過日(くわじつ)を忘らむと慾(ほつ)す

猶(な)ほ江湖(かうこ)より追(お)ふがごとく

今(いま)京師(けいし)に及(およ)びては

尚(な)ほ往事(わうじ)を思(おも)ふがごとく殘(のこ)れり

 

元ネタ。

將忘蹟 過去之時者 天離 從鄙如追 尚殘有

忘らむと 過ぎにし時は 天離かる 鄙ゆ追ふ如 尚殘りたり

わすらむと すぎにしときは あまさかる ひなゆおふごと なほのこりたり

忘れようと努めてきた遠い過去は、都の遥か彼方の田舎から、

まるで私を追ってきたかのように、今思い起こされています。

 

たまにこういったお遊びを気まぐれで載せていくでしょう。

もしかしたら漢詩日記に挑む日が来たりしてw

とはいえ今この瞬間に始めたばかりなので、まだまだへなちょこだと思います。

どうか暖かい目で見てやってくださいませ。恥をかいたらもうやらないかもしれませんがw

 

 

【あとがき】

前回に引き続き、物語の進行ではなく、デメリットを列挙していく形での投稿となりました。

私はどちらかというと明るい性格なので、あまり悲観的なものをつらつらと言葉にするのは苦手です。

ここからは再び私のダサい(?)思い出話がだらだらと続きますので、

どうか暖かい目で見守ってくださいませ。

 

それとお読みくださる皆さまにお伝えしたいことがあります。

 

 

 

 

公式ハッシュタグ"#教師"において、日を追うごとに順位が上がっていました。

アクセス数もどんどん増えてきており、本当に嬉しく思います。

いつもお読みくださる皆様のおかげに他なりません。ありがとうございます。

今後も頑張って書き続けていきたいと思っております。

 

今回は以上となります。

最後までお読みくださりありがとうございました。

それではまたお会いしましょう。