私の万葉歌 - 戀歌 第二話 | TOSHI‘s diary

TOSHI‘s diary

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私の万葉歌 - 戀歌 第一話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)の続き、第二話になります。

 

前回までのあらすじを今初めて来られたばかりの方のために三行で書きます。

・仲が悪い女性教師と仲良くなった。

・その先生との特訓で底辺だった成績が伸び始めた。

・その先生には、なぜか彼女がいると思われたくなかった。

ざっくりとこんな流れですが、実際に第一話をお読みいただけると助かります。

物語形式になっていますが、万葉集をリスペクトした和歌がメインとなっております。

 

【和歌に関する自分ルール】

通常=五七五七七。

長歌=五七調を延々と。

旋頭歌は場面に応じて。

字余り=ア行音(母音のみの音)を必ず一字使用。

可能な限り上代日本語を用いるよう努める。

自分の気持ち、感情を最も重んじること。恥じることなく自分を全てさらけ出すつもりで。

 

 

ストーリーの続きを綴る前に、第二話以降のご注意を書いておこうと思います。

 

【ご注意】

物語の性質上、登場人物による差別的かつ過激な表現が含まれる場合がございます。

私自身には差別や暴力を助長する意図はありませんので、ご理解くだされば幸いです。

可能な限りで表現には細心の注意を払って書こうとは考えております。

 

それと長いので、無理のない範囲でお読みいただけたらと思っております。

 

 

それでは物語の続きを綴っていきましょう。

 

私は現在京都市に住んでおり、引っ越した理由はいろいろとあるのですが、

そのうちの一つに遠い親戚のお墓が京都市内にあるというのもありました。

なので、市内のことは大雑把ではありますが、理解している方だったと思います。

私が仲良くなった古典の先生は京都から来られた方でした。

とはいえ愛媛県で教師になるまでの詳しい経緯はわかりません。

ただ、友達感覚で歓談ができるようになると、京都の話題で盛り上がったりしたものです。

二条城や清水寺に行ったとか、京極に思い出のラーメン屋さんがあるとか――。

 

また、友達同士で夢中になっている趣味の話をするのと同じような感覚で、

私は面白い近代文学を勧めてもらったり、その本の読書感想を聞いてもらったりしていました。

先生自身が今読んでいるという本の話も聞かせてもらったりしたものです。

どういった視点を持つと読解が面白くなるのかとか、

作品が生まれた時代背景を詳しく調べてみると見えてくるものがあるとか――。

先生はアドバイスとともに、とても楽しそうに語ってくれました。

文学の話をする時の先生は熱が入っていて、本当に日本文学が好きなんだな~と憧れたものです。

聞けば聞くほど勉強になるので、先生と話せることがとても楽しみになっていました。

文学ネタで話せる人が周りにいなかったというのもあったのかもしれません。

 

もちろんいつも文学のことばかり話すわけでもなく、他愛のないやりとりも多かったです。

朝ごはんを食べる食べないとか、好きな歌の話をしたりとか――。

廊下ですれ違ったらお互い手を振って「おはよう!」なんて挨拶を交わしていましたね。

いきさつをよく知らない友人がいるときにそれをやると、

「お前ら何でそんなに仲良いの?」と訊かれたものです。

私は決まって「師匠兼ダチだからw」と、当時思っていたままに答えていました。

 

どうしても先生と話す場面をピックアップするので伝わりづらいと思いますが、

実際には友達と過ごす時間と比べるとかなり短いものでした。

いくら友達感覚で話すようになったとはいっても、

常日頃からベタベタと引っ付くわけにはいきませんからね。

それでもそのわずかな時間に充足感を覚えたものです。

 

ただ、不思議に思うこともありました。

ついこの前までは大嫌いで顔も見たくなかったのに、今は何を話しても嬉しくて楽しくて……。

 

【六】

氣内爾 語之辞 徒奈禮杼 奈何哉懽 由毛不所知

日の内に 語りし言葉 徒なれど 何ぞや嬉しき 由も知ら𛀁ず

けのうちに かたりしことば ただなれど なぞやうれしき よしもしらえず

どうしてだろう。理由はよくわからない。ただ……。

日々の中で交わす貴女とのやり取りが他愛のないものであっても、私はとても嬉しいのです。

 

※書き下し文にヤ行エを使用しています。デバイスによっては表示されない可能性がございます。

 

 

ある程度は成績も落ち着いてきたのですが、友達と遊ぶ時間も持ちながらも、

補習に参加したり、先生の特訓を受けたりという日々は続いていました。

ただ、特訓とは呼べないほど、ほのぼのとした雰囲気で勉強を教えてもらっていました。

というのもこのペースさえ落とさなければ、卒業くらいはできるだろうという見込みだったからです。

私としては卒業に必要な学力があればいいと最初は思っていたのですが、

先生から"才能"を指摘されたことが心に残っていました。

彼女に勧められた芥川龍之介に憧れていたのもあり、

王朝文学から近代文学までを読み解く力を学びたかったからです。

先生はほのぼのとした個別指導中に、興味深そうな様子で笑いながら、私に質問を投げかけました。

先生「トシロー君は将来何になりたい?」

私「急にどうしたの?」

先生「気になったから訊いてるだけよ。」

私「好きな文学を活かせる仕事って何かある?」

先生「ふふっ、国語の教師とか。」

私「もちろん憧れてるよ。」

先生「あら、嬉しいこと言うね。」

私「俺は今……芥川龍之介みたいな作家になりたい……って、ちょっとだけ思ってる。」

先生「何となくだけど、トシロー君ならなれる気がするな。感受性が強いから。」

私「本当? でも、今のご時世、純文学はオワコン化してる気がするし。」

先生「そうかな? たまに輝くもの持ってる作家が出てきてると思うけどな。」

私「ちょっと大衆文学化してない? 結局は受けが良かったり、作者の話題性で選ばれてるもん。」

先生「そう思うなら純文学の再興を目指してやってみたら?」

私「俺にできるかな……。」

先生「君が本気で目指すなら、卒業するまで私の知識を叩き込むけど、どう?」

私「ありがとう。それじゃあ師匠、お願いします。」

先生「よし、頑張ろう。ただ、古文や今の日本語以外にもおすすめしたいことがあるの。」

私「どんなこと?」

先生「それは人生経験を積むこと。そして見聞を広めることかな。」

私「見聞?」

先生「例えば旅をして、まだ見たことのない世界を知るとか。いつか行ってみたいところはある?」

私「俺、王朝文学もしっかり学びたいから、いつか京都をじっくり旅したい。」

先生「すごくいいと思う。どんどんそういうのを探していけば、さらにレベルアップすると思うよ。」

私「そうだ。俺、王朝物の聖地巡礼してみたいと思ってたんだ。」

先生「うんうん。先生もやったよ。」

私「ねえねえ。『羅生門』ってもう京都にはないの?」

先生「残念だけどもうないな。行けばわかるよ。」

私「そっか……。見てみたかったなあ。」

先生「ないんだけど、情景を思い浮かべてみて。ロマンあふれると思わない?」

私「そう聞いたら楽しみっていうか、何かもっとやる気が出てきたかも。先生、もっといっぱい教えてね。」

先生「もちろん。」

先生は終始にっこりと微笑みながら話してくれて、私の話も聞いてくれました。

この頃の私には、将来の自分がどうなっているのか想像も付きませんでした。

それでも、とても楽しみだったのは間違いありません。

先生と出会ったことで、叶う叶わないは別として、私は初めて"将来の夢"を抱くことができました。

そしてその見果てぬ夢を、今でも追い続けています。

 

【七】

思遣 將來時妹爾 語而之 少奈禮杼 叶有鴨

思ひ遣る 來む時妹に 語りてし 少しきなれど 叶ひたるかも

おもひやる こむときいもに かたりてし すこしきなれど かなひたるかも

いつか訪れる将来を思い描き、貴女に聞いていただいた夢の数々は、

一つずつ、ほんの少しずつではありますが、今まさに叶いつつあるように思います。

 

 

ちなみにこちらの羅城門跡は私が平安京巡りをしていた時に撮影したものです。

現在は感染症の関係もあるので中止していますが、いずれは再開したいところですね。

実はこういう背景があって、私は平安京に憧れていたというお話でした。

平安京巡りで羅城門跡に行った日記のリンクも貼りますので、もしよろしければご覧くださいませ。

【平安京巡り】朱雀大路 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

 

 

私がこうなったことが原因なのかどうかはわかりませんが、

このクラスでは担任の先生に反抗的な生徒は少しずつ減っていきました。

ところが、クラスに一人だけ超問題児の女子生徒が残っていました。私がいうのもなんですけど……。

そいつは髪の毛先が金色のド派手な目立ちたがり屋で、もともとお調子者っぽい女子でした。

一年生の時からメイクも濃くて髪もド派手で、下品なことも平気で言っていました。

正直なところちょっと苦手でしたが、それでもたまに私のことをいじってきましたね。

まあ、めちゃくちゃ嫌いとまでは思わなかったので、一応はそれなりに乗ってあげていました。

この物語を語る上での重要人物になるので、この子にだけは仮名を与えることにしましょう。

見た目も行動もチャラかったので"チャラ子"と命名します。

 

しかし、前までは単なる目立ちたがりのお調子者だと思っていたのですが、

ここ最近になってから怒りっぽくなっていて、周りのギャル系の仲間からも怖がられているようでした。

また、ちょうどその頃から私に対するいじりもめっきりなくなってしまい、

ホッとしているような、ちょっと寂しいような複雑な気持ちが入り混じっていました。

やがて怒りっぽくなったチャラ子は、教師から注意を受けるとガチギレするようになったのです。

汚い言葉で暴言を浴びせるのはしょっちゅうで、机を蹴っ飛ばして学校を脱走したこともありました。

それはもちろん、担任の先生に対しても例外ではありませんでした。

 

それはいつだったか国語の授業中。

私自身もうろ覚えなのですが、何かの小テストをやっていた時だったかと思います。

うろ覚えの理由は単純にそれどころではなかったからです。

チャラ子が後ろの席のおとなしい女子から答えを聞き出そうとしていたのか話しかけていました。

それを担任の先生が注意したところ、チャラ子が逆に怒り出すという流れでした。

チャラ子は、アメブロに書くと規制がかかり垢BANになるレベルの暴言を先生に浴びせました。

お調子者だったチャラ子を知っている私は、率直にいってその変貌ぶりに怖いとさえ思いました。

と同時に、目の前で先生が傷つけられている場面に、だんだんと居た堪れなくなっていきます。

でも、私にはこのチャラ子を責める資格はない……。

今まで最も先生を困らせてきたのは私に違いないのだから……。

そう自分に言い聞かせて逃げるのか? 助けたい人は自分にとって大切な恩師じゃないのか?

などとそうこう考えているうちに、指をくわえて見ていることすらできないまま、

授業の終わりを告げるチャイムが虚しく鳴り響きます。

何とか刃傷沙汰には至らなかったのですが……。

チャラ子から激しくにらみつけられる視線を感じながらも、

私は教室から去っていく先生を追って、急いで彼女の後ろ姿に呼びかけました。

私「先生、大丈夫?」

先生「トシロー君?」

振り返って私を見る先生にいつもの優しい笑みが見られず、

私はどうしても切なさを感じずにはいられませんでした。

私「ごめんなさい。あんなにひどいこと言われてたのに、俺、止めることできなくて……。」

先生「君が謝ることじゃないでしょ? 君は勉強に専念しなさい。また遅れたら困るのは自分だよ。」

私「そうだけどさ……。でも先生は俺の師匠でダチだから……。」

先生「ありがとう。先生は大丈夫だから。」

私「大丈夫なの……?」

先生「君は優しいな。私こそ心配かけるようなことになってごめんね。」

私「先生が謝ることじゃないよ。」

先生「ふふっ。ほら、私は平気だよ。そんなことでいちいちへこんでたら教師なんて務まらないよ。」

先生にいつもの優しい微笑みが戻って、私も少し安心しました。

しかし、また同じようなこと、それ以上のことなんかが起こったりしたらと思うと……。

そんな心配そうな私の肩を、先生は突然力強く叩いてきました。

先生「しっかりしなさい。君が落ち込んでどうするの。」

私「落ち込んでるっていうか、心配なの。」

先生「トシロー君の思いやりは伝わってるよ。けど、チャラ子さんと向き合うのは私の仕事なの。」

私「わかったよ……。」

先生「もうすぐ次の授業でしょ。ほら、教室に戻りなさい。」

私「うん……。」

私は言われた通り元いた教室に向かい、先生は次の授業がある教室へと歩いていきます。

 

【八】

汝情 人事繁美 所鑚去者 吾毛所傷 念共故

汝が情 人言繁み 切ら𛀁なば 吾も傷はゆ 思ふどち故

ながこころ ひとごとしげみ きらえなば あもそこなはゆ おもふどちゆゑ

貴女がひどいことを言われて傷つけば、私もつらいのです。

それは貴女が尊敬する恩師であり大事な友達でもあるから……。

 

 

学校の近くに住む友達の家に五、六人集まってゲーム合戦をしていた時のこと。

何かの対戦をしていて、なぜか私は負けが込んでいたのです。

わーわーと騒いで気が済んだところで、私は煙草に火を点けました。

すると友達の一人が私の横にやってきて、笑いながら妙なことを言ってきたのです。

友達「何荒れてんだお前? チャラ子に目ぇ付けられたからか?」

私「え? そうなの?」

友達「お前めちゃくちゃ嫌われてるらしいぞw」

私「何でだよ。俺何もしてないのに?」

友達「心当たりねえの?」

私「ない。いやマジで。」

友達「チャラ子を敵に回す→学校の女子全員に嫌われるかもなw」

私「めんどくさっ! 別にいいし嫌われても。」

するとチャラ子と同じ中学校だったという他の友達が私たちに言いました。

友達B「チャラ子から訊いてきてやるよ。」

私「どう思われようがどうでもいいけど、まあ一応訊いておいてもらうか。」

 

後日。同じメンバーが集まった時に、チャラ子と中学校が一緒だったという彼から報告がありました。

友達B「『トシローが担任のBBAに猫かぶってるのが死ぬほどウザい。』ってさ。」

私「俺そんなに猫かぶってる?」

友達B「知らね。」

他の友達「かぶってるwww」

私「俺は先生の前でも素だと思うけどな。」

友達B「ぶりっ子に見えるって言いてんだろ?」

私「そんなつもりないんだけどな。先生は師匠でダチってだけだよ。」

友達「何だその師匠ってw」

私「いやだから文学の――。」

友達「文学ってお前w 師匠とか厨二臭いこと言うから担任の猫に見えんじゃね? 知らんけどw」

私「ああもうめんどくさっ! 俺に趣味できて、趣味の話する人ができたってだけの話だろ。」

友達「だいたい文学とか何がおもしれえの?」

私「俺は漫画読む感覚で読んでる。」

友達「俺らにはわかんねえ境地だなw」

私「ほら見ろ。文学の話できるの先生しかいないんだからさ、そりゃ先生と話すでしょ。」

友達「てかお前本読んでんの見たことねえぞ?」

私「ダチとつるんでる時は読まないよ。」

友達B「それよりチャラ子はどうする? マジで憎まれたらもっとめんどくせえよ?」

私「ほっとく。まあさっき俺が言ったことくらいは言っといてくれる?」

友達B「おう、わかった。」

 

さらに後日、学校にて。チャラ子とのパイプ役的な彼が、私に伝言を持ってやってきます。

友達B「聞いたことそのまま言っていいか?」

私「うん。」

友達B「『(規制対象となる言動多数)文句あんなら直接言いに来い。』だってさ。」

私「俺は別に文句ないんだけどな……。向こうさんが勝手に俺のこと憎んでるだけだろ?」

友達B「とりあえず会ってみてさ、謝った方がいいんじゃね?」

私「だから何で謝らなきゃいけないんだよw」

友達B「ホントかどうか知らんけど、トシローと放課後会う約束してたのにすっぽかされたってさ。」

私「してないしてない、そんな約束。今初めて聞いたわ。」

友達B「とにかくこれからの学校生活のためにも謝っとけ。」

私「何て理不尽な……。」

結局はその日の放課後にチャラ子と対話することになったのですが、

ついでといっては何ですが、先生に暴言を浴びせた件について一つ言ってやろうと思っていました。

終わりのチャイムが鳴って教室から皆が出ていく中で、私は教室に残りました。

パイプ役の友達とチャラ子が私の元に来ると、チャラ子は友達に「出てって。」と言い放ちます。

心配そうに私を見ながら帰ってしまう友達の姿に、なぜかとてつもない心細さを感じました。

そしてとうとうチャラ子と二人きりになってしまいました。正直なところ怖かったです。

私「あのさ……。会う約束なんてしてないよね?」

チャラ子「うん、してない。」

私「俺の何がそんなに憎いの?」

チャラ子「あんたが担任のBBAにおべんちゃらして点数稼いでんのがウザい。」

私「いや、俺はただ卒業できればそれでいいだけだし。」

チャラ子「じゃあ何であんたみたいなバカが90点とか取れるわけ?」

私「読書が好きになったのと努力だよ。結局そんなこと言うために俺を呼んだの?」

チャラ子「やっぱり。あんたあのBBA好きなんでしょ? だから本の虫になって優等生気取ってんだ。」

私「俺のどこをどう見れば優等生なんだよ。」

チャラ子「そっか、そうなんだ。否定しないってことはBBA好きなんだ。マジ超キ〇イ。」

私「その通りだと思う。でも生徒が教師を尊敬したり、親しくなるのがそんなに気持ち悪い?」

チャラ子「じゃああんたBBAコン決定ね。みんなに言いふらすから。」

私「好きにすればいいよ。」

チャラ子「うん、好きにする。その代わりあのBBAにも変な噂流してやるんだから。」

私「何……?」

物怖じしながらも冷静を装って私は話していました。が、その言葉に怒りが込み上げてきたのです。

私が尊敬する先生に怒声罵声を浴びせたこの娘を許せない。そう思って語気が強くなってしまいました。

私「いい加減にしろよ? 俺のことは好き放題言えばいいけど、先生が何したってんだよ!」

チャラ子「何って、あんたをそんな風にしたんじゃん。」

私「俺は何にも変わってないよ。いいか? これ以上先生にひどいこと言うな。俺も本気で怒るよ。」

チャラ子「何で? 何でこんな奴になっちゃったの?」

私「それは俺のセリフだよ。前まで面白い子だと思ってたのに。人をあそこまで罵るようになって。」

チャラ子「あたしはあの先公がウザいの。あたしの勝手でしょ? あんたもそうだったんじゃないの?」

私「じゃあ俺もチャラ子さんのこと嫌い。俺の勝手でしょ? もう二度と関わらないで。」

チャラ子「〇ね! このク〇野郎!」

チャラ子が叫び、私を平手で何発も叩いてきたその時でした。教室の扉が開く音がしたのです。

チャラ子がその音を聞くなり私を叩く手を止め、ハッとしたように扉に目を向けます。

私は自分の身を守りつつ、音がした教室の扉をゆっくりと見遣りました。

そこには険しい表情を見せる担任の先生が立っていたのです。

先生「君たち、何をしているの!?」

先生は慌てて私の元に駆け寄り、チャラ子から守るように間に入ってくれました。

先生「トシロー君、大丈夫? チャラ子さん、どういうことですか?」

チャラ子「…………お前らみんな〇ね! ク〇BBAにク〇野郎が!」

ヒステリックにそう叫んだかと思うと、チャラ子は机にぶつかりながら教室を飛び出していきました。

先生は、呆気に取られる私に向き直り「大丈夫?」と、心配そうに私の頬にそっと手を当てました。

先生の少し冷たくしっとりした手が、ピタッと私の頬に触れた瞬間は死ぬほどドキッとしました。

体中に電撃が走るようなという例えがありますが、おそらくそれくらいびっくりしたのだと思います。

先生「痛かった?」

私「い、いえ……。ありがとう、先生……。大丈夫だよ。」

先生「もっと早く来ればよかったのに……。ごめん。」

私「先生が謝ることじゃないよ。それに先生が叩かれてたかもしれないよ。」

先生「そんなのどうってことない。私には大事な教え子を守る責任があるから。」

私「俺大丈夫だよ。怪我もしてないし。ところでどうしてここに?」

先生「なんとなく、教室が気になって……。」

私「俺たちの会話、聴いてたの?」

先生「聴いてない……。けど、トシロー君のことだから、私を庇って言ってくれてたんじゃないの?」

私「うん。『先生にひどいこと言うな。』って言ったよ。」

先生「そう、ありがとう……。私が原因でこんな目に遭わせて、それこそ教師として申し訳ないな……。」

切ないまなざしで私を見つめる先生が、再び私の頬をゆっくりと撫でてくれました。

私は痛みだとか、悩みだとか――いや、もう全ての思考が吹き飛んでいたに違いありません。

今起きていることが現実なのかもわからないほど……。

 

【九】

顔撫 妹妙手 美見 吾者幸 痛毛不及

顔撫づる 妹が細し手 美しみ 吾は幸ひ 痛くも及かず

かほなづる いもがくはして うつくしみ あれはさきはひ いたくもしかず

頬を優しく撫でてくれる貴女の手があまりに愛しいので、

私は幸せのあまり痛みもすっかり忘れてしまいました。

 

 

その一件以来、私に対するチャラ子の憎悪を以前にも増して感じるようになりました。

授業中でも休み時間でも、視界に入るなり強烈な眼光でにらみつけられているのです。

私からは見ませんが、ずっと見られていると、つい気になって私も目を合わせてしまいます。

ただ、それ以上のことは起きない日々だったので、私の中では良しとしていました。

とりあえずは関わらないようにすればいいと思っていましたし、

先生よりも私自身に憎悪が向かうのであれば、その方がいいと考えていました。

 

話は少し飛んで後日のこと。

午後の家庭科の調理実習でおやつを作るというのがありました。

私は五、六人のグループで班を組んで、クッキーを生地からこねて焼くという作業をしていました。

クッキーにもいろいろとあって、チョコチップやレーズンを入れたりしましたね。

さて、私としては高校生にもなって調理実習でクッキーを作ることに対し、

正直なところ幼稚でつまらない気がして、班のまじめそうな子たちに任せっぱなしでした。

班の友達「ちょっとは手伝ってよ。」

私「やだ。だって幼稚園じゃあるまいし、クッキーとかやってられるか。」

班の友達「駄々っ子の幼稚園児やんけw」

私「まあ最後の仕上げくらいはやってあげるよ。」

班の友達「最後の仕上げって何?」

私「もちろん食うこと。」

班の友達「ねえ、担任の先生来てるよ。」

私「嘘つけ。」

班の友達「ほら。」

その友達が指さした先にはにっこりと笑顔を見せる担任の先生が立っていました。

私は不まじめなところを見られたと思い、びっくりして飛び上がりそうになります。

先生「トシロー君、まじめにやってるかな?」

私「先生!? 何してんのここで?」

先生「古文、現代文の授業以外で皆さんがどんな様子かを見に来ました。」

私「俺はまじめにやってますよ~。ね、みんな。」

班のみんな「嘘つけw」

私「裏切者どもがw でも最後の仕上げはちゃんとやるって決めてるし。」

先生「最後の仕上げって何かな?」

私「それはもちろん焼きですよ。」

先生「さっき食べるのが仕上げとか言ってなかった?」

私「焼いて、食べる。食べ終わるまでが調理実習。」

先生「口ばっかり達者になって。」

私「師匠の日本語の教え方が素晴らしいからです。」

先生「上手ばっかり言ってないで、ちゃんとまじめにやりなさい。」

先生はあれこれ言った後に私の班から離れて、家庭科の先生と話したり、

他の班の生徒たちを見守ったり話したりと忙しそうでした。

私は知らず知らずのうちに「またここに来るかな~。」なんて思いながら、

先生の動向が気になってしまい、どうにも調理実習に集中できません。

班の友達「トシロー君、さっき先生から『まじめにやれ!』って言われたばかりじゃないか。」

私「や、やってるだろ。」

班の友達「よっぽど先生に叱られるのが好きなんだね。」

私「ちょ! んなわけないだろ! 変なこと言うなよ! わかったから何でもいいから役割くれ!」

そんなこんなで私の大仕事である焼き上げの時間となりました。

専用のトレイに二十枚ほど乗せて、オーブンで焼くという人生初の挑戦でした。

私「焼いてる間って何すればいいの?」

班の友達「焦げないように見る。」

私「じっとしてたらまた怒られるんじゃないの?」

班の友達「ちゃんと見てたら怒られないと思うけど。」

私「っていうか何で調理実習見に来るんだよ。」

班の友達「担任だからじゃないの。国語以外の授業態度見に来たって言ってたじゃん。」

私「そんな担任聞いたことないよ。」

班の友達「いや、ちょっと待って。先生の目的がわかったかもしれない。」

私「何だよ、目的って。」

班の友達「あれ見て。」

私「ん?」

私は言われるままにオーブンから目を離し、

担任の先生を囲んでいる女子のグループに目を向けました。

私は驚いたのですが、先生はその班が作ったクッキーを二、三個もらって食べていました。

先生が「おいしい。」と言って笑うと、その女子たちは黄色い声を上げて喜んでいました。

女子たちに囲まれて先生の表情はよく見えませんでしたが、

にっこり笑っているんだろうな~と妄想している自分がいます。

私「目的ってクッキー食べに来たの?」

班の友達「確証はないけど。」

私「だとしたらずいぶん不まじめな教師だこと。」

班の友達「君に言われたらおしまいだね。」

私「ってか俺らんところにも来るかな?」

班の友達「さあねえ……。何? 自分が作ったの食べてほしいの?」

私「冗談じゃない! 俺がこねたの焼く前からドス黒いんだもん。まずいとか言われたらどうすんだよ。」

班の友達「教師がそんなこと言うかな。それより君のクッキー何入れたの?」

私「ココアの粉全部ぶち込んだ。」

班の友達「まあチョコ味だし大丈夫だと思うけどね。」

私「恥ずかしい思いすんの嫌だからさ、もし先生来ても俺のが食われないように何とかして。」

班の友達「駄々っ子だなあホントに。はいはい、わかったよ。」

すると担任の先生が私たちの視線に気づいたのか、こちらへとやってきます。

私はドキッと焦りながら、急いでオーブンの監視を再開します。

それは思い返すと実にわざとらしい反応でした。

先生「トシロー君、またまじめにやってなかったでしょ。」

私「ちゃんとやってるよ。オーブンの監視役。」

先生「嘘ばっかり。こっち見て何か話してたじゃないの。」

私はその言葉を聞いた瞬間、再び跳ね上がりそうなほどドキッとしました。

それからというもの、バクバクと心臓の爆音が鳴り響いて止まないのです。
私はそんな自分の反応を隠す意味合いも込めて先生に返します。

私「み、見てないよ。ただ先生がクッキー目当てで来たのかなって思って話してただけ。」

先生「本来の目的は授業参観です。あれは『あげる。』って言ってくれたからありがたくいただいたの。」

私「そ、そんなに甘いものばっかり食べてて大丈夫なんすか?」

先生「何が言いたいの?」

私「お、俺は弟子として、師匠の健康を案じているのであってだな云々――。」

先生「普段から小食で間食もしてないからセーフ。」

私「何だよそれ。だいたい先生まじめにやれって言っといて一番邪魔して――。」

先生「もしかしてトシロー君もくれるの?」

私「(またまたドキッ!)っっっ!! あ! そろそろ焼けたかな!?」

そう言って私は時間も焼き具合も確認せずに、慌ててオーブンからクッキーを取り出しました。

もう自分の心臓がおかしくなっていることすら気にできないほど、先生の言葉に動揺していました。

さて、クッキーそのものはもともと黒めだったのですが、少し焼きすぎといった出来栄えでした。

すると突然、先ほどまで一緒に話していた班の友達が、先生に話しかけるのです。

班の友達「先生。トシロー君はクッキーの数が一番多いです。」

私「おい!」

班の友達「多すぎて持て余してると思います。」

私「真の裏切者めぇ……。」

班の友達「ずっとサボってた報いだよ。」

私は鳴り続ける心臓の爆音と顔に血が上って真っ赤になるのを感じながら、

必死に歯を食いしばって恥ずかしさに耐えていました。

先生「あら本当。ひ、ふ、み、よ、いつ――二十個以上あるじゃない。」

私「わ、わかったよ! 好きなだけ持ってってよ!」

先生「そんなにやけにならなくたって……。じゃあお言葉に甘えて一個いただきます。」

先生は出来立てほやほやのクッキーを一枚手に取り、ふーふーと息を吹きかけて口に含みました。

その様子を真剣に見つめる私は、もはや周囲の雑音も聞こえないほど緊張していました。

聞こえるのは尋常ではない自分の心臓の高鳴りと、先生がクッキーをかじる音のみ。

一枚のクッキーを全て頬張った先生は、目を見開いて私に向き直りました。

先生「すごくおいしいよ!」

私「……え?」

先生「まじめにやればできるじゃない!」

周りからも「おお!」と歓声が上がり、家庭科の先生もクラスのみんなも笑って見ていました。

私は恥ずかしさのあまり生きた心地がせず、それどころではありませんでした。

それでも褒めてくれた目の前の先生が、なぜかとても輝いて見えたことだけは覚えています。

先生ってもしかして――。

 

【十】

唐菓子乎 食妹目乎 令耀 味蹟咲者 不飽惠

唐菓子を 食む妹が目を 耀はし 甘しと笑まば 飽かず美し

くだものを はむいもがめを かがよはし うましとゑまば あかずうつくし

クッキーを食べながら、目を輝かせて「おいしいよ!」と笑う貴女を、

尊敬する恩師だというのに、たまらないほどかわいいと思ってしまったのです。

 

※「笑む」を未然形にするか已然形にするかかなり迷いました。

どちらでも文脈上通じるとは思うのですが、とりあえず未然にいたしました。

 

 

私がクラス中の笑いものになっている中、ずっと離れたところからチャラ子の視線を感じました。

ほんの一瞬しかチャラ子を見ないようにしていましたが、一瞬見えた彼女はなぜか無表情でした。

その時はチャラ子が何を考えているのかを気にする余裕はなかったです。

チャラ子が嫌いになっていた私には、彼女が何を考えていようがどうでもいいと思っていました。

そんな大嫌いでどうでもいいチャラ子も、私のその後の人生に大きく影響を与えることになるのです。

この頃の私にはそんなことなど知る由もありません。

 

第三話に続きます……。

 

私の万葉歌 - 戀歌 第三話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

 

 

【あとがき】

今回はセリフが多めになってしまい、改行も増えて長くなってしまいました。

当時を思い出そうとすると、どんどん言葉がよみがえったりあふれたりします。

最後は若干ギャグになってしまいましたが、恋の始まりの時期というのは、

もう自分がカッコ悪くて恥ずかしくて氏にそうだったのを思い出します。

とはいえこの物語自体は哲学的な側面がどんどん強くなっていきますので、

どうか一緒に考えてお読みくださると嬉しく思います。

ここから少しずつ恋が芽生え始め、私の片思いという流れがしばらくはだらだらと続きます。

前半は今回のようなギャグもちらほらとあるかと思いますw

 

それと今回は、過去の日記で平安京巡りをやっていた理由を明かしました。

今後も当ブログの過去記事に関連するエピソードが出てくることでしょう。

 

最後にもう一点。

常時胸キュン状態で書いているので、ぶっちゃけ誤字る可能性が高いです。

もちろん誤りがあるのは歌にも言えることで、普通に上代語訳にするよりも誤字リスクは高いです。

冷静になったタイミングで見直してはいますので、発見次第修正いたします。

ただ、仕事がかなり忙しいので、修正までに時間がかかる場合があります。

 

これからもこの長々しい物語は続きますが、最後までお読みいただければ幸いです。

ということで今回は以上となります。

お読みくださりありがとうございました。

ではではまたお会いしましょう~。