私の万葉歌 - 戀歌 第三話 | TOSHI‘s diary

TOSHI‘s diary

Feel this moment...

過去回の第一話、第二話のリンクを貼っておきます。

よろしければご覧いただければ幸いです。

私の万葉歌 - 戀歌 第一話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

私の万葉歌 - 戀歌 第二話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

 

 

【ご注意】

物語の性質上、登場人物による差別的かつ過激な表現が含まれる場合がございます。

私自身には差別や暴力を助長する意図はありませんので、ご理解くだされば幸いです。

可能な限りで表現には細心の注意を払って書こうとは考えております。

 

それと長いので、無理のない範囲でお読みいただけたらと思っております。

 

 

それでは物語の続きを綴っていきましょう。

 

先日のクッキー事件以来、私は体調の優れない日々が続きました。

動悸が激しかったり、微熱が続いたりと苦しんでいたのです。原因はわかっていました。

私が作った自信のないクッキーを、担任の先生に食べられたのが恥ずかしかったからです。

いくら師弟関係が深まっているとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。

それに追い打ちをかけるように、周りからは笑われましたし……。

 

そんなある日の英語の授業中。

担任の先生が笑顔でクッキーを食べるシーンを思い出しながら、再び鼓動が高鳴るのを感じていました。

私が苦しみながら机に突っ伏している最中、英語教師に呼ばれました。

英語教師「TOSHI, Are you listening to me?」

私「は、はい?」

英語教師「英語で答えなさい。」

私「え? えっと……。Can i go to the medical office?」

英語教師「Why do you want to go medical office?」

私「もっとゆっくりしゃべってくれよ……。Because I have a my heart aches. 合ってる?」

英語教師「ちょっとは成績もましになってきたのに、また授業を抜けるのかい?」

私「だって本当にしんどいんだもん。」

英語教師「ううむ……。わかりました。行きなさい。」

私「すんません。」

英語教師「宿題があるから、そちらをちゃんとやっておくように。」

私「マジか……。はいはい、やりますよ。」

私はいかにもつらそうだという素振りを見せながら、保健室を目指して歩きました。

保健室にたどり着いたところで、私は再びつらそうな素振りで室内に入ります。

私「し、しんどい……。」

保健の先生「ん? トシロー君、またサボりか?」

私「サボりじゃないよ。本当にしんどいんだよ。」

保健の先生「どこが悪いのさ。」

私「頻脈なんだよ。それに微熱もあるかも。」

保健の先生「どれどれ。」

保健の先生が私の手首に人差し指と中指を当てて、10秒くらいで手を放しました。

そして体温計を腋に挟むように促され、私はそれに従います。

保健の先生「脈拍が毎分96か。確かにちょっと速い。」

私「でしょ? 俺最近おかしいんだよ。」

保健の先生「おかしいのは今に始まったことじゃないと思うが。」

私「うわっ、熱もある。7度越えてるよ。」

保健の先生「37度2分か。微熱だな。」

私「寝てていい?」

保健の先生「どうぞ。」

私はもらった熱冷ましの湿布を頭に貼って、ベッドに直行しました。

そのまま保健室の硬くて寝にくいベッドで横になり、頭まで布団をかぶりました。

頭の中では例のクッキー事件と、先生の言葉と笑顔が思い浮かんでしまいます。

そうなるとさらにドキドキしてしまい結局は眠れません。そしてあの時に感じたことは他にもありました。

先生ってもしかして――――かわいい?

あの事件以前はそのように思ったことはなかったと思います。ドキッとする場面はありましたが。

無礼な表現を承知で書きますが、私よりずっと年上の女性でしたし、

私の好みの顔でもなければ特別美人でもありませんでした。

おしゃれにも興味がないのか、いつ見ても化粧をしているのかどうかもわからないほどの薄化粧で、

いつも同じようなクロワッサン頭、いつも地味な紺色基調のビジネススーツに、

よくチョークの粉を付けたままで、ひどいときは羽毛が刺さっていました。

――って、めっちゃよう観察しとるやん俺www

しかし同時に、先生はゴミみたいな私にやる気を覚醒させてくれて、

実際に高校をちゃんと卒業できるまでに立て直してくれた恩師であることも忘れていません。

それどころか夢を抱くきっかけまでも与えてくれたのです。

そんな素晴らしい教師を"かわいい"なんて思っていいのだろうか?

実に不敬極まりないような気がしているのです。

 

布団に潜り込む私は、これらの思考を何度もループさせて、結局は眠れないでいました。

他のことだけを考えるように努力して、ようやく眠気が近づいてきたちょうどその時、

保健室の扉の音とともに、担任の先生の声が耳に入ってきました。

保健「トシロー君ならそこにいますよ。」

先生「ありがとうございます。トシロー君、入るよ?」

やっと動悸が治まって眠れそうなところ、先生の声を聞いてしまい飛び起きそうになります。

私の返事も待たずに、カーテンを開けてベッドの横に立つ先生。

私は布団から顔を出して、ゆっくりと先生に目を向けました。

私「先生……。」

先生「トシロー君、どうしたの?」

私「脈がめちゃくちゃ速くなってる。」

先生「熱は?」

私「37度越えてるよ。」

先生「大丈夫?」

私「大丈夫じゃない。俺病気かもしれないよ……。」

先生「ちょっと大げさじゃない? 次の次が私の授業だけど出られそう?」

私「出る……。」

先生「もし本当につらいなら家まで送るよ。」

私「古文でしょ? 頑張って受けるよ。」

先生「そう言ってくれるのは嬉しいけど、無理したら駄目だよ。」

私「今日の先生優しいね……。」

先生「いつも優しいでしょ? こんな弱気なトシロー君初めて見たな。何か思い当たることはある?」

そう訊かれても、正直に答えることができませんでした。

というのも、先生に手作りクッキーを食べられて恥ずかしかったのが原因だといえば、

何となく先生を責めてしまうような気がしたからです。

私はこの時、初めて先生に嘘を吐いてしまいました。

私「ないと思う……。」

先生「チャラ子さんにいじめられたりしてない?」

私「あれから話してないよ。」

先生「そう。何か悩みがあるなら、私何でも聞くからね。」

私「ありがとう、先生……。」

先生「お礼なんていいよ。私は君の担任であり師匠なんだから。」

私「俺、カッコ悪いな……。」

先生「熱が出て、脈が上がるのをカッコ悪いなんて思ってないよ。」

私「先生……。」

師匠であり友達なのだから、手作りクッキーを食べられるなど大したことではないはず。

そもそも古文も漢文も、まともな日本語すらできない、赤子同然の知能のなさを見られてきたのです。

それなのになぜ、今になってこんなくだらないことを恥ずかしがっているのでしょう?

自分がわからないという感覚を、今身を持って体験していたのでした。

すると保健の先生が話に割り込んできました。

保健「まあ、彼はそういう年頃なんでしょう。」

先生「突然熱が出たり、脈が上がったり、自分をカッコ悪いと思ったりすることですか?」

保健「症状はいろいろあると思いますが。」

先生「私にはそういう経験がなくて、この子の気持ちをわかってあげられません……。」

この時先生は、布団越しではありましたが、どういうわけか私の肩を撫でていました。

私は嬉しくなってドキドキする反面、またしても脈が上がってしまい、さらに回復が遠のいてしまいます。

おそらく顔も真っ赤になっていたと思うので、無意識に布団で顔を覆っていました。

保健「まあ、思春期特有の心の成長痛でしょう。」

先生「そうなんですね……。」

そういうと先生は、撫でていた手を止めて、布団越しに私の肩を軽く叩きます。

先生「トシロー君、後で迎えに来るからね。つらかったら無理に出なくていいから。」

私「大丈夫。出るよ。」

先生「じゃあゆっくり休みなさい。」

私「うん。」

そういって先生は保健室から去っていきました。

それを見計らってか保健の先生が私に話しかけてきます。

保健「ずっと気になっていたんだが、あの先生はトシロー君を甘やかしすぎじゃないか?」

私は布団から目を覗かせて、苛立ち気味に答えます。

私「あの先生の特訓受けたことないから知らないんだ。そうとう厳しいんだから。」

保健「おや? 元気そうだな。いっそ今から授業に戻ったらどうだ?」

私「今更戻ってもなあ。それに先生迎えに来てくれるって言ってたし、ここで待ってないと。」

保健「ほう。まあ、好きにすればいい。」

私「そうする。」

その後の私はあまり眠れなかったように思います。

先ほどと同様に思考が巡っていたのか、先生が迎えにきてくれるのが待ち遠しかったのかもしれません。

ただ、先生に甘えているようで自分が情けないような気持ちも同時にありました。

いつの間にかプライドを失ってしまったのかと思うような、自分に対する複雑な気持ちです。

こういうことを考えていると時間が経つのが早く感じるのか、あっという間に先生の迎えがきました。

先生「ちょっとは寝られた?」

私「寝れたのかな……。」

先生「授業中は起きてられるの?」

私「絶対寝ないよ。」

先生「無理は禁物なんだからね。」

私は保健の先生に一礼して、担任の先生と一緒に自分たちの教室へと向かいました。

先生と二人並んで歩いていると、ついついクッキー事件を思い出してしまい、

また恥ずかしくなって、私から話を持ち掛けられないのです。

先生「やっぱりつらそうだね。」

私「え? そう?」

先生「いつもより口数少ないもの。」

私「微熱持ちなもんで……。でも先生の授業はちゃんと――。」

先生「ちょっと待って。」

先生は突然、歩く私をその場に止めようと、私の学ランの袖を掴みました。

そして私の真正面に立って、真剣な表情でじっと私の顔を見つめるのです。

不意打ちすぎる彼女の行動に、私は一気に心が動揺してしまいます。

私「ど、どうしたの?」

先生「さっきより顔赤くなってる。」

私「そ、そう?」

先生「熱、上がってるんじゃないの?」

そう言って先生は、手を伸ばして私の額に当てました。

少し冷たくてしっとりした手のひらの感触が、またしても私の顔から脳天に直撃しました。

先生はすぐに手を離したのですが、私はすっかりのぼせ上がってしまい、

何も考えられず、言葉も出なくなってしまいました。

自分がどんな表情だったのかはわかりませんが、そっと先生から目を逸らしたのだと思います。

先生「熱、上がってるね。」

私「あ、あの…………。」

先生「保健室に戻ろう。後で先生が家まで送るから、それまで寝てなさい。」

私「で、でも……先生の授業が……。」

先生「明日でも明後日でも、元気になったらたっぷり教えてあげる。」

私「お、俺……先生の授業を、受けたい……。」

先生「私は本気で心配してるの。お願いだから、言うこと聞いて。」

私「は、はい…………。」

先生は優しく私の背中を押して、ゆっくりと保健室まで誘導してくれました。

のぼせた頭でしたが、そんな状態でも思うことがありました。

先ほど自分でも言ったように、自分は"病気"ではないかということです。

つい先日まで何でもなかったようなことが、今の私にとって恥ずかしかったり、照れくさかったり、

微熱になるまで脈拍が上がったりと、体調にまで現れていたからです。

いつだったか、初めて先生の特訓を受けて、古文と現代文のテストでそこそこの点を取った時、

以前は詳しく書きませんでしたが、あの時に私と先生は手を取り合って喜びました。

ふれあい続けてきたはずなのに、どうして恥ずかしいんだろう……。

この気持ちは、何?

 

【十一】

及都 恥不有國 戀良久者 近著苗爾 吾曾優

嘗てまで 恥ぢならなくに 戀ふらくは 近付くなへに 吾そ優しき

かつてまで はぢならなくに こふらくは ちかづくなへに あれそやさしき

ずっと何でもなかったことなのに、恋というものは、

距離が縮まれば縮まるほど、私はとても恥ずかしくなるのです……。

 

 

私は丸二日間は学校に行かず、家に引きこもって読書をしていました。

どちらかというと一つの作品を何度も読むタイプだったのですが、

丸二日も時間があるとさすがに何冊も読んでいました。

読みたい時に読んで、眠たい時に寝るというのは実によかったのだと思います。

いつの間にか"病気"だと思っていた変な恥ずかしさも回復しており、脈拍も体温も安定していました。

無駄に恥ずかしがっていたそのこと自体が恥ずかしいくらいでした。

当然この二日間の読書中は、先生のことを思い出すことも何度かありました。

先生から何か言われると、また急に恥ずかしくなるかもしれませんが、

明日からは会っても大丈夫な気がしていたのです。

早く学校に行って、先生の授業を受けたいという気持ちの方が強かったのかもしれません。

 

翌日。私は心も体も好調に回復し、元気いっぱいに自転車を漕いで登校しました。

上り坂でもスイスイと疾走していけるような気さえしています。

学校に行くのが楽しみだと、息切れしていても苦しさだけではないのが不思議です。

到着した私は、自転車を置いて校舎に入るなり、真っ先に職員室へと向かいました。

職員室に入ってすぐ、担任の先生に呼びかけます。

私「先生!」

何も考えずに突撃したのがいけなかったのです。

室内はシーンと静まり返っていて、教師全員が集まって朝礼か会議か何かをしていたようでした。

そこに突然、私の大声が響き渡るのです。

私「俺、もしかして今すっごく恥ずかしい?」

先生「申し訳ありません。少しだけ席を外します。」

この時は先生の方が赤面状態になっていました。

彼女は顔を赤くし、少し苛立った様子で私の方へと歩いてきます。

私「おはようございます。」

先生「おはよう。元気が戻ったみたいね。」

私「はい。ご心配をおかけしました。俺もう大丈夫だよ。……って、もしかして会議中だった?」

先生「ええ。ノックも挨拶もせずにいきなり私を呼ぶもんだから、先生はとても恥ずかしかったです。」

私「ははっ……。いろいろとご迷惑だったっぽいっすね……。」

先生「それも職員室に来るというのに何ですか? ボタン全開にして。全部閉じなさい。」

私「ごめんなさい……。」

一気に萎縮しておとなしく学ランのボタンを閉じていく私の姿に、

他の教師一同は笑って見ていたのでした。

私はまた恥ずかしさが込み上げるのを感じながらも先生に言いました。

私「授業出られなかったからさ、遅れを取り戻したいんで、またお願いします。」

先生「その心意気は良し。ですが――。」

私「それと師匠の顔に泥塗るようなことしてごめんなさい。」

先生「いや、いいよ。」

私は職員室全体に向き直って、再び声を大にして言いました。

私「会議か何かの邪魔してすみません。失礼しました!」

先生「敬語もやればできるじゃない。」

私「先生のおかげです。そういうわけで先生の授業と補習、待ってますよ。」

先生「よし。もうちょっと会議あるから、先に教室行ってて。」

私「はい。」

話しているうちに、いつの間にか私も先生も笑っていました。

なぜかハイテンションになっていたこの時の私は、

おそらく楽しそうな様子で教室に向かっていたのだと思います。

単純に先生と再会できて嬉しかったのでしょう。

 

やがて放課後となり、間もなく補習の時間が訪れます。

これより私以外の生徒は本気で進学を目指す者ばかりが残るのです。

誰もが幼少期からの積み重ねの上で、優秀な成績を叩き出す者ばかりです。

私にとってこれほど場違いなところはないように思います。

しかし、優等生たちの私を見る目は明らかに変わっていました。

補習が始まるまでの間、椅子にもたれながら真剣に読書をしている私のことを、

周りの生徒たちがじろじろと見ているのです。

私「あの……何か用?」

他の生徒「いや、何でも……。」

私は邪魔をされているような気がしながらも、気にしないふりをして読書を再開します。

女子の声「トシロー。」

私「……ただ今読書中なう。」

女子の声「久しぶり。」

私「ん?」

その女子の声は教室の扉を通して廊下から聞こえてきました。

私が扉に目を向けると、一年生の時に同じクラスだった女子生徒がいました。

名前の頭文字が"L"だったんでLとしましょう。

仲良くなった不良グループのメンバーと中学校が一緒だった女子という、

いわゆる友達の友達的なところから親しくなった女子でした。

目つきが鋭い強面女子で、口調にも少し圧力を感じるところがあります。

身長も私と同じかちょっと高いくらいで、どこを見ても十分に高圧的な気がします。

よく学校帰りに自転車で二人乗りをして、ゲーセンに行ったり、ラーメンを食べに行っていました。

無礼な表現を承知で書きますが、女子と書いたものの、女子に見えたことは一度もありませんでした。

仲良しグループの男友達と仲良くしている感覚しかなかったからです。

私は読んでいた本に栞を挟んで閉じた後、立ち上がってLの元に歩み寄ります。

L「補習出てたんだな。」

私「まあね。」

L「進学しないんだろ? 何で?」

私「せめて卒業できるくらいの成績は維持しないと。」

L「聞いたよ。古文と現代文、両方90点越えたんだって。成績維持にしちゃやりすぎだろ。」

私「まだまだ上を目指すよ。」

L「お前楽しそうだな。」

私「面白いよ。ゲームみたいなもんだし。」

L「わからん……。」

私「今は近代文学と平安時代の文学集中して読んでんだ。ってもわかんないかな。」

L「すっかり変わっちまって……。」

私「そう?」

L「変わった。顔かたちは変わってないのにな。」

私「やりたいことが見つかっただけだよ。」

L「そりゃ結構だけどよ、最近全然遊んでないしな。あいつらんとこには行ってんのか?」

私「ああ、特訓ない日はゲームとか麻雀しに行ってるよ。たまにどっかでたむろったりとか。」

L「たまには私も誘えよ。」

私「かまってほしいの?」

L「そういうことだろ。」

私「俺も好きなことができてさ、友達と遊ぶ時間がちょっとずつ減っちゃってるのはわかってる。ごめん。」

L「そうか……。」

私「体一つしかないからさ。でも、時間が空いたら言うよ。」

L「約束な。」

私「うん。」

L「ところでさ、お前が変わっちまったって言ってんの、私だけじゃないから。」

私「だろうね。」

L「朝っぱらから先公どもが集まっててさ、トシローの話で盛り上がってた。」

私「悪口かw」

L「いや。今までどの教師にも心開かなかったのに、担任の言うことはちゃんと聞いてて驚いたって。」

私「そうなの? あんまり意識してなかったんだけどな。」

L「どいつもこいつも言ってる。変わっちまったって。」

私「そっか……。」

L「何だかな、置いてかれてる気がしちまってさ。」

私「ごめん。でも、今やらないと、もう誰かの下で教わって勉強できるチャンスがないんだよ……。」

L「わかった。」

Lはずっと鋭い目つきのまま淡々と話していましたが、私が変わってしまって、

このまま離れていくような気がしていたのかもしれません。

私としても友達との時間を減らしてまで文学の勉強をすることについては、

心のどこかで申し訳なさや寂しさはありました。

ただ、先ほど自分でも言った通り、進学できない以上は、

教師から文学について教わる機会はこの高校生活が最後なのは事実でした。

 

【十二】

年去者 君乎遠見蹟 道違 友辞爾 止息比者鴨

年去れば 君を遠みと 道違ふ 友が言葉に 淀む頃かも

としされば きみをとほみと みちたがふ ともがことばに よどむころかも

「今年になってから、トシローが離れていく気がしたからな。」

歩む道を別にした友の言葉に、ためらいや迷いを思う今日この頃よ。

 

※掛詞に挑もうと思ったのですが、結局は私の名前しか思いつきませんでした(笑)

上代語で和歌を詠み始めて気付いたのですが、思いのほか難しいものですね。

 

 

ある日の朝。担任の先生が教室に来て朝礼をするまでの間、

経緯はよく覚えていませんが、クラスでは先生の話題が飛び交っていました。

先生の話をしていたのは十人以上だったかと思います。

私もその場に居合わせていて、その輪の中に強引に入り込みました。

クラスメイトが先生をどう思っているのか、興味があったからかもしれません。

私「何の話してんだよ。俺のこと?」

クラスメイトA「ち、違うよ……。」

私「それは残念。」

クラスメイトB「あ、でもあながち外れてないかも。」

私「どういうこと?」

クラスメイトB「最近、先生変わったよねって話題だったの。」

私「変わったの? 担任だしいつも見てるけど、どっか変わった?」

クラスメイトB「トシロー君が一番わかってるんじゃない?」

私「俺が?」

クラスメイトB「ほら、前に比べてさ、すごくフレンドリーになったでしょ?」

私「元からああいう人なんじゃないの?」

クラスメイトB「絶対前より明るくなってるよ。ねえ、みんな。」

みんな「うんうん。」

クラスメイトC「よく笑うようになったね。」

クラスメイトD「優しくなった。」

クラスメイトE「家庭科ん時クッキー食べに来てた。」

クラスメイトF「転勤したばっかの頃は目が死んでたろ。」

私「ああ、その頃から今に至るまでの話ね。」

クラスメイトB「そうそう。」

私「で、俺と何か関係あるの?」

クラスメイトB「だって、トシロー君がちゃんと勉強するようになってから先生変わったんだもん。」

私「そ、そうなのか!?」

クラスメイトF「嬉しかったんだろ。クラス一の悪童がやる気になったから。」

私「誰が悪童やw」

クラスメイトB「でもそれ絶対あると思うよ。」

私「逆だよ。先生が楽しそうに文学の面白さを教えてくれたから、俺はやる気になったんであって。」

クラスメイトB「どっちが先かわかんなくなってきた。」

クラスメイトC「卵が先か鶏が先かになってるね。」

私「先生だよ。」

クラスメイトC「それに、今一番の悪童にも話しかける時は穏やかだしね。」

私「誰?」

クラスメイトC「あいつね。」

その子は目配せでチャラ子の方を指しました。私はつられてチャラ子に目を向けます。

どうやら彼女は私をにらみつけていたらしく、私たちは目を合わせました。

クラスメイトB「あんまり見ない方がいいと思うよ。」

私「わかってんだけど向こうさんがメンチ切ってくるからなあ。まあ、関わりたくないしほっとくよ。」

チャラ子とその取り巻きの間でも似たような会話がなされていたようで、

取り巻きの一人に促されたのかチャラ子が先に目を逸らしました。

それを見届けて、私も会話していたクラスメイトたちに視線を戻します。

クラスメイトC「悪童なんかほったらかしみたいな先生だったけど、今はあいつにも注意してるからね。」

私「悪童ほったらかし先生ねえ……。だったらどうして急に俺の成績を心配してくれたんだろうね。」

クラスメイトC「伸びると思ったから?」

私「俺のこの見てくれでそんなこと思うかな?」

クラスメイトC「先生には何か見えたんだろうね。」

クラスメイトB「何はともあれ、私たちの担任の先生も今は楽しい人になってくれて嬉しいよ。」

私「そうだね。」

私は言葉を返しながら、クラスメイトと同じように嬉しくて、思わず微笑んでいたのだと思います。

 

【十三】

皆人毛 妹之咲奈牟 懽蹟 慕者吾母 歡鴨

皆人も 妹が笑むなむ 嬉しきと 慕はば吾も 喜ぶるかも

みなひとも いもがゑむなむ うれしきと したはばあれも よろこぶるかも

みんなも先生が明るくなったことを嬉しいと言って慕ってくれているなら、私だってとても嬉しいよ。

 

※「慕ふ」を未然形にするか已然形にするかかなり迷いました。

どちらでも文脈上通じるとは思いますが、とりあえずは未然にいたしました。

※「喜ぶ」が上二段活用になっていますが、上代語の連体形なので誤字ではありません。

 

 

クラスメイトたちは、朝礼のために教室に来る担任の先生を待っていました。

私も律儀に着席して、先生の到着をいつもと同じように待っています。

そんな中でクラスメイトたちの言葉、これまでの先生との日々、そして自分を思い起こしていました。

 

先生が変わったというのは、確かにそうだったのかもしれません。

転勤当初の彼女にやる気がなさそうに見えていたのは、私だけではなかったからです。

同時に、私にも大きな変化がありました。先生の情熱に気付き、やりたいことも見つかった。

そして、こういった日々を送る中で、彼女は家庭科の調理実習に現れました。

私は激しく動揺し、恥ずかしくなり、さらには先生のことを「かわいい。」とまで思ってしまったのです。

たった一日でこれだけ心が揺れ動いたことがあったでしょうか?

この時の私はまだ十七歳ですので、このような経験がなくとも特別おかしくはありません。

 

"病気"かもしれないと思っていた異常な胸の高鳴りからも解放され、

先生との関わりは元の通りに戻っておりました。

そう、よくよく考えてみれば、一回りも二回りも年上の女性を「かわいい。」と思うわけがない。

あの時は突然現れて私を脅かしたから、心臓がおかしくなってしまったのです。

そういう状態だったからこそ、意味もなく動揺していたのでしょう。

極度の状態が巻き起こした幻想に過ぎないのだと、自分を納得させていました。

そもそも尊敬する恩師です。私の知りたいことを何でも知っているすごい人なのです。

私に文学という趣味、夢や目標を抱くきっかけまでも与えてくれました。

そんな目で彼女を見ること自体が間違っているのではないか?

前に何度も考えたことでしたが、やはり"不敬"極まりないと思うのです。

そして私の学校生活はまだ半分ほど残っています。

こんな気持ちが心のどこかにある状態で、これからも先生の下で学んでいけるのか?

また突然ドキドキが止まらなくなったり、かわいいなんて思ったりはしないだろうか?

私は何も置いていない机上を見つめながら、心の中で何度も何度も唱えました。

――先生はかわいくない。(この言い方も不敬だと思うがw)

 

その時、教室の扉が開くと同時に、担任の先生が入ってきて嬉しそうに声を上げました。

先生「あら、今日はみんなおとなしく席に座ってて珍しいね。」

先生が入ってきたかと思うと、教室内から生徒たちの声が飛び交いました。

生徒「先生、髪型変えたんですか?」

その声を聞いた私は、机上を見つめていた視線を慌てて先生に向けました。

――先生はかわいくな…………あ、あれ?

彼女はいつものクロワッサン頭とは違う髪の結い方をしていました。

例えが難しいのですが、レトロモダンな髪型とでもいいましょうか。

両耳の後ろにシニヨンを束ねた長い黒髪は、今までに見たことのない髪型でした。

もともとレトロ風な雰囲気の髪型ではありましたが、さらなる磨きがかかったかのようです。

先生「先生だってたまには髪型くらい変えますよ。」

生徒B「先生、何か老けて見えます。」

生徒C「サ〇エさんみたい。」

生徒D「もっとおばさんになった。」

先生「誰がおばはんやw」

あちらこちらから先生の髪型を嘲り笑っている失礼な声が聞こえてきます。

私はというと唐突すぎる先生のイメージチェンジに絶句しておりました。

おそらく私は開いた口が塞がらないまま、先生を見つめていたに違いありません。

すると突然、チャラ子の取り巻きの一人が、声を大にして私を呼びました。

取り巻き「トシローも何か言えw」

私「は、はい!?」

この状況での急すぎる振りに思わず跳ね上がるように立ち上がり、

同時に一瞬で頭が真っ白になりました。

うろたえる私はきょろきょろと教室中を見渡していたような気がします。

それ以前に誰が私に話を振ったのかさえも、始めは理解できていませんでした。

私の感想を待っているのか教壇から見つめてくる先生、ニタニタと不敵な笑みを浮かべる取り巻き女、

鬼の形相でにらんでくるチャラ子、私のセリフが楽しみなのか視線を集中させてくるクラスのみんな――。

先生「トシロー君?」

私「お、俺――。」

私の心の中ではすでに答えが出ていました。

――先生はかわいいどころか、世界一の美女!

とはいえそんなことを言えるはずがありません。先生に向き直った私が咄嗟に発した言葉は――。

私「俺、似合うと思う……。」

私は小さな声でそう言うと、無意識に顔を下へ向けて、ゆっくりと席に座りました。

こういうことは言った後で良し悪しを考えてしまうものです。

こんなことを言って良かったのだろうか。もっとましな表現はなかったのか。などと。

"病気"が再発しているのか、心臓がバクバクと音を立てています。

周りで歓声が上がっているようですが、鼓動の音の方が大きかったため、全く耳に入りません。

おそらく顔も真っ赤になっているだろうと思い、下に向けた顔を上げられませんでした。

教室のざわめきも耳に届かない中、なぜか先生の返事だけははっきりと聞こえました。

先生「ありがとう。」

私「……!?」

そう答える先生に再び向き直りました。彼女は優しく微笑んでくれています。

先生「お世辞でも嬉しいよ。」

私「いや、俺は――。」

先生「お世辞言ってくれたのトシロー君だけじゃないの。それに比べてみんなひどいことばっかり。」

私「……そ、そりゃ似合うって言うよ。師匠であり親友だもん。」

先生「ってことはお世辞ってこと?」

私「いや、それはちが――。」

先生「ふふふっ。とにかく、ありがとうね。」

これまで気付かなかったのですが、実のところ先生はとても美しい女性だったのです。

――お世辞なんかじゃないよ。先生は世界一かわいくて、世界一の美女だと本気で思っているよ。

 

【十四】

妹結 彌麗 烏玉之 香黑髪者 熏繁母

妹が結ふ 彌麗しき 烏玉の か黑き髪は 匂ひ繁しも

いもがゆふ いやうるはしき ぬばたまの かぐろきかみは にほひしげしも

貴女の結ったとても美しく艶めく長い黒髪は、これまた美しく輝きを放っていますよ。

 

 

結局のところ先生は、次の日には元のクロワッサン頭に戻っていました。

口には出しませんでしたが、生徒たちから不評だったことがショックだったのかもしれません。

私はというと、先生の斬新な髪型を気に入っていたので、

「似合う。」と言った私のためだけに続けてほしいような気がしていました。

ただ、先生が元の髪型に戻したところで、いつものクロワッサン頭も美しいので文句はありません。

この際どのような髪型になろうと、私の中では"世界一の美女"だったのかもしれません。

 

振り返ってみると不思議なもので、これまではただの師弟関係であり、

"かわいい"や"美女"といった女性としての魅力を一切感じていませんでした。

それもいつからこんなことを思うようになったのかわかりません。

思い返せば思い当たる場面は出てくるのですが、いずれもはっきりとはしないものでした。

"髪型を変えたからなのか、クッキー事件なのか、彼女がいるか訊かれた時なのか――。

それとも厳しい特訓の最中か、もっと何気ない日常の中から芽が出始めていたのか。

はたまた先生を避けていたあの日々か、仲直りをしたあの時か――。

実は二年生の始業式の日、初めて会ったあの日からなのか。"

 

失礼な表現をお許しください。

ただおばさんにしか見えなかった女性が、ある日を境に世界一の美女に変わる瞬間があります。

私はそれを知ってしまいました。私はそれを身を持って経験してしまったのです。

このような気持ちは生まれて初めてのことでした。

初めてで何もわからなくても、もう自分の気持ちに気付き始めていました。

 

"いつも見ている先生。優しくて、時々厳しくて、明るくて、笑顔が素敵で、何でも知っていて――。

俺だけが感じているのかもしれないけれど、かわいくて、美人で――。

俺は先生のことが大好きだ。でも、今までのそれとは違う。

先生に恋をしてしまったんだ――。"

 

【十五】

妹目曾 彌妙乎 目見從日 所見毛不所見 吾戀左右

妹が目そ 彌美しきを 目見ゆ日ゆ 見ゆるも見𛀁ず 吾が戀ふるまで

いもがめそ いやくはしきを まみゆひゆ みゆるもみえず あがこふるまで

初めて会ったあの日から、いつも見ていたはずの貴女の美しさに、

ずっと気付くことはありませんでした。貴女に恋をしてしまうまでは……。

 

※書き下し文にヤ行エを使用しています。デバイスによっては表示されない可能性がございます。

 

第四話に続きます……。

 

私の万葉歌 - 戀歌 第四話 | TOSHI's diary (ameblo.jp)

 

 

【あとがき】

これまでの私のブログを見直してみても、恋愛に関する話題はほぼ皆無ですね。

恋愛漫画や小説は女性向けのものも好きで、今でもたまに読みますが、

当ブログで触れたことはありませんでしたね。

おそらくこの物語は、どの恋愛物の創作にもない展開やオチになるかと思います。

そして最終的に今現在の私につながっていくことになります。

 

それと今回は初めて、恋した先生以外の女子への思いを歌にしたためました。

念のため明記しておくと、恋した先生以外に恋愛感情はありません。

今後もこのように、男女問わず別の誰かを思って歌を詠む可能性があります。

また、特定の誰かに対してではなく、その時に見えた景色や世情を詠むかもしれません。

そして内容がディープになるにつれて、長歌や反歌、旋頭歌も詠む予定です。

今後も私の生々しい心理描写が次々と出てきますが、

どうかドン引きせずにお読みくださればありがたい限りです(笑)

 

最後にもう一点だけ。

こちらの記事のサムネイルを何かしら設定しないとがサムネイルになってしまい、

何となく見栄えが悪い気がするので、過去記事から関連がありそうな画像を貼ります。

 

 

物語と関係あるのかわかりませんが、相田みつをさんの言葉が刻まれた茶碗です。

何だか金八先生の授業に使われそうですね。既出かもしれませんがw

あの出会いの数々がなければ今の自分はなかったのだと、つくづく感じる今日この頃です。

それは高校時代のみならず、生まれた時から今に至るまでの全てです。

皆様に感謝します。ありがとう。

 

 

ということで今回は以上になります。

今回も長文になりましたが、最後までお読みくださりありがとうございました。

ではではまたお会いしましょう。