朝井リョウ「何者」を読みました。
何者/新潮社¥1,620Amazon.co.jp朝井リョウさんの直木賞受賞作。2012年書き下ろしです。ワタクシにとって朝井作品4作目。就活生の男女5人の、表の顔と、ツイッターを通して晒される裏の顔が描かれていて、話題になってた本ですね。主人公、拓人という、演劇の脚本書いていた男の子の一人称と、登場人物それぞれのツイッター上の発言が、織り交ぜられながら進行します。「スペードの3」を軽々超える面白さでした。さすが直木賞、納得の受賞作ですね。えーっと、何が面白かったかと言うと。ここでは朝井さんお得意の、大学生が空気読みながら上手く社交していこうとするスクールカースト、それさえも凌駕する、決定的な大人社会からの「烙印」として、「就活」そして「内定」が描かれています。まー、スクールカーストできゅうきゅうしているタイプの人間なら、容易に陥る結末ですな。つーか、今、就活を乗り切ることが、日本における大人へのイニシエーションと化しているので、社会問題といっても過言ではない。それが就活。ここでも朝井さんは、お得意の「人間関係の眼に見えない格付け、ヒエラルキー、マウンティング」そんなものが生まれる様子を、さらさら繊細な言葉で、じっとりネチネチ、これでもかーと描いてらっしゃいます。ほぼそれ100%と言っても過言ではない(←褒めてます)。ここら辺の繊細な人間関係描写は、朝井さんのやってることが最先端なんだろうなあ。これより凄いネチネチ描写は、あんまり読んだことないわ。繊細さとさわやかさとネチネチさが渾然一体となって、朝井さん独特の表現として、「読ませる芸」になってます。で、コレ読んで思った、しゅーかつって大変なんだなあ。今の若い人って大変なんだなあ。いや、そりゃ昔から大変なんだろうけど、今の若い人の大変さって、ちょっと違いますね。ここまで他人のことを、解像度何十万ミリレベル?で、毎日毎日、リアルでもネットでも、観察し分析し続けてしまう、その偏執的なエナルギーは、いったいどこから?そこがホント分からない。たぶん年とってるんだろーな自分。例えば、就活で自分の名刺を作ってOB訪問とかで配っている女の子に対し、主人公始め周囲の人々は、表ではすごいねと言いながらも裏の顔で「マジ痛い」「そこまでやる?大学生のくせにに」と、冷笑的な訳ですよ。でも結局、こーいう名刺とか作って配れる、そういう行為をどれだけ自分が自分の大事なことに対して出来るか、それの積み重ねのような気がする。飲み会で幹事を手伝って、会費集めをする女の子しかり。別に名刺や、会費集め、その行為自体が実を結ばなくても、そういう行為が出来る子達は、いつかどこかで、ブレイクスルーが来る。動いている限り。「痛いから」「まだ大学生だから」そう言いたくなる気持ちも分かるけど、そんな気持は誰も拾ってくれない訳で。何もしない人には、何も起こりようが無い。まあ大人だったらみんな知ってるか。こういうの実感していくのって、結局自分が何かをやろうとしてそれなりの時間を費やし、結果と向き合って、他人と比べて、査定され評価されてやっと分かることなのかもしれない。だからまあ、「何者」は、大人にまだなっていない若者の自意識を、全編にわたって朝井節で書き連ねた青春小説なんでしょうね。でも十分面白かったよ。今の若い子が、ここまで人間関係に繊細なのを冷笑するのは簡単だけど、きっと今の日本にとって、何か意味があることのような気がする。バブル期にざっくり生きてたお気楽世代や、高度成長期でエンジンかけまくってた団塊世代と同じくらい、この人達は、今の日本を体現してるんでしょうね。後から見て、日本の文化風習を変えてしまったと思うくらい。そんな気にさせてしまうほど、朝井さんの筆致には、芸があるなって思いました。