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適当

※全角128文字半角256文字以内

大分県は佐伯にて一泊し、2日めとなります。

 

佐伯駅。ここから南下し、宮崎県は延岡を目指します。

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さて、延岡といえば宮崎県でも指折りの工業都市であり大きな街で、佐伯からも60km程度しか離れていません。

また、県庁所在地で最大の都市でもある宮崎とも140km程度しか離れておらず、電車に乗れれば3時間かかるか、かからないか程度で着きます。

 

つまり、この行程で日豊本線を南下する事だけが目的であれば、日付の変わる前に宿泊地になりうる街へはいくつか到着できるわけで、普段の行程と比べるとイレギュラーな対応となっています。一方で、その割に観光要素は駅前徘徊→廃線跡徘徊の普段とあまり変わらない流れとなっています。

 

なぜなのか。

 

 

電車がないからです。

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佐伯駅の時刻表。これから左側、「延岡・宮崎方面」の電車に乗っていきます。

 

確かに反対側の大分方面と比べると本数は減ります。というかよく見ると昼間は全て特急ですが、夕方にも重岡という駅まで向かう普通列車が2本あります。

 

昨日佐伯に到着したのが17時前なので、それらには余裕で乗れたはずです。

 

ただ、この重岡という駅名、テレビだとかで見る機会もあまりなく、知名度としてはおそらく「知っている人は知っている」程度で、どこにあるのかピンと来ない人はそこそこいると思います。

 

そこで、路線図を見てみます。

 

時刻表直撮りですが路線図。赤丸で囲ったものが重岡駅です。

だいたい大分県と宮崎県の県境らへん大分側にあり、どこからどう見ても延岡には到達できません。

 

この場合、重岡駅が列車のいわゆる系統の境目となっており、だったらそこで乗り換えれば済む話です。

 

 

 

ありませんね。

 

 

つまり、佐伯から延岡に向かう普通列車は赤丸で囲った1日1本だけということになります。

 

 

 

はい。

 

ここから再閑散区間の普通列車が上下合わせて1日3本。

青春18きっぷ最難関区間のひとつとされており、今回の目的のひとつでもある、「宗太郎越え」区間に乗っていきます。

 

 

延岡駅への初発にして最終列車となる延岡行きの普通列車が来ました。

列車は4両繋いでいるものの、延岡方の先頭車だけに乗れる形となっており、それ以外の3両は締め切られているそうです。

 

中に入っていきます。

 

普段は特急列車に用いられる車両らしく、リクライニングシートにJR九州の路線図が書かれた紙が挟まっていました。

また、半室はグリーン車となっており、こちらもグリーン券を買えば入れるらしいです。

 

全く字が見えませんが、道中に存在する宗太郎駅。秘境駅ともいわれているそうです。

 

というわけで延岡駅に到着しました。

 

ここから引き続き南下を続けていきます。

 

道中。

 


宮崎駅に到着しました。

 

ここから別にきっぷを購入し都城駅まで特急で移動します。

 

都城駅。ここから引き続き鹿児島方面へ向かいます。

 

 

時刻表。こちらも県境で普通列車の需要が大幅に減るのか、おおむね昼間に限定すると

 

10時25分

16時02分

 

を除くとすべてがひとつとなりの西都城行きとなっており、先程の宗太郎越えと比べるとさすがに多いもののそこを境に鹿児島方面への普通列車が大幅に減っています。

 

宗太郎越えもそうですが、特急も含めれば列車自体はそこそこ走っていますが。

 

というわけで鹿児島中央駅。ここからいったん川内に向かいます。

 

この時点で九州島内を半周したような形になっており、ここからは北上となっていきます。

 

 

川内駅。かつて夜行列車全盛の頃、大阪の駅窓口で「仙台」行きのきっぷを頼むと「川内」行きのきっぷが出た、といった話をどっかで見たことがあります。

 

 

この川内駅ですが、鹿児島方面からの鹿児島本線と、熊本方面からの新幹線開業に際してかつての鹿児島本線から移管された「肥薩おれんじ鉄道」、そして新幹線の乗換駅となっています。

つまり、ここから北上するJR在来線は一切存在しないということになります。

 

一方、それとは別に鹿児島県内から熊本方面へは肥薩線という路線も通っていますが、こちらは災害に伴い運休中ということです。

 

ということで、青春18きっぷだけで鹿児島県から抜けるには基本的に来た道を戻るしかありません。

 

 

ただ、ここまで来てそうするわけはなく別に新幹線のきっぷを購入します。

 

熊本県は新八代駅まで向かいます。

 

新八代駅。

ついでに私事でどうでもいいですが、熊本県に入域したことで、北海道と沖縄県以外の全都府県に足を踏み入れたことになるようです。

もっとも、足を踏み入れただけのところも多数あるわけですけども。

 

新八代駅。

ここから再び鹿児島本線に乗り、熊本駅を経て佐賀県は鳥栖をめざします。

 

鳥栖駅。ここからこの日の泊地である佐賀に向かうわけですが、このへんで次回に続きます。

 

夏の青春18きっぷが余ったのでサクッと行ってきました。

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~1日目~

 

今回も開始地点となる新大阪駅に到着しました。

今回は珍しく、というかこのブログではおそらく初となる九州方面への行程となるため、山陽新幹線に乗っていきます。

 

というわけで乗車。

「さくら」やなんとかとか言う種別があるみたいですが、よくわからないので来たのぞみで小倉までぶっ飛びます。

東海道新幹線でいうところのひかりポジションになるのでしょうか。

 

小倉駅に到着しました。ここからは九州の東側をひたすら南下する日豊本線という路線に乗っていきます。

 

小倉駅。

広々とした空間にはモノレールの駅も存在します。

 

朝食兼昼食を済ませ、まもなく電車が来るということで在来線のホームに向かいます。

18きっぷ旅行としてはここからのスタートとなるわけですね。

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乗ります。これで大分県の中津まで向かいます。

ドア付近がかなり広々とした電車ですが、最近混雑対策のため一時的な措置としてドア付近の座席を撤去したそうです。

 

最終的にはこの写真のような座席配置から、↓のようにドア間の通路を広く取れ、乗り降りも容易な配置に変更するとも言われていますが、お財布の事情的にもうちょっと先になるということです。

 

写真はまったく別の古めの電車ですが、かなり乗りやすくなると思います。

ただ、いつになるのか。そもそもするのかは謎です。

 

 

中津駅に到着しました。

始発から終点まで立ちの移動となりましたが、1時間程度だったので問題ない範疇だと思います。

 

中津があの福沢諭吉のふるさとということで、中津駅がには関連の物品が展示されています。

 

 

途中日出を経て大分県南部の佐伯に着きました。この時点で時刻はおおよそ17時前、ふつうであれば更に移動していく時間帯でありますが、今回はここで一泊としました。

 

 

佐伯駅。駅前にも建物が密集し、店舗もいくつか存在していますが、街の中心部は駅よりやや南にあるそうです。

で、一泊するわけですが、時間が余っていたので軽く観光します。

 

適当に歩いてたら「野岡緑道」という道がありました。

 

グーグルマップで見てみると、いかにも廃線跡といった雰囲気です。

じっさい軍事施設、のち工場までのびていた引込線のあとにつくられた道だそうで、今回は途中からですがちょっと歩いてみました。

 

途中でベンチもあり、散歩にはうってつけだと思います。また、全区間かはわかりませんが自転車も通れるそうです。

 

で、先述の通り今回はこの佐伯にて一泊するわけですが、普段目的地への到達が20時前後、下手すれば日付をまたぐ直前となるなか、なぜ今回は異例とも言えるほど早い目的地への到着となったのか。

そのへんは次回に続きます。

 

 

あらかた写真が揃ったということで乗車レビューやります。

今回は少し前に行ったTwitterでの投票にて得票数が最多となった南海8000系となります。

 

 

大まかに本線と高野線に大別されるらしい南海のなかで全編成が本線で運行されているものの、決して大所帯とは言える数ではないということもあるのか、狙うと来ないけど狙わなければ案外結構来る印象があります。

 

さっそく中に入ります。設備、色使いともにオーソドックスな通勤車という印象です。

一方で、関西というか西日本全体でも珍しくE231系のような首都圏のいわゆる新系列車両の要素やパーツが用いられているということで、「関西のE231系」といった異称もたびたび見られます。

今回はその辺も踏まえて写真を晒し上げたいと思います。

 

妻面。

妻面の通路は新系列車両のそれとおそらくほぼ同様となっているのか、広々としておりかなり通行しやすくなっていると思います。普通に歩くだけでも狭いと単純に通りにくいので。

 

一方、一部を除いた従来車から引き続き妻面には窓があります。2300系を除いてひと世代前の1000系には確かありませんでしたが、あくまで車端部ボックスシートを置いた事によるイレギュラーなのだと思います。

 

※E233系

 

ドア。

先端部や床面の処理から、従来車と比較するとかなりドアまわりの識別がしやすくなっています。また床面の処理は滑り止めともなっているのでしょうか。

全体的に印象としては同じような時期にデビューしたE531系に近くなっていますが、ドアの把手や手すりが若干異なるようです。

 

また、この写真には写っていませんが案内表示は細長いLED式のものが千鳥式に置かれています。

 

※E531系

 

天井周り。全体的に新系列車両とほぼ同様のようでオーソドックスなものという印象です。

一方で、つり革自体は従来車のそれを引き継いだ形状、配置となっており比較的スッキリした印象となっています。個人的にはここも新系列車両と合わせてよかったと思いますが設備的に過剰ということか。

 

※E531系

 

フリースペースと優先席。

 

袖仕切り。首都圏のJRでは一般的な板状のものです。それ以外、特に関西圏で「似たようなもの」をよく見るタイプですね。

 

内側。

 

以前とりあげた泉北高速鉄道の5000系と異なり、おそらくE231系や701系あたりと全く同様のものが用いられています。

 

 

関西圏だとこれに近い形状は他に京阪や山陽、共通点で言えばほんの一部除いて川崎重工製で更新された車両に見られますが、どれもいわゆる新系列車両のそれとは異なっており、同等のものはおそらく8000系だけとなるかもしれません。多分。

 

ということで使い勝手自体は寄りかかるには悪くない程度の窪みと、まあまあ立ち客との分離もできる高さはあるものの、よく言えば「ほどよく良い」、悪く言えば「特別これが良い」ってわけでもない代物となります。

 

一方、握り棒自体はごく一部の1000系で付いたものの、従来車が握り棒すらなく袖仕切り自体も立ち客どころか上半身が文字通りスカスカになるような代物だと考えるとかなり改善した部分だと思います。

 

 
さっそくでもないですが座ります。
新系列車両の要素が散りばめられたような8000系ですが、座席はその要素が特に表れているのではないかと思います。
よくE231系に例えられる印象がありますが、座席幅が拡げられ座面にSバネが入れられた、どちらかというとE531系に近いものだと思います。
 
基本的な新系列車両では概ね共通する特徴として吸い付くかのようにフィットするセズリと、無遠慮な沈み込みやバネの反発も無い座面がちょうど良く自然に座れます。よくヘタる印象のあるSバネもたまたまなのか整備力に定評があるらしい南海なのかわかりませんがしっかりとしています。
名鉄4000系でも言及しましたが、セズリが合わなくて変に力む、座ってて疲れたから姿勢を変える、脚を伸ばすといったこともあんまり無いと思います。
以前和歌山市~難波間まで乗ったときも快適に移動ができ、完成度の高い椅子だと思いました。この車両に限った話じゃないかもしれないですけど。
 
個人的に従来車が基本的にかなり座面が低くセズリも反発する、あるいは窪みが存在しながらも平坦でペラペラで、どう座らせたいのか皆目見当もつかない「座ってて気持ちの悪い椅子」だと感じたので、それを払拭した点ではかなり改善されたものだと思います。
 
※E531系
 
※E231系
 
座席の下。Sバネが入っています。
 
握り棒。もはや標準ともいえる湾曲したもので、いわゆるUD手すりというものだそうです。
湾曲した握り棒自体は他社でも一般的であるものの、他社の新系列車両を基礎にしたものと比較してみると、8000系のそれに関しては、形状自体は上部がややまっすぐになっており比較的独特なものとなっています。
 
※静鉄A3000形
 
東急5000系
 

袖仕切りにより形状が変わらざるを得ない端の部分はともかく、座席間のものによくその差異が表れている気がします。

当然のごとく他社のそれにも差異はあるわけですけども、そういう部分を見比べるのも面白いかもしれません。

 

モノ自体はどこでも言えますが、身長差にかかわらず立席時に掴めたり、立ち上がり時の補助になるだけでなく、座席間のものは着席定員の確保もできる一石二鳥、あるいは一石三鳥と言えるものだと思います。

 

もっと言えば座席間はともかく袖仕切りからの握り棒はあって当然なわけですが、2000年代に入るまでそこにすらろくに握り棒を用意していなかったのはその間一体何を考えてたの?と思いますけど。

 

側窓。こちらも窓割りやブラインドが設置されていることから、おおむね従来車を引き継いでいるという印象です。

 

 

~総合~

いわゆる新系列車両の完成度の高さを実感できる車両だと思います。

 

安定性に優れた椅子、立席時にも不快感を覚えない充実した車内設備、危険箇所が明確な色使いといったおおよそ新系列車両の良さはそのままに、従来車の要素も引き継がれていたりと、変える部分と残す部分が絶妙にマッチした印象です。

 

デビュー自体は15年ほど前、設備的に見てもぶっちゃけ同じ頃首都圏でデビューしていたE233系とくらべると確かに物足りない部分はあるものの、個人的には関西大手で最も快適な車両はと訊かれると迷いなくこの車両を挙げると思います。

 

快適に移動できるだけでなく他社の似たような車両との違いを探してみるのも面白く、これのためだけに南海に乗りにいくのも充分悪くないと思います。

 

このあたりで終了とさせていただきます。

ありがとうございました。

~前回まで~

青森にて一泊しました。

 

電車まで時間があるので駅前ちょっと歩きます。青森ベイブリッジです。

 

青函連絡船として使用されていたという八甲田丸です。現在は博物館となっているそうです。

 

青森駅。ここからひたすら南下していきます。

今回、行きで乗った奥羽本線での移動を検討していたものの、秋田→大曲間を移動日が1月6日のところ1月5日までしか走らない新幹線で組んでおり、数時間単位で帰投が遅れることを昨日になって気づいたので別会社となる青い森鉄道に乗ります。

 

青森駅より青い森鉄道の起点となる目時駅へはフリーきっぷが安い、ということでそちらを使います。切符の他グッズもつきました。

青森駅より普通列車で盛岡駅方面の切符はないそうなので目時駅以降は別で切符を買うことになります。

 

途中八戸駅で乗り換え、青い森鉄道の起点となる目時駅を過ぎました。

起点と言うことでそこそこ大きな駅を想像しそうですがホームが2枚並んでおり方向転換も不可能そうな、いわば小さめの駅となっており、特徴的な点と言えばちょうど青森県と岩手県の県境付近にあるくらいです。

おそらく大人の事情で極力県境を越えたくない、というより越えないほうがいいのだと思います。多分。

 

目時駅よりIGRいわて銀河鉄道の管轄となり、そのまま盛岡駅へ到着しました。

ここから18きっぷを利用し南下を続けます。

 

盛岡駅より一ノ関、小牛田より石巻線と仙石線を経て仙台につきました。

 

ブレッブレですが駅前。気づいたら日も落ちていました。

 

仙台より新幹線で東京までぶっとびます。この時点で事実上18切符旅行は終了したこととなりますが、勝手に終着地を東京と設定したので記事はもう少し続けます。

 

旅といえばグルメというのを去年言った気がします。仙台駅で購入したずんだ餅とエビカツサンドですね。

やはりどちらももう1セット買っても良かったなと思うくらい美味しかったです。

発車時刻まであんまり時間がなく、とりあえずそこそこ腹が膨れるしご当地的なやつかなと思ってサンドイッチ買いましたが、よく見たら東京のだったそうです。美味かったからいいけど。

 

というわけで東京駅に到着しました。

これ以降は写真も無いのでこの辺で終了とさせていただきます。ありがとうございました。

 

 

~行程~

赤:1日目 青みたいなの:2日目 緑:3日目

 

(東海道新幹線→東北新幹線→東北本線→田沢湖線→奥羽本線→青い森鉄道→IGRいわて銀河鉄道→東北本線→石巻線→仙石線→東北新幹線)

~前回まで~

福島にて1泊しました。

 

福島駅。さらに北上を続けます。

 

道中。軽く雪が降っています。

 

仙台駅につきました。ちょうど朝の8時前後ということで人の流れも多くなってきました。

 

途中小牛田駅を経て一ノ関駅までふっとびます。

で、ここより盛岡まで移動します。電車のカラーリングも変わりますね。

 

さっそくでもないですが電車に入ります。

 

これまでは↓のように壁が木目調だったり座席のモケットも暖色系で温かみのあるイメージとも言えるものでしたが、ここからはどちらかというとクールな印象となります。

仙台地区

 

というわけで盛岡駅につきました。去年来たときはこのカラーリングが一番好みとか言ってた気がします。

 

盛岡駅。11時50分ごろの到着となりました。

以前は滞在時間5分あるかないかくらいだったので、まともに写真を撮るのは今回が初となります。

 

で、この駅よりメインテーマである田沢湖線に乗っていきます。が、その前に軽く観光要素入れます。

というわけでこの辺の名所のひとつである石割桜を見に行きます。

 

駅前。右側のIGRいわて銀河鉄道は20年ほど前に新幹線が盛岡以北まで伸びたことにより、これまで東北本線とされていた部分を引き継ぐために成立したそうです。

似たような経緯を辿った区間は去年乗り、ブログにも書いた覚えがあります。

 

 

 

北上川にかかる橋を越えつつまっすぐ進み、繁華街のような区画を抜けます。

大通りという名前の道だそうです。

 

あの辺がお城でしょうか。石垣が見えてきました。

 

石割桜。

 

 

市の公式サイトによると、石の割れ目から桜が出てきているようで、天然記念物にも指定されているそうです。

裁判所の敷地内に存在し、この時点で入っていいかどうかわからなかったので写真は敷地外から撮りました。

 

近辺は県や市の役所や庁舎が建ち並んでいるそうで、盛岡市のみならず岩手県の中枢といった印象です。

 

盛岡駅に戻ってきました。この時点で14時前となっています。

で、ここから今回のメインテーマである田沢湖線に乗っていきます。

 

~田沢湖線~

 

田沢湖線の路線図。時刻表から直撮りしました。

 

以前は本数が少なくて新幹線を使った。だから普通列車で乗り通したい。というのは前々から言ってきましたが、実際に盛岡側から大曲方面だとどれくらいの電車があるのか見ていきたいと思います。

 

多分これより少々長くなります。

 

※ジョルダン時刻表

 

盛岡駅から田沢湖線方面の時刻表を見ると、6時以外は5~22時まで最低1時間に1本確保されており、かなり多い印象です。

が、こちらは同じ線路を走る新幹線も含めたものとなっており、隣の大釜駅を見てみると以下の通りとなります。

 

※ジョルダン時刻表

 

多いですね。

 

以前秋田側で同じことをやり、隣の駅から減るとか言いましたが、こちらは6時、8~9時とお昼ごろに抜けがある程度で基本的に1時間に1本確保されています。

すべてがすべて終点となる大曲行きではないものの、別に通しでなくても途中で乗り換えればいい話で、この時点では走破も困難ではない。むしろ簡単にも見えましょうか。

 

つづいて大釜駅から更に西進し、大曲行き以外の行先では最も秋田県に近い赤渕駅の時刻表を見てみます。

 

※ジョルダン時刻表

 

1日4本です。逆向きもあるので駅に4本しか来ないわけではないですけど。

 

なおかつ、16時38分に出る田沢湖行きの電車(赤枠)に乗ると、18時19分まで待つことになります(青枠)
 
というわけで、今回は14時22分発の大曲行きに乗ります。
 

田沢湖線ホーム。専用ホームみたいになっています。

他にも別会社であるいわて銀河鉄道線や起点がその途中駅である好摩駅となる花輪線も専用ホームのようになっているそうですが、こちらは同じJRです。

 

特別待遇かな。(棒読み)

 

非常に見づらいですが手前側が田沢湖線、奥側が東北本線の線路となっています。

 

前々どころか去年のブログでも言っていますが田沢湖線は同じ線路に新幹線が走っています。

一方で、新幹線と在来線は線路の幅が違っています。新幹線の線路の幅は在来線のそれより広くなっているそうです。

 

つまり、主に線路の幅をどちらかに合わせる、あるいは広い幅で線路の引きつつ間にもう1本線路を引くなどの方法で両方に対応させる必要があり、田沢湖線では前者がとられているそうです。

 

となると、線路の幅が狭い区間を走るこれまで乗ってきた電車は物理的に入れず、田沢湖線の普通列車は新幹線と同様の線路幅に対応した、いわば専用車両が用いられているそうです。

 

田沢湖線向け列車だそうです。今回はこれで大曲駅まで向かいます。

 

道中。山の向こうにうっすらと山みたいなものが見えますがあれが岩手山でしょうか。

 

新幹線がおおむね1時間に1本ほどのペースで運行されていることから、その交換が度々行われました。

また、赤渕駅~田沢湖駅間は駅間距離が20km近くあるそうで、途中2箇所の信号場があります。

 

一方で、対向の新幹線が遅れているということで十数分程度の遅れも出ていました。

タイトな行程ではなかったので乗り換えができなくなる可能性は低いものの、不安がちらつきます。

 

ということで大曲駅につきました。

遅延は途中で回復しました。

 

ここからは奥羽本線を北上します。

まずは秋田駅に向かいます。

 

というわけで秋田駅に着きました。

ここから少し時間あるので駅前歩いてみます。

 

ブレッブレですが駅。

 

駅からアーケードが通っているみたいです。

 

久保田城の大手門跡だそうです。このあたり、かつて久保田城があった一帯は千秋公園という公園になっているらしく、ここはその一部ということだそうです。

 

今回はあんまり時間無いのと時間的にも奥までは入りません。

 

ここは堀の一部だそうです。

 

小さな公園のようになっています。

 

で、駅に戻ります。ムービングウォークとかいうやつでしょうか。

 

ここから再び奥羽本線を北上し、青森駅に向かいます。

今回は左端の発車標に書かれている青森まで直通する快速でそのままふっとびます。

 

ついでに私事でどうでもいいですが、今回青森県に入ることで本州の全都府県に入ったことになるそうです。

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碇ヶ関駅。

この列車においては青森県内初の停車駅となった記憶です。

 

ということで、

「近鉄名古屋線をはじめて乗りつぶし、愛知県初上陸ということで、いろいろすごいことになっ」てから約8年で本州の全都府県に上陸したこととなりました。

 

 
もっとも未踏の道県自体は多数残っているわけですけども。
 

ということで青森駅に到着しました。

 

既に23時をすぎていました。

 

工事中だそうです。

 

ということでこの日は青森にて1泊し、次回以降は南下していきます。

 

~次回に続く~

 

~前回まで~

”主に”18きっぷを使った旅行の行き先が決まらないということでサイコロを振りました。

 

 

 

 

というわけで、前回新幹線利用となった田沢湖線を数少ない普通列車で走破し、そのまま青森経由で南下する目が出たので行ってきました。

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~1日目~

 

(※約8年前)

今回の開始地点となる新大阪駅です。写真はろくに撮ってなかったので約8年前のものです。

どの行程でもおおむね12時発の列車で移動する行程を組んでいたため、到着時刻も昼前ごろになりました。

 

快適なデッキをご利用ください。とは書いていませんが、ちょうどUターンラッシュの後半戦ということもありそこそこ混雑していました。券売機も長蛇ではないもののどこも列を作っている状況でした。

 

で、列で待っているのもしんどいということで隣の東淀川駅で別に切符を購入します。

 

とりあえず新幹線を使い大宮まで向かいます。

東海道新幹線の特急券が無いのに新大阪で気づいたので買い直しました。

 

ただ立つだけであればデッキも慣れるもんで、相席になるくらいなら諦めようくらいのノリで入ってみましたがあっさり座れました

 

東京駅に着きました。ここで乗り換えます。

 

ここから大宮まで向かいます。行き先として並ぶ地名が旅情を掻き立てますが、大宮ならぶっちゃけ自由席が付いてさえいればどれに乗っても着くので、今回は自由席付きの一番はやく出るやつに乗ります。

 

というわけで金沢行きのやつ乗りました。空いてたので座ります。

ぶっちゃけ東京駅から在来線を使っても良かったのですが、確か電車の時間がかち合わず、目的地への到着が遅くなるため大宮まで新幹線利用となった気がします。

 

大宮駅に着きました。ここから本格的に18きっぷを利用します。

 

在来線ホームに移動しました。大宮駅から東北本線を北上していきます。

スタート地点を新大阪駅とし、18きっぷ自体も大阪で既に利用開始していたのですが、「18きっぷの旅行」としては事実上ここがスタート地点になるかと思います。

 

宇都宮駅に向かいます。

 

 

宇都宮駅に到着しました。

ここで乗り換え今度は黒磯駅に向かいます。

 

ちょうど夕方頃の列車ということもありそこそこ混んでいたので写真はなく、黒磯駅までぶっとびます。

 

約8年前に一度訪れたときは205系と呼ばれる電車で運用されていましたが、少し前に新型車両が入ったそうです。

ただ約8年前のほうは写真とってないです。

 

黒磯駅から新白河行きの電車に乗り換えます。

約8年前当時だと確かここから一気に福島駅までぶっとびましたが、後年大幅にダイヤが変わったそうで新白河駅での乗り換えが必須となったそうです。

 

直通のほうがラクなのになんでだろう?(棒読み)

 

さっそくでもないですが電車に入ります。一瞬電気が消えました。

全く詳しくないのでよくわからないですが、この駅を出発してから直流だとか交流だとか電気の流しかたが変わるそうで、その関係の段取りだと思います。

そして、ここが電気方式の境目となることが現行の運用にも関わっているそうです。

 

 

こちらの記事によると、東北本線は黒磯駅を境に南の東京方面が直流区間、北の仙台方面が交流区間となっているそうです。

その黒磯駅は永く直流区間と交流区間が混在していた状況だったものの、管理の煩雑さといったデメリットやそもそも混在させる必要性が薄れつつあったことから2010年代に駅のすべてを直流区間としたそうです。

 

で、そうなると直流区間にしか対応していない南から来る電車は問題なく入れますが、交流区間にしか対応していない北からくる電車は入れなくなります。

そこで、直流の区間も交流の区間も対応できる電車、また少し前まではそもそも電気方式にかかわらない汽車が入れられることになったそうです。

 

で、その直流の区間も交流の区間も対応できる電車が今回黒磯駅から新白河駅まで乗る電車ということです。

 

おそらく黒磯駅を超えさえすれば同じような区間はなく、需要や用意できる電車の数などから黒磯駅と福島駅など新白河駅以北を無理やりつなぐ必要性はないと考えられたのだと思います。

 

別に18古○記として乗り通すにしてもかち合うものさえ選べば数時間待たされるわけでもないので苦痛ではなさそうですし、休憩時間が取れてやりようによってはぶっ通しよりラクになるかもしれません。知らんけど。

 

まあそもそもその区間通しだと新幹線使うし。黒磯駅には新幹線来ないですけど。

 

このあたりは全く詳しくなく本当のこと書いてる確証もないので詳細はまあ。

 

新白河駅。ここで乗り換え福島駅へ向かいます。

 

ここからは先述の「交流の区間だけ走れる電車」に乗っていきます。

 

というわけで福島駅に着きました。この時点で時刻は20時過ぎ、この日はここで1泊とします。

 

少し南から雪が降っており、福島駅の時点でこの状況でした。

全くと言っていいほど雪に縁のない私から見ると外に出て写真撮る程度には積もっているかなと思います。

 

写真がブレッブレですがイルミネーション的なのも綺麗ですね。

 

駅前。路面にも若干雪が残っている程度でした。

 

というわけでこの日は福島にて1泊し、更に北上を続けていきます。

 

~次回に続く~

 

1月初頭、3日かけて主に18きっぷで旅行しました。

前回は駅前すら歩いていなかったので移動と称しましたが、今回は多少観光要素もあるので旅行とします。

ツイッターでも概ねリアルタイムにつぶやいていたものの、今回旅レポ(みたいなもの)ということで行程を追いつつコンデジの写真を中心にこちらで晒すことにしました。

 

が、その前に前日譚として今回の18きっぷ移動へ至った経緯を記事にしていきたいと思います。

 

 

~2022年~

 

この年の大半、全くと言っていいほど遠出していなかったこともあり、冬場こそは18きっぷで少しでも遠出しようと思い行きたいところをポツポツと浮かべていました。

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行き先が決まらない

 

以前タイミングがかち合わなかったと新幹線を利用した田沢湖線リベンジをしたい。と考える一方で18古○記最難関のひとつとも数えられる九州の宗太郎越えもしたいと考えました。

 

ただ、「しんどいしまとまった日ボケッとしたいし」だとかそもそも帰省とプラスアルファで余裕が無いだとかでどちらか一方とする必要がありました。

 

・行き先が決まらない

・帰省のついでとなる可能性がある

・できれば帰省後がいい

・ボケっとするまとまった日がほしい

 

上記の条件で思案を続ける中、たまたまみなおした某旅番組に影響を受けて以下の方式を取りました。

 

 

 

 

サイコロで決めます。

 

完全に二番煎じですが、決定するにあたりこの時点で最良の方式だと思ったり、元ネタもおおよそ「帰りのついで」という名目でやってるそうで被る所もあるんじゃないかと勝手に思ったりしたのでこの方式をとりました。

 

で、今回はそういうスマホのアプリがあるのでそちらを使いました(↑)。

 

当初予定に入っていた田沢湖線、宗太郎越えはもちろん、”だいたい”興味のあるところもピックアップしていき、以上のフリップとなりました。

 

目ごとの詳細は以下の通り。

 

1.田沢湖線リベンジ

前回新幹線利用となった田沢湖線を数少ない普通列車で走破し、そのまま青森経由で南下するものです。

 

2.宗太郎越え

宗太郎越えをし、そのまま鹿児島経由で筑肥線乗って帰ります。

帰りついでといいながら完全な逆向きルートになるもののかねがね行ってみたい場所ではあるのでまあ。

 

3.田沢湖線リベンジ(翌日)

文字通り一旦帰ってから始発で田沢湖線目指すものです。

体力的にはラクですが日程的にはまあ。

 

.飯田線

日本海まで北上しそのまま飯田線乗って帰ります。飯田線自体は数える程度ですが乗ったことあるものの、大糸線は初となります。

 

5.只見線

少し前に運行再開したという只見線に行くルートです。

 

6.身延線

一旦戻り近所の身延線にのります。

身延線自体は全区間でも片道約2000円、2時間くらいで走破できるのですが、今回はこの路線を3日かけて堪能します。

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3日で全駅降ります。乗り換えとかでホーム降り立った!はもちろんノーカンで。

 

ウケ狙えるだろうと思い元ネタで言うところの深夜バス枠で入れました。実際ウケたかはともかく。

 

 

その後、12月半ばに振り、行き先を決定しました。

 

次回以降、実際振って出た目のところへ行ったのでその写真を晒したいと思います。

 

~つづく~

 

ツイッターだと相当流れそうなのでこっちでかきます

 
 

 

「消めつの刃外伝 ~桃太郎襲来~」 

 

昔ある所にじいちゃんとばあちゃんがすんでおった 

爺ちゃんとばあちゃんは革で選択しておった

 

 じいちゃん「選択肢おるのか」

 

 ばあちゃん「先着者は多いのだぞ?」

 

そのときだった 

 

ぼ~=~

 

 革「桃から川が流れて終る」 

 

じいちゃん「百田区欧」

 

家「百田翁 

 

婆ちゃん「桃をナイフできるのだぞ?」

 

 じいちゃん「はやくきれ

 

 婆ちゃんは刃渡り20センチもあるナイフで桃をかち割りおった 

 

「 モモタロ宇 特技:格闘技 

 

じいちゃん「人間が出おった」

 

 桃太郎「俺は鬼退治に行かねばならぬのだ 

 

婆ちゃん「行きなさい 

 

桃太郎は鬼に行きおった

 

百田りお「仲間がほしいのだぞ? 

 

結城友奈「私が中身になろう:

 

 桃太郎「貴様は呼んでおらん」 

 

桃太郎は結城友奈にいかりお覚え頭をかち割りおってしにおった

 

 東郷「ズズ椎谷つよ」

 

 住治郎「俺が仲間になろう」 

 

桃太郎「よかろう」

 

 すみ治郎が仲間になりおった

 

 

一方その頃

 

みほ「周作ちゃん半バーボg-くおう」

 

周作「まあまてみほp」

 

周作とみほはイオンにデードにいっておった

 

みほ「今日は邪魔な銀河いなくてせいせいするわ」

 

周作「そういうでないぞ?

 

そのときだった

 

図が案!図がん!図がjmん!

 

とつぜん銃の玉がとんできおった

 

みほ「あぶない刑事!」

 

しゅっ!あしゅっ!

 

みほはよけおり玉は後ろを歩いておった有機友なにぜんぶあたりおってしにおった

 

東郷「よくしぬやつよ」

 

銀「ちっ!」

 

みほ「貴様hクソ銀!なんでいるんだ!」

 

銀「てめぇをコルトバイソンでたおそうとおもたのに!」

 

サーバル父「やめぬか貴様ら」

 

サーバル父が気負った

 

みほ「貴様に関係ない!ダインスレイブおくらえ!」

 

ズドンおp!ズボン!

 

サーバル父利かぬわけものブレイズ!」

 

ぶおおお!

 

けものブレイズがさく裂しおり結城友奈が吹き飛ばされおった

 

周作「貴様らやめろ!」

 

サーバル父「やるか周作!」

 

キリト「周作火星に来おった!」

 

アスナ「キリト戦いの前ににくくえほれ」

 

サーバル父「俺も肉を食うぞ」

 

サーバル父は肉を食いおった

 

結城友奈「わたしもくおう

 

結城友奈が肉を食おうとした途端ばくはつしてしにおった

 

サーバル父「それは爆弾なのだぞ?」

 

周作「ステーk近にソースハあるのか?」

 

サーサbる父「塩が良いのだぞ?」

 

平和に肉を食い追った

 

2022.07.22:一部内容を変更しました。

 

 

今になってやっと車内の写真が揃ったということで、今回は名鉄4000系の乗車レビューやります。

 

4000系は瀬戸線向け電車として15年くらい前より投入が進められたようで、孤立線区のうえ唯一線路が通じてる車両基地で塗装ができないというわけで全面がステンレスで出来ているそうです。そのためか前面が他線区では見られない独特のものになっています。

そして、中身も割と独特だったりします。

 

また、ドアエンジンや一部客室設備など投入されていく過程や投入後に何点か変化はあったようですがその辺はよくわからないです。

 

 

早速中に入ります。設備、色使いともに2000~2010年代にかけてのオーソドックスな名鉄スタイルといった雰囲気です。通勤車としてもオーソドックスか。

 

 

運転席裏。

 

 

天井周り。枕木方向のつり革はドア前の中央部に1列のみ配置されています。

 

 

優先席。

 

 

優先席部の握り棒のみ持ち手の部分が凸凹となっておりつかみやすくなっています。近辺では315系も同様の処理をやっていますね。

 

 

側窓は近い時期に登場した他線区の車両とおなじくいわゆるグリーンガラスのうえでブラインドが省略されています。多少日が差し込むとはいえ我慢ならんってレベルでもない感じなので、個人的には未処理のガラスでいざという時に降りるかがわからないブラインドに頼るよりはこっちのほうが納得できるかも。

 

 

ドア。モノ自体はおそらく同時期の他車と同じですが、それらが白く塗られているのかされているのに対してこちらは銀一色となっています。先代も銀ドアがいたそうなのでそういう事なのかどうかは全くわかりませんが、ドア横の処理も相まってオーソドックスで見慣れた安心感も受けるかもしれません。個人的には。

 

取っ手が両側に配置されていたりとドア自体は個人的に以前とりあげた泉北5000系にわりと近い印象を受けます。

 

 

車内案内表示器。瀬戸電のみ3300系を含めてすべてのドア上にあるそうです。

 

 

袖仕切り。日車製ではオーソドックスなものでしょう。

大型と言うには大きくなく、小型というには小さいわけでもない感じです。

 

 

袖仕切りの内側。個人的にくぼみもちょうどよく、そこそこに体を預けられます。

 

 

早速でもなんでもないですがすわります。

 

名鉄全体で見るとここでしか見られない独特な座席です。wikipediaによると、出典及び具体的な記述がなく、真偽の程は定かでないもののE233系と同様の形状とされています。が、座面に関してはE233が座った瞬間が沈む感じを受けるのに対し、4000系では沈みが浅くわずかに反発するような感じを受けました。

 

 

背ズリに関しては座面と比較するとまだE233系に近い印象です。こちらも背ズリの平坦なもので受ける背中に隙間の出来るといった違和感はなく、変に力んだり"座り疲れて"姿勢を変えることもないまま座ることができると思います。

 

 

座席の下。Sバネが入っています。

 

 

~総合~

名鉄屈指の通勤通学路線ともいわれているらしい瀬戸線の主力ということもあるのか立ち客への配慮は言うまでもなく、独特の座席もくぼみが薄くなったとかそもそも平坦になっただとか悪くいえばお粗末な方向ではなく従来に引けを取らない、下手したらそれ以上にしっかりと仕上げてきたり、路線全体としてそうしているだけかはわかりませんが全ドア上に車内案内表示器があったりと、余程のことがない限りどんなシチュエーションで乗っても快適な電車という印象を受けました。

 

私の知る限り大きくアピールされているところはあんまり見ない印象ではありますが、陰ながら大きな魅力を秘めた電車だと感じます。

 

あとは当たりさえすれば3300系との差異を探すのも面白いかもしれません。

 

このあたりで終了とさせていただきます。

ありがとうございました。

Teardownというゲームがあります。基本的にはボクセルで構成され、ほぼすべてのオブジェクトを破壊できるマップでミッションをこなすという流れのものですが、他方でサンドボックスモードもありやりたい放題できたりします。

 

そこで、最強の車を作ってみることにしました。

 

 

いつ運転中のトラブルに遭うかわからない世の中、いつ何が起きても安心できるよう多少身を守る手段は必要なのかもしれません。

というわけで、今回は攻守ともに最強の車を4台作ってみました。

なお、銃座や戦車はMODを使用しています。

 

さっそく1台目から。

 

 

擲弾銃付対空トラック

 

 

そのへんにあったキャリアカーに対空砲をつけ、その支援用として前後に擲弾銃の銃座をつけました。

これにより見た目のインパクトからトラブル予防となるだけではなく、万が一のとき前後だけでなく上空からのトラブルにも対応できるまさに一石二鳥の車です。また、後ろの銃座がついている部分は上下するので駐車スペースにも困りません。

狭い通路やガレージの多い日本の大都市圏の住宅事情にも対応できているでしょう。多分。

 

 

銃座取り付ける時にミスって助手席が若干潰れましたが直ちに影響はありません。

 

 

 

対空戦車

 

既存の戦車に対空砲をつけました。これにより、従来の戦車としての機能にくわえ対空砲としての機能も備えたまさに一石二鳥の車です。かたい装甲と高い機動力、そして強力で抜かりのない武装により万が一のトラブルも切り抜けられることでしょう。

 

 

対空砲付けた後、試しに回してた時に「メキッ」と言いましたが直ちに影響はありません。

 

 

対空モンスタートラック

 

モンスタートラックに対空砲とグレネードランチャーをとりつけました。これにより走行中後ろからクラクション鳴らされまくったり鳥に糞落とされそうになっても対応できるでしょう。また、ベースが悪路を容易に踏破するモンスタートラックということで、これも高い機動力と強力な武装を兼ね備えたまさに一石二鳥の車と言えるでしょう。

 

 

自走式擲弾銃

 

そのへんにあったクレーン車に擲弾銃の銃座をつけました。いざという時はクレーンを上下させ立体的に対応できるという寸法です。

 

 

また、この車は武装だけでなく装甲にも気を使っています。

 

 

まず、ガラス面が多く丸腰ともいえる運転席の直前部に防壁を設け、運転手の被弾をできるだけ防げるようにしています。

 

 

また、上部にも後方からの攻撃に対応した防壁を置いています。かつ、クレーンに極力干渉しないよう気を使っています。

本当のところはもっと壁が欲しかったのですがなかったので。

 

 

以上、4台が出揃いました。

これから銃座の動作試験や走行試験をやりましたが、その結果はまた気が向いたら投稿します。

 

 

~次回へつづく~