妄想トレイン -9ページ目

妄想トレイン

科学では説明しきれない人間の無限の欲望を惜しみなくさらけ出す赤裸々ブログを、こっそり始めました。

ひまだとついつい

yahoo知恵袋なんかを渡り歩いてしまう。


世の中にはいろんな問題抱えている人が

いるもんだなあと感心・・・はしないけど、

なんだか感慨深い気持ち・・・でもないけれど、

ほぉ~・・・・

って思う。


何か悩んだとき、

確かに

その道の技術的なプロや

それについての知識の豊富な人の意見を

知りたいなあってときは

本当に役立つ。



けど、

私って変わってますか?

とか

この人どう思いますか?

っていう質問には、

どうやったって賛否両論。


解決なんてしないだろうなあ。



まあ

女なんて、

大体の相談は聞いてほしいだけで、

うんうんって頷いてほしいだけで、

具体的な解決法とか意見とか

求めちゃいない。


それでも親身になって何人もの人が真剣に答えてくれて、

全然知らない人なのに励ましたり叱ったりしてくれて、


ちょっと前のジャパニーズテクノロジーでは

想像もつかない現実だなあ。



ああいうのずっと読んでると、

言葉の使い回しや、

文章の感じで、

勝手にその人を想像するようになってくる。


こういう思い込みの激しい女はきっと

年の割に若作りで、ラパンとかに乗ってて

仕事は意外と固い銀行員で・・・・

とか


この男はシワの多い垂れ目のフリーターだな

とか




・・・・・・・・アタシもひまなオンナねー。


小さい頃から苦しめられている喘息。

何度も死にそうになったし、

死にたいと思ったし、

けど、

なんとか生きて行かなきゃいけないし。



子どもの頃は

親の指示通りに病院へ行き、

時には刑務所みたいな施設で鍛錬入院したり。



それでも治ることなく大人になって、

それからは

自分の責任で喘息と付き合わなくなくてはならなくなった。



いろいろな病院に行って、

いろんな薬も試した。

自分なりに喘息発作の研究をして、

コントロールしようとするけど、

他のアレルギーがそれを邪魔して

思うようにはいかなかった。



そんなこんなで時は経ち、

10年位前頃からか、

どの医者も急に

吸入ステロイドを勧めだした。


話を聞けば、

気管支に直接ステロイドを付着させ、

気管支の炎症を抑えようってことらしい。



長年のアトピーでステロイド浸けで生きてきた私は、

20代のほとんどをアトピーよりもステロイド皮膚症で苦しんできた。

やっとのことで脱ステロイドして、

落ち着きを取り戻した30代、


今度は気管支にステロイドを塗れというのか・・・・・・



愕然とした。


そして私はそれを拒否した。


どの医者も、

『絶対に副作用のでるようなステロイド量ではない』

と口をそろえて言う。


けど、

そういうことじゃない。


こっちは

ムーンフェイスとか、副腎機能低下とかなんとか、

そういう副作用を気にしているんじゃないんだよ。


気管支に、これから毎日ステロイドを付着させて

また20年経った頃、

あのステロイド皮膚炎が気管支で爆発したら

どうしてくれるんだ!

ってことを言いたいのだ。



ってことを医者に言うと、



『それはない』



とは誰も言わなかった。



医者は

現時点での喘息治療のガイドラインに沿った治療しか

してくれない。

拒否すれば、

『それなら私はあなたを診れない』

って言う。



その先も付き合ってくれる医者なんて、

現実には存在しない。

ドラマの中くらいしかいないんだ。



って思って泣いてい時に、

やっと出会えた漢方の病院があった。


ステロイド治療などせず、

臓器のバランス、

私の身体の特徴を診て、

生活の仕方、

呼吸の仕方、

薬だけでない治療法をいろいろ試せと言ってくれた。


その時々の私の体調を伝えると、

分厚い本を取り出して、

一番適した漢方薬を絞り込んでくれる。


そんな素晴らしい先生に出会えた。





それなのに・・・・・・・





その病院が

閉院することになった。



今の私が一番恐れていたことが

起きてしまった。
















今日は、

♪小躍りしちゃう給料日~♪

のはずが、

あまりの少なさに、

朝から銀行のATM前で項垂れた。

・・・・・テンションさがる。



正社員とは言え、

旦那のお給料は、

残業の有無で10万ほど違う。


普通より10万多くなるなら問題ないが、

10万多くてそこそこって状態。


私の自営業の売上額の方が、

まだ安定しとるわ!




という訳で、

今月は10万少ない方の月。




ああ・・・・・・・





まあ、

頭を掻きむしるほど困るわけでもないけど、

楽しく気ままに生活できるほど余裕はない。


気合入れれば、

なんとかなる。


だから

冷蔵庫のホワイトボードに、


「今月は、しまっていこーぜーっ!!!」


って、

書いた。


そしたら

旦那が黙って頷いて、

”納豆かけごはん”食べ始めた。



イイ心がけだ。







木曜日のドラマ、『昼顔』が来週でおわっちゃう。



ハマったドラマほど、

すぐ終わる。

まあ、人間の煩悩だらけの脳みそが感じる現象っつーのは

概ねそんなもんだ。




正直言って、

上戸彩に対する嫉妬がもう限界に達しているので、

程よい時期だったのかもしれない。


上戸彩に対して若干本気で、


「この女のどこがいいんだ!バカで単純で思慮深さのかけらもない

すっからかんオンナじゃないかよぉぉぉぉ!おい!斎藤さんよいっ!

こういう人間が、あんたの一番キライなタイプなんじゃなかったのかい?!

ええ?!斎藤さんよい!?」



って、ムハムハしている事はないといえば、

ウソになる。感情移入も甚だしい。



ところで、




斎藤工って人は、

随分と映画の好きな人だってネットに書いてあった。



私は映画より、ドラマが好きだ。

正直映画は苦手。


シリアスなものはなんだか狂気的さが半端ないし、

コメディーだと鬱陶しいくらいコメディーすぎて。


多分、映画のあの真剣さが苦手なんだと思う。

何チャラ賞とか、何チャラアカデミー賞とか、

とったら名誉になっちゃうくらいのやつをもらっちゃうかもしれないっていう、

真剣さが重いんだと思う。




その点ドラマって、

すっごいいい加減に作られてる気がする。

視聴者の反応とかで台本が変わっちゃうくら

いだし。


そのいい加減さが、またいい。


「セリフなげーな・・・」


みたいな顔しながら演技する俳優の感じもまた、いい。




今やってる『若者たち』、

あれは映画に近いけどドラマだからいい。

あれが映画で放映って言われたら、

たぶんみない。


吉岡秀隆がどうしてもウっちゃんに見えてしまうという病気もあるし、

映画館で観るには危険すぎる。

笑いが込み上げるのを、咳のフリして誤魔化すほど辛いことはない。





俳優さんとか女優さんとか、

映画の方でしか評価されないけど、

なんでだろう。



面白いドラマいっぱいあるのに、

もったいないな。

ドラマを書いた脚本家もあんまり注目されないし。




もったいないな。


息子の夏休みが終わった。

思ってたより壮絶な感じではなかったけど、

やっぱりめまぐるしい感じで過ぎて行った。


最終的に、気付けばルービックキューブにハマる私。

現実逃避としか思えない。

説明書を見ながらも、6面そろえた瞬間は、

大人になった事を実感。


後は説明書をみらずとも6面そろえれるようになれば、

さらにタイムを計り、

驚愕の数字をたたきあげれば、

テレビ出演も夢じゃない。


今更小学生が両手で二個のルービックキューブを6面そろえる画を観るより、

40才主婦が背中に子どもをおんぶして無心にルービックキューブを操る画の方が

間違いなく新鮮に映るはずだと信じて疑っていない。


そしてその番組のゲストに斎藤工が来ていて、

このギャップに度肝を抜かれ、

私の映画を撮りたくなって、

私をスカウトしてきて、

とりあえずこの収録の後飲みに行こうと誘われて、

酒の勢いであんなことやこんなことになる・・・・・・


っていう未来はもうすぐそこだ。


イエーイ!




カップラーメンに

お湯を入れてフタをしようとしたら倒れた。


こんな時は最もブログを書きたくなる時だ。



もう一回お湯を足したけど、

スープ薄くなるなぁと思っていたら、

結構丁度良かった。

添加物も薄まって、

結果的には最悪とまではいかないかな。


まあ、

台の引き出しの中にまで汁が入って

中身がべちょべちょになったり、

仕事着が濡れてシミになったり、

床がズルズルするようにはなったけど、

結果的には食べれたし、

まあ、よかったかな。


良くはないけど。



これ、

子ども達がやったら、

相当キレてるだろうな。



ほんと、

身勝手な人間だ。


私ってヤツは、

カマキリのお腹に隠れ住む

寄生虫くらい卑怯だ。


自分がなるべく痛い目をみないように、

みないようにみないように

みないようにみないように

いつも根回しして、


そして、

あんまり苦しまないで死にたいと

いつも願っている。




究極の怖がりで、

破壊的に気の弱い人間の私は、

いつも一番最悪な場面を想像する。


「最悪の場合、こうなるかもしれないけど、

想定内だから大丈夫だもん!」


って自分に言い聞かせて、

その最悪な事態になった時のために

前もって心の準備をしておくのだ。


実際にその場面が来た時に、

ショックを受けたり、悲しんだりする自分を少しでも阻止するために、

一度自分でシュミレーションして、

慣れておくのだ。



大抵の事は、

その最悪な場面よりも軽いもので済む。

でも、一番最悪な場面をもう頭で経験しているから、

それより軽いモノなら、

もうショックもなにも受けないで済む。


表向きは、

何のことなく平然としていられる。




私が腹の立った相手にケンカを売って行くのは、

そいつに先にケンカ売られるのが怖いから。

先にこっちから突撃しておけば、

自分の想像に巻き込むことが出来て、

最悪の場合のシュミレーションもしやすい。


攻撃は、最大の防御なのだ。




私はいつも、


「いつ死んでもいい」


って思っている。


それは多分、

私にとっての最大の最悪な事態なのだ。


だから

自分から先に

「いつ死んでもいい」

って思っていれば、


いつか死にそうになったとき、

「いやいや、別に死にたくないなんておもってなかったし、

想定内だし」

って思って、

ショックを受けて慌てないためなのだとおもう。



この世の生き物は、

誰にも必ず訪れる

”死”をゴールに生きているっていうのに、

死ぬのが怖いなんて思いながら生きてたら、

怖すぎて生きてる気がしない。


だから私は、

死を何度もシュミレーションして、

ああいう死に方するかもしれない

こういう死に方するかもしれない

ってせっせと想像する。



だから今、

死んでこの世から消えてしまうことは

もう少しも怖くない。


けど死んでから、

そのあとどうなるのかの最悪なバージョンも考えているけど、

幅が広すぎて、

なかなか想像しにくい。


三途の川があるのか、

閻魔さまがいるのか、

虹の麓に飼っていた愛犬が待っているのか、

釈由美子が居て「おいきなさいっ!」っていわれるのか、

どれも有りそうで無さそうで、


非常に難しい。











今朝、次男を思いっきり怒鳴った。



起きた時から寝る時まで、

一日中

アレはイヤ、コレはイヤ、それもイヤ、

何から何までイヤダと言って

甘えたようなべそをかく。


かといって泣いていても、

目の前にお菓子がやってくれば

コロッと表情を変えて

ニコニコと愛想を振りまいて笑い、

見ていて気持ちが悪くなるほど食べる。


家じゃ絶対にそんなもの食わせないから、

どこでだったら食べても怒られないのか

そういうのも

したたかに理解している。


次男が男でほんとうによかった。

これが女のしたたかさなら、

私はもう耐えられなかったかもしれない。


そういう女が一番キライだから!!!




次男は女っぽいところがある。

仕草とかじゃなくて、

考え方とか性格。


とにかく要領がいい。


身体が小さくて細いから、

みんなから赤ちゃん扱いされて

いい気になっている。

そして私も奴に甘かったんだ、きっと。




その証拠に、

『ママが作るごはんも、出した洋服も、何もかも嫌ならもういいです。

勝手にどうぞ、さようなら。』

と、怒ったまま玄関の外に出て、

こっそり様子を伺っていたら、

散々泣き声がした後、ふと静かになり、

10分くらい経ったところで戻ってみると、

泣いてちびったシッコで濡れた床も自分で拭き、

洋服を自分で着替え、

置いてあったおにぎりをムシャムシャ一人で食べていた。




できるんじゃん!!!




もう親として、次男に対して

こういう感じにすることにしよう。






って決めたのに、

なんかずっと気分が悪い。

ムナクソ悪い。

自分に対する嫌悪感が酷い。




わたし、なんで結婚したんだろう。

たぶん、間違えた。

こういうの、向いてない。

ホント向いてない。










生理痛でお腹痛い。

こういう時は最もブログを書きたくなる。






買い物してたら、

昨日来てくれたお客さんから電話がかかった。


お客さんから、

数日しか経っていないのにまた電話が掛ると、

嫌な予感しかしない。


『具合が悪くなった』

とか言われたどうしようとか

すぐに思ってしまうあたりが、

本当に気が弱い。


そんな電話、

十五年程やってて

一件しかなかったってのに。


しかもその一件も、

詐欺みたいなやつだったから、

限りなくゼロに近い。




電話に出ると、

『指輪、忘れてなかったかな?』

ってことだった。

昨日お店で外して、落としたかもしれないとのこと。

すごく大切な指輪らしい。

声は少し慌てていて、上ずっている。



こりゃ大変だ!




外出中だった私は即店に帰って捜した。



けど、店中どんなに捜しても見つからない。

駐車場にもない。

あるわけない!ってことろも捜したけど、

やっぱりない。


折り返しの電話をしてその旨を伝えた。

けれど、向こう側でも見つかってないらしい。



昨日、彼女が指輪をはずして鞄に入れる場面を、

私も覚えていた。

その後は、店からまっすぐ家に帰って今まで、

どこにも行ってないらしい。

小銭入れに入れたから、

カギと一緒にポロッと落とすわけもないらしい。

中身の指輪だけないっていうし、

そうなると店意外に、あるはずがないことは明らかだ。


ってなると、


なんで無いんだ?!



もしかして・・・私・・・知らないうちに盗んだりしたのかしら?!


ヤダ!!!

そんなヘキがあったの?!わたし?!



思わず自分のポケットやカバンの中も調べた。



捜しながら、

自分のことをここまで信用してないのかと

しみじみ思った。



結局は、

お客さんが昨日持っていたカバンと

もう一つのカバンを勘違いしていたらしく、

無事見つかったらしい。



あー、私が盗んでなくてよかった・・・・・・・。




と、

本気で思った。

記憶がないのにそんなことしてたら

もう終わりだ。

私を私は手におえない。



お客さん以上に

私の方が、

多分ずっとずっとホッとしている。










保育園の父母会があった。


夏になると

プールの準備の説明とか

毎年同じことを聞くのに、

毎年忘れている。


今日なんて

質問までしちゃったよ。




自分の事が

全然信用できない。



自分の記憶とか、

自分の言った言葉とか、

夢と現実も交錯する。



今日だって

旦那のおにぎりをトンビが奪ったことがまだ忘れられないのか、

私がトンビと闘う夢を見た。


コンビニ弁当を胸に抱きかかえても

ビュンビュンと襲いかかってくるトンビに

「絶対負けないからなァァァァっっっ!!!!!」

って叫ぶ私。


夢の中ででも

こんなに強気なんだと

結構凹んだ。


トンビが怖いという気持ちよりも

明らかに

”負けたくない”

って思ってる自分が確実にいた感覚が

リアルに残っている。




私はいつの頃からか、

『負けたくない』

って気持ちが強くなった。


どっちかっていうと泣き虫だったって自分も

確かに覚えているけど、

二十ごろかその前からか、

負けたくない気持ちが強すぎて、

腹の立った相手をコテンパンにするまでは

許せなかった。


コテンパンにしたあとも

「ちょっとやり過ぎたかなあ・・・」

とか思うことはほとんどなく、

「おとといきやがれ!」

って気持ちで終わる。


その後に

その相手がその時、

どうしてそうしたのかが理解出来て、

「あの時は悪かったな」

って思うこともあるけど、


それはズーーーーーーーっと後の話になる。





それは我が子にもそう思ってしまう事がある。


「そんなことしてたら危ないよ!」

って何度言ってもやめなくて、

結局落っこちて泣いても、

「だからいったでしょ。今更泣いたって知るか!」

って思って慰めたりしない。

そんでついでに、

ちょっと気分がいい。



子どもが私の言った通りに

危ない目に遭ったところで

私の勝ちなのだ。


私はどこかでスッキリしているのだ。


「ほら、いわんこっちゃない。」


って思うと、気持ちいいのだ。




これってどうなんだろう。

最近特にそんな自分を客観的に見つめてしまう。



「そんな彼氏、止めた方がいいよ」

って言っても

そのまま突き進んだ人が、

やっぱり酷い目に遭ってしまった時、


「ビンゴ!」


みたいな気持ちになる。


ビンゴ!になるその前から、

どこかで

「酷い目にあっちゃえばいいのに」

って思っている自分もいる。


怖すぎて誰かの前でこのことを言葉にしたことは今までないけど、

包み隠さず言ってしまえば、

そういう自分がいる。


負けたくないのだ。


自分の思った通りにならない時は

私の負け。

だから

思った通りになった時は

勝ちなのだ。



全てにおいて、

そんな風に物事を見ている自分が

時々嫌になる。


けど

これは止めようと思ってもやめられない私の

”ヘキ”

なんだ。

私の本能がそうさせる癖。



”ヘキ”

はどうしようもならない。


厳格なお父さんが

実は女装の趣味があったって言われても、

私は絶対に否定しない。

気持ち悪いとか思わない。


むしろ逆に、

その人間がすごく愛おしく感じる。

その人をすごく人間らしく思える。


きっとどこかで、

そのヘキが生まれる何かが、

人生のどこかでその人には起こっているのだ。

それは、

その人が

人間に生まれて

人間として生きているってことなんだ。


そのヘキが

犯罪に当たってしまう人もいる。


けど、

きっと人間として生きている間に、

そのヘキが生まれてしまう

”何か”

があったはずなんだ。


犯罪として、結果的に起こった現実は

リアルだし残酷だし見過ごすことはできないけど、

その”ヘキ”の原因を

自分の中に自分で見つけ出して、

ちゃんと周りがそれを理解してあげないと、

その人はまた同じヘキを繰り返してしまうと思う。


罪を償うだけじゃ意味はない。

その罪を生んだ”ヘキ”。

その”ヘキ”が生まれた根源。

そこが重要なんだとおもう。



私もこの自分の”ヘキ”が気になりだした今、

自分自身を

見つめないといけない時がきたのかなって思う。