カップラーメンに
お湯を入れてフタをしようとしたら倒れた。
こんな時は最もブログを書きたくなる時だ。
もう一回お湯を足したけど、
スープ薄くなるなぁと思っていたら、
結構丁度良かった。
添加物も薄まって、
結果的には最悪とまではいかないかな。
まあ、
台の引き出しの中にまで汁が入って
中身がべちょべちょになったり、
仕事着が濡れてシミになったり、
床がズルズルするようにはなったけど、
結果的には食べれたし、
まあ、よかったかな。
良くはないけど。
これ、
子ども達がやったら、
相当キレてるだろうな。
ほんと、
身勝手な人間だ。
私ってヤツは、
カマキリのお腹に隠れ住む
寄生虫くらい卑怯だ。
自分がなるべく痛い目をみないように、
みないようにみないように
みないようにみないように
いつも根回しして、
そして、
あんまり苦しまないで死にたいと
いつも願っている。
究極の怖がりで、
破壊的に気の弱い人間の私は、
いつも一番最悪な場面を想像する。
「最悪の場合、こうなるかもしれないけど、
想定内だから大丈夫だもん!」
って自分に言い聞かせて、
その最悪な事態になった時のために
前もって心の準備をしておくのだ。
実際にその場面が来た時に、
ショックを受けたり、悲しんだりする自分を少しでも阻止するために、
一度自分でシュミレーションして、
慣れておくのだ。
大抵の事は、
その最悪な場面よりも軽いもので済む。
でも、一番最悪な場面をもう頭で経験しているから、
それより軽いモノなら、
もうショックもなにも受けないで済む。
表向きは、
何のことなく平然としていられる。
私が腹の立った相手にケンカを売って行くのは、
そいつに先にケンカ売られるのが怖いから。
先にこっちから突撃しておけば、
自分の想像に巻き込むことが出来て、
最悪の場合のシュミレーションもしやすい。
攻撃は、最大の防御なのだ。
私はいつも、
「いつ死んでもいい」
って思っている。
それは多分、
私にとっての最大の最悪な事態なのだ。
だから
自分から先に
「いつ死んでもいい」
って思っていれば、
いつか死にそうになったとき、
「いやいや、別に死にたくないなんておもってなかったし、
想定内だし」
って思って、
ショックを受けて慌てないためなのだとおもう。
この世の生き物は、
誰にも必ず訪れる
”死”をゴールに生きているっていうのに、
死ぬのが怖いなんて思いながら生きてたら、
怖すぎて生きてる気がしない。
だから私は、
死を何度もシュミレーションして、
ああいう死に方するかもしれない
こういう死に方するかもしれない
ってせっせと想像する。
だから今、
死んでこの世から消えてしまうことは
もう少しも怖くない。
けど死んでから、
そのあとどうなるのかの最悪なバージョンも考えているけど、
幅が広すぎて、
なかなか想像しにくい。
三途の川があるのか、
閻魔さまがいるのか、
虹の麓に飼っていた愛犬が待っているのか、
釈由美子が居て「おいきなさいっ!」っていわれるのか、
どれも有りそうで無さそうで、
非常に難しい。