お宝映画・番組私的見聞録 -33ページ目

コント55号の映画(松竹版)

コント55号は、ドリフ同様に東宝と並行して松竹でも映画が撮られている。
その1作目が68年末に公開された「コント55号と水前寺清子の神様の恋人」である。何故、水前寺清子とセットなのかというと当時「チータ55号」という55号と水前寺(チータ)によるバラエティが放送されていたからだろうか。ちなみに、これは「突撃!ドリフターズ」でいかりやがケガをしたため休止となり、その穴埋め番組という扱いだったようだ。
他の出演者は悠木千帆(樹木希林)、佐藤蛾次郎、益田喜頓、藤岡弘、内田良平、田中邦衛、中原早苗、伴淳三郎といった顔ぶれ。伴淳は東宝版にも出演している。55号の事務所の後輩であるコント0番地も東宝版松竹版のほとんど顔を出している。当時の芸名はたんくだん吉(後に車だん吉)、いわたがん太(後に岩がん太)である。がん太の引退でだん吉はピン芸人となるのである。
松竹2作目も「コント55号と水前寺のワン・ツー・パンチ 三百六十五歩のマーチ」(69年)という水前寺とのセットで、長いタイトルの映画となっている。「ワンツーパンチ」の部分はいらんだろうと思った人も多いのではないか。どちらかと言えば、水前寺が主役といった感じだろうか。他の出演者は西村晃、花沢徳衛、藤岡弘、財津一郎、キックボクシングの沢村忠もちょこっと顔を見せているようだ。2作とも出ている藤岡弘は当時、松竹の青春スターである。
松竹3作目は「チンチン55号ぶっ飛ばせ!出発進行」(69年)で、別に下ネタではない。チンチン電車(路面電車)のことである。つい最近、CSで放送されていた。他の出演者は尾崎奈々、奈美悦子、生田悦子、ピンキーとキラーズ、皆川おさむなどである。
松竹4作目は「こちら55号応答せよ!危機百発」(70年)。他の出演者は倍賞美津子、長山藍子、石立鉄男、フランキー堺、珠めぐみ、由利徹、ピーター、財津一郎、特別出演で加藤剛となっている。ドリフ映画でもヒロインだった倍賞や長山が出演。坂上と「夜明けの刑事」で共演することになる石立とはここで共演済であった。加藤剛が特別出演扱いなのは役柄が大岡越前だからだろうか(大岡越前は東映制作)。
松竹5作目は「コント55号と水前寺清子の大勝負」(70年)。水前寺清子とのセットが復活。これもタイトルからして水前寺が主役という感じだろうか。他の出演者は有島一郎、長山藍子、ケーシー高峰など。
松竹6作目が「コント55号とミーコの絶体絶命」(70年)。ミーコとは由美かおるのこと。水前寺清子のチータ程には浸透してないような気がする。他の出演者は大地喜和子、倍賞美津子、財津一郎、田中邦衛、小松政夫、和田アキ子など。作詞家のなかにし礼やプロボクサーの西城正三なども顔を見せている。
これらは全て野村芳太郎が監督を務めている。

コント55号の映画(東宝版)

60~70年代にかけて、ドリフのライバルと言われていたのがコント55号であった。
66年に浅草フランス座で出会った萩本欽一と坂上二郎が、松竹演芸場でコンビを組んでコントを披露したところ、評判となり、その時の支配人から「コント55号」と名付けられた。当時、王貞治が記録した年間本塁打記録55号に肖ったものとされているが、当人たちが名付けたわけではないので、真実は不明だという。
67年に「大正テレビ寄席」に出演したことで、全国的に売れ出し、翌68年には「お昼のゴールデンショー」のレギュラーとなり、初の冠番組「コント55号の世界は笑う」で人気に拍車がかかった。
この頃から映画にも顔を出すようになっており、5本ほど立て続けに出演。そして初主演となる「コント55号世紀の大弱点」(68年)が公開されたのである。配給は東宝で東宝55号映画は4本存在する。他に松竹作品が10本ほど存在し、この辺はドリフと同じである。「世紀の大弱点」の監督も東宝ドリフ映画のうち3本を担当した和田嘉訓によるものだ。今回は東宝55号映画4本を紹介しておく。
「世紀の大弱点」の出演者だが、水垣洋子、真理アンヌ、宮地晴子、由利徹、上田吉二郎、曾我町子、内田裕也、前田武彦、森光子といったところである。前田武彦は前述の「お昼のゴールデンショー」のメイン司会者であった。
残る東宝版3本は福田純が監督を務める。69年の後半にその3本が立て続けに公開されている。
東宝2本目となるのが「コント55号人類の大弱点」(69年)である。ちなみに、この2作の間に松竹作品2作を挟んでいる。1作目とタイトルが似ていて混同しそうだが、本作は山本嘉次郎監督「狸の花道」のリメイクである。脚本の平戸延介とは山本嘉次郎のこと。山本は黒澤明、本多猪四郎などの師匠として知られる人物だ。他の出演者は白川由美、桑山正一、岡田可愛、大辻伺郎、藤木悠、人見明、コント0番地(車だん吉、岩がん太)など。
東宝3作目となるのが「コント55号俺は忍者の孫の孫」(69年)である。これは山田風太郎が原作となっている。他の出演者が柏木由紀子、高橋紀子、伴淳三郎、由利徹、藤岡琢也、大辻伺郎、柳家金語楼などである。
東宝4作目となるのが「コント55号宇宙大冒険」(69年)である。他の出演者は、高橋紀子、川口浩、カルーセル麻紀、南利明、由利徹、左卜全、応蘭芳、伴淳三郎、コント0番地などである。
監督の福田純の話では、当時はコント55号に興味もなく断っていた企画だったという。結局、やらざるを得なくなり前述のとおり、時間もなかったのでヤマカジ作品のリメイクになったという。しかし、55号が所属する浅井企画の浅井良二に気に入られ、あと2本撮ることになったようだ。福田本人的にはあまり触れたくない作品群らしい。

全員集合‼シリーズ その3

74年、荒井注がドリフ脱退を表明。個人的にも覚えているのだが、「8時だヨ全員集合」では「しばらく休ませてもらうわ」というコメントで辞めるとは一言も言わなかったのである。直後にドリフのみでなく芸能界を引退するという発表があったが、結局半年ほどで復帰し俳優として活動することになる。
ドリフ加入時、「リーダーより年上じゃまずいだろうから三才下ということにしておこう」と本当の年齢をメンバーにも秘密にしていたが、実はいかりやより三歳上の28年生まれだった。つまり6歳サバよんでいたわけである。ただ、一時期メンバー全員が年齢をサバ読んでいたことがあり、高木ブーなどはいかりやの1歳下なだけだが、8歳下つまり7歳もサバ読んでいたことがある。
そして、志村けんが正式に新メンバーとなった。「8時だヨ全員集合」では、すわ親治の方が目立っていたので、彼が新メンバーになるのではないかと言われていた。しかし、加藤が志村を強く推したこともあり、最終的に志村で落ち着いたのである。
そんなわけで松竹13作目(通算18作目)となるのが「超能力だよ全員集合‼」(74年)である。もちろん映画でも志村は正式メンバー扱いである。ヒロイン役は長山藍子、秋谷陽子。他にも榊原るみ、夏八木勲、由利徹、伴淳三郎など。安井かずみ、なかにし礼、フィンガー5などは本人として出演している。すわ親治はお得意のブルース・リー役である。
松竹14作目(通算19作目)となるのが「ザ・ドリフターズの極楽はどこだ‼」(74年)である。タイトルから「全員集合」の文字が消えた新シリーズで、今までの作品と一線を画したホームコメディとなっている。ヒロイン役は篠ヒロコ(ひろ子)で、森田健作、アン・ルイス、天地真理、キャンディーズなども出演している。本作でドリフ映画の全てを監督していた渡邊祐介が退く。
松竹15作目(通算20作目)となるのが「ザ・ドリフターズのカモだ‼御用だ‼」(75年)である。今回から監督が瀬川昌治となる。いかりやが刑事役で、倍賞美津子がヒロイン役に復活。他に伊東四朗、犬塚弘、悠木千帆(樹木希林)、キャンディーズなどがゲストである。
松竹16作目(通算21作目)で。最後のドリフ映画となったのが「正義だ!味方だ!全員集合‼」(75年)である。タイトルに「全員集合」の文字が復活したている。ヒロイン役は榊原るみで、金子信雄、財津一郎、伊東四朗、ミヤコ蝶々、キャンディーズなどがゲストである。本作で最後になった事情は不明だが、新加入の志村がまだ軌道に乗っていない時期ではあった。翌76年辺りからブレイクし始めるのである。そして、瞬く間に加藤と並ぶエースへと成長していくのであった。

全員集合‼シリーズ その2

前回の続きで、松竹ドリフ映画の紹介である。
松竹8作目(通算13作目)となるのが「春だドリフだ全員集合‼」(71年)である。ヒロインは長山藍子と新藤恵美。小柳ルミ子とゴールデン・ハーフが本人の役で登場。ゴールデン・ハーフは当時は4人組だった(後に3人組)。石山健二郎、森次浩司、早瀬久美、東八郎、萩原健一なども出演。落語界が舞台となっており、柳家小さん(5代目)、三遊亭圓生、入船亭扇橋(9代目)といった落語家も出演している。ちなみに、この71年4月~9月にかけて「8時だヨ!全員集合」は休止となり、代わりにクレージーキャッツの「8時だヨ!出発進行」が放送されていた。ドリフは日テレ系の「日曜日だヨ!ドリフターズ‼」という番組に出演していたのである。
松竹9作目(通算14作目)となるのが「祭りだお化けだ全員集合‼」(72年)である。ヒロインは林美智子と仁科明子。今回はクレージーキャッツからハナ肇、犬塚弘、桜井センリ、安田伸の四人が登場。落語界から前作にも出演している柳家小さん、入船亭扇橋に加えて柳家小ゑん、三遊亭圓右が出演している。他にも藤岡琢也、山口いずみなど。主題歌は何故か「お祭りマンボ」で、もちろん美空ひばりではなくドリフが歌唱している。
松竹10作目(通算15作目)となるのが「舞妓はんだよ全員集合‼」(72年)である。ヒロインは吉沢京子と早瀬久美という当時の青春スター。早瀬はシリーズ4度目の登場となるがヒロインは初だ。他に芦屋雁之助、伴淳三郎、西川きよし、大信田礼子、デビューまもない天地真理が顔を出している。
この72年、志村けんは井山淳と「マックボンボン」というコンビを結成。「ぎんぎら!ボンボン!」という番組を担当したが、1クールで打ち切りとなっている。ちなみに、これはあの「シャボン玉ホリデー」の後番組であった。ショックを受けた井山は失踪し、そのまま脱退となった。
松竹11作目(通算16作目)となるのが「チョットだけヨ全員集合」(73年)である。ヒロインは小鹿ミキで、玉川良一、益田喜頓、天地真理、寺尾聰などが出演している。
松竹12作目(通算16作目)となるのが「大事件だよ全員集合‼」(73年)である。ヒロインは松坂慶子で、伴淳三郎、長谷川明男、山本麟一、由利徹、アグネス・チャンなどが出演。志村けん(志村健名義)も数作ぶりに出演。新たな付き人すわ親治(諏訪園親治名義)も端役だが映画初参加となっている。逆に荒井注はこれが最後のドリフ映画出演となっている。ちなみに、10~12作目はDVD化もBD化もされていないようだ。

全員集合‼シリーズ

前回はドリフ映画の東宝版を紹介したが、今回は松竹版を紹介しよう。基本的にはタイトルに「全員集合」が付いている。全16作あるのだが、14作目まで監督は全て渡邊祐介が担当している。ちなみに東宝版の「盗って盗って盗りまくれ」と「特訓特訓また特訓」も渡邊が監督である(残り3作は和田嘉訓)。
1作目の「なにはなくとも全員集合‼」(67年)は前々回で紹介したとして、2作目(通算3作目)が「やればやれるぜ全員集合‼」(68年)である。ヒロインは松尾嘉代で、敵役が藤村有弘、他に田中邦衛、平尾昌晃、先輩であるクレージーキャッツから犬塚弘、安田伸、石橋エータローが出演している。
その後、前回書いたように東宝ドリフが4作続き、松竹3作目(通算8作目)となるのが「いい湯だな全員集合‼」(69年)である。ここからドリフのヒット曲をタイトルに入れるようになっている。ヒロインは生田悦子で役名は「美代」である。挿入歌として「ミヨちゃん」が使われている。他の出演者は木暮実千代、上田吉二郎、左とん平、左卜全、三木のり平、犬塚弘そしてドリフの付き人だった井山淳も端役で出演している。井山は7作目まで連続で端役ではあるが顔を見せている。本作から2カ月後に「8時だヨ!全員集合」がスタートしている。
松竹4作目(通算9作目)となるのが「ミヨちゃんのためなら全員集合‼」(69年)である。前作で挿入歌だった「ミヨちゃん」が主題歌となり、ミヨちゃん役は倍賞美津子となっている。ハナ肇、松岡きっこ、三木のり平らが助演。ここから4作の併映はコント55号の映画である。
松竹5作目(通算10作目)となるのが「ズンドコズンドコ全員集合‼」(70年)である。主題歌はもちろん「ドリフのズンドコ節」。本作から所属の渡辺プロが制作に加わるようになり井沢健の名がクレジットされている。ヒロインは野川由美子、中尾ミエ。日活の末期であり、宍戸錠(おそらく)初の松竹作品出演である。日活で同期ニューフェイスだった名和宏も出演。他に藤田まこと、堺正章も顔見せ的に出演している。
松竹6作目(通算11作目)となるのが「誰かさんと誰かさんが全員集合‼」(70年)である。ヒロインは岩下志麻で、こういった喜劇映画への出演は珍しい。他に内田朝雄、倍賞美津子、森次浩司、上田吉二郎、早瀬久美などで早瀬の役名がミヨである。本作では志村けんが上田の配下として出演(志村康徳名義)、後に相方となる井山は警官の役だった。
松竹7作目(通算12作目)となるのが「ツンツン節だよ全員集合‼」(71年)である。ヒロインは三作ぶりに倍賞美津子で役名も美代である。他に谷啓、香山美子、小松方正、伴淳三郎など。志村は今回は小松の部下の役として出演している。佐藤蛾次郎と太宰久雄が出演しているのは次作から併映が「男はつらいよ」シリーズになることが関係しているようだ。

ドリフターズですよ!シリーズ

前回の続きである。ドリフ映画全21作のうち東宝系は5作あるのだが、69年までに集中している。松竹ドリフ映画と合わせると4作目~7作目まで連続で東宝の「ドリフターズですよ」シリーズなっているのだが、それ以降は松竹の「全員集合」シリーズのみとなり、東宝では制作されていない。これは69年10月に「8時だヨ!全員集合」が始まったことと関係しているかもしれない。
「8時だヨ!全員集合」以前のドリフの人気はどうだったか記憶にないが、「進め!ドリフターズ」「突撃!ドリフターズ」(68年)といった冠番組も作られており、人気は高かったに違いない。なにしろ「全員集合」以前に8本の映画が公開されていたのが人気を証明している。
で、今回は東宝で公開されたドリフ映画について見ていきたい。1作目は前回触れた「ドリフターズですよ!前進前進また前進」(67年)だが、東宝2作目(通算4作目)が「ドリフターズですよ!盗って盗って盗りまくれ」(68年)である。これは5人が」泥棒に扮している。制作は東宝傍系の東京映画で「駅前シリーズ」などを制作しているところだ。
ゲストにはフランキー堺、酒井和歌子、藤村有弘、木の実ナナ、小山ルミ、桜井センリ、左とん平など。木の実ナナは桜井輝夫とドリフターズ時代にその専属歌手を務めていたことがある。ちなみにまだ16歳の頃だ。1,2作目共に「マイティジャック」で隊員役を演じていた大屋満が端役で出演している。
東宝3作目(通算5作目)が「ドリフターズですよ!冒険冒険また冒険」(68年)。いかりやが「進め!ドリフターズ」の収録でケガをしたため、出番は少なめ。ゆえに加藤が主役兼リーダー役となっている。藤田まことは1作目と同じ役で登場。他に野川由美子、小山ルミ、真理アンヌ、藤村有弘、そして人気を二分していたコント55号も「アングラ男優」役で出演した。冒頭には弟子入りしたばかりの志村けん(志村康徳名義)が顔を見せている。
東宝4作目(通算6作目)が「ドリフターズですよ!特訓特訓また特訓」(69年)。本作は放送禁止用語が飛び交い、ドリフ映画の中では最もブラックな作品と言われているようだ。脚本の東盛作とは森崎東の変名。ゲストは山本陽子、中原早苗、西村晃、三木のり平、有島一郎、大坂志郎、内田裕也など。志村は本作にも端役で出演している。
そして東宝5作目(通算7作目)が「ドリフターズですよ!全員突撃」(69年)で、東宝ドリフの最終作品だ。ドリフ映画で最初で最後となる海外ロケ(ハワイ)が行われている。ゲストは梓みちよ、じゅんとネネ、子役だった西崎緑(みどり)などで、西崎は74年に「暗闇仕留人」主題歌である「旅愁」で大ヒットを飛ばすことになる。内田裕也は前作に続いて端役で出演(今作はスリ、前作は糞尿舟の親父)。また当時のドリフの付き人で後に志村とコンビ「マックボンボン」を組む井山淳が端役で出演している。
これらの東宝ドリフ映画はDVD化もBD化もされていないようである。配信系でも松竹ドリフはあるが東宝はないらしく、CSなどでもたまにしか放送されていないので、見るのが難しい作品群かもしれない。
 

ザ・ドリフターズの映画

新年を迎え、今年は何を取り上げて行こうか迷ったが、久々に映画をやってみようかと思っている。その第一弾としてザ・ドリフターズの映画を取り上げてみたい。全21作あるのだが、DVD化、BD化されていない作品も多く、CS等でもほとんど放送されていない。というわけで、個人的にはまともに見た記憶のある作品はほぼないのだが、U-NEXTやAmazonプライムビデオなど配信系のチャンネルで見ることは可能なようである。
20年に志村けん、22年に仲本工事が亡くなり、加藤茶と高木ブーの二人になってしまったドリフだが、その歴史について簡単に触れておく。
1962年「桜井輝夫とドリフターズ」に当時19歳の加藤英史(加藤茶)と当時31歳の碇矢長一(いかりや長介)が加入した所から始まる。ほぼ同時期と言われているが、加藤の方が若干早かったらしい。桜井はドリフをコミックバンドに転換しようと考え、コミックに精通する碇矢をヘッドハンティングしたのである。
64年碇矢は正式にリーダーに就任し、桜井はオーナーという立場になる。しかし、碇矢は現代で言うパワハラ気質で、メンバーが反発。小野ヤスシ、ジャイアント吉田、猪熊虎五郎、飯塚文雄の四人が脱退し「ドンキー・カルテット」を結成する。加藤も脱けたいと思っていたが、少し人気が出ていたことや小野にも「残ったほうがいい」と言われ、結局残留となる。この時点で二人だけになったという記事も多いが、正確には他に小山威、綱木文夫も残っていた。
碇矢と加藤がいれば、何とかなると考えた桜井は直ぐにメンバー補充を指示。そこで碇矢が高木友之助(高木ブー)、荒井安雄(荒井注)、石川サダオを見た目重視でスカウトしてくる。しかし、石川は直ぐに辞め、小山もコミックには興味がなく脱退。65年になって高木が顔見知りだった仲本興喜(仲本工事)を連れてきてお馴染みの顔ぶれが揃う。この時点で綱木はまだ在籍しており、六人体制だったのだが、綱木は笑いに向いていないとの判断から脱退させることになる。
オーナーの桜井も渡辺プロにドリフの利権を譲って身を引き、お馴染みの五人体制となったのである。
それぞれの芸名は66年になってから、ハナ肇によって付けられたもの。この頃テレビにはちょくちょく顔を出すようになっており、初の冠番組は「ドリフターズドン!」(67年)である。
そしてこの67年に初映画となる松竹「何はなくとも全員集合」と東宝「ドリフターズですよ!前進前進また前進」が公開されている。前者は実質的には三木のり平が主役で、中尾ミエがマドンナ役で敵役が名和宏である。「全員集合」がタイトルにあるがこの時点では「8時だヨ!全員集合」はまだ始まっていない。「全員集合」は元々ステージでいかりやが使っていたフレーズなのである。
後者は渡辺プロも制作に関わっており、大原麗子、酒井和歌子、松本めぐみがヒロイン役。藤田まこと、ザ・タイガース等も出演している。次回に続く。

2022年回顧録 その2

前回の続きだが、今年亡くなった人を調べて見ると漫画家が多いことに気付く。
藤子不二雄Ⓐ(安孫子素雄・88)、水島新司(82)、とりいかずよし(75)、よこたとくお(85)、村生ミオ(69)、おおつぼマキ(63)、宮谷一彦(76)、石井隆(75)、高橋和希(60)、石井いさみ(80)、かざま鋭二(75)、永田竹丸(88)、聖悠紀(72)、御厨さと美(74)などである。
藤子不二雄Ⓐは説明不要だと思うが、87年までは藤子・F・不二雄(藤本弘)との共同ペンネームとして「藤子不二雄」を使用していた。しかし実際の共作は「オバケのQ太郎」(64~66年)が最後だったようだ。今、見れは作風や絵の違いでどちらの作品か判断できると思うが、リアルタイムで読んでいた時はわかるはずもなかった。藤子といえばトキワ荘だが、よこたとくおも住人の一人であった。永田竹丸は住人ではなかったが、通い詰めていたようだ。
手塚治虫、石ノ森章太郎、藤本弘がいずれも60そこそこで亡くなったのに比べると、安孫子、永田、よこたは長生きしたなと感じる。
水島新司は野球漫画専門なイメージだが、昔は違うのも描いていた。「ドカベン」なんかは柔道マンガとしてスタートしている(元から野球マンガにシフトしていく予定だったようだ)。掲載誌は「少年チャンピオン」だったが、同時期に長く連載していたのが石井いさみの「750ライダー」であった。元々不良少年を主役とした劇画タッチな作風だった石井だが、「750ライダー」は、ほのぼの青春マンガに変化していった。かざま鋭二の「朝日の恋人」もほぼ同時期に「チャンピオン」掲載されていた。ちなみにこの作品「朝日の恋人」→「太陽の恋人」→「夕日の恋人」とタイトルが変わって行った。「太陽の恋人」として桜木健一主演でドラマ化もされている。
とりいかずよしと言えば「トイレット博士」。これは文字通り「うんこマンガ」とでも言うのだるうか。徐々にギャグマンガへと変化していき、主役だった博士は後半から全く登場しなくなる。
村生ミオ、聖悠紀、御厨さと美は字面だと女性っぽいが男性である。逆にさとうふみや、荒川弘(現在は荒川ひろ)は女性だったりする。御厨さと美は小学館の「小学六年生」で「みく・さとみ」名義でページの余白部分を利用した「おしゃべりらくがき」というのを書いていたのを思い出す。
昨年もそうだったが、今年もベテラン声優が数名亡くなった。小林清志(89)、大竹宏(90)、清川元夢(87)、近石真介(91)、松島みのり(81)などである。小林は「ルパン三世」の次元大介を昨年まで担当していた。大竹といえば藤子アニメには必ずいるイメージだった。近石は初代マスオさん。「二人の事件簿」(75年)では刑事役で顔出し出演していた。
他にも石原慎太郎(89)、西村京太郎(91)、上島竜兵(61)、山本コウタロー(73)、アントニオ猪木(79)、仲本工事(81)、水木一郎(74)など。全員に合掌。
本年の更新はこれにて終了。2023年も週二のペースで続けて行こうとは思っている。ただ何をやるかは思案中である。

2022年回顧録 その1

いつの間にか年末を迎えているので、恒例となっている回顧録である。要するに、今年亡くなった有名人を振り返るだけなのだが。
川津祐介(86)と言えば、欠席も多かったが個人的には「ザ・ガードマン」(65~71年)だ。七人の中では若手隊員だった三人が残っていたが、これで藤巻潤と倉石功の二人になってしまった。スタート時に並行して出演していたのが「スパイキャッチャーJ3」(65年)だったが、J3が川津でJ1が丹波哲郎、そしてJ2が江原真二郎(85)だった。亡くなったのは9月ということだが、明らかにされたのは12月になってからだった。妻の中原ひとみ、長男の土家歩、長女の土屋里織による一家そろっての歯磨きCMが印象に深い。ちなみに長男の歩は90年に交通事故死。26歳であった。
川津のスタートは松竹であったが、その同世代の松竹スターの一人が石濱朗(87)であった。木下惠介の「惜春鳥」(59年)では、川津、石濱と津川雅彦、小坂一也、山本豊三の五人が主役として描かれている。ちなみに、この作品ゲイ・フィルムであるなどと論じられることもあるようだ。
東宝出身のスターでは宝田明(87)。この22年も現役で映画主演を務めたりしていた。芸名っぽいが本名(正確には旧字体の寶)である。同じく東宝出身では藤山陽子(80)。主に青春映画・ドラマで活躍し、宝田との共演は少なかったようである。67年に結婚し早々と引退したが、昨年同期だった桜井浩子のYouTubeチャンネルに姿を見せていた。
西郷輝彦(75)は歌手としてスターになったが、元々は俳優志望だったという。「どてらい奴」(73~77年)で主演に抜擢され、俳優活動を本格化させ数々のドラマで主演を務めた。その「どてらい奴」の原作は花登筺だが、「あかんたれ」(76~77年)も花登である。その主演と言えば志垣太郎(70)だ。この手のドラマはまず見ない自分だが、何故か平日の昼間に見ていた記憶がある。恐らく中学生で、夏休みだか冬休みだかにたまたま見ていたような気がする。そこで放蕩息子を演じていたのが沢本忠雄(86)であった。沢本は「どてらい奴」にも出演していた。元々は日活の役者で主演映画も数本ある。ところで、志垣が亡くなったのは3月ということだが、公表されたのは12月になってからだった。
他に今年亡くなった俳優・役者を挙げて行くと、山本圭(81)、柳生博(85)、佐野浅夫(96)、古谷一行(78)、佐藤蛾次郎(78)、小畠絹子(90)、渡辺裕之(66)、渡辺徹(61)、島田陽子(69)、桑原幸子(74)、松原千明(64)などがいる。佐藤蛾次郎、松原千明、渡辺徹なんかは、まだ記憶に新しいだろう。
次回は芸人、声優、漫画家などに触れたいと思う。

 

私鉄沿線97分署 その2

前回に続いて「私鉄沿線97分署」(84~86年)である。
30話で坂口良子が降板し、31話から斉藤慶子(仁科順子刑事)と四方堂亘(田島修刑事)の若手二人が捜査課に加わる。斉藤は当時かなりの売れっ子で、四方堂はそのまま「しほうどう」と読む。四方堂は個人的にあまり見かけたことがないが、今も現役でVシネマへの出演が多いようだ。
しばらくは動きがないが、50話にて原口弥生(新庄めぐみ婦警)は降板し、翌51話より後任として北原佐和子(清水あゆみ婦警)が登場する。北原は高校在学中にミス・ヤングジャンプに選ばれ、81年には同じ事務所の真鍋ちえみ、三井比佐子とアイドルユニット「パンジー」を結成し、翌82年の18歳の誕生日にソロデビューしている。ちなみい、北原にはデビューまもなくCMオファー26社、レコード会社19社からオファーがあったといい、業界では注目の的だったようだ。
ちなみに「パンジー」としては曲を出してはおらず、それぞれのソロ作品のみである。真鍋と三井は早いうちに引退したようだが、北原は85年頃から女優業に専念している。
60話からはベテラン山口果林(橘礼子警部補)が着任するが、入れ替わるように高橋長英(倉田徳夫警部補)が62話を持って降板している。そして、67話を持って新沼謙治(九十九圭介刑事)が降板となっている。物語上の退職理由は伯父の牧場を継ぐというものである。
この時期のOPの基本は渡哲也→新沼謙治→小西博之→斉藤慶子→四方堂亘→野村将希・古城裕章→北原佐和子・武藤章生→山口果林→高橋長英→長門裕之→鹿賀丈史というものになっている。山口と高橋が被っていたのは60~62話のみなので、前述のはその3回のみのバージョンということになるが、入れ替えがあるたびにOPが変わっていたかどうかは不明だ。
時任三郎が出演していた期間(1~26話)を第一シーズン、新沼謙治が出演していた期間(27~67話)を第二シーズンとすると、第三シーズンに新たに登場するのが古尾谷雅人(本城功刑事)である。他に新キャラはいないが、白バイ隊の野村と古城は準レギュラー扱いとなりOPから消える。実際、第三シーズンでは二回しか登場しないようだ。野村将希はこの後「水戸黄門」で柘植の飛猿役が当たり役となり14年(87~00年)に渡って演じることになる。OPは渡→小西→斉藤→四方堂→北原・武藤→古尾谷→山口→長門→鹿賀となっており、古尾谷がベテランの位置に置かれている感じだが、当時29歳である。
この第三シーズンでは本城と斉藤慶子演じる仁科が恋仲となり、89話で婚約する運びとなる。翌90話が最終話で、新庁舎が完成し、プレハブの仮庁舎から別れを告げるところで終了となっている。