お宝映画・番組私的見聞録 -255ページ目

8時だよ 出発進行!

今回は映画でもドラマでもない話題を。ドリフの看板番組といえば、当然69年にスタートした「8時だよ 全員集合!」であろうが、この番組が一時期休止していたのを覚えているだろうか。71年4月から9月にかけて、代わりにやっていたのがクレージーキャッツの「8時だよ 出発進行!」である。で、その間ドリフはどうしていたかというと、日本テレビで「日曜だよ!ドリフターズ」という、ほぼ「全員集合」と同じような番組をやっていた。勿論これは本人たちの希望ではなく、渡辺プロ側の命令であろう。「出発進行」も「全員集合」と同じような形式だったはずだが、その内容はまったく記憶にない。何度か見た気はするのだが、やはりクレージーはお子様向けのグループではなかったということだろうか。半年でドリフが復帰することになる。もう一方の「日曜だよ」のほうは、まったく記憶にない。そういえばドリフが日テレに出ていること自体、見た記憶がないのだが(メンバー個人ならあるが)、どうだったであろうか。「全員集合」では荒井注が脱退した回や(やめるとは言わず休むと言っていた)、その少し前から志村けんが登場し始めたのもおぼえている。それより前から出ていたのが、もう一人の付き人すわ親治だが、志村に逆転される形となった(付き人になったのは志村が先であったらしい)。それから10年、ドリフのそばで頑張ったが、結局正メンバーになることなく辞めていった。あれ、いつの間にか話が変わってしまった。

逢いたくて逢いたくて

60年代はここでよく取り上げるGS映画に加え、歌謡映画というのも結構作られており、「逢いたくて逢いたくて」(66年)も園まりの同名ヒット曲を本人主演で映画化したものである。ストーリーは歌手園まりと瓜二つの主人公(もちろん二役)が偶然出会い、一週間だけ入れ替わってそれぞれの代わりを演じるという、まあ昔ながらによくあるお話である。相手役が当時はまだまだアクション路線にいた渡哲也、他に松原智恵子に太田雅子(梶芽衣子です)、何故か山内賢のいない「ヤングアンドフレッシュ」の面々(和田浩治、杉山元、木下雅弘)、そして園まりと渡辺プロ三人娘と言われた中尾ミエ、伊東ゆかりも出ている。まあこの中では園が一番男受けするタイプだと思う。そして、おそらく映画初出演のザ・ドリフターズも登場する。お馴染みのの五人(もちろん志村ではなく荒井注)になってまだ三年目、「全員集合」もまだ始まっておらず、徐々にお茶の間に浸透していた頃であろう。この映画の中では、それほどパッとしていないようだ。しかし翌年から、彼らが主演の映画が作られるのである。

宇宙快速船

60年と61年の東映映画を見ると、その頭から「おやっ」と思うことがある。例の荒波がザッパーンというタイトルバックではなく、煙の噴出す火山に「第二東映」の文字が写しだされる。当時の大川社長が公開本数を倍にすれば、倍もうかるというあきれるほど単純な発想で、第二系統が作られることになった。それが60年の「第二東映」で、61年は「ニュー東映」に改称されている。しかし制作本数増加による減益が明らかになり(素人でも予測できるが)、この年限りで解消されている。「第二東映」は約50本、「ニュー東映」は約80本とある意味貴重なブランドをもった映画であるといえる。「ニュー東映」は現代劇中心で、深作欣二などもここから登場している。この「宇宙快速船」(61年)は私が初めて「ニュー東映」の文字を見た映画である。タイトルからわかるとおりSF特撮映画である。70年代は特撮ヒーローといえば東映という感じだが、この時代はまだまだ稚拙なものであった。主演はこの前年、テレビシリーズ「七色仮面」でデビューした千葉真一である。ここでもサングラスにとんがりヘルメットの謎のヒーロー「アイアンシャープ」を演じている。他の出演者は亀石征一郎、江原真二郎など当時の若手スターや、山本麟一、水上竜子、そしてこの年スタートし15年続くことになる「特別機動捜査隊」の初期レギュラー、神田隆、佐原広二(健二ではない)、轟謙二、南川直がそろって出ている。ちなみに「宇宙快速船」とはアイアンシャープの乗る流星号のような乗り物のことらしい。

宇宙人東京に現わる

前項で話題が出たついでに「宇宙人東京に現わる」(56年)を取り上げてみる。この映画で何が有名かといえば、やはり一つ目のヒトデ型宇宙人パイラ人のデザインを岡本太郎がやったということであろう。そして日本初のSFカラー作品であるということだろうか。近年CSで放映されたのを見たはずなのだが、何故か白黒作品だと記憶違いをしていた。パイラ人も着ぐるみというよりは、ヒトデ型の布を着た人という感じに見える。ちなみに見た目と違っていいやつらという設定だ。主演は番組のヤラセ事件以降、姿を見なくなってしまったた川崎敬三で、他に有名どころでは山形勲、見明凡太郎などで、パイラ人の化けた女性を新人の苅田とよみが演じている。この苅田とよみという人はどうやら活躍時期は50年代後半のみで、60年にはもう姿を消していたようだ。脚本は黒沢映画も書いている小国英雄で、内容的にはあまり安っぽいものにはなっていない。もっとも見た感じが安っぽいのだけれども。

空飛ぶ円盤恐怖の襲撃

なんか面白いネタになるような映画はないかなあと調べてると、一つのタイトルが目にとまった。それが「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」(56年)である。当時の外国SF映画にありそうなタイトルだが、あの新東宝の作品で(制作は国光映画)「スーパージャイアンツ」前年の映画である。となるとかなり稚拙な特撮を想像してしまうのだが、なにしろ見たことがないので何ともいえない。円盤が東京上空に飛来、中からロボットが現れ街を破壊する。しかし開発されたR1号ロケットの陽子破壊砲によって円盤は消滅するというような話らしい。主演の新聞記者に新東宝スターの高島忠夫、博士役に殿山泰司、助手役になんと天知茂といった布陣である(しかし天知茂は新東宝のどんな映画にでも出ているなあ)。ちなみに脚本の関沢新一が監督もかねている。ロボットやら円盤やらの出来を見てみたいのだが、どうやらこの作品フィルムの所在が不明らしいのだ。同年に制作された大映の「宇宙人東京に現わる」は結構有名なのに、こちらはほとんど知られていないのはそいうい理由であろう。フィルムの発見を密かに願っている次第である。 


殺されるのは御免だ

以前少しだけ触れたが、50年代の赤胴鈴之助といえば梅若正二であった。スターになって増長したため、ほされたと言う話をどこかで聞いたが、真偽のほどは不明である。鈴之助降板後も、時代劇に出ていた彼がおそらく初の現代劇が新東宝の「殺されるのは御免だ」(60年)である。タイトルからも察することができると思うがアクション映画である。梅若扮する主人公がアルバイトで友人たちとやった運送の仕事が、実は麻薬の密輸であった。組織は証拠隠滅のため彼らを抹殺しようとする。みんな殺され一人残った梅若の運命は、というような話である。恋人役が三ツ矢歌子、その父親が殿山泰司、殺される友人役に杉江弘太郎、関敬六、堀勝之祐、他に近藤宏や新東宝お馴染みの松本朝夫らが出ている。時代劇とは違った雰囲気で頑張った梅若だが、60年代前半には見かけなくなってしまった。今も昔も長いことスターでいるのは難しいということであろう。

番外編・円谷プロ三面記事

前項でちょっと円谷プロのことを調べはじめたら、ここ数年の一連の騒動をほぼ初めて知った次第である。このブログの趣旨とは違うので、今回は番外編ということでよろしく。簡単な人間関係は前項で書いたとおりだが、まずは歴代の社長を追ってみる。初代は当然円谷英二。ちなみに本名は英一だ。二代目はその長男一、三代目はその弟・皐、四代目がその息子・一夫である。ここまでは、その死における就任である。03年にその経緯はわからないが、一夫は会長に就任し(まだ41才だったが)、一の長男昌弘が五代目となる。ここから一連の騒動が起きる。昌弘はウルトラシリーズの特技監督を務め当時は専務職であった高野宏一を「乗っ取りを画策した」として解任、しかしその昌弘は女性社員にセクハラ訴訟を起こされ、一年あまりで社長を退く。六代目にはその弟英明が就任するが、今度はパワーハラスメントで訴えられる。くわえて「ウルトラマンネクサス」不振の責を問われて、やはり一年足らずで専務へ降格となる。そして現在は七代目、外部から招かれた大山茂樹という円谷一族でない人が就任している。しかし実際は会長の一夫が取り仕切っているものと思われる。関連会社の円谷エンタープライズの社長も一夫である。さて、英二の三男・粲は円谷映像の社長を務めていたのだが、04年にアートポートという会社に営業譲渡し、会社名も円谷エンタテイメントと改称され、粲はそこの副会長になったそうである。もう一つ昌弘や英明が社長を務めたキャラクターグッズ関連の会社である円谷コミュニケーションズは潰れて、やまなやという有限会社が引き継ぐ形になっている。それぞれの肩書きやら会社名やらがコロコロ変わるので、正確に把握するのは困難である。まあ英二の三人の息子それぞれの家族による派閥争いのようなものもあったようで、一連の騒動もその辺の対立が根底にはあるのではないだろうか。

恐怖劇場アンバランス

円谷プロは怪獣物だけでなく、特に初期は怪奇・恐怖物に力を入れていた。「怪奇大作戦」は勿論のこと、「ウルトラQ」だってもともとは、怪奇・恐怖物として作られている。しかし、一番怖いのは「恐怖劇場アンバランス」であろう。この作品は69年から制作されながら、放映は73年という数年間オクラ状態であったという、いわくつきである。13話のオムニバスで、ホスト役が青島幸男。中でも妙に印象に残っているのが、第2話の「死を予言する女」である。監督が藤田敏八、脚本が「金八先生」の小山内美江子、主演がいまや名演出家の蜷川幸雄というメンバーだけ聞くと円谷プロとは想像できない回だ。簡単にいうと、蜷川扮する作詞家が見知らぬ女(楠侑子)に「明日の12時13分に死ぬ」と宣告され、結局その時間通り死んでしまうという話。数年前CSで放映された際、この回だけは記憶に残っていた。話は変わるが、円谷一族について人間関係が良くわからんので、ちょっと調べてみた。円谷英二の長男が一、次男が皐(のぼる)、三男が粲(あきら)である。長男が棒一本なのに、何故弟二人はぱっと見読めない難しい漢字なのだろう。そして一の長男が昌弘、次男が英明、三男が「宇宙刑事シャイダー」こと浩、長女が又紀仁美こと一美である。一美は後妻の子供らしい。そして皐の長男が現・円谷プロ会長の一夫、粲の娘が歌手だった憂子である。10枚目のシングル「Confused Memories」がアニメ「金田一少年の事件簿」の主題歌になり、ヒットしたのだが、それが最後のリリースとなったようだ(結婚して引退)。円谷一族というと早逝のイメージがあるのだが、一が41歳、浩が37歳で亡くなっているからだろう。皐もCDを出してまもなく亡くなったため(享年60歳)、そういうイメージを強めている。長引きそうなので以下次項。



いまに見ておれ

前項の「今に見ておれ」と同じタイトルのドラマがあった。「シャボン玉ホリデー」つながりとでも言おうか。主演が前都知事・青島幸男の「いまに見ておれ」(64年)である。こちらは木下藤吉郎にような歴史上の偉人ではなく、汽車好きの青年が国鉄に入って活躍するさまを描く、まあ立身出世物には違いない。青島といえばスタートは放送作家だが、「シャボン玉ホリデー」には自ら登場するようになり、人気を得てドラマにもでるようになっていた。そして初の主演作がこの「いまに見ておれ」なのである。この作品でもうひとつ注目すべきはウルトラマン好きなら知っている、監督に円谷一、脚本に金城哲夫の名があることだ。この作品は円谷プロが初めてかかわったテレビシリーズなのである(らしい)。ちなみに「ウルトラQ」はこの翌年の作品だ。数年前にCSで放映されたのだが、私は第1話しか見なかった。何故かといえば、面白くなかったから。しかしこの後、関東大震災が起こったり、青島が満州鉄道に飛ばされたりと波乱万丈な展開があったようだ。しかもその際、円谷プロお得意の特撮も発揮されていたらしい。もう少し見ておけばよかったと今になって思うのである。

青春太閤記・今に見ておれ

前項までのクレージーキャッツつながりで、確かハナ肇の付き人をやっていたのが、なべおさみである。「シャボン玉ホリディ」で人気を得た彼も、今はテレビで見かけることはあまりなく、なべやかんの父といったほうが若い人にはわかりやすいかもしれない。こんななべも70年前後は「スター」だったのである。この頃彼が主役のドラマが何本か作られている。「新婚さん、旧婚さん」(69年)、「独身のスキャット」(70年)、そして「青春太閤記・今に見ておれ」(70年)である。最近CSで放映されたのを、多少見た程度なのだが、ようするに木下藤吉郎の出世物語である。共演が大原麗子、里見浩太郎、ウルトラセブンこと森次晃嗣などで、こういった連中をおしのけて主役をはっていた時代があったのである。そういえばこの年、公開された映画「ハレンチ学園」でもたいした役でもないのに、クレジットが宍戸錠についで2番目であった。もっともこの翌年くらいからはレギュラーはあっても、主役というのはなくなっていったようだ(あるかもしれないけど)。私の子供の頃の認識もコントをやっているおっさんという感じである。しかし、この70年はなべブームだったのであろうか。そんな記憶は全然ないけれども。