お宝映画・番組私的見聞録 -253ページ目

だから大好き

岡崎友紀といえば、70年代前半に絶大なる人気を得ていた女優である。70年の「おくさまは18歳」を皮切りに74年まで立て続けに6本の主演ドラマが作られているが、その中ではかなりマイナーなのが「だから大好き」(72年)である。まあそれもそのはずで、14話で打ち切りとなっているのである。岡崎はパール王国の王女様(日本人とのハーフ)という設定に無理がありすぎたのであろうか。相手役はあの沖雅也だが、自分が沖を知ったのが同年に始まる「必殺仕置人」だったので、クールでワイルドなイメージがついてしまい、こういうラブコメにはとても違和感を感じてしまう。出演は他に小松政夫、久里みのる、アトムの父・下条正巳などで、監督は「ハレンチ学園」の丹野雄二であった。しかし、TBSから岡崎を引っ張ってきた日テレにとっては大誤算だったであろう。まあ人気物を出しただけでは視聴率は稼げないということだ。

ピーマン80

またドリフつながりの話題だが、「全員集合」のプロデューサーは居作昌果という人である。ちなみに、いづくりよしみと読む。苗字も名前も一発で読める人はまずいないのではないか。その彼が全員集合のスタッフらと制作した映画が「ピーマン80」(79年)である。ビデオ化もされておらず、そんなに古い作品ではないが(25年経過しているが)、知ってる人もあまりいないのではないだろうか。私自身、先日のCS放送で初めて存在を知った。タイトルが示すようにコメディ映画である。TBSのプロデューサーらしく「Gメン75」のパロディであろうか。主演はドリフではなく、何故か谷隼人とずうとるびの新井康弘である。谷が怪盗で、新井は間抜けな大学生、それにヒロイン役となる真行寺君枝とアンルイスが絡むといった感じの映画だ。ドリフがステージでやるようなコントを新井が延々とやるのだが、まあこれがつまらない。全編の半分くらいをそれに費やしている。見どころはその人脈を生かしたちょこちょこと出てくるゲストだちであろう。ピンクレディーにクールファイブ(前川、内山田、宮本、小林が登場)、せんだみつおに湯原昌幸、左とん平、伊東四朗、ずうとるびの他の三人、ドリフは出ないが荒井注とハナ肇、谷啓などが入れ代り立ち代り登場する。そして谷隼人が出演していた「明日の刑事」(谷は46話で殉職)のメンバー坂上二郎、田中健、志穂美悦子、鈴木ヒロミツ、梅宮辰夫などがそのまま日の出署の刑事として登場するが、谷との絡みはないのが残念である(ちなみに田中と志穂美はセリフなし)。とまあ本編は措いといて、誰が出てくるのかを楽しむ作品といえよう。ビデオ化されないのがわかる気がする。

昭和元禄ハレンチ節

ドリフにいかりやと加藤を残して独立した四人組がドンキーカルテットだが、当時で印象に残っているのはリーダーの小野ヤスシだけである。70年代の初めには解散したようなので、小学生だった自分があまり知らないのも無理はない。今や催眠術師として有名なジャイアント吉田や「11PM」でCM前にウイスキーを持って出てくるヒゲのおっさん(飯塚文雄)が、そのメンバーだったことを知ったのはずっと後のことだ。もう一人の猪熊虎五郎については全く印象がない。その猪熊は見たことがないので知らなかったが、NHKの人形劇「プリンプリン物語」で声優をしていたようだ。シドロとモドロというコンビで相手役が「ピンキーとキラーズ」のパンチョ加賀美という、非常に妙な組み合わせである。そんな四人が出ていた映画が「昭和元禄ハレンチ節」(68年)である。調べると当時の人気芸人総登場というような作品で、ドンキーと組んだりもしていた牧伸二をはじめに、立川談志や東八郎のいたトリオ・スカイライン、晴乃チック・タックに京唄子、喜劇役者である伴淳三郎、石井均、藤村有弘、由利徹、そして何故か「帰ってきたヨッパライ」のザ・フォーククルセイダースなどが出ている。ちなみに同年の映画「喜劇・泥棒学校」のもドンキーは出ているがメンバーが飯塚文雄から祝勝に替わっている。その飯塚文雄は03年に他界している。合掌。

ドリフターズですよ!前進前進また前進

前述の「なにはなくとも~」が松竹のシリーズの第1作なら、「ドリフターズですよ!前進前進また前進」(67年)は東宝のシリーズ第1作である。これは数年前ビデオで見たのだが、あんまり内容を覚えていない。ラストシーンで、五人が海岸でタイトル通り「前進前進また前進」と唄って踊るのが妙に印象に残っているくらいだ。数本しか見ていないがドリフ映画が面白かったという印象がない。本作では設定が解散するヤクザの組員ということで、小池朝雄や天本英世のような強面も出演している。ヒロイン陣も松本めぐみ、大原麗子、酒井和歌子と奇麗どころを揃えており、藤田まことや何故かスマイリー小原なども出ている。この後75年まで、ドリフ映画は作られるが、74,5年の4本は荒井注が脱退したので、当然志村けんに替わっている。いずれも未見なのだが、まだ志村に人気が出てない時代ということもあり、あまり存在感がないそうである。彼の人気が出るには映画の終了した翌年くらいからである。

なにはなくとも全員集合

ドリフターズの映画が21本もあるとは知らなかった。大きく分けると松竹の「全員集合」シリーズ16本と、東宝の「ドリフターズですよ」シリーズ5本である。何本かは見たと思うが、どれを見たのかはタイトルからは判断できない状態である。どちらのシリーズも67年にスタートしているが、先に公開の「なにはなくとも全員集合」がその記念すべき1作目ということになる。正直見たことはないのだが、どうやらドリフより三木のり平が主役という感じのようである。のり平、加藤、仲本の勤めるローカル鉄道会社のある街に、いかりやと荒井のいるバス会社が乗り込んできて、せめぎ合いを繰り広げるといったストーリーだ。ブーはどこへ行ったのかと思えば旅館の主人という役で、まあ思いっきり脇役である。映画でも五人一緒という形が普通であるドリフが三分割されているのが逆に新鮮かもしれない。まだテレビの「全員集合」は始まっていないが、すでにドリフを表すフレーズとして登場している。そういえば、荒井注はいかりやより3歳年上だったということで、6つもサバよんでいたことが後に発覚したが、高木ブーももっと若く発表されていたと記憶している。いかりやが亡くなった時、ブーも70を超えていたのに驚いてしまった。いつの間に33年生れに戻したのであろう。

8時だよ 出発進行!

今回は映画でもドラマでもない話題を。ドリフの看板番組といえば、当然69年にスタートした「8時だよ 全員集合!」であろうが、この番組が一時期休止していたのを覚えているだろうか。71年4月から9月にかけて、代わりにやっていたのがクレージーキャッツの「8時だよ 出発進行!」である。で、その間ドリフはどうしていたかというと、日本テレビで「日曜だよ!ドリフターズ」という、ほぼ「全員集合」と同じような番組をやっていた。勿論これは本人たちの希望ではなく、渡辺プロ側の命令であろう。「出発進行」も「全員集合」と同じような形式だったはずだが、その内容はまったく記憶にない。何度か見た気はするのだが、やはりクレージーはお子様向けのグループではなかったということだろうか。半年でドリフが復帰することになる。もう一方の「日曜だよ」のほうは、まったく記憶にない。そういえばドリフが日テレに出ていること自体、見た記憶がないのだが(メンバー個人ならあるが)、どうだったであろうか。「全員集合」では荒井注が脱退した回や(やめるとは言わず休むと言っていた)、その少し前から志村けんが登場し始めたのもおぼえている。それより前から出ていたのが、もう一人の付き人すわ親治だが、志村に逆転される形となった(付き人になったのは志村が先であったらしい)。それから10年、ドリフのそばで頑張ったが、結局正メンバーになることなく辞めていった。あれ、いつの間にか話が変わってしまった。

逢いたくて逢いたくて

60年代はここでよく取り上げるGS映画に加え、歌謡映画というのも結構作られており、「逢いたくて逢いたくて」(66年)も園まりの同名ヒット曲を本人主演で映画化したものである。ストーリーは歌手園まりと瓜二つの主人公(もちろん二役)が偶然出会い、一週間だけ入れ替わってそれぞれの代わりを演じるという、まあ昔ながらによくあるお話である。相手役が当時はまだまだアクション路線にいた渡哲也、他に松原智恵子に太田雅子(梶芽衣子です)、何故か山内賢のいない「ヤングアンドフレッシュ」の面々(和田浩治、杉山元、木下雅弘)、そして園まりと渡辺プロ三人娘と言われた中尾ミエ、伊東ゆかりも出ている。まあこの中では園が一番男受けするタイプだと思う。そして、おそらく映画初出演のザ・ドリフターズも登場する。お馴染みのの五人(もちろん志村ではなく荒井注)になってまだ三年目、「全員集合」もまだ始まっておらず、徐々にお茶の間に浸透していた頃であろう。この映画の中では、それほどパッとしていないようだ。しかし翌年から、彼らが主演の映画が作られるのである。

宇宙快速船

60年と61年の東映映画を見ると、その頭から「おやっ」と思うことがある。例の荒波がザッパーンというタイトルバックではなく、煙の噴出す火山に「第二東映」の文字が写しだされる。当時の大川社長が公開本数を倍にすれば、倍もうかるというあきれるほど単純な発想で、第二系統が作られることになった。それが60年の「第二東映」で、61年は「ニュー東映」に改称されている。しかし制作本数増加による減益が明らかになり(素人でも予測できるが)、この年限りで解消されている。「第二東映」は約50本、「ニュー東映」は約80本とある意味貴重なブランドをもった映画であるといえる。「ニュー東映」は現代劇中心で、深作欣二などもここから登場している。この「宇宙快速船」(61年)は私が初めて「ニュー東映」の文字を見た映画である。タイトルからわかるとおりSF特撮映画である。70年代は特撮ヒーローといえば東映という感じだが、この時代はまだまだ稚拙なものであった。主演はこの前年、テレビシリーズ「七色仮面」でデビューした千葉真一である。ここでもサングラスにとんがりヘルメットの謎のヒーロー「アイアンシャープ」を演じている。他の出演者は亀石征一郎、江原真二郎など当時の若手スターや、山本麟一、水上竜子、そしてこの年スタートし15年続くことになる「特別機動捜査隊」の初期レギュラー、神田隆、佐原広二(健二ではない)、轟謙二、南川直がそろって出ている。ちなみに「宇宙快速船」とはアイアンシャープの乗る流星号のような乗り物のことらしい。

宇宙人東京に現わる

前項で話題が出たついでに「宇宙人東京に現わる」(56年)を取り上げてみる。この映画で何が有名かといえば、やはり一つ目のヒトデ型宇宙人パイラ人のデザインを岡本太郎がやったということであろう。そして日本初のSFカラー作品であるということだろうか。近年CSで放映されたのを見たはずなのだが、何故か白黒作品だと記憶違いをしていた。パイラ人も着ぐるみというよりは、ヒトデ型の布を着た人という感じに見える。ちなみに見た目と違っていいやつらという設定だ。主演は番組のヤラセ事件以降、姿を見なくなってしまったた川崎敬三で、他に有名どころでは山形勲、見明凡太郎などで、パイラ人の化けた女性を新人の苅田とよみが演じている。この苅田とよみという人はどうやら活躍時期は50年代後半のみで、60年にはもう姿を消していたようだ。脚本は黒沢映画も書いている小国英雄で、内容的にはあまり安っぽいものにはなっていない。もっとも見た感じが安っぽいのだけれども。

空飛ぶ円盤恐怖の襲撃

なんか面白いネタになるような映画はないかなあと調べてると、一つのタイトルが目にとまった。それが「空飛ぶ円盤恐怖の襲撃」(56年)である。当時の外国SF映画にありそうなタイトルだが、あの新東宝の作品で(制作は国光映画)「スーパージャイアンツ」前年の映画である。となるとかなり稚拙な特撮を想像してしまうのだが、なにしろ見たことがないので何ともいえない。円盤が東京上空に飛来、中からロボットが現れ街を破壊する。しかし開発されたR1号ロケットの陽子破壊砲によって円盤は消滅するというような話らしい。主演の新聞記者に新東宝スターの高島忠夫、博士役に殿山泰司、助手役になんと天知茂といった布陣である(しかし天知茂は新東宝のどんな映画にでも出ているなあ)。ちなみに脚本の関沢新一が監督もかねている。ロボットやら円盤やらの出来を見てみたいのだが、どうやらこの作品フィルムの所在が不明らしいのだ。同年に制作された大映の「宇宙人東京に現わる」は結構有名なのに、こちらはほとんど知られていないのはそいうい理由であろう。フィルムの発見を密かに願っている次第である。